第453話 「検体」

 姿を現したのは意外な人物だった。

 ラーヒズヤの娘で――ハリシャだったか。

 必要もない援護にでも来てくれたのかなと考えたが、そうでもなさそうだった。


 その証拠に視線は俺を射殺さんばかりに鋭く、手は刀の柄に触れている。

 理由は不明だが何やら怒っているようだ。

 はて? そんな態度を取られる理由に心当たりが全くないが、何を怒っているんだこの女は。


 内心で首を傾げていると――


 「……何故、何故こんな所にいるのですか……」

 

 その声は怒りに震えており、感情に任せて俺に斬りかからんばかりだった。

 

 「質問の意味が分からんな。 俺がここにいるのが何か問題でも?」

 「貴方は! 外にこのことを伝えて助けを呼ぶのではなかったのですか!?」


 ……あぁ、なるほど。


 怒っている理由には納得した。

 何だ。 援軍を呼びに行かなかった事を怒っているのか。

 鬱陶しい女だな。 何処に行こうが俺の勝手だろうが。

 

 この時点でこの女と会話する価値が急速に薄れて行った。

 

 「用事が済んだらな。 行くとは言ったがいつ行くとは言っていないと思うが?」

 「そんな屁理屈を!」


 俺の対応がお気に召さなかったのかハリシャの怒りは増し、気炎を上げる。


 「何を考えているかは知りませんが、今すぐに山を下りて外にこのことを伝えなさい! どう言った手段であの女の術を防いでいるかは知りませんが、この先は更に妖気が濃い。 貴方が男である以上、確実にあの女に支配されてしまう!」


 要は俺が洗脳されるから困ると。

 確かに俺は村の内情も多少ではあるが知っているからな。

 なるほどなるほど。 それは怒るのも無理はないな。


 改める気は欠片もないが。

 

 「用事が済んだらな」


 そう言って踵を返すが微かな金属音。

 鯉口が微かに鳴った音だ。 威嚇のつもりか。

 俺は苛立たし気と言わんばかりに見えるように近くの死体を踏みつける。


 「俺には俺の都合がある。 そちらに従う義務はないと思うが?」

 「勝手な事を! 貴方がこんな所に来たから我等は村を捨てるという選択をせねばならなくなったのだ! 父上は死ぬつもりだ! 私はそれを看過できない! 今すぐに山を下りて外に伝え、援軍を呼びなさい! ……これは頼みではない! さもなくば――」

 

 断れば斬ると?

 そう来たか。 そう言う事ならこちらとしても何かと都合がいい。

 正直、話は理解できたが裏を取る意味でも一人ぐらいはサンプルが欲しかったんだ。


 俺は馬鹿々々しいと言わんばかりに小さく肩を竦めて踵を返す。


 「脅しだと思っているのか!?」

 

 無視して歩き出す。


 「……いいだろう。 ならば力尽くでも従ってもらう!」


 能書きはいいからさっさとかかって来い。 こう見えても俺は暇じゃないんだ。

 肩越しに振り返るとハリシャは身を低くしながら突っ込んで来る。

 何とも真っ直ぐな女だ。 こう言う奴は分かり易いから対処が楽だ。


 ハリシャがさっき俺が踏みつけた死体の横を通り過ぎようとした瞬間――

 死体の腹が爆ぜて何かが飛び出した。

 

 「なっ!?」


 さっき作っておいたグロブスターだ。

 俺しか見ていなかった視野の狭い女は足元からの奇襲に対する反応が致命的に遅れた。

 べしゃりと湿った音を立てて寄生。 体内に沈み込む。


 そこで大きく体勢を崩して転倒。

 俺はゆっくりと振り返ってハリシャの下へと歩く。 

 

 「あ……が、は、……一体……何を……」


 全身の肉が異様なまでに脈打っている。 変異が始まった証拠だ。

 この状況でまともに口が利けるとは大した物だ。 記憶にある限り、変異途中でもまともに理性を保っていたのはこいつとサブリナぐらいじゃないか?


 まぁ、動けないみたいだしどうでもいいか。 

 取りあえず耳に指を突っ込んで記憶と知識だけ頂く。

 ちゃんと吸い出せたのを確認。 内容の精査は後でもいいだろう。


 ……それにしても……。

 

 ラーヒズヤの奴、女供を逃がすつもりか。

 俺がコースを外れたと見るや即座に決断とは中々やるな。

 順番が逆になったがまぁいいだろう。 こいつにやらせるとしようか。


 変異が完了したハリシャに命ずる。


 「食事・・が済んだら村に戻って連中を皆殺しにして来い」

 「……承知」

 

 ハリシャは死体の持っていた刀を全て回収するとそのままその辺に転がっている死体に近づいて行った。

 最悪しくじっても問題はないが、できれば成功して欲しい所ではあるな。

 さて、割と使えそうな駒も手に入ったし村の処分が終わればこちらを手伝わせるとしよう。


 後ろで聞こえる咀嚼音を無視して俺はそのまま先へと進む事にした。


 

 

 四方顔。

 組織――というよりはその場所と集団を指す名称らしい。

 チャリオルト中央に連なる山脈、その最奥に位置する。


 イメージは寺に近い感じだな。

 やや和風な建築様式の建物が連なり、本堂と呼ばれる巨大な建築物に周囲には居住用の建物が多く並んでいる。


 他に特徴的な物といえば本堂から少し離れた場所にある塔の存在だろう。

 北と南に配置されたそれは、それぞれ|北塔(ほくとう)、|南塔(なんとう)と呼ばれている監視塔だ。

 どうも周辺の気配を探知する事に長けた奴が交代で詰めて侵入者を警戒しているらしい。


 つまり俺は既に捕捉されていると言う訳だ。

 もう少し早くハリシャの記憶を抜ければ別の手を取れたとは思うが、もう手遅れなので正面から行くとしよう。

 幸いにも道が舗装されているので迷う心配はない。


 それに――


 ぞろぞろと現れる敵。

 この手の連中が来ている以上、道は間違っていないだろう。

 取りあえず風の障壁で自分を含めて全員を閉じ込めた後、毒ガスを散布して雑魚を一気に間引く。


 第五のチャクラを使いこなしていない奴は派手に血反吐を吐いて次々と崩れ落ちる。

 どうも五以降を使える奴はくたばった連中の割合から二割から三割と言った所か。

 残りは一つずつ潰していけばいい。


 それにこいつ等の戦い方も何となくだが分かって来た。

 こいつ等は戦闘経験自体は豊富ではあるが、範囲が酷く狭い。

 お仲間と魔物の相手ぐらいしかしていないので、経験に幅がないのだ。


 その為、想定外の攻撃――特に死角からの攻撃に弱い。

 加えて、一対一の戦いに慣れ過ぎているのも大きな要因だろう。

 要は目の前の相手に集中しすぎるのだ。

 

 連携に関してはそこまでの粗が目立つと言う事はないが、後衛前衛をきっちり分ける事によって何とか成立させていると見ていい。

 つまりは――


 連中が固まっている中に突っ込む。 

 各々抜刀したり、居合の構えを取ったりしているが一瞬、攻撃に入る前に逡巡するような動作が見られる。

 やはりか。 この様子だとそもそも連携という概念があるかも怪しいな。


 ハリシャの記憶でも基本的に一対一を是としている。

 乱戦も各々相手を一人決めて斬り合うと言った戦い方のようだ。

 逆に多数を相手に戦う事は想定しているようだが、多数で少数を仕留める戦いは想定していないと言った歪さも見られた。


 サンプルが少ないからはっきりとした事が言えんが、どうも多数で少数を倒すといったやり方はここ等ではあまり好まれないようだ。

 ハリシャの価値観では卑怯であり、恥ずべき事と認識している。

 内心で首を傾げる。 何でだ? 袋叩きは楽でいいじゃないか。


 今一つ理解できなかったが、ここのローカルルールと認識して流す事にした。

 手近な奴を左腕ヒューマン・センチピードで仕留めながら俺は次の獲物に狙いを付ける。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る