第295話 「横取」

 「……結局、私達出番なかったわね」

 「まぁ、俺は楽できたから文句はねーな」


 首尾よくデクシアを突破した俺達と合流した夜ノ森と石切はそう言った。

 現在はデトワール領から出る為に移動中だ。

 サベージとタロウに引かせた荷車の中でこうして話している。


 「正直、あのすげえ光を見て驚いたが、お前等が簡単にくたばるとは思ってなかったから心配はしてなかったぜ」

 「そんなに凄かったんだ?」

 「凄いなんて物じゃなかったわよ! 街の方から真っ赤な光線みたいなのが空に向かって飛んで行くし、距離があるにも拘わらずに街が燃えているのも見えたしで……」


 夜ノ森はやや興奮しているのかまくし立てるような口調だ。

 そう言うのいいから早い所、本題に入らないか?


 「さて、首尾よく拠点を潰す事には成功したんだ。 まずは約束を果たして貰おうか?」


 俺がそう言うと全員が俺に注目する。

 

 「約束?」

 「お前の部下を治療するに当たっての条件を覚えているか?」


 首を傾げたアスピザルが不意に固まり、表情が強張る。


 「……あ、あー……お、覚えている、よ?」


 他も思い出したのか夜ノ森は俺に非難の視線を、石切は小さく吹き出す。

 

 「そういやぁ、そうだった。 確かテュケ関連の戦利品はローの総取りだったな」

 「えっと、ちょっと位は……」


 俺が無言で寄越せと手を差し出すと観念したのかがっくりと肩を落として袋を俺に差し出した。

  

 「一応、確認しておくが……」

 「心配しなくてもそれで全部だよ。 ……あー……失敗したなぁ……」


 アスピザルは小さく頭を抱える。

 悪いが約束だしな。


 「ところで、ロー君もだけどアス君――その格好……」

 「ん? あぁ、そうだったね」


 そう言えば俺も顔を変えたままだったな。

 俺とアスピザルは小さく顔を見合わせて元に戻す。

 顔を揉みながら変えた骨格を弄る。


 隣のアスピザルも髪の長さと性別を戻していつもの姿に戻った。

 何だかんだで慣れた顔だ。 こちらの方が落ち着くな。

 

 「女の方は久しぶりに見たが、結構印象変わるな。 ……っつーかローのそれはどうやってるんだ?」

 

 確かに。 追及は無視しつつ石切の意見には同意する。

 髪形が違うだけで印象がかなり変わるな。

 今後、変装する際の参考にするとしよう。


 その後は簡単に領内で起こった事を話すだけで、基本的にはアスピザルに話した事の繰り返しだ。

 一通り聞いた二人の反応は対照的だった。

 嫌悪感を露わにする夜ノ森とまぁ予想はしていたと特に反応を示さない石切。


 「……まさか、向こうの転生者がグノーシスの聖堂騎士の肩書まで持っているとは流石に思わなかったな」

 「癒着はあると疑っていたけど、ここまでとは思わなかったわ」


 確かにその点は少し驚いたな。

 要はテュケとグノーシスは完全にズブズブの癒着関係だった訳だ。

 まぁ、人間のやる事だ。 利益が絡めばこういう事もあるだろう。


 その後は二人の細かい質問に答えてその場はお開きとなった。





 ――何とも分かり易い話ではありますね。


 ――そうだな。


 会話がなくなり、静かになった荷車の中で、もはや恒例になりつつあるファティマへの連絡を行っていた。


 ――実際、子供を養うには相応のコストがかかります。 当然ながらそれに見合った物を要求するのは当然でしょう。 ……もっとも支払い能力がないから体や命で支払わせたといった所でしょうか?


 一通り話した後、ファティマが述べた感想はそれだった。

 まぁ、その辺は同意見だな。

 何が悲しくて見ず知らずのガキをわざわざ金払って育てねばならんのだ。


 グノーシスの連中もそう思ったのか、元を取る仕組みを用意していたという訳か。

 その辺、どう誤魔化していたのか多少は興味があるが、その程度の感想しか出て来んな。


 ――そんな事より、例の新しいレブナントのお話は大変興味深いですね。 そのサブリナと言う女と同様の存在を安定して生み出せるというのなら、天使や悪魔を間接的にではありますが完全に使役できると言う事ではありませんか。


 ――確かに、俺の見立てではサブリナは今まで作ったレブナントよりもスペックと言う点では頭一つ抜きんでている。 ……素体の質が良かったという可能性もあるがな。


 ――その辺りは、お預かりしたグロブスターを用いてこちらで実験するとしましょう。 幸いにも入手されたという魔法道具を使用すれば召喚自体は問題なく行えるのですよね?


 ――あぁ、その辺は確認済みだ。 脳の中心付近――魂に近ければ近いほどいい。 次の補給時に資料と併せてそちらに送るから使ってくれ。 実験の結果は成否にかかわらず纏めて報告を。


 ――お任せください。 それと、ゲリーべの件は私にお任せ頂いても?


 ――……? まぁ、放置するつもりだし好きにするといい。


 ファティマのありがとうございますという返事を聞いて会話が途切れる。

 一通り、こちらから出せる情報は出したな。

 少し考えたが、今の所は特にないか。 そう考えて話題を変える。

 

 ――次はそっちの報告を聞こうか?


 ――えぇ。 売上等はあまり興味がなさそうですし、他から行きましょうか。 まずは梼原と言う転生者ですが近々部署移動を行う予定ですが、現在はゴブリンに混ざって畑で収穫作業を。 それと並行して戦闘訓練を行っています。 トラストに鍛えさせているのでそう遠くない内に最低限は戦えるようになると思われます。


 その辺は予定通りだな。 

 転生者は身体能力に恵まれている以上、鍛えておいて損はない。

 俺はその辺に期待していなかったから放置で良いと思ったのだが、ファティマの提案で忠誠心を植え付ける事によって強力な戦力として取り込むつもりのようだ。


 俺には損も関係もない話なので好きにしろと任せたが、上手く行っているのか?


 ――その辺はお前に一任している。 好きにやると良い。


 ――ありがとうございます。 必ずやご満足いただける結果をお約束します。 …次ですが、例の首途という男の事です。


 ――あぁ、そろそろ結果が出た頃か。 どうだった?


 ――オラトリアムを大変気に入ったようで、既にこちらに向かっているようです。 客人対応でよろしいのですね?


 ――あぁ、ザ・コアの料金分は無理のない範囲で好きに要求を呑んでやれ。


 ――勿論、そのつもりですが、あの男は中々強かですね。


 ――……?


 ――移住の条件の一つとして王都にある住居の下取りを要求されました。 しかも、立地と構造も申し分ないのでこちらの商会の店舗として改装予定です。


 ……なるほど。 抜け目がないな。


 あの親父はああ見えて強かだ。

 勧誘をかけた時も真っ先にこちらの腹を探ろうとした辺り、油断はできない。

 まぁ、趣味に生きているようだし、好きにさせれば不満も出んだろう。


 ――最後に森の開拓状況です。 エルフの都市周辺までは制圧と開拓が済み、ダーク・エルフとの交易交渉も順調に進んでおります。


 ……結構進んでいるな。


 頭の中で地図を広げる。

 山脈からエルフの都市まではそこそこの距離があったはずだ。

 そこまでの道の舗装や邪魔な木の伐採を済ませている事を考えると、良いペースと言える。


 伐採した木材はコンガマトーによる空輸でオラトリアムへと運び込んで様々な用途に使用されているらしい。

 木材は何かと使い道が多いからな。


 ――話は分かった。 その調子で進めてくれ。


 ――はい。 ロートフェルト様はこの後、王都へ?


 ――あぁ、例のアメリアとか言う宰相を始末したら、束縛される生活とはおさらばだ。 後は気ままに一人旅と行くさ。


 ――……そうなると次は国外へ?


 ……。


 その辺は実の所、まだ決めかねていた。

 正直、ウルスラグナから出るのは選択肢に上がってはいるが、まだこの国で見ていない所もある事を考えると後回しにしてもいいかとも思うのだ。


 ――未定だ。 どちらにせよ、この件が片付いたら一度オラトリアムへ戻る。 改造種共やレブナントの研究も少し進めておきたいし、その間に今後の予定でも決めるとする。


 例の針を手に入れた以上は、多少は天使の事も知っておきたい。

 何かしら連中を楽に始末できる方法の手掛かりにでもなればいいが…。


 ――まぁ、一度お戻りになられるのですね!


 嬉しげな声を上げるファティマを無視して一つ頷く。

 

 ――……また連絡する。


 <交信>を切って嘆息。

 厄介事と言うのは潰しても潰しても湧いて来る。

 どうしてこうなったのやら。


 俺の疑問に答えてくれそうな奴は居そうにない。

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