第378話 「勧誘」
辺獄の領域――固有名称をザリタルチュという。
正式にはあの近辺の地名がそうらしいが、どちらにせよ迂闊に近づけるような場所ではないのでそう呼ばれている。
草も生えていない荒野にテーブル状の岩山が多数あり、魔物ですらほとんど寄り付かない荒れ地だ。
まぁ、食えそうな物がないから何も居ないと言う話もあるがどちらにしても頷ける話ではある。
……でだ。
そこに足を踏み入れるとアンデッドの群れがどこからともなく現れて襲いかかって来るらしい。
俺も辺獄でそれは経験しているので特に驚くような事じゃないが……。
厳密には辺獄ではない場所でそんな事が起こり得ると言う事は少し驚きだ。
さて、本来は連中もその荒野から出てこないので、基本的に踏み込みさえしなければ無害な筈だった。
――が。
ここ一年ほど前から出てこない筈のアンデッド共が近隣の村や町を襲い始めたのだ。
最初は散発的だったが日に日に襲撃の頻度が増し、ここ最近は日に数度も襲ってくるようになった。
半年前位の時点でこの事態を重く受け止めた両国はザリタルチュを封じ込めるように砦を作り、抑え込んでいるが日に日に圧力を増すアンデッド共の攻勢に討って出る事を決定。
こうして大攻勢の準備を始めたようだ。
国からそれぞれ戦力と資金を出し合って大量の冒険者を雇用して頭数を揃え、数日後に進軍を始めるとの事。
……まぁ、いい時期に来れたな。
依頼を確認する限り、ザリタルチュへの侵攻の成功を以って依頼達成となっている。
尚、参加前に逃亡して達成報酬だけ受け取ろうなんて考えた輩は投獄を通り越して死罪とすると書いてあった。
恐らくリストを作成した後、当日に確認作業を行うのだろう。
点呼時に不在だった場合は逃亡と見なされると言う訳だ。
どちらにせよ行くつもりではあったので一応、請けておいた。
他の連中にアンデッド共を負担して貰えば俺も楽できるからな。
そこまで分かれば広場で仲間を募集していた連中の意図も良く分かる。
事が始まれば何が起こるか不明な以上、頼れるのは自分のみ。
だが、仲間を増やしてパーティー単位で行動すれば死亡する確率を大きく減らせる。
そう考えれば雑魚でも頭数が欲しいと言ったのが本音だろう。
最悪、囮か弾除けにでもすればいいからな。 乱戦になるのが目に見えているので、使い道はいくらでもある。
さて、やる事も済んだし当日まで適当に時間でも潰せばいいか。
アープアーバンで手に入れた金と元々持っていたウルスラグナの硬貨を換金すればしばらくは何もしなくても問題はない。
取りあえず宿に戻るとするか。
サベージは厩舎にソッピースは宿の部屋に放り込んである。
荷物を見張らせておいて部屋に忍び込もうとするやつが居たら連絡を入れるように言ってあるので、それがないと言う事は今の所は問題がないと言う事だろう。
ただ、サベージの方は少し問題があるようだ。
厩舎の周りに随分とギャラリーが集まっていて、鬱陶しそうにしている。
宿の人間には餌をやる分には問題ないが、知能が高いので妙な真似をすると襲いかかると釘を刺して置いた。
血迷った馬鹿が何かしたら自己責任と言う事も周知しておけと付け加えておいた。
当然ながら料金には色を付けておいたが。
同時に面倒なと嘆息する。
本来なら町の外に隠すのが良いのかもしれないが、困った事にこの辺に隠せるような場所がない。
それにギルドに話を通しておく必要もあったので連れて行くしかなかったのだ。
なるべく厩舎を避けて宿に戻ろうとしたが――
「そこの君、少しいいかな?」
振り返ると冒険者っぽい連中が声をかけて来た。
人数は五人。 首から下がっているプレートを見ると……青が三人、赤が二人。
さっき餌にした連中よりは格上か。
「俺に何か用かな?」
「宿の厩舎にいる地竜なんだが、君が使役していると言うので間違いないかい?」
――面倒なのに捕まったな。
「そうだが?」
リーダーらしい優男の質問にやや迷ったが、隠しても意味がないので正直に答える。
その答えに関心とも驚きとも取れる表情を浮かべた。
「なるほど、ところで物は相談なんだが――」
「勧誘なら他を当たってくれないか?」
言い切る前に断りを入れる。
近くの物陰でこちらを窺っている連中もいる事だしここらではっきりと言っておくべきだろう。
優男が言葉を詰まらせる。
「はは、やっぱりダメかぁ……。 ちなみに理由を聞かせて貰っても?」
「一人でやるのが性に合っているのでな。 それに、騎乗している以上は速度に差が出る」
そこまで言うと優男が察したように頷く。
「なるほど、足の速さが活かせないのか。 そう言う事なら納得だ」
優男は親指で近くの酒場を指差す。
「折角話せる機会に恵まれたんだ。 これでさよならは勿体ないし、良かったら少し飲まないか? これでも赤で君の先輩だ。 少しぐらいは奢ろうじゃないか。 代わりに冒険の話を聞かせてくれよ。 ここらじゃ見かけない顔だし遠方から来たんだろ?」
「いいだろう。 情報交換も大事だしな」
断ろうかとも思ったが、奢ってくれると言うのなら話は別だ。 行こうじゃないか。
優男はシシキンと名乗り、簡単にだが身の上話を聞かせてくれた。
生まれはアラブロストルだが、あちこちの国を転々と旅しながら冒険者業に勤しんでいたらしい。
主に商隊の護衛をメインに依頼をこなしていたようだ。
奴を含めてパーティーメンバーは六人。
この場に一人いないのは情報を集めているらしい。
男四人女二人のメンバーで、男が三人しかいない所を見ると居ない奴は男のようだ。
女の片方はシシキンの恋人で近々結婚の約束をしているようだ。
故郷がこの近くなのでこの依頼が済めば彼女を紹介するとにこやかに語っていた。
残りの女も他の男と夫婦関係なので残りの二人は羨ましそうにしている。
正直、心底どうでもいい話だったが、ただ飯を食える代価と思えば安い物なので、食いながら話しやすいように相槌を打っておく。
それに話し終えればこっちの話を聞かせろと言って来るのが目に見えているので、今の内に質問内容と返答を考えておくべきだ。
「――と言うのがこっちまで来た経緯だ。 今度はそっちの話を聞かせてくれないか?」
ほら来た。
「……それは構わないが、生憎と俺は人に物を話すのが得意じゃない。 悪いがそちらの質問に答えるといった形にしてくれるとありがたいが?」
「分かった。 そうだな……あの地竜との出会いなんてのはどうだ? どこで出会ってどうやって使役するに至ったかが聞きたいな」
他の連中も興味があるのか食事の手を止めてこちらに熱い視線を注いでくる。
そんなに見るなよ。 やり難いな。
「奴と出会ったのはウルスラグナの北部だ。 群れからはぐれたのか一匹だけで――」
「ちょ、ちょっと待ってくれ。 ウルスラグナ? 君はあそこから来たのか?」
シシキンは何故か驚いたような口調で聞いてくるので頷いておいた。
「ウルスラグナってどこだっけ?」
首を傾げているのはシシキンの仲間の一人だ。
まぁ、ある意味当然の反応か。 ウルスラグナはアープアーバンの向こうだ。
あの領域を越えるのは難しい。 その為、国交も薄いからな。
興味の持ちようがないので知名度が低いのも頷ける。
……だが、冒険者が周辺国の地理に詳しくないのは少し問題じゃないか? 俺も人の事は言えないが。
「この大陸の最北端。 アープアーバン未開領域の向こうだよ」
シシキンは流石に知っていたようで、仲間に説明を入れるとようやく理解したのか表情に驚きが混ざる。
「え? あの危険地帯の向こう? 凄いなぁ……」
「それも地竜のお陰なのか? いいよなぁ……俺も捕まえて騎獣にしてえぜ」
「おっと、済まない話の腰を折ってしまったな。 さ、続けてくれ」
シシキンに促されるまま俺は適当に脚色した話を続けることにした。
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