第346話 「聖剣」

 「……さっきから色々とやってくれているがその剣の力か?」


 思わずそう呟く。

 流石に不自然だったからだ。

 床の陥没もそうだが、剣の当たり方もこちらの防御をすり抜けて予想以上のダメージとなった。 


 運がいいと言えばそれまでだが、それを確信しているかのような動きだ。

 狙っているかとも思ったが、あの女の技量を見る限りその線は薄い。

 アメリアは薄く笑みを浮かべて見せつけるように剣を持ち上げる。


 「これが気になるか?」

 

 俺は答えない。

 アメリアは顔に笑みを張り付けたまま剣を構える。

 

 「そうだな。 持っているだけでご利益がある聖なる剣とだけ言っておこう」


 ほう。 それは便利そうだ。

 持っているだけでさっきのような幸運を狙って起こせるのか。

 だとしたら是非とも欲しいものだ。 手に入れればお前等みたいなふざけた連中と遭遇しなくなるかもしれんしな。

 

 さて、額面通りに捉える気は無いが、本当に幸運を手繰り寄せる類の武器であるのなら厄介だな。

 何が起こるか分からんのは対処が難しい。

 加えてザ・コアの砲撃を防いだ防御力。 聖堂騎士の専用装備と比較しても格が違う。


 何故逃げないかとも思ったがそんな武器があれば逃げる必要すらないと言う訳だ。

 つまり俺を捕獲し損ねた場合に備えて始末する手段も用意していたと。

 

 なるほど。 こういう手合いか。

 アスピザル達が執拗に始末したがる訳だ。

 こんな奴をのさばらせておくと碌な事にならない。

 

 ……さて、どう仕留めた物か。


 とにかく情報が足りん以上は戦って突破口を見出すとしよう。

 俺は足に力を込めて走り出す。 ザ・コアを振りかぶりながら意識を集中。

 回転はしない。 機能の復旧まではもう少しかかる。


 狙いはアメリアではなく加々良だ。

 あの女は何をやっても防がれる可能性がある以上、確実に殺せる加々良を優先するのは当然だろう。

 それにアメリアに集中したいので他は邪魔だ。


 加々良も狙いが自分と気付いたのか身を僅かに低くして身構える。

 

 「つれないな。 私を無視するとは非道いじゃないか」


 お前は後だと無視しようしたが、そうもいかなくなった。

 剣を突き付けると柄の辺りから橙色の光が漏れる。

 同時にその周囲に水銀の様な水玉が波打ちながらぽつぽつと現れた。 数は四。


 「射抜け」


 玉は瞬時に馬上槍の様な形状に変化するとこちらに向けて飛んで来た。

 そんな事もできるのか。 咄嗟にザ・コアを楯にするように構える。

 槍はザ・コアを物ともせずに貫通。 四本の内、二本が俺に突き刺さる。


 熱を持っているのか傷口に焼けるような感触。

 同時に斜め上から重たい衝撃。 加々良にぶん殴られたと自覚した時には地面をバウンドして転がる。

  

 ……やってくれる。

 

 即座に立て直し、傷口の治療に専念。

 体に刺さった水銀の槍を再生する事によって体外へ押し出す。

 抜けたと同時に魔法で身体能力を底上げして即座に移動。 同時に俺の居た場所に追加で飛んで来た槍が突き刺さる。


 足を止めるのは不味い。

 水銀の槍はゆっくりと浮かび、床から勝手に抜けると回転しながらこちらに喰らいつかんと飛んでくる。

 鬱陶しい。 そして当然ながらその隙を見逃す加々良ではなく。

 

 盾で執拗に殴りつけようとしてくる。

 サイズが上がった事により動き自体が大振りになった為、見切り易くはなった。

 ただ、アメリアの的確過ぎる支援のお陰で躱せない。


 水銀の槍が足に突き刺さり床に縫い付けられる。

 同時に盾を正面から喰らって大きく仰け反った。

 そして追い打ちとばかりに残りの槍が背中から突き刺さる。


 左腕ヒューマン・センチピードの百足で体に刺さった槍を引き抜きながら手で掴んで足に刺さった分を引き抜く。

  

 「ほう。 心臓を貫いたはずだが、まだ動けるのか。 儀式の成果か、それとも元々そうだったのか、興味深いな」


 アメリアは余裕なのか後ろで何やら嘯くようにそう口にする。 

 傷を再生させながら冷静に思考を回す。

 まずは加々良に関しては問題ない。 奴には制限時間がある。


 粘れば勝手に動けなくなる筈だ。

 これは石切から聞いた話だが、解放は転生者の切り札であると同時にリスクの高い諸刃の剣らしい。

 制限時間は勿論、使い終わった後の疲労感が凄まじく、反動でしばらくはまともに動けなくなるらしい。


 その為、転生者は解放を躊躇する傾向にある。

 奴の受け売りだが、ある程度の思い切りか、追い詰められて踏ん切りをつけないとまず使ってこないとの事だが……。


 つまり、転生者を仕留める上でやってはいけないのは半端に追い詰める事って訳だ。

 

 ……まぁ、俺はそれをやってこの窮地に追い込まれた訳だがな。


 権能が効いているお陰で、身体能力が落ちている筈だが、これだけ動けているという事を見ると連中の身体能力がどれだけ増加しているかが良く分かる。 もしかしたらアメリアがあの剣で何かしらの支援をしているのかもしれんな。


 問題はアメリア自身だ。 どう突破した物か。 

 奴自身はそこまで大した事はない。 身体能力は勿論、剣を扱う技量も底は見えている。

 正直言って、そこらの騎士より劣っているとみて間違いない。


 だが、その手に握っている剣が劣った能力を補って余りある程の脅威だ。

 どこからあんな代物を持って来たんだと言いたくなるが今はいい。

 権能が効いていない事は不思議じゃない。 実際、その辺の護符や魔法道具で抵抗できるからだ。


 だが、あの妙な幸運と水銀の槍。

 加えてザ・コアの砲撃を防ぐ魔法防御。

 いくら何でも盛り過ぎだ。 その全てをあいつ一人の魔力で賄っていると考えるとおかしい。


 明らかに消耗している素振が見えないからだ。

 考えられるのはあの剣自体が魔力を生み出していると言う事だが……。

 そうなると完全にお手上げだ。 使うだけで消耗無しとはイカサマみたいな剣だな。


 加々良が追撃をかけて来るのを躱しながらそんな事を考えつつ、更に思考を加速させる。

 五感を研ぎ澄まして情報を集め、魔力を権能の維持の為に吐き出し続け、体は敵の攻撃に対処。

 流石に無敵と言う事はあり得ないだろうし、何かしら付け入る隙がある筈だ。


 ……ないと困るんだがな。


 あの女自体は大した事がないという結論が出ているので剣自体の欠点を探す必要がある。

 まずは攻撃手段。 打撃と水銀の槍。 見た所、四つまでしか操れないようだが……充分脅威だ。

 防御に関しても厄介なのは言うまでもない。 飛び道具は効かんとみていいな。


 分かっている能力としてはそんな所だろう。

 

 ……それにしても。


 気になるのはあのデザインだ。

 何故、鞘に収まりっぱなしなんだ?

 加えて、縛っている鎖。

 

 どう見ても抜けないように細心の注意を払っているとしか思えない納め方。

 明らかにおかしい。 それとも鞘と鎖とセットで運用して力を発揮する?

 有り得なくはないが考え難い。


 柄の装飾に比べて鎖と鞘のデザインが不釣り合いだ。

 豪奢な柄に無骨な鞘と鎖。 まるで、納める為に急遽用意したようにすら見える代物だ。

 もしかしなくてもそう言う事か?


 ……あからさま過ぎる気もするが……。


 他に効きそうな手を思いつかない以上、やってみるしかないな。

 槍が飛んでくる。 左腕ヒューマン・センチピードで迎撃。

 三つ打ち払ったが残りの一つが掻い潜って飛んで来た。


 下がって躱そうとした所で足が何かに引っかかって躓く。

 同時に斜め上から腹を貫通してさっきと同様に床に縫い付けられる。

 加々良がここぞとばかりに追撃。


 ……ここだな。

 

 奇襲は一度しか使えないから使い所は見極める。

 上半身と下半身を分離。 加えて<飛行>を使って上半身だけ宙に浮く。

 取りあえず、お前は邪魔だ。

 

 「な!?」


 一撃が空を切ると同時に左腕ヒューマン・センチピードを全てを加々良の首に巻き付ける。

 そのまま背に張り付いて一気に引く。 百足達は俺の意を汲んで行動。

 加々良の首を一気に横に回す。


 ゴキリと嫌な音が響き、奴の首が一回転。

 俺は手を緩めずに奴の周囲を飛んでもう一回転させる。 流石に耐え切れず、奴の首が捻じ切れて胴体と分離。

 それを確認したと同時に奴の体から離れる。


 一瞬遅れて俺を再補足した槍が飛んでくるが、千切った加々良の首を投げつけて移動。

 その間に自力で拘束から抜けた下半身がこちらに走って来ていたので合流して合体。

 元の姿を取り戻す。


 重たい音がして加々良の巨体が崩れ落ちる。

 流石に今回は死んだようで鎧が散らばる音も響いた。

 俺はそれを無視して残ったアメリアに肉薄。


 背後から槍が追って来るが無視。

 アメリアは迎撃が間に合わないと悟ったのか剣を構える。

 俺は仕留めるべく間合いに入った。


 当然ながらアメリアが迎撃に剣をフルスイング。

 左腕ヒューマン・センチピードで剣を絡め取ろうとするが、悉く掻い潜り俺の胴体に入る。

 

 重たい衝撃が全身に響く。

 よし。 狙い通りだ。

 俺は喰らうと同時にザ・コアを手放して剣の鎖と鞘を掴む。

 

 随分と念入りに封印しているようだが、引き千切ったらどうなるんだろうな?

 力を込めると鎖と鞘に亀裂が入る。

 そこまで頑丈じゃない。 素手で行けるな。


 「そう来ると思ったよ」


 アメリアは片手で剣を保持したまま残った手で腰に手を伸ばし何かを引き抜く。

 短剣か何かか? 悪いがそんな物でくたばる程――

 飛び出したのは鉄の塊ではあったがもっと機械的だった。


 女の手にはやや大振りだが、携行するには適切なサイズだ。

 無骨なデザインだが、原型となった物品の特徴を色濃く残していたのでその正体はすぐに分かった。

 銃。 所謂、拳銃ハンドガンと呼ばれる代物だ。


 至近距離で顔面に突き付けられる銃口。

 冷静に躱せないと判断。

 防御は……間に合わん。 これは無理か。


 そう考えたと同時に目の前で銃口が光り、衝撃が俺の顔面に炸裂した。

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