第294話 「帰道」

 実験に使ったサブリナは予想以上の仕上がりを見せた。

 グロブスターで変異させた後、連中が嬉々として行っていた実験をなぞったのだ。

 

 あの女から記憶を引っこ抜いたので実験の概要は掴めた。

 ここで連中がやっていたのはシジーロで蜻蛉女がプレタハングに行った事とほぼ同じ。

 要は魂を受け皿にしての天使召喚。


 この試みの骨子は魂さえ天使と言う存在を受け入れる事が出来れば肉体は勝手について来るんじゃないのか?と言う事らしい。

 実際、部分的には成功していた。


 ここのガキ共は不完全ではあるが変異を起こし、天使の特徴を備えた者へと変化。

 もっとも、召喚の際に融合が上手く行かなかったのか漏れなく発狂してしまい、成功とはとてもじゃないが言えない有様だったが。


 だが、ダーザインから得た悪魔召喚と使役のノウハウを使い、召喚の際に魔法陣を敷く事によって使役する事は可能だったようだ。

 今回、投入していたが、俺に言わせれば戦力としては二流もいい所で、単体戦力として使用するのならダーザインの部位持ち構成員の方がまだ使える。


 その証拠に俺が用意したレブナント共の損耗はゼロだ。

 手傷は負ったが、そこまでではない。

 はっきり言ってあそこまで手間をかけてあの程度の戦闘力しか出せないのであれば、お粗末な出来としか言えんな。


 サブリナの記憶を見る限り、変異の仕方も個人差が酷い。

 まぁ、わざわざ能力の劣ったガキを間引くついでに使ってたみたいだが、個人差が出るというのなら優秀なガキこそ使うべきだろうに。


 実際、クリステラはかなり高いレベルで天使の力を使いこなしていた。

 ああいう奴こそさっさと放り込むべきだと俺は思うがな。

 

 ……話を戻そう。


 この実験は理性を保ったままの融合を果たすと言う事らしいが、その為のデータ収集も兼ねていたので、失敗も予定に組み込まれてはいたらしい。

 まぁ、この様子だと成功はいつになるのやらと言った所だな。


 だから俺は少し切り口を変えてやった。

 グロブスター。

 こいつに寄生されると、肉体の変異は勿論、俺の一部として精神も変容する。

 

 それに合わせて天使を呼び出してやれば少なくとも発狂のリスクは減るのではないかと思い実行してみた。

 何、失敗した所で馬鹿が一人くたばるだけだし損はない。


 試した結果、随分と面白い事になった。

 サブリナと天使、そしてグロブスターが融合した事により、理性を残したまま人間と天使の特性を備えた新たなレブナントが誕生したのだ。


 やはり変容中でかき回されている途中なら発狂はしないのか。

 それに魂も俺の根に置き換わるから強度と言う点では多少は向上している点も成功の要因だろう。

 変異が完了したサブリナは他のグロブスター同様、形容し難い姿だったが、扱いは変わらない。


 <交信>も可能だし、完全に俺の支配下だ。

 さて、レブナント化したサブリナだが、何ができるのかと言うと――


 第一に天使もどきの生成。

 腹から羽の生えた卵のような物を生み出し、それが死体や生きている人間に寄生してガキ共同様、天使の生りそこないへと変化させるという何とも性質の悪い能力だった。


 第二に同族に限るが意思の伝達。

 一方的になるが自分の意志を範囲内に居る全ての者に伝える事が出来る。

 指揮や統率を行う上でかなり有用な能力だった<交信>の派生技みたいな物だな。


 <交信>が一対一に対してこちらは複数。

 当然、効果の対象には俺や他のレブナント――要は根を持つ者も含まれる。

 その能力で、生み出した天使擬きや変異したガキ共を意のままに操る事が出来るようだ。

 

 随分と強力な個体として仕上がったが、連れて行く訳には行かないので勿体ないが接続して能力を吸い出した後、この街で囮として籠城して貰う事になる。

 サブリナは大きく頷いて俺の命令を果たすべく街へと歩み出した。


 レブナントと生き残ったガキ共を引き連れて。


 「……あれ? ロー一人? 陽動は?」


 その場にいた全員を送り出してしばらくするとアスピザルが孤児院からでかい麻袋を抱えて出て来た。

 おいおい、さっさと離脱しろと言ったのに何でまだ残っているんだ?

 まぁいい、少し前に食事をしていたのだがさっき終わったばかりだ。 見られて困る物はない。

 

 「勢い余ってな。 粗方片付けてしまった」


 肩を竦めてそう答えておいた。


 「そ、そうなんだ? こっちは終わったから引き上げ…る前にこの状況の説明をして欲しんだけど?」


 ……まぁ、そう来るとは思った。


 「詳しい話はここを抜けてからだ。 どうせ夜ノ森達にも説明する必要がある以上、合流してからで構わんだろう?」

 「……分かった。 じゃあ早い所、この街から出ようか」

 「あぁ」


 正直、上手く納得させる話が思いつかなかったので、歩きながら言い訳を考えるとするか。

 そんな事を考えながらアスピザルとその場を後にした。




 

 「……あの――何で、無傷で街から出られたんだろう?」


 俺達は不思議な事・・・・・に何の妨害も受けずに無傷で街から出る事に成功した。

 隣のアスピザルは俺の方を見ながらしきりに首を傾げている。

 

 「こういう場所の歩き方には少し慣れていてな」


 適当な事を言ってごまかしておいた。

 街さえ出てしまえば後は楽な物で、そのままのんびりデクシアを目指すだけだ。

 夜ノ森にはアスピザルが連絡を入れていたので、うるさい事は言ってこないだろう。


 「さて、話は合流後って事だけど、無言で何時間も歩くのもなんだし触りだけでも話して貰っていいかな?」

 

 少し悩んだが都合の悪い部分は適当に脚色する事にした。

 理由は不明だが、クリステラの裏切によって齎された混乱に始まり、各個撃破すると同時に狙いを分散させるためにクリステラの逃亡を援護。


 その結果、サブリナと蠍と戦う事になった事。

 蠍が正体不明のコルト・アラクラン聖堂騎士で予想通り転生者であったかもしれないと言う事。


 「はっきりと確かめなかったの?」

 「確かめる前に殺してしまったから、確証が得られなかった」

 「……そ、そうなんだ?」

 「ただ、これを見る限り間違いないとは思うがな」


 俺は脇に抱えた鎧の一部――残った蠍の装備の足部分を見せる。

 中身は空だ。

 

 「拾った時には中身は消えていた。 まず間違いないとみていいだろう」

 「うん。 聖堂騎士の専用装備って物理魔法両面で結構な防御力の筈なんだけど、なんで脛から下だけしか残ってないの?」

 「中々手強い奴でな。 色々と余裕がなかった」

 

 そうなんだーと疑いの眼差しを向ける。

 こいつ、シジーロの一件が片付いてから態度を隠さなくなったな。

 裏切らないと確信が持てて遠慮がなくなったと言った所か。


 正直、鬱陶しいが目くじらを立てるほどじゃない。

 放置でいいだろう。


 「アラクランって人が異邦人でほぼ確定なのは分かったけど、他にも居るって話だよね。 居たのはその人だけだったの?」

 「さぁな。 少なくとも出てこなかった以上は街に居なかったんじゃないのか?」


 こちらもサブリナの記憶で裏は取った。

 両者とも不在だ。 片方は恐らく王都だろうし、もう片方は警戒する必要すらない。

 

 「あ、話の腰を折ってごめんね? 続きをどうぞ」


 俺は小さく息を吐いて続きを話す。

 戦力を分散した事により、撃破が容易になったので蠍を仕留めた。

 追い詰められたサブリナは実験に使っていた天使擬きになったガキ共を繰り出す。


 俺は死闘の末、それを退けサブリナを追い詰める事に成功。

 後がなくなったサブリナは謎の道具を使い変異。

 異形となり果てたが、理性はなく適当に攻撃をばら撒いた後、姿を消した。


 ――そして今に至る。


 後半はかなり適当言っているがまぁ、辻褄は合っているし問題ないだろう。


 「つまり街の惨状はそのサブリナって人の仕業だと」

 「そうだな」

 

 どちらにせよこの騒ぎは全部あいつの所為にするつもりだしある意味真実だ。

 

 「今度はこちらから質問するが構わないな?」

 「うん。 ……とは言ってもそんなに話せる事もないよ?」

 

 俺は無言で話せと促す。


 「……まずは別れてから僕は直ぐに孤児院に入って例のデッドスペースを目指したんだ。 幸いにも警備は最低限しかいなかったから楽な物だったよ。 ……ただ、入り口を探すのに少し手間取っちゃって……」


 壁を破壊しても良かったが、警報装置の類を警戒して力技での突破は避けたらしい。

 結局、その怪しい個所の直上、調度品や置いてある物品からサブリナの執務室で入り口を発見。

 そのまま内部へと潜入。


 「――階段を下りて地下へ行ったんだけど――着いた先には床一面にびっしりと書かれた魔法陣と怪しげな器具や魔法道具、実験の資料と思われる紙束があったんだ」


 器具や道具類は適当に袋に放り込んだが紙の資料が膨大だったため、そこで時間を喰ったと言う事らしい。


 「一応、ざっと目を通して重要そうなのは持ち出したけど……」


 そこで時間切れと言う訳か。


 「他にも怪しい個所はあったけど回れなかったよ。ごめんね?」

 「いや、恐らくそこで当たりだ。 問題はない」


 他の個所は変異したガキや違法な品の保管場所だ。

 行った所で大した収穫もない。

 

 「話は分かった。 二点構わないか?」

 「うん。 いいよ」

 

 大体わかったので重要な事だけ聞いておこう。


 「まず一点。 結局、あそこはテュケの拠点って事で間違いはなかったんだな?」

 「そうだね。 その手の事を臭わせる記述があったから間違いないよ」


 ……それは良かった。


 「もう一点。 持ち出した物に魔石か何かでできた針のような物はなかったか?」

 「……? あったよ。 束になってたからいくつか袋に入れたけど……」

 

 そうかそうか。

 それは素晴らしい。

 聞く事も聞いたので、俺は頷いて会話を打ち切る。

 

 大した距離ではないのでデクシアまではそうかからない。

 ここでの用事も済んだような物だ。

 収穫もあったし、悪くない結果だったな。

 

 俺は訝しむ様子のアスピザルを無視して歩調を早めた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る