第409話 「想定」

 叫びや悲鳴。 次いで魔法や金属がぶつかり合う音。

 明らかに戦闘が行われているのが分かった。

 だが、おかしい。


 「おいおい。 連中、もう攻めてきやがったのか? それにしたってどうやって中に入ったんだ?」


 ルアンさんの言う通りだ。 音や衝撃の発生源は明らかに建物の中だ。

 戦闘が発生するにしてもまずは外でだろう。

 兄も父も馬鹿じゃない。 侵入者や間者には最大限の警戒を行っていた筈だ。


 それを掻い潜って仕掛けて来た?

 状況がそうだと言っているが明らかにおかしい。

 

 ……まさかサンティアゴ商会に与えられた何かの力か?

 

 何が起こっているのか衝撃で建物が大きく揺れる。

 

 「連中、一体何を持ち出したんだ? 明らかに銃杖じゃないだろこの音は……」

 

 ルアンさんの表情は困惑に彩られているが自分には一つ心当たりがあった。

 衝撃や轟音に混ざって等間隔で重たい足音が響いているのが聞こえる。

 自分の予想が正しければ恐らくは――

 

 「……魔導外骨格ソルセル・スクレット


 自分の呟きにルアンさん達は顔色を変える。 

 

 「いや、でもあれは区長の許可がないと持ちだせ……あぁ、そういえばこの抗争の仕切りも区長か。 だが、いきなり現れたのはどうやって……」

 「そこまでは分からないけど、向こうの武装は魔導外骨格で間違いないと見ていいでしょう」

 

 話している間にも戦闘の音と悲鳴は徐々にだがこちらに近づいている。

 

 「……それで? 敵の武装の正体に当たりが付いたのは結構だがどうする? 逃げるのか?」 

 

 方針を決めるように求めて来るローさんを尻目に少し考え込む。


 「ローさん。 突破は可能ですか?」

 「一当てしてみなければ何とも言えん。 その魔導外骨格とやらと戦りあうのは初めてなんでな」


 次いでルアンさんへ意見を求めようと視線を向けると勢い良く首を横に振られた。


 「悪いが、噂通りの代物ならアレの相手は無理だ。 精々、少しの足止めが限度だろう」

 「あ、ちなみにこっちには意見を求めんでくださいよ。 戦闘はからきしなんで」


 ルアンさんは無理と言い切り、マテオさんは発言を放棄。

 戦うのは論外だ。 そうなると取れる手はそう多くない。


 「逃げましょう。 自分達はこの戦いには無関係だ。 付き合う必要はないけど、彼等がそれを信じてくれるとは思えない。 何とか突破を試みます」

 「そうだな。 ここに居ても死ぬだけだし幸いにもここの構造にも明るい。 逃げるだけなら何とかなるだろう。 よし、俺が先導するから後に続いてくれ」


 そう言って外に出ようとしたルアンさんの肩をローさんがやんわりと掴んで止める。


 「そういうことなら先に出るのは俺だな。 この速さだと追いつかれるかもしれん、俺が適当に足止めをするからその間に急ぐといい」


 そう言うと返事を待たずに腰の剣を抜いて部屋から出ようとする。

 咄嗟にルアンさんが肩を掴んで止めようとしたがするりと身をかわすとそのまま出て行ってしまった。


 「ど、どうするんだドゥリスコスさん。 あいつ本当に行っちまいやがったぞ!?」


 迷いなく遠ざかって行くローさんを見てルアンさんは顔を引き攣らせながら再び止めようとしたが、そのままつかつかと歩き廊下の向こうに消えた。

 自分も無謀だとは思うが流石に追いかけるにはもう遅い。


 「……ローさんを信じて行きましょう」


 自分にはそう言うしかできなかった。

 ルアンさん達もローさんが消えた廊下を一瞥して頷く。

 意を決して出発。 ローさんの向かった方とは逆に向かう。


 ……ローさん。 どうか無事で……。


 内心でそう祈り自分は出口へと急いだ。






 エマルエル商会を襲撃した者達は彼等の予想通り、サンティアゴ商会が雇った傭兵達だ。

 だが、それ以外は防衛側の想像の範疇を遥かに超えていた。

 まずは襲撃者の出現方法・・・・だ。


 襲撃者達はエマルエル商会の本店である屋敷の中にいきなり現れた。

 誇張などではなく本当に唐突に出現したのだ。

 少なくとも襲撃を受けたエマルエル商会の者達にはそう見えた。


 お陰で完全に場は混乱。

 次の想定外は襲撃者の装備だ。

 魔導外骨格ソルセル・スクレット


 アラブロストル=ディモクラティアが誇る魔導兵装。

 今回投入されたのは比較的初期に生産された代物で、現行の物に比べると性能面でやや見劣りはするが傭兵が詰めているとはいえ、商人の店舗程度を制圧するには充分すぎる戦力だ。


 見た目は全身鎧に近いが、全体的に巨大で装着と言うよりは操縦・・して運用する。

 全長は四メートル。 使用者は胴体部分に収まる形だ。

 武装は専用の大剣と長杖の二種類。


 大剣は肉厚で、斬るよりは叩き潰す事を主軸に置いており、全身鎧の騎士でも一撃で粉砕できる破壊力を有している。 加えて大剣は切れ味を考慮しない代わりに耐久性を重視した物で長時間の運用も可能。

 魔法の構築は使用者が行うが、魔力供給と増幅は外骨格側が行うので消耗は小さく、威力は大きい。


 武装面ではその二種類だが、最大の武器はその質量と頑強さだ。

 仮に武装がなくてもその拳で充分な破壊力を発揮する。

 それだけなら頑強なだけの有人ゴーレムだろう。


 だが、この武装の最大の目玉はその操作性と継戦能力だ。

 本来、ゴーレムと言う代物は細やかな操作に向いていない。

 馬力はあるが繊細な作業や操作には向かないのだ。


 その理由はできの荒さにある。

 ゴーレムは魔法で石材や鋼材を組み合わせて接合。

 関節部や動作に必要な部分に魔石を仕込んで強引に動かすと言った手法で運用を行っている。


 このやり方は動かすだけなら問題はないが、燃費が悪く精密な動作が出来ない。

 以上二つの欠点がゴーレム完全実用化の大きな壁だった。

 魔導外骨格はこの欠点――燃費の部分は伝導体である銀を使用する事で克服。


 内部に銀を使用した回路・・と呼ばれる魔力の通り道を作る事により燃費の悪さを大幅に抑える事に成功した。

 従来の方法では全体に魔力を流す事で動作していたが、回路によって可動部分と動力を直結させる事により必要最低限の魔力で最大効率の動作が可能となったのだ。


 関節部分も人体の骨格を模した機構を盛り込む事によってより繊細かつスムーズな動作を実現。

 アラブロストルの防衛と侵攻を担う剣であり盾としての産声を上げた。

 その巨大な力はエマルエル商会へ猛威を振るう。 


 今回、投入された魔導外骨格は全部で十体。

 それでも来る事さえ分かっていれば、銃杖で充分に対応できる数ではあったのだ。

 あの武器は<照準>との併用で必中を誇る。


 弱点である使用者を正確に射貫く事が可能だ。

 頑強さを誇る魔導外骨格とはいえ同じ個所に閾値を超えるダメージを受ければ突破される。

 だが、それに必要なのは距離だ。


 初手でその距離を潰されてしまった以上、エマルエル商会の勝ち目は消え失せてしまった。

 侵入した者達はエマルエル商会が雇った冒険者や傭兵達を次々と蹂躙していく。

 魔導外骨格という大きすぎる力は使用者にちょっとした全能感と高揚を与える。


 彼等は興奮気味に専用装備の大剣で次々と傭兵達を叩き潰し、増幅された魔法で消し飛ばす。

 それはさながら虫の駆除のような作業めいた動きだった。

 傭兵達は最初こそ威勢よく立ち向かったが、振るった武器が何の痛痒も与えずに砕け散り、仲間達が次々と粉砕されて行く様を見て心が折れて逃げ出す者が現れ始めたが、駆除する側はそんな事を斟酌せずに退路を断ち、追い詰めて潰す。


 その繰り返しだ。

 魔物相手に散々やった作業なので、対象が人に変わっただけだと高揚した彼等の精神は作業に専心。

 行動を開始して物の数分で傭兵達の大半が死亡し、いつも通りの楽な作業だと彼等の中の一人が嘯いた時、ソレが現れた。


 何もかもが想定内であったその作戦内の唯一の誤算。

 人の形をしたナニカがふらりと彼等の前に歩いて来た。

 それが普通じゃないと気が付かなかった一人がいつも通り、魔導外骨格を操作。

 

 装備した大剣を無造作に振り下ろす。

 剣は尋常ではない速度でソレの頭部を叩き潰さんと迫り――

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