第402話 「驚愕」

 それは戦闘ですらなかった。

 一方的な処理と言った表現が正しいだろう。

 一部始終を見ていたが、余りにも圧倒的な光景の前に立ちすくむ事しかできなかった。


 無造作に山賊達に歩み寄るローさん。

 連中は口々に「気でも触れたか」「馬鹿じゃないのか」などと笑いながら各々武器を構える。

 最初に犠牲になったのは体格のいい男で、間合いに入るや否や巨大な戦槌を振り下ろしてきた。

 

 次の瞬間には男は戦槌ごと両断。

 そのまま崩れ落ちた。

 ローさんは斬り捨てた男には目もくれずに手に持つ剣を一瞥し「やはり剣は合わんな」と小さく呟く。


 そして――

 

 「第一形態」


 ――そう呟くと同時に異様な事が起こった。


 剣の刃に等間隔に切れ目が入り分解。

 バラバラになった刃が環状に並び柄に追従する形で浮遊。 最後に刃がなくなった柄から黒い靄のような物が噴出して環の中心を軸のように貫く。


 ……何だあの武器は?

 

 剣なのは間違いないのだろうがあの形状は一体……。

 どう見てもまともに切れるとは思えない。

 不意に耳を微かな異音を拾う。 余り耳になじみのない音だ。

 

 表現するのなら金属がこすれるような音――

 

 ――まさか……。


 音の発生源はあの剣だ。

 目を凝らすと環が回転しているのが見える。

 それを見てあの剣の用途・・に察しがつき、血の気が引く。

 

 そしてそのその予想は正しかった。

 ローさんが剣を一振りすると受けようとした山賊の上半身が一瞬で原形を失い、血煙と化して周囲に散らばって他の山賊に降りかかる。


 「な、ひ、やめっ――」


 悲鳴を上げようとした別の男が同様の末路を辿る。

 後はその繰り返しだった。

 ローさんは情け容赦なく山賊達を殲滅。 逃げようとした者を優先的に狙い、向かって来る者は武器ごと文字通り粉砕して血煙と変える。


 ただ、一番偉そうな男だけは足を粉砕するだけに留めて行動不能にしていた。

 剣を元の形に戻すと後ろを振り返る。 視線は自分を通りこしている所を見ると背後のサベージが気になるのだろう。 自分もその視線を追うと後ろでの戦闘も終わっていた。


 山賊達は全員肉塊へと変わり果てており、その死肉をサベージが貪っている。

 臓物をぐちゃぐちゃと音を立てて頬張っているのを見て吐き気が込み上げたが何とか我慢した。

 大人しいとはいえ、サベージもやはり狂暴な魔物と言う事を強く意識する。


 「さて、終わったか。 サベージ、喰い終わったら依頼主を守れ。 俺は少し離れる」


 そう言うとローさんは足を失った男の襟首を掴んで引き摺って行く。


 「痛ぇ……痛ぇよぉ、俺の足が……待ってくれよぉ……せめて止血だけでも……」


 山賊の頭目らしき男は子供のように泣きわめきながらローさんに哀れっぽく懇願しているが、完全に無視されている。


 「あの……ローさん?」

 「少し吐かせたい事がある。 ここで待っていろ」


 ローさんは自分に構わずに男と一緒に離れて行った。

 入れ替わるように食事を終えたサベージがこちらに寄って来る。

 濃い血の臭いがして吐き気が込み上げるが守ってくれているので我慢した。


 それから少しするとローさんが戻って来た。

 男の姿は――ない。 それが意味する事を察して胸中は複雑だ。

 

 「少し早いが近くで野営にするとしよう」

 「……えっと、この位置であるなら今日中に村に辿り着けるはずですが……」

 「さっきの男から事情を吐かせたのだが、少し困ったことが分かってな。 その事について相談したい」

 

 ……事情?

 

 さっきの襲撃は何者かに意図されたと言う事なのか?




 「……そ、そんな……」

 

 言葉が出なかった。

 ローさんが山賊の頭目から聞き出した情報は驚くべきもので、思わず否定しかけたほどだ。

 山賊達の正体は兄の子飼いの傭兵。


 目的は自分を始末してその罪を十一区の商会――サンティアゴ商会に擦り付ける事。

 そんな馬鹿な。 仮に首尾良く自分を殺したとしても、領域を侵している商人が死んだだけで大義名分がない以上、寧ろエマルエル商会とサンティアゴ商会との間に無用な亀裂が入るだけではないか。


 「……そこまで詳しく知ってはいなかったようだが、どうもあんたの兄貴とやらはその亀裂を入れる事を目的としていたように感じたがな」

 「…………それは一体どう言う事なんですか?」

 

 聞き返すとローさんは小さく肩を竦める。


 「そこまでは何とも言えんが、さっきの男から吐かせた事が真実ならあんたを始末して他所の商会との関係に亀裂を入れる事によって何かしらの利益が見込める公算があったんじゃないか?」

 「兄ではなく、兄の名を騙った何者かの陰謀と言う事は――」

 「ベンジャミン・オリバー・エマルエル。 あんたの兄貴の名前じゃないのか?」

 「た、確かにそうですが……」


 ローさんの口から出た名前は間違いなく自分の兄の物だった。

 だからと言ってそれが根拠になるとは――


 「体を下から順に挽き肉にされて嘘を付けると言うのであれば、あんたの言う通り陰謀かもな」

 

 …………。


 絶句するしかなかった。

 さっきの男がどうやって情報を喋らされたのかを想像して気分が悪くなる。

 それにローさんの言葉は確信に満ちており、自分の持ってきた情報に絶対の自信を持っているように見えた。


 そこまで言い切るのなら少なくともさっきの男は真実を話したのだろう。

 事実だったとして、自分はどうすればいいのだろうか。

 家族に殺されかけた。 その事実をどう受け止めればいいのだろう。


 頭が真っ白だ。

 突然過ぎて理解が全く追いつかない。

 

 「……それで? 一応、護衛の義務として報告はしたが、依頼人はあんただ。 この後どうする?」


 自分の心情を知ってか知らないでか、ローさんはどうでも良さそうな口調で決断を強いる。

 

 「少し考えさせてください。 家族に裏切られたと言うのは流石に堪えましたよ……」


 そう言って苦く笑う。

 笑ったつもりだったが上手くできているか自信はなかった。

 自分の表情を見てローさんは――何故か不思議そうに首を傾げる。


 「そうなのか? 商人って奴は損得で物事を決めるから得になるなら家族ぐらいなら平気で切り捨てる物かとも思ったが違うのか?」

 「な、何を――」


 ――言っているのだこの男は。


 一瞬、目の前の男が人間とは別の異様な生き物に見えたような気がしたがきっと気のせいだろう。

 彼は自分とは違う環境で育ったのだ。 価値観などに違いが出るのは仕方のない事だとは思うが……。


 「ローさん。 あなたには両親は居ないのですか?」

 「一応、居たが?」

 「なら分かるでしょう? 家族と言うのは損得勘定とは別――いえ、そんな物では測れない関係です」


 ローさんは心底不思議そうに首を傾げる。

 その反応に微かな苛立ちを覚えるがぐっと堪えて話を続けた。


 「家族を愛するのは人として当たり前の事です」


 人は一人では生きていけない。

 何らかの形で繋がり、寄り添って生きなければならない存在だ。

 家族はその最たるものだろう。 子を慈しまない親は居ない。 同時に親を愛さない子は居ない。


 確かに自分は兄ほど両親に愛されてはいないとは思う。 

 だからと言って全く愛されていないなんてことはあり得ない。 

 家族だから。 血を分けた世界にたった一人しかいないお互いを愛せない訳がないのだから。

 

 「じゃあ何であんたは殺されかけたんだ? その理屈で言うのならあんたの兄貴もあんたを愛しているはずじゃないのか?」

 「……っ」


 ローさんの言葉に全く反論できなかった。

 

 「なら、愛は……愛とは何だと言うのですか……」


 代わりに出たのはそんな益体もない言葉だった。

 自分で言っておいてなんだが、答えの出るはずのない問いだ。

 

 「いや、あんたも商人なら分かるだろ?」


 ローさんの返しは自分の予想外の物だった。


 「……え?」

 「愛は買う物だろ?」


 困惑する自分を無視して彼は真顔でそう言い切った。


 「買う? 愛を?」


 何を言っているのかさっぱり理解できない。

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