十一章

第300話 「行動」

 王都ウルスラグナは最後に見た時と比べて特に変化はなかった。

 まぁ、当然か。

 俺はそんな事を考えながら視線の先に小さく見える王都を眺める。


 眺めるのに飽きたので荷車から突き出していた顔を引っ込めて中に戻った。

 

 目的に関しては当然ながら理解はしている。

 アメリアとか言う女を始末する事だ。 途中寄り道をしたが、やっとゴールが見えて来たな。

 だが、そいつはこの国の宰相とか言う偉い立場である以上、居場所は王城。


 流石に殴り込むのは厳しい。

 やるにしても相応の準備が必要となる。

 

 ……それに――。


 荷車の隅に置かれた手配書を手に取る。

 罪状や捕縛時の懸賞金の高さを考えると、グノーシスもグルの可能性――いや、間違いなくグルだな。

 果たして、女一人始末しただけでこの状況はどうにかなるのだろうか?


 嘆息。

 ならんだろうな。 恐らくはグノーシスも相手にせざるを得んだろう。

 適当に人目に付かない所に荷車を移動させ、停車。


 横になっていた石切が目を覚まして上体を起こし、夜ノ森も話を聞く体勢を取る。

 俺は特に反応を示さず、視線だけをアスピザルへ向けた。


 「さて、そろそろ王都という所だけど、具体的な話をしておこうか?」

 「つっても前から言ってる。 宰相とかいう女殺すって話だろ?」

 「そうだね。 話すのはその具体的な手段だよ」

 「……目的は分かったけど、実際どうするの? 向こうも狙われているって自覚がある筈だから、城から出てこないとは思うけど……」


 もっともな話だな。

 アスピザルはそうだねと言って小さく頷く。


 「まず、僕達の今後を考えると、彼女の存在は邪魔だ。 排除以外の選択肢はない。 ……それで、彼女を仕留める方法だけど、いくつか案があるから聞いてよ。 あ、もしいいアイデアがあるならどんどん発言してね」


 そう言ってアスピザルは指をぴっと立てる。


 「まず、一つ目。 城から出て来るのを待つ。 立場上、籠りっきりと言う訳には行かないだろうからいつかは出て来るはずだよ。 ただ、難点はそれがどのタイミングなのか分からないと言う事かな?」


 何とも気の長い話だ。

 どう考えても捕捉されるのが先だろう。

 いや、賞金目当ての連中の襲撃を何度か受けている以上、既に捕捉されていると考える方が無難かもしれん。


 その辺をどう思っているかは知らんがアスピザルは構わず進める。


 「二つ目。 城に忍び込んでの暗殺。 ……正直、これが一番現実的かなと思ってるんだけど……」

 「そうね。 時間をかけ過ぎるのは良くない以上はそれしかないと思うわ」

 「……それは分かるがよぉ。 城ってのはそんな簡単に忍び込めるものなのか? この面子で?」


 ……確かに。


 アスピザルと俺はどうにでもなるが、夜ノ森と石切は隠密行動に向いていない。

 やるのなら俺と二人で忍び込む事になるだろうな。

 簡単にいくとはとてもじゃないが思えん。


 それに問題はその後だ。 

 

 「……で? 首尾よく成功したとしてその後はどうする? いきなり俺達の手配が消えるって事は無いんだろう? その点、どう考えているんだ?」

 「まず、前提として僕達を狙っているのはアメリアだけではなく、グノーシスも含まれている。 罪状にシジーロの件が含まれているしね」


 ……こいつ。


 最初と随分、話が違うじゃないか。

 どこまで計算か知らんがやってくれるな。


 「……つまり、グノーシスもどうにかしないと不味いと?」

 「そうだね。 恐らく以前に君の言っていた枢機卿って言うのが絡んでいるんじゃないかな?」

 「結局、グノーシスもどうにかする必要があるという訳か」

 「脅迫、拷問、手段は色々あるけど、偉い人捕まえるなりなんなりして撤回させる必要があるし――その後は適当に口を封じて別で犯人を用意する、かな?」


 ……なんだいつもの事じゃないか。

 

 そう言う方針ならこいつ等を当てにする必要はないか。 元々、必要以上に当てにはしてないが。

 脳裏でやる事を整理する。

 まぁ、やってやれない事はない。


 「……方針は分かった。 その様子なら先にグノーシスをどうにかする形になるのか?」

 「うーん。 その方がいいとは思うんだけど、グノーシスに関する情報はあんまり持ってなくて……」

 「そうなのか? 敵対組織だし情報集めてるっつーイメージだが?」


 石切がそう言うと夜ノ森が気まずげに唸る。


 「一時、力を入れて調べたのよ? でも教義とかは大っぴらに広めてるんだけど上に行けば行くほど情報が出てこないのよ」


 ……だろうな。


 信者連中はありがたい教えだけを知っていれば充分だ。

 わざわざ組織についてそこまで興味を持つ奴は少ない。

 恐らく聞いても聖騎士の役割については大雑把に知ってはいるが、細かい所を突っ込むと首を傾げるだろう。


 その聖騎士も大概で、連中もいい感じに信者連中と同様に目が曇っており、役目を果たす事に使命感を燃やしているイエスマンが大半だ。

 まぁ、給金が良いから、藪を突きたくないという日和見もいるだろうが、上に対して疑問を抱いている奴はそこまで多くない。


 つまり上の事は上に居る連中しか知らんと言う訳だ。

  

 ――一部の例外を除いて。


 その上から直々に仕事を任されている者。

 例えば、子供家畜を育てる牧場主とかだな。

 要するにサブリナだ。


 あの女も何から何まで知っているという訳ではなかったが、大雑把な目的は良く分かった。

 知った時は冗談かとも思ったが、連中は――。


 「ロー?」

 「どうかしたか?」


 いつの間にかアスピザルが真っ直ぐにこっちを見ていた。

 俺は特に反応せずに返す。


 「いや、何か黙っているからどうしたのかなって――もしかして怒ってる?」

 「……面白くはないが、納得はしている。 話を続けたらどうだ?」


 結局、グノーシスの処理までやらされるんだから大した物だ。

 恐らくこいつはここまで見越して俺を引き入れたんだろうな。


 「いや、まぁ、何と言うか、ローの意見を聞いておきたいなって思って……」

 「……まず、前提として、拠点は以前に使った宿で問題はないな?」

 「うん。 こっちの息がかかっているから問題ないよ」

 「動かせる人員は?」

 「先に四、五十人は入れてるよ。 時間があればまだ増やせるけど、以前の事件で警戒されているからあんまり大っぴらには動かせないかな?」

 「……どちらにせよ、現状では情報が足りん。 お前の部下に調べさせて、攻略が簡単な方から攻めればいい。 今回は相手が相手だ。 石切にも街に入って貰う」

 「俺は構わねえぜ。 最近、暴れてないからここらで戦いてえしな」


 アスピザルは小さく息を吐く。


 「それが無難かな? ところで、ローの所から戦力――ごめん、なんでもない」

 

 俺が無言で睨むとアスピザルは慌てて撤回する。

 余り調子に乗るな。 度が過ぎるとお前等から片付けるぞ?

 

 ……取りあえず、お前の考えはある程度だが分かった。


 保身に関してはこいつ等は当てにならんと考えた方が無難だな。

 今までの会話と展開で察した。

 ダーザイン――いや、アスピザルの目的はあくまでテュケの排除。


 その点に嘘はないのだろう。

 だが、それさえどうにかなれば後はどうでもいいのだろうな。

 手配書に関しても口振りから重要性は低そうだ。


 アスピザルはそもそも表に出る気がないのだから手配されてもそこまで痛手ではなく、ほとぼりが冷めるまで引き籠るか隠れて過ごす腹積もりだろう。 だから手配に関しての危機感が薄い。

 最悪、なぁなぁで済まされるという事も有り得る。


 嘆息。

 随分と良いように使ってくれる。

 何もなければ始末するか黙って姿を眩ませる所だが、それを選べない程度にはこいつ等は必要だ。


 最低限の利害が一致している以上、切れんのが辛い所だな。

 アスピザルもその点を理解しているからこそ、ここまで強気に出られるのだろう。

 さて、どうした物か。


 今後の相談を続けながら俺は脳裏で両方に対する対策を練り続けた。


 


 三度目の王都となるが、今回はお尋ね者という余計な肩書の所為で大手を振って歩けないのが不快だが仕方がない。

 サベージ、タロウは流石に入れられないので外で待機。


 有事の際には突入させる予定だが、そうなる時は強行突破を行う時だろう。

 石切は荷物に扮して街に入れる。 こちらも基本は宿で待機だ。

 俺は顔をアスピザルは性別を変えて偽造した通行証で街に入る。 夜ノ森はいつも通り、装備で正体を隠して中に入る。


 拠点を確保した所で一息つくが、問題はこの後になる。

 比較的攻め易いが、正体がはっきりしない枢機卿。

 攻め難いが居場所と正体がはっきりしている宰相。


 どう攻めるか部下に調べさせてからの判断となるのでしばらくは待ちの一手となるだろう。

 手持無沙汰となったので、街をうろつこうかとも思ったが、困った事にやる事がない。

 首途の店は引き払い、現在改装中だし、冒険者ギルドには近寄れない。


 やれる事と言えば精々、散歩ぐらいなものだろう。

 脳裏で王都の地図と建物の位置関係を捏ね繰り回すが、面白い所もない。

 これは宿で時間を潰した方が――。


 いや、少しは自分でも動くべきだろう。 確認したい事もある。

 俺は内心で面倒なと思いながら立ち上がった。

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