第374話 「答合」

掻き さて、町長から頂いた記憶で随分と面白い事が分かった。

 現在、この国は随分な掻き入れ時のようだ。

 武具や素材の類が飛ぶように売れているらしい。


 理由はこの国の南端――隣国アラブロストルとの国境で武具の需要が急激に高まっているからだ。

 隣国との仲は良いので別に戦争になるといった事ではないが、ちょっとした緊張状態ではある。

 さて、その原因は何かというと事態は少し複雑だ。


 国境付近――アラブロストル寄りの位置に存在するとある場所にその問題がある。

 辺獄種の存在、要はアンデッドだ。

 そこには辺獄の領域と呼ばれるアンデッドの多発地帯があり、そこから連中が這い出して近隣の街や村を襲い、国境を踏み越えフォンターナへと現れているようだ。


 お陰で近辺は酷い有様らしく、冒険者や両国の兵士や騎士が集まって討伐に大忙しで武器の需要もうなぎのぼりらしい。

 あちこちから武器や人材が集まって大賑わいと言う訳だ。


 その為、アープアーバンの良質な素材は仕入れた端から売れるという有様で、町長が気合を入れるのも頷ける。

 現状、アンデッド共は途切れることなく湧いてきているので、騒ぎが終わるまでに稼ぎたいのだろう。


 ……辺獄種か。


 一度辺獄という地に足を踏み入れた身としては思う所はある。

 それにしても、辺獄の領域とは何だ?

 今まで俺が得た知識の中にもそこまで正確な物はない。


 曰く、あの地は辺獄への入り口である。 死した者はあの地から吹く風に攫われて辺獄へと向かう。

 曰く、辺獄の王が封印されており、そこから漏れる魔力によって辺獄種が生み出されている。

 

 ――等々、他にも諸説あるが、まぁ良く分かっていないと言うのが実状だ。


 世界数か所に存在しており、調査を行う命知らずは後を絶たないが、成果を持ち帰った奴がほとんどいないので、結局良く分からんが危険な地と言うのがこの世界での認識となる。

 

 ……確かウルスラグナにも一ヶ所あったな。


 辺獄に一度行った事もあり、足を向ける事に抵抗があったので近寄るような真似はしなかったが、機会があれば調べに向かうべきなのかもしれないな。 正直、乗り気はしないので必要に迫られない限り足を向ける事はないと思うが。

 ただ……いや、これは建前だな。

 正直、辺獄と言う地には興味はある。 だが、またあのゴミ屑が現れるかもと考えると関わる事に凄まじい抵抗が生まれるのだ。


 あれ程、俺の精神に不快感を与える存在は居ないだろう。

 同時に忌避感も。 これは一体なんだろうな。

 冷静に自己診断するが、今一つ明確な理由が出てこない。


 ……まぁいい。


 他人に期待するのは好きではないが、筥崎の予言とやらにその辺の答えを得る何かがあればいいのだがな。 なければ奴を始末して自分の足でまた探せばいいだけの話だ。

 期待とは我ながら少しらしくないなと自嘲して、町長にはストリゴップスから手を引く事とそのままいつも通り振舞えと命令してその場を後にした。


 これで依頼は完了の筈だが、果たしてあのデカブツが納得してくれるだろか。

 いくら何でも簡単すぎた。 すんなりいく分にはいいが、行き過ぎると不安になるとはウルスラグナで戦り合ったテュケやグノーシスとの経験と比較して拍子抜けしてるのか?

 

 どちらにせよ心当たりは潰した。

 後は奴の予言とやらが満足してくれる事を祈るだけだな。

 朝を待って戻ろうと脳裏で移動予定とルートを吟味しながら俺は夜の街へと足を向けた。




 日が昇ったところで町を後にしてアープアーバンへと向かう。

 サベージに連絡を入れたが、今の所は問題はないとの事。

 ならいいかと俺はそのまま魔物の領域へ入る。


 飛んで行くので来た時と同様に特に襲われる事なく元来た道を戻る事が出来た。

 念の為、魔法による索敵を怠らなかったが、特に怪しい気配も無し。

 数日かけて筥崎のテリトリーまで戻る。


 待っていたサベージと洗脳した鳥と合流。

 念の為、鳥に周囲の警戒を任せて中へ入る。

 俺はサベージを連れて筥崎の下へと向かう。


 流石に数日ではそこまでの変化は起こらず、最後に見た時と変わらなかった。

 最奥に到着した所で声をかける。


 「一応、森に入った冒険者とその依頼人の処理は済ませた。 そちらの予言とやらに問題がなければ約束を果たしてほしいが?」


 洞窟内が小さく揺れる。

 どうやら奴が小さく動いたようだ。


 ――確認します。 しばらく待っていてください。


 何だそりゃ。


 いきなり役所の受付みたいな事を言われて思わずそんな事を考える。

 聞けば筥崎の予言はある程度狙って聞く事が出来るが、消耗が激しいそうだ。

 あの巨体でもかなり厳しいらしく無理をすると意識を失うらしい。


 実際、生前は一日の大半を眠って過ごしていたぐらいだから推して知るべしか。

 無理をした結果が死だからな。

 取りあえず、自然と降りて来るまで待って欲しいとの事。


 まぁ、そう言う事なら待とうじゃないか。

 今日中には答えが出るらしいしな。

 

 「……ところでいくつか質問しても?」


 黙って突っ立っているのも退屈だ。

 少しお喋りでもしようじゃないか。


 ――答えられる事なら。


 「辺獄と言う地について何か知らないか?」


 色々と妙な知識を溜めこんでいるようだし何か有用な話が聞ければと思い質問をぶつけてみたが……。


 ――…………。


 返って来たのは沈黙。

 まぁ、情報を売り物にしてるんだ。 雑談レベルの会話で吐き出してくれるはずないか。

 ならしばらくは記憶の精査でも――


 ――多くは知りません。 でも、少しなら……。


 おや、意外な反応だ。 答えてくれるとは思わなかった。

 俺の驚きを余所に筥崎は続ける。


 ――死者が積み重なる天秤。 今はそれだけしか分からない。


 随分と抽象的な答えだな。 前半は何となくだが分かる。

 死んだ人間をかっ攫っていくからな。

 後半の天秤って件が良く分からん。 閻魔でもいて天国地獄に振り分けてくれるのか?


 考えたがしっくりくる答えは出てこない。

 俺はならばと質問を変える。

 

 「なら、世界各地にある辺獄の境界とやらについては?」


 ――残滓。


 一言かよ。

 即答してくれるのは大変結構なのだが、残滓と言われても何の残りカスなのか教えてくれんと分からんぞ。


 「悪いがもう少し詳しく説明できないか?」

 

 ――……世界を支える樹の成れの果て。 殻を破り、生まれ変わる為に命を貪る。

 

 「……厳密には辺獄とは別と言う事か?」

 

 ――限りなく近い。 どちらも命と死を欲しがっている。


 うーむ。

 さっぱり分からん。 これは俺の理解力が不足しているのか?

 それとも煙に巻かれているのだろうか? 恐らくは奴の理解力の問題か。


 情報は仕入れているが奴自身がそれを知識として出力できていない。


 「その樹と言うのは?」

 

 質問したのはこっちだし根気強く聞くしかないか。

 まずは気になったワードに付いて尋ねてみる。

 樹と言うのが少し引っかかったからだ。


 ――死の樹クリフォト。 それ以上の事は分からない。


 クリフォト? それが樹とやらの名称か?

 まぁ、名前を知った所でどうと言う事はないが、辺獄と言う場所がそれだけ特別な場所でこちらと重なっているとされる領域が何かしらの意味を持っているのも薄っすらとだが分かった。


 その後も二、三質問を繰り返したが、要領を得ない答えばかりでこれと言った収穫はなさそうだ。

 

 ……辺獄に関してはこれ以上出てこないか?


 ならばと質問を変えようとした所で――


 ――答えが出ました。 ありがとう。 危機は回避されました。


 時間切れのようだ。

 いや、寧ろこれからが本番か。

 

 「そりゃよかったな。 結局、あの町長とやらを何とかするだけで良かったのか?」


 あの連中にここをどうにかする能力があるとはとてもじゃないが思えなかったが……。


 ――問題は町長ではなく、町長が今後雇い入れる者。


 それを聞いて理解が広がる。

 要は鼻が利く奴をこの後雇う予定だった訳か。 そう言う事なら問題ないな。

 と言うかそれを先に言え。 森に居た連中を無理に始末する必要はなかったじゃないか。


 まぁいい。 こっちは約束を果たした。 次はそっちの番だ。

 

 「では、教えて貰おうか? 俺についての事って奴を」


 ――分かりました。 では、あなたは自身の何を知りたいのですか?


 少し悩んだが括りを大きくすることにした。


 「なら、ざっくり聞くとしよう。 俺は何だ・・・・?」


 転生者? それとももっと別の何かなのか?

 間違っても人間ではないのは確かだろうが――。

 しばしの沈黙の後、ゆっくりと答えが紡がれた。


 ――あなたは「否定」――


 と。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る