第462話 「勢力」

 ――なるほど。 お話は分かりました。


 数日後、場所は変わってアラブロストル十六区にあるドゥリスコスの本店、その一室だ。

 ハリシャは奴に預けたので今は俺一人で、ファティマに今回の顛末を伝えていた。

 一通り聞き終わったファティマの反応は何とも微妙な物だった。


 実際、それなりに大事にはなったが蓋を開ければ一人の奴隷女が盛大にやらかしただけで説明が付く。

 本当にそれだけの話だからだ。


 ――権能。 お話には聞いていましたし、その能力も目の当たりにしましたが、今回の被害の規模を考えるとかなりの脅威ですね。


 確かにあれは使いこなせればかなりの脅威――それも世界を滅ぼせるかもしれない程のポテンシャルを秘めているだろう。

 ただ、問題は使いこなせるであろう存在が極端に少ない事だ。

 俺の見立てでは権能の力を最大限に引き出せる存在は恐らくそうはいない。


 世界中を探したとしても精々、数えるほどだろうと考えていた。

 使えるだけならもっと多いだろうが、真価を引き出せる奴はそういない。

 カンチャーナと言う女はその真価を引き出せる数少ない存在だろう。


 実際、たった一人でそれこそ指一本動かさずに一つの国を滅ぼしたんだ。

 その戦果を考えるとあの女の力の凄まじさが分かるだろう。

 もっとも、くたばってもうこの世に居ないから過去形ではあるが。

 

 ――可能であれば何とか戦力として権能を取り込みたい物ですが、その様子では難しそうですね。


 ――あぁ、取り込むよりは対策を練った方が現実的だろうな。


 下手に欲をかいてしくじるよりは将来現れるかもしれない脅威として備えておく方が堅実だ。

 話が途切れた所で話題が移行。 内容は原因から戦後処理についてだ。

 権能の影響が薄れて行った今、アラブロストルの侵攻を阻む障害はない。


 山中で小規模ではあるが戦闘が発生したようだが、アラブロストル側の勝利で終わっている。

 主力であるチャクラの扱いを高いレベルでこなせる者が軒並み死亡しているので、どうにもならないだろう。

 それに中枢である四方顔も壊滅しているので立て直す事すら不可能だ。


 もう、チャリオルトという国は終わりだ。

 山中で抵抗している連中はそれを認められない奴等だろう。

 恐らくそれ以外の奴は早々に逃げ出したと言った所か。 話によれば山から逃げ出す奴がそれなりの数いたらしいからな。


 結構な被害は出たが結果的にはアラブロストル側の望み通りの結果となった訳だ。

 現在は残敵の掃討と開拓に向けての準備を行っており、国境に近い区は中々忙しくしているらしい。

 

 ――ロートフェルト様はこの後、南へ?

 

 話が一段落した所で今後の予定を聞いて来た。

 いつもの事なので素直に答える所だが――


 ――……そのつもりだが、少し後だな。 しばらくはこの近辺に留まるつもりだ。


 今回の一件の所為でチャリオルトから南側にある国々がどこも国境を封鎖してしまったのだ。

 その為、南に向かえなくなってしまった。 騒ぎが収まれば封鎖も解かれるだろうしそれまではのんびりと待つ事になるな。


 ――まぁ、そう言う事でしたら一度オラ――


 ――悪いがまだ見ていない場所があってな。 しばらくはアラブロストルとチャリオルトの辺りをうろつく事になりそうだ。


 戻る気はないので、言い切るより先に予定を伝える。

 ファティマは沈黙――


 ――そうですか。 では必要な物があれば何でもお申し付けください。 例の転移魔石も量産が進んでおりますのでそちらへ戦力や人員を送り込む事も容易となりました。


 ……したかのように見えたが何事もなかったかのように話を続ける。

 

 例の転移魔石は本来、材料費が嵩む代物だが大陸北端にあるキルギフォール大渓谷から質の良い魔石が大量に取れる事により、無尽蔵に作成する事が可能となった。

 現在はあの近辺に採掘都市を建造中との事だ。 お陰で拡大した領地間の移動が大幅に短縮できたと生産に成功した時のファティマは随分と嬉しそうだったな。


 一度使えば魔力が枯渇するので連続で使えないと言った欠点があるが便利な代物ではある。

 それに自陣内で使用する分には奪われる心配もないので使い放題らしいな。

 

 さて、一通りこちらの話題が出尽くしたので今度は向こうの近況報告となる。

 要はオラトリアム――というよりはウルスラグナの状況だな。


 ――まずは以前にも触れましたがキルギフォール大渓谷で採掘を効率よく行う為に都市の建造に着手しています。 それと前回の一件でこちらに転移させたアラブロストルの国立魔導研究所ですが―― 


 あぁ、そう言えば向こうに施設ごと転移させたんだったか。

 こちらでは随分な騒ぎ……というよりは区長連中は余りの出来事に呆然としていたらしい。

 一応、予備の工場や生産施設はあったので魔導外骨格や銃杖の作成は可能だそうだが、研究所で止まっていた最新技術などは丸ごと消えてなくなったので、大損なんてレベルではないがな。


 現在は職員は最低限の人数を残して始末。 畑の肥料にしてしまったらしい。

 設備などはいい物が揃っていたようなので、首途が大喜びで居座っており、好き勝手に弄繰り回しているようだ。

 ほぼ無傷で手に入れられたのでそのまま利用しているらしい。


 工場で作成中だった魔導外骨格や銃杖は首途が改良を加えたタイプを作成できるようにラインを弄っているそうだ。 ファティマ曰く、設計図と用途についての説明を受けたので重機や防衛戦力としての活躍を期待されているらしい。

 

 後は領地についてだ。 国内は内乱の結果、大きく三つの勢力に別れた。

 まずは第一に王家に忠誠を誓った領主連中による一派。

 要はこうなる前のウルスラグナに戻そうとしている連中だな。 国の中央部の西部から南にかけてが連中の領土だ。

 

 第二に領主が我こそは新たな王と名乗りを上げた連中が共食いの結果、出来上がった勢力でウルスラグナ騎士国とか名乗っているらしい。

 聞けばユルシュルとかいう南東の方にある領主が旗頭となっており、スローガンは「騎士による強い国家を」だそうだ。


 正直、ユルシュル領や騎士国とやらには心底興味はないが領の位置に少し問題がある。

 あの領の端には辺獄の領域があるのだ。 地名はバラルフラーム。

 今の所、アンデッドの流出は起こっていないが、あそこにあるであろう魔剣かそれに類する物の特性を考えるといつかザリタルチュと同様の現象が起こる事は間違いないだろう。


 オラトリアムから距離があるのでそうなったとしてもしばらくは対岸の火事で済むだろうが将来的にはそうも言っていられなくなる。

 ウルスラグナは他国から干渉されない飛び地である以上、アンデッドの流出が起これば独力で対処する必要が出て来るからだ。


 そうなるとかなり困った事になる。

 騎士国の連中がどうにかできるレベルの事態であれば取り越し苦労と笑って流せるがそうじゃなかった場合が問題なのだ。 連中が敗北し、騎士国の連中が領土としている国の中央部の東部から南部にかけてがアンデッド共に乗っ取られてしまった場合、そこを突破してバラルフラームまで攻めなければならなくなる。


 放置はあり得ない。 何故なら領域からは無尽蔵にアンデッド共が湧きだすからだ。

 無視しているとあっという間に国が埋め尽くされる。

 そうなってからでは遅いので早めの対処を行いたいとはファティマの言だ。


 現状、何らかの対処が必要だがある程度状況が動かなければどうにもならないので、今は戦力の拡充に努めるしかないとの事。

 さて、二つの勢力が出た所で残りの勢力だが――まぁ、言うまでもなくオラトリアムだ。


 国の北方の領を全て取り込み、国内の流通の大半を担っているある意味両勢力の生命線とも言える勢力だ。 どう言う事だと質問すると、国内の主だった商会の大半を押さえ、傘下を統合して新たに「オラトリアム商会」を立ち上げたファティマが一声かけると流通が止まり、比喩ではなく街や村が干上がるのだ。

  

 当初は両勢力が圧力をかけて自分達に味方をしろと恫喝紛いの交渉を持ち掛けて来たが、笑顔で流通を止めた所で手を出されなくなったらしい。 

 どう言う事かと言うと下手に怒らせると自分達だけの流通を止められる事を懸念してご機嫌を取る方向にシフトしたようだ。 その時の連中の顔は傑作でしたとファティマは楽しそうだった。


 これが今のウルスラグナの現状なのだが……。

 それとは別の懸念があるらしい。 グノーシスについてだ。

 王都での一件で完全に虫の息だったのだが、生き残りが看板を下ろして新しい組織を発足して立て直しを図っているらしい。


 いや、その程度で上手く行くのかよと思ったが、どんな手品を使ったのか上手く行っているようだ。

 例の聖剣を持った聖女様とやらが生き残りの聖堂騎士を纏めて、グノーシスからの離脱と連中がやらかした事を公表し、新たな組織として治安維持と本当の信仰の為に頑張りますと来た。


 こうして生まれたのがアイオーン教団。

 国内での治安維持に貢献し失った信用を少しずつだが回復していっているようだ。

 聞けばクリステラもそちらに参加しているようだし、最悪バラルフラームの一件は押し付けてもいいかもしれんな。


 一通り聞いた俺は落ち着いたとは言えまだまだ荒れているなぐらいの感想しか出なかったが、バラルフラームの件だけは場合によっては直接出向いた方がいいかもしれんか。

 俺はそんな事を考えながらファティマの話に耳を傾けた。


 ……それにしても――


 聖女とか恥ずかし気もなく名乗っている奴は一体どこのどいつなんだろうな?

 それだけが少し気になった。

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