第394話 「頑張」

 こんにちは。 梼原 有鹿です。

 わたしは今、オラトリアムという所で元気にやっています。

 少し前まで畑で収穫作業を手伝っていたのですが、最近は物資の輸送業に携わっています。


 その為、部屋に帰る機会がめっきり減ってしまったので、給金で買った柔らかいベッドが少し恋しい。

 輸送業は主に畑を抜けた先――ティアドラス山脈という所で武器や食料、資材などの運搬を行っている。

 大きい荷車を引いてあっちこっちにと移動を繰り返す過酷な仕事で、収穫作業とは別の疲れが溜まるのできついです。


 この山脈は亜人種の皆さんの集落が多く、一部は街や村と言った規模の物まであります。

 現状、特に重要で嵩張る木材の運搬はコンガマトーと言う大型の恐竜みたいな魔物が飛んで運んでいますが細々とした物や、着陸するスペースがない場所への運搬はわたし達のように荷車を使って運ぶのです。


 当初は山脈内を行ったり来たりでしたが、最近は山脈を越えて森での仕事を振られるようになりました。

 こちらは現在開拓中との事で、色々な人たちが忙しそうにしているのをよく見かけます。

 それに空を見上げると木々の隙間から大きな木材をぶら下げたコンガマトーが飛び交っているのを何度も見ました。


 作業している人達に取って食事は何よりの楽しみなので持って行くとかなり喜ばれます。

 物資とは別でお酒などの嗜好品の販売も行っているので、そちらも中々好評。

 一緒に荷車を運ぶのはオークさん達で、彼等は足を引っ張らなければ怒らないのでゴブリンさん達とは別の意味で付き合い易かったです。


 どうも彼等は失敗する事を酷く恐れているのか、やや神経質気味だ。

 一度聞いたけど体を震わせて言いたくないとだけ言われた。 その表情に浮かんだのは紛れもなく恐怖だったのでわたしも深く聞く事はしなかった。 だって怖いし。


 わたしもそうだけど転生者は身体能力が高く、生きていた頃と比べ物にならないぐらい疲れ辛い。

 その為、荷車を引くのは余り苦じゃないし、道もしっかりと舗装されているので慣れればどうって事はありません! 最初はどっと疲れたけど……。


 何だかんだで慣れてきてはいたけど、たまに怖いハプニングもある。

 ある日山脈内でバリスタ用の矢を運搬していると、あのローって人が居た。

 

 ……ひぇ……怖い。


 必死に知らない振りをして、声をかけられませんようにと祈ってやり過ごしたりと言った事もあったけど、何とか無難に日々を過ごせています。

 そんなこんなで忙しい時期を過ぎて山脈を離れ、懐かしのわが家へ!


 補充の人が入って来たので纏まった休暇を貰えたのです! やった!

 働き詰めだったのでお給料が溜まって、懐は暖かいので何をしようかなと胸を躍らせながら帰路を急いでいました。


 作業をしている顔なじみのゴブリンさんに挨拶しながら畑を抜けます。

 訓練所の近くを通ろうとすると――


 ……あ、緑の人だ。


 緑の人が何故かぼろぼろになっていて、魔法使いの人に治癒魔法をかけて貰っているのが見えました。


 「……くそっ!? 同じ元聖堂騎士なのに、どうしてここまで差が出る!?」


 何か悔しがっているようで地面を殴りつけていた。

 

 ……?


 訓練試合か何かで負けたのかな?

 わたしも訓練の時に軽くだけど手合わせをさせられる。

 ゴブリンさんには勝てるけど、トロールさんやオークさん相手だと委縮してしまって全然勝てない。


 教官のトラストさんや偶に来るディランさんやアレックスさんには勝てる所か触れもしなかった。

 トラストさんには己を律しろと言われ、アレックスさん達には頭を空っぽにした方がいいとアドバイスを貰ったけど……今一つ分からないなぁ……。


 何か漫画か何かで見たような考えずに感じるとか言うあれとか?

 うんうんと考えているとやっと懐かしのわが家が見えて来た。

 中に入ると綺麗に清掃された部屋が出迎えてくれた。 あと買ったばかりで碌に使ってない柔らかベッド。


 わたしはそのままベッドに倒れ込むと布団は柔らかくお日様の匂いがした。

 屋敷に居るメイドさんに部屋の清掃を頼んで置いたけどちゃんとやってくれたんだ。

 ありがとーと内心で感謝してベッドの柔らかさを堪能。


 そうしていると気が付けば寝入ってしまっていた。


 

 翌日、予定が空いたとは言え、いつまでも休んではいられないのでファティマさんに今後の予定を聞こうと午前中に屋敷の方へ向かう。

 しばらく見ない内に随分と様変わりしたなぁと思いながら歩いていると少し離れた所にもくもくと煙を吐き出している建物があった。


 ……何だろう?


 あんなのあったかな?

 見覚えのないそれが気になって近寄ってみると、煙突の付いた大きな建物でぱっと見た感じ、ドワーフさんの工房に雰囲気が似ていたのでそんな感じの物かなと思っていると中から何だか凄い人が出てきました。


 百足です。

 人と百足を合わせたような謎の生き物――ってもしかして同郷の人!?

 思わず駆け寄って声をかける。


 『あ、あの……』


 使うのは懐かしい日本語だ。

 通じるかなぁ……。


 「ん? 何や? 何か用か?」


 あ、喋った! 雰囲気で分かる。

 多分同郷の人で間違いない!


 『日本の方ですか?』


 わたしがそう言うと百足の人はあぁと納得したように頷く。


 『おー、あんたが噂の保護した転生者かー。 話には聞いとったで、初めましてやな。 ワシは首途 勝造っちゅうモンや。 よろしくな』


 律儀に日本語で返してくれた。


 『ゆ、梼原 有鹿です。 よろしくお願いします』


 その人――首途さんはここの主であるローさん、じゃなくてロートフェルトさんの厚意でここに住まわせて貰っているらしい。 驚いた事に首途さんは彼と友人のような関係だという。

 あんな怖い人とまともに付き合えるなんて凄い。


 内心で尊敬しつつ話を聞くと、彼は武具造りの腕を見込まれたと言う事も有ってこのオラトリアムでの地位は相応に高いらしく、色々な人に一目置かれている印象を受けた。

 自分と比べるとその差は歴然だった。 やっぱり凄い人の周りには凄い人が集まるのかなぁ……。

 

 ちょっと自分に自信を無くしそうだけど、できる事を頑張ろうと思い直す。

 首途さんは自分の工房を与えられて趣味を兼ねた武具造りをして生計を立てているらしい。

 彼が作る武器はすさまじく、欲しがる者は後を絶たないとか。


 後で見せて貰ったけど……そのデザインをみて思わず首を捻る。

 

 ……武器?


 あんまり詳しくないけどこれって工具か何かじゃ……?

 電動ノコギリやチェーンソーみたいなのに大きなペンチみたいな物まであったけど……武器屋なんだよね?


 ちょっと怖くなったので深くは突っ込まなかったけど同郷の人が居るのは少し心強いと感じた。

 何かあれば相談できそうだし、なるべく仲よくしよう。

 武器が欲しかったら安くしとくぞという彼の申し出を丁重に断ってその場を後にした。


 ……オラトリアムってやっぱりすごい所だなぁ……。


 そこで働いていれば分かるけど、発展のスピードが異常とも言える。

 最近、薄っすらとだけど分かって来た物の相場から判断しても相当のお金を稼いでいる事は分かった。

 加えてあの多種多様な魔物の群れ。


 どうやって言う事を聞かせているのかまるで見当が付かないけど、空に陸にと人では不可能な働きをしてくれていて発展に一役買っているのが窺える。

 こうしてこの土地の庇護を受けられた自分は幸運だという自覚を忘れないように頑張ろうと気持ちを固めていると屋敷が見えて来た。


 門番の人に事情を話すとすぐに中へと通してくれます。

 以前はファティマさんが忙しいので代理の人が来たり、会えずに指示だけが来るのがほとんどだけど、通されたのは久しぶりだった。


 ……余裕が出来たのかな?


 それともたまたま手が空いていたとか?

 首を傾げつつ応接間で待っていると不意にノックが聞こえたのではいと返事をするとその人が入って来た。


 ……わー、すっごい美人。


 長い髪を首の辺りで一纏めにしたシンプルな髪形で雰囲気はファティマさんに似てるけど……。

 あぁと納得した姉妹の人かな?

 美人さんは優雅な仕草で会釈すると口を開きました。


 「初めまして。 ユスハラさんでしたか? 私はメイヴィス。 メイヴィス・マギー・ライアード。 ファティマ・ローゼ・ライアードの妹です」

  

 雰囲気が似ているからそうじゃないかとは思っていたけど、ライアードの人って美人さんが多いのかな……いや、やっぱり生まれが良いと顔の造形に出るのだろうか?

 そんな事を考えつつメイヴィスさんと話をする事になった。


 彼女は最近多忙なファティマさんの仕事を手伝う為に本家から呼び出されたらしい。

 業務内容と判断に関しては権限が与えられているので、わたしの仕事に関しても決めてくれた。

 今の所、資材の運搬は手が足りているので作物の収穫といつも通りの戦闘訓練を行って欲しいと言われ、わたしもそれを了承。


 正直、収穫作業が一番気楽だからかなりありがたい。

 一通り仕事の話が終われば後は雑談だ。 メイヴィスさんはファティマさんと雰囲気は似ているけど当たりは柔らかいので少し話しやすい。


 わたしの事は良く知っているようなので、専らこっちが質問する事の方が多かった。

 まず、ライアード家は女系でまだまだ姉妹が居る事と、それぞれが優秀なので遠くない内に全員がこちらの業務を手伝わされるかもしれない事、メイヴィスさんはその最初の相手として引き抜かれたようだ。


 ここ最近、ファティマさんが多忙を極めていると言う事で仕事を押し付けられたが中々大変だったと彼女は小さく微笑んでそう言った。

 

 ……確かに。


 聞いた話だけど、ここの管理などの統括を一人で全部賄っていたらしい。

 流石にわたしでも分かる程のオーバーワークだ。

 作物の出入りだけでも管理に手間がかかるのに、亜人種の人達への作業の割り振りに山脈と大森林の方まで見ないといけないのは流石に無理がある。


 現場レベルでなら問題ないかもしれないけどそれ以上の判断は彼女が行う必要があるのだ。

 一人では捌き切れないのは明らかだ。

 メイヴィスさん達が呼ばれるのもなるほどと頷ける。


 「私ばかり話すのも不公平ですし、ユスハラさんのお話も聞かせて欲しいですね? 管理する身としては現場のお話も知っておきたい所ですので」


 わたしは喜んで話をする事にした。

 彼女は聞き上手だったので、とても話が弾んだ。

 ついでにご馳走になったお茶とお菓子が美味しかったのも満足だった。


 話が済んだ後、わたしはそのまま帰宅したけど、足取りは軽い。

 メイヴィスさんか……いい人だったな。

 また話せたら嬉しいなと考えて温かい気持ちになった。


 ……明日も頑張るぞ!


 内心でそう考えてわたしは家へと駆けだした。

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