第305話 「仲間」

 「……いや、何でだ? 何故そこであの化け物が出て来る?」

 

 恐らくムスリム霊山でクリステラを追い詰めた奴だろう。

 ゲリーべの件にもダーザインが絡んでいるのか?

 それにしては妙だ。


 本当にそうだったとして目的は何だ?

 ゲリーべは拠点としての価値は低い。

 正直、大した施設もない言っては悪いがただの田舎で、わざわざ街を焼く必要があるような脅威ではないはずだ。


 それとも例の実験を嗅ぎつけて成果を掠め取ろうとした?

 可能性は低いが何らかの目的の為にクリステラを助けた?

 意図がさっぱり分からん。

 

 「私にもあの者が何故あの場に居たのかは分かりません。 ですが、結果的にではありますがあの者に救われました」


 話によれば奴が乱入したお陰でその場からの離脱に成功し、加えてアラクランとサブリナの両名を押さえていたようで、追ってこなかったらしい。

 その後、追撃に来たエルンストとヴィングを撃破して追手を振り切ったそうだ。


 さらっと同格の聖堂騎士を二対一で返り討ちにしている辺り、このお嬢さんもとんでもないな。

 エルンストもヴィングも伊達で聖堂騎士を名乗っては居ない。

 特にエルンストはゲリーべに行くまでは国のあちこちで戦っていた熟練者だ。


 ……弱い訳がないんだがな。


 まぁ、相手が悪かったって事かね。

 そう納得して話の続きを促した。

 俺の知りたかった件もこの辺りだ。 自然と身構える。


 二人を撃破したクリステラは近場の厩舎で馬を奪って街の外を目指す。

 その途中で例の閃光を見たと。

 確かに聞いた話の通り、光が街を薙ぎ払ったらしい。


 次の瞬間には街の全域――少なくともクリステラが見える範囲は軒並み炎に包まれた。

 

 「確かに凄まじい光景でしたが、問題はその後です」


 その後の内容は酷かった。

 燃え盛る街を魔物の群れが襲ったのだ。

 問題はその魔物の正体で、それを見たイヴォンという少女の反応から、孤児院に居た子供の成れの果てだったらしい。


 そこまで情報が出揃うと色々と見えて来る。

 つまり、魔物の正体は実験に使われた人々で、繰り出したのはサブリナ。

 恐らくは例の化け物に追い詰められて繰り出したといった所だろう。


 見境なく襲っている所を見ると制御に失敗したと見て間違いない。

 結局、あの街が滅んだのは自滅に近い形なのだろう。

 

 ……そりゃ表沙汰にはできんな。


 緘口令が敷かれている事にも納得だ。 その為、知っている人間はグノーシス内部でもそう多くない。

 プティート領は現在出入り禁止で、恐らくゲリーべは包囲して封じ込められているといった状態だろう。 

 上もこの話の真相を知っているからこそ隠して処理するつもりなのだろう。


 「……取りあえず話は良く分かった」


 分かりすぎるぐらいに。

 正直、聞きたくもない話だった。

 グノーシスの負の部分に完全に足を突っ込んでしまった以上、もう腹を括るしかないのは理解しているが、どう動いた物か。


 「グノーシスがヤバい事をしている。 それははっきりしたな。 クリステラのお嬢さんとしては今後、どう動くつもりだ?」


 半ば答えを察してはいるが俺は諦め半分で質問を投げかける。

 クリステラはいつもの真っ直ぐな視線でこちらを見た。

  

 「不正を暴き、グノーシスを正します」


 全く迷いなく言いきった。

 無謀とも取れなくもないが、選択肢としては悪くない。

 グノーシスの影響力は強い。 子供連れで逃げ切るのは不可能と言って良いだろう。


 だからこそ、打って出て何らかの形で追われない状況を作る。

 逃げ切るよりはましだが、難しいという点ではそう変わらない。

 

 「それは分かったが、具体的にどうする? ここの教団関連の施設でも襲って証拠品でも探すか?」

 「いえ、枢機卿を捕らえて民の前で自白させます」


 ……は?


 何を言っているのか理解できなかった。

 いや、理解したくなかった。

 捕らえて自白させる? 枢機卿を? いや、無理じゃないか?


 脳裏で真剣に検討してみたが、どう考えても無理だ。

 そもそも近づく事すら困難と言える。

 一人でも捕まえる事が出来れば目的自体は達成できるだろうが、あそこは異邦人共の巣だ。


 何人いるかも分からん。

 聖堂騎士複数の守りを突破しての襲撃。

 連中自身の実力も未知数な以上、現実的じゃない。


 「いや、お嬢さん? そもそも顔すら見せないような連中だぞ? ちょっと無理じゃないか?」

 「教団の重要人物が住む居住施設、城塞聖堂に居る事は間違いない筈です」

 「まてまてまて。 まさか、あそこに踏み込むのか?」


 王都のグノーシス関連施設は一角に固まっており、その中で一番奥にある居住施設――通称城塞聖堂と呼ばれている建物がある。

 四方を水堀に囲まれ、出入り口は正面にある跳ね橋のみ。


 使用しない時は橋は上がっており、用がない限り近づく事すら不可能だ。

 無理に水堀を越えたり不正に跳ね橋を操作しようとすると、即座に伝わり精鋭の聖殿騎士や異邦人共がすっ飛んでくる。


 「ええ。 あそこを探せばすぐにでも見つかるでしょう」

 「正気か? そもそもあそこは内部からの手引きでもないと侵入は無理だ」

 「跳ね橋は外からでも操作できるのでは?」

 「あぁ、できるとも。 だが、それをやったら即座に詰めている精鋭に取り囲まれるぞ」

 

 クリステラは表情一つ変えずに頷く。

 俺にはこのお嬢さんが何を考えているかさっぱり分からん。

 それとも何か手でもあるのか?


 「確かに一人では難しいでしょう。 ですが二人ならばどうでしょう?」

 

 ……。


 衝動的に目の前の女を家の外に叩き出したい衝動に駆られたが、自分の方が遥かに弱い事を思い出してぐっと堪えた。


 「……つまりあれか? 俺に片棒を担げと?」

 「協力して頂けるのでは?」


 俺がそう言うとクリステラは心底不思議と言った表情で首を傾げる。

 何だその反応はと思ったが、何だかんだで付き合いは長い。

 考えている事を何となくだが察してしまった。


 恐らくクリステラは俺が匿う事に協力的だったから、全面的に力を貸すと好意的に解釈しているようだ。

 つまり目の前のお嬢さんの中では、俺は何でも協力すると態度で示しているんじゃないか?

 その証拠に俺が協力するのが当然といった態度を崩していない。


 ……冗談だろ?

 

 そう言いたかったし、やってられるかと断ってやりたいが、そうもいかない事情がある。

 こいつが捕まれば元の木阿弥。

 俺の立場が危うくなるのは目に見えている。

 

 断ればほぼ確実にクリステラは捕まる。

 かといって協力しても捕まれば終わると。

 このお嬢さんの性格上、考えを曲げると言う事はあり得ない。


 やると言えば間違いなくやる。

 それは俺がどう返事をしても変わらないだろう。

 

 ……否応なしか。


 選択肢がない以上、もう悩む事すらできない。


 「……分かった。 手を貸そう」


 俺にはそう言う事しかできなかった。

 それ聞いてクリステラは笑みを浮かべる。


 「そう言って頂けると思っていました。 やはり貴方を頼ったのは正解でしたね。 それで、何か案はありますか?」


 ……あぁ、そこも俺に投げるのね。


 先の事を考えて――胃がキリキリと痛みだした。

 畜生。 どうしてこうなったんだ。

 考えたが答えは出なかった。



 

 考えるから一人にしてくれと片手で顔を覆うようにして俯き、何故か残った手で腹の辺りを押さえたエルマン聖堂騎士をその場に残し、私――クリステラは階段を上り上階へ。

 少し廊下を歩き、一室の前で足を止める。

 

 小さく扉を叩くが返事はない。

 そっと扉を開けて中へ入ると、寝台で一人の少女が横になっていた。

 イヴォン。 私と共にあの街を生き残った少女。


 あの後、あちこちを短い間隔で転々としたお陰で随分と辛い思いをさせてしまった。

 連れまわす形になってしまったのに文句の一つも言わない彼女に申し訳ないと思いつつも感謝もしている。


 これは私の自己満足なのかもしれないけど…。

 それでも、せめて彼女が胸を張って外を出歩けるようにしてあげたい。

 私は音を立てずに寝台に腰掛ける。


 まだ、あどけない寝顔で小さな寝息が聞こえた。

 顔を隠すほどの長さだった前髪は少し前に印象を変える為に切ったので、可愛らしい顔が露わになっている。

 それを見て思わず気持ちが安らぐ。


 ……守る。 守り切って見せる。


 同時に私の気持ちも固まった。

 たとえ枢機卿を殺す事になったとしてもイヴォンの笑顔と明日を守る。

 そう考えながら私は彼女の寝顔を見つめ続けた。

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