第390話 「死旗」

 戦っている者達が向かって来る辺獄種を切り裂き、打ち据え、叩き伏せる。

 場所は街から少し離れた荒野。 そこでは大規模な戦闘が行われていた。

 片やザリタルチュ攻略の為に集められた冒険者。


 片や辺獄を住処とする命亡き魔物達。

 絶え間なく押し寄せる死者達に冒険者は一人また一人と斃れて行く。

 終わらない攻勢に次々と心が折れ、戦意が萎える。


 誰もが敗北を予見していたが――

 

 そこに一筋の光明が現れた。

 街の侵攻に参加せずその場に残った者達が後続を引き連れて現れたのだ。

 それにより戦況は一気に傾く。

 

 特にグノーシスから派遣された聖騎士達は有効な手段を持っているのか、輝く剣をもって辺獄種達を軽々と排除して戦況を大きく傾かせる一因となっている。

 その中で戦っていたシシキンという男は持ち直した戦況を見て希望を見出した。


 周囲を見ると仲間達も全員健在だ。

 こうなった時、シシキンはどうすれば生き残れるかと途方に暮れており何とか脱出しようと必死だった。

 それが彼を街への侵攻へと駆り立てたのだ。


 向かって来る辺獄種を剣で斬り倒し、今まで付いて来てくれた仲間達の事を想う。

 五人の仲間達――中でも婚約者である彼女だけは何とか返してやらないと……。

 彼はアラブロストルの国境付近の村で育った。

 

 彼女は近所で育つ幼馴染で最初は異性として意識しておらず、精々仲のいい友達程度の物だろう。

 ただ、彼女といるととても安らぐので、ずっと一緒に居られればと考えていた。

 だから彼は彼女を冒険に誘ったのだ。


 その後、様々な冒険を経て行くうちに愛しさが募り、結婚を申し込む。

 一緒になると言う事は何かと物入りで、今までの蓄えを使っても少し心許なかった。

 だからこそこの降って湧いたような高額な依頼に飛びついたのだ。


 ――普段ならする筈の依頼の下調べを怠って。


 辺獄と言う地はそれ自体は有名ではあったが、その場所の詳細を知る者は驚く程少なかった。

 その為、彼は焦っていたのだ。

 仲間には大丈夫と気丈に振舞ってはいたが内心では苦悩していた。 知らずに仲間を死地へと誘っていたのではないのかと。


 どうすればいいのだろうか。 そんな悩みがいつまでもついて回った。

 だからこそ彼は素性は知れないが地竜という騎獣に乗った底知れない男を仲間にしようと試みたのだ。

 分からないなら分からないなりに、備える為の戦力を得る為に。


 だが、ローと名乗ったその男は彼の申し出を断りはしたが有用な助言をくれた。

 辺獄についてだ。

 そのお陰でシシキンはこの地に飛ばされても平静を失わずに済み、辺獄種による奇襲に対しても柔軟にとは言えなかったが対処は充分にできた。


 仲間が欠けなかっただけでも結果としては上々だろう。

 その後、志願者を募って街へ攻め入ろうと行動に移した。

 シシキンもそうだが、その場に居た人間の一部は薄っすらとだが気付いていたのだ。


 この地は悪意を以って自分達を迎え入れたと。

 不意の奇襲や後続との分断。 数多の判断材料が彼等にそう結論付けさせた。

 そしてその結論が彼に率先して攻めるという行動を起こさせ、今に至る。


 シシキン自身、こうして巻き返したという結果が付いて来たので判断は間違っていなかったと思いたいが、自分の選択と行動の成否には疑問を抱かずにはいられなかった。

 そんな時、ふと戦闘が始まる前に話した不愛想な冒険者の顔が脳裏を過ぎる。


 ローと名乗ったその男はシシキンの周りにはあまりいない種類の個性の持ち主だったので、何となく話すと新鮮な気持ちにはなった。 先行したので生死は不明だが無事であるといいが……。

 あの男なら自分の疑問にどんな答えを出すのだろう。

 シシキンはそんな事を考えて僅かに苦笑。


 そんな事を考えている暇があったら目の前の敵に集中だ。

 思い直して彼は更に剣を振るう。





 戦況が完全に冒険者側に傾いた所で状況に変化が起こる。

 聖騎士達が一斉に街へと向かったのだ。

 訝しむ冒険者達を尻目に彼等は主戦場から離脱していく。


 ただ、国側とは話が付いていたようで咎める者が居なかった事も冒険者達の疑問に拍車をかけた。

 勘の良い者はここに別の目的で訪れたのではと勘繰ったが、生き残る事が先決だと思考を棚上げする。

 だが、戦力は充分に足りていたので不満は特に出ず、戦闘は徐々に沈静化しやがて終了した。


 ――人間側の勝利で。


 「取りあえずだが片付いたな。 これからどうする?」

 「少し休憩を挟んで街へ向かおう。 この勢いのまま押し切ってしまうのがいい手だと思う」


 疑問を口にした男に応えたのはシシキンだ。

 彼は周囲に聞えるように先程と同じ事を叫ぶ。

 一部はしっかり休んでからにしようぜというが他は同意した。


 いつ出られるかも分からない以上、下手に休みすぎて緊張を解くのは良くないと考えたのだ。

 休みたいといった者達は今でこそ勝利の高揚感に包まれているがその興奮が冷めれば消極的になるかもしれない。 それならば勢いがある今の内に更に押してあわよくば押し切ってしまおう。


 シシキンの発言はそんな計算あっての物だが、本音は一刻も早くこの状況を済ませてここから出たいと言う事と、辺獄種に対して有効な装備を揃えている聖騎士達と合流したいと言う打算もあった。

 現状、聖騎士達と別行動を取っている今、さっきと同規模の敵に襲われると支えきれないといった確信もそれに拍車をかける。


 彼と似た考えの者達は即座に賛成し、他はそれに引っ張られる形で同意した。

 さぁ、少し休んで街へ行こう。 そう皆の意志が統一された矢先――


 ――それは起こった。


 最初に気付いたのは誰だっただろうか?

 それは分からない。 誰かが空に何か黒い点のような物が見えると言ったのが始まりだった。

 皆が視線を向ける間にもその何かは数を増やして黄昏色をしている辺獄の空を汚していく。

 

 魔法の心得がある者達が視力を強化してそれの正体を確認して――絶句した。

 

 「おい……何だぁ……ありゃぁ……」


 彼等が視た物は聖騎士だった物。

 先行して街に向かった聖騎士や冒険者達の死体だった。

 どれとしてまともな物はなくバラバラになった彼等の死体が何故か全て宙に浮いているのだ。


 死体やその一部が次々と街から糸か何かで引っ張り上げられるように空へと浮かんで行く。

 数多の修羅場を潜り抜けて来た冒険者や国に仕える騎士達もあまりの光景に立ちすくむしかなかった。

 そもそも何故彼等が全滅した上、死体がバラバラになって宙に浮いているのかも理解できないのだ。

 

 固唾を呑んで状況の推移を見つめていると不意に変化が起こる。


 「何だ……あれは、燃えているのか?」

 

 気付いた者が変化を口にする。

 浮いている死体が次々と赤黒い炎に包まれて行く。

 

 そして――

 

 「不味い!! 防御魔法を!!」


 気付いた者は顔を青くし即座に警告を発した。

 同時に炎上した死体が凄まじい速度で放物線を描いて彼等を目がけて殺到したのだ。

 幸か不幸か距離があったので防御が間に合った者が多かった。


 魔法を使える者は障壁を盾を持っている物は構えて襲来に備える。

 着弾。

 死体や死体のパーツ達は何かに接触したと同時に次々と爆散。

 

 纏っていた赤黒い炎を撒き散らしその場に居た者全てに襲いかかった。

 色こそ異様ではあったが、その炎は殺傷力と言った点では普通の炎と大差なかったが――


 「がああああああああああああ!」


 悲鳴が上がる。

 それもあちこちで。

 発生源は炎に触れてしまった者達だ。


 「痛ぇ……何だよこれ……」


 炎は触れた者に凄まじい激痛を齎したのだ。

 即座に火を消したが、火傷の跡が抉るような痛みを訴え続ける。

 それは回復魔法で傷を癒しても止む事はなかった。


 全体の三分の一以上が何らかの形で炎に触れてしまい絶叫を上げる。

 無事だった者も負傷者をどうするのかと炎への対処でそれへの対応が遅れた。

 それも致命的に。


 態勢を立て直せないまま、彼等が最後に見た物は街から飛来する闇色の光条。

 それを目に焼き付けたまま反応もできずに彼等は昏い光へと呑まれて行った。

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