第412話 「脱出」

 ここまでか……。

 自分――ドゥリスコスの心には深い諦観が渦巻いていた。

 折角ローさんが時間を稼いでくれたというのに、出口を目前にして侵入したであろう魔導外骨格に捕捉されてしまったのだ。


 ルアンさんが必死に戦い、マテオさんも慣れない魔法で必死に援護をしてくれた。

 自分も及ばずながら剣を振るったが結果は伴わず、ルアンさんは一撃で吹き飛ばされて壁に激突。

 大量の血を吐いた後、ピクリとも動かなくなってしまった。 何とか駆け寄って助けに行きたいがそれも叶わないようだ。


 マテオさんは魔力切れなのか動けずに息を荒くして膝を付いている。

 魔導外骨格は殺意を漲らせ、残った自分を殺そうと巨大な大剣を握りしめてゆっくりとこちらに向かう。

 それを他人事のように眺めながら自問自答する。


 ……自分は一体どこで間違ってしまったのだろうかと。


 こんな所にのこのこと来てしまったから?

 それとも家族を疑ってしまったから?

 行商を行ったから? あそこで殺されておけばルアンさん達も死なずに済んだのではないか?


 いくら記憶を遡っても答えは出なかった。

 次に考えたのは何が悪かったのかだ。

 こちらは答えがすぐに出た。 兄と父だ。


 あの二人のくだらない欲望の為に自分と仲間達は危機に瀕している。

 自分はその点を致命的に見誤っていた。

 家族なのだから信じるべきだ? 血の絆? 家族の愛?


 「……ははは」


 思わず笑ってしまう。

 自分が信じていた物――いや、信じたかったものは酷く薄っぺらい代物だったと気が付いてしまったからだ。 そして本当に大事にしなければならなかった仲間たちが死に瀕している。


 結局、ローさんの言葉は正しかった。

 恐らく彼はこう言いたかったのだろう。 必要な物は自分で手に入れるべきだと。

 家族という関係も気が付いたらあった物だ。


 その関係に胡坐をかいて関係性を向上させる事をしなかった。

 つまり、投資させる程の魅力を出せなかったと言う事だろう。

 だからこそこの結果だと。 はははと更に内心で自嘲。


 死の間際に人生で上位に入る疑問が氷解したぞと見当違いの事を考えて笑う。

 何だか馬鹿らしくて笑ってしまうのだ。

 マテオさんが痛ましいと言った表情でこちらを見ているが気にもならなかった。

 

 魔導外骨格が間合いに入り、大剣を振り上げる。

 逃げようという考えは起こらない。 

 どうせ逃げられないからだ。 どうせ誰も助からないと考えると何もかもが馬鹿々々しかった。


 大剣が自分に向かって振り下ろ――される前に魔導外骨格の動きが停止。

 一瞬の間を空けて大剣が手から零れ落ちて重たい音が響き、次いで崩れ落ちた。

 何だと呆けた表情で固まっているとそこにはローさんが剣を肩に乗せてこちらを見ている。


 ……?


 余りの出来事に頭が全く働かなかった。

 ややあってゆっくりと思考が回転を始める。

 自分はその場にへたり込んでおり、目の前には背中の部分が大破した魔導外骨格。

 

 露出した中身は酷い有様で酷い有様になった使用者の残骸が見えた。


 「……ふむ。 どうやら無事ではなさそうだが、死んではいないようだな」


 ローさんは自分を一瞥して倒れているルアンさんの方へ行き、首の辺りに手を当てる。

 そのまましばらく触れていたが小さく嘆息。


 「こっちはダメだな。 死んでる」

 

 ……ルアンさん……。


 長年一緒にやって来た大事な仲間が死んだ。

 あっけなさ過ぎて実感がわかなかった。

 立ち上がれるぐらいに回復したマテオさんが何と言えばいいかと言った表情で口を閉ざす。


 「取りあえず、ここに長居するのは良くない。 分かるな?」

 

 ローさんの言葉に黙ってうなずく。

 

 「……まずはここを離れましょう」

  

 建物から外に出て併設されている厩舎へ行き馬車に乗り込んで急ぎその場を離れる。

 幸いにも馬や馬車は無傷だったので、迅速に離れる事が出来た。

 マテオさんが御者を行い、馬は全力疾走でその場を離れて行く。


 一番街を抜け出た所で周囲を確認。

 どうやら追手は来ていないらしい。 ほっと息を吐き、マテオさんに近くに馬車を止めるように頼む。

 周囲に何もない開けた場所で停車。


 馬車から外へ出る。

 

 「ドゥリスコスさん……その、これからは……」

 「分かってます。 まずは状況の把握をしましょう。 襲って来たのはサンティアゴ商会で、使用していたのは魔導外骨格。 被害は……あの様子だと投入されたのは一、二体じゃないでしょう。 そう考えるのなら良くて生存者は数名。 悪くて全滅と言った所でしょうね」


 自分達が助かったのは恐らく運が良かったからだろう。 

 彼等の標的は父と兄であって自分ではなかった。 その差が生死を分けたと言って良いだろう。

 恐らく主力は内部へ踏み込み、残りは逃がさない為の見張りと考えられる。


 一体いれば討ち漏らしは出ないという考えもあったのかもしれない。

 今回はそこに助けられた。 一体だからこそローさんの不意打ちも成功したと言うのも大きい。

 自分がここに生きて辿り着いたのは様々な幸運の重なった結果だと言う事を自覚する。


 「ローさん。 被害と敵の規模、それと与えた損害は?」

 「……正確な事は言えんな。 被害に関しては、まぁ全滅とみてもいいだろう。 少なくとも生きている奴は見かけなかった。 敵も目に付いた奴は仕留めたので、それなりに損害は出たんじゃないか?」


 そう言って肩を竦める。

 口振りからある程度は仕留めたと言った所だろう。


 ……あれを不意打ちとは言え仕留める事が出来るなんて……。


 改めて目の前の冒険者を雇えた幸運に感謝した。

 

 「父と兄を見ましたか?」

 「原型を留めていない死体なら見たな」


 ローさんはいつもの調子で即答。

 その答えに自分は思わず言葉に詰まるが、ややあって言葉の内容を咀嚼する。

 

 ……つまりそれらしき物は見たが本人と断定はできないか。


 もしかしたら服を入れ替えた身代わりを使っているのかもしれないので完全に死んだとは言い切れない。

 半々で生きていると言った所だろう。

 

 「それで? これからどうする?」

 

 自分はそういわれてぼんやりと今後の方針を考える。

 普段なら区に抗議するなりしようと考えたが、何だか色々な事が馬鹿らしくなった今では無意味に思えた。

 ルアンさんの仇は討ちたいが、それをする為に仲間を危険にさらすのは更に馬鹿らしい。


 サンティアゴ商会の目的がこちらを排除しての乗っ取りである以上、自分の店に手を出そうとするのは目に見えている。

 話し合いで解決するのならそれに越した事はないが、あの父と兄の事だ。


 銃杖を与えられて気が大きくなったのだろう。

 あの兄の事だ。 恐らく自信満々に相手を煽り散らして挑発した光景が目に浮かぶ。

 結果があの様だった事を考えると、渇いた笑いしか出てこなかったが。


 半日前まで心にあった家族への愛情がすっかり消え失せると、彼等を客観的に見る事が出来てその性根が良く理解できる。

 あの二人は少しでも中央へと近づきたかったのだろう。


 国の中心に版図を広げる事はよほどのことがない限り難しい。

 今回の一件を好機と捉えたのだろう。 確かに元々居た者達を排除すれば簡単に奪えるだろう。

 

 ……何て馬鹿な事を……。

 

 何故、話し合いで平和的に済まそうという考えが起こらなかったのか。

 何故、頭を下げ商いに一枚噛ませてほしいと頼む事ができないのか。

 考えれば考えるほど今まで見ないようにしてきた家族の愚かさが鼻について仕方がない。


 「……まずは自分の店まで引き上げます。 それと並行して人を使って父と兄を探して捕らえましょう」

 「と、捕らえる?」

 「えぇ、そもそもこのような事になったのはあの二人の責任ですから、あの二人の命で向こうとの交渉材料にします。 戦って勝てる相手ではないのでなるべく浅い傷で敗北するように立ち回りましょう」

 「なっ!? ドゥリスコスさんそれは――」


 焦るマテオさんに自分は首を振るだけで答える。

 彼もそれぐらいしか手がない事を悟ったのだろう。 悲し気に頷いた。

 何となく考えている事を察して自分も少し気分が沈むが、今はそうも言っていられない。

 

 あの二人が死んでいた場合は生贄なしで交渉に当たらなければならない。

 できれば生きていて欲しいが楽観は禁物か。

 

 「最悪、傘下に入るだけで済めばありがたいですが、酷い事にならないように立ち回る必要がありますか……」

 

 考える。 なるべく複数の状況を。

 幸運には期待しない。 なるべく最悪の状況で最善の手を。

 だが、現状では厳しいと言わざるを得ない。 向こうに有利すぎるからだ。


 ……どうすれば……。


 「俺に考えがある」


 考えているとローさんが不意にそんな事を言い出した。

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