十章
第275話 「療養」
今日は快晴!
雲も少なく、日差しが直接降り注ぎ程よく暖かいです。
あたし――グノーシス教団聖騎士のジョゼは見上げた視線を落として隣に目を向けました。
クリステラ様です。
凛々しいお姿は今は見る影もなく表情は愁いを帯びていますが、どこかぼんやりとしているようにも見受けられました。
今は移動中でウルスラグナの東へ向かう商隊の荷車に便乗させて頂いています。
お陰で歩かずにのんびりと流れる景色を眺めていられるのはいわば役得ですね!
ムスリム霊山襲撃から少しの時間が経ちました。
あの痛ましい事件は色んな人の心と体に傷跡を残した本当に酷い――。
サリサの事を思い出して何かが喉奥から込み上げて来ます。
犠牲者はかなりの数に上り、その中にはあたしの親友のサリサも含まれていました。
あの場に居合わせた生存者はたったの二人。
クリステラ様とエルマン様のお二人だけでした。
他は全員死亡、もしくは行方不明。
分かる事はダーザインの襲撃によってそれが引き起こされたと言う事です。
……ダーザイン。
その名前を聞くと自然と息が荒くなりました。
絶対に許せない。 いけない考えとは分かっていますが憤る事が止められません。
果たしてあたしは親友であるサリサの仇を前に正しく聖騎士で在れるのでしょうか。
考えましたが答えは出ませんでした。
首を振って考えを追い出してあたしは隣のクリステラ様の事を考えます。
事件後、エルマン様に連れられてクリステラ様はオールディアに来られました。
ちょうどその頃あたしは功績が認められ見習いを卒業して晴れて聖騎士になった所で、サリサやクリステラ様を驚かせようと考えていたのですが…。
あたしを待っていたのは変わり果てたクリステラ様とサリサの死という現実でした。
クリステラ様は数日の間、ぼんやりと宛がわれた部屋から外を眺めているだけで時折、考え込むようにぶつぶつと何事かを呟いたりしています。
他の聖騎士や聖殿騎士達は心を病んだと言っていましたが、あたしはそうは思いません!
色々あって少し疲れただけです。
少し休めばまたいつものお姿を見せてくれるはずです!
あたしはサリサの分も頑張ろうと奮起しました。
必死にお世話をしている内にクリステラ様が少し元気になられたのです!
そんな折、クリステラ様は唐突に旅に出ると仰られました!
正直、え?となりましたが、元気にさえなって頂けるのならこのジョゼ!何でも致しますとも!
……そんな訳で各所にしばらく休暇を取る事を伝えて旅支度を整えました。
どちらにせよエルマン様の報告が済んで沙汰が決まるまでは謹慎と言う事ですし、少し羽を伸ばしても文句は出ないでしょう。
ちなみにエルマン様は報告の為、一人で王都へ向かったので居ません。
行先はデトワール領にあるマルグリット孤児院。
クリステラ様が生まれ育った施設と聞いています。
理由を尋ねたら里帰りを兼ねて自分を見つめ直したいと仰られました!
そして今に至るという訳です。
聖務という訳ではないのであたしもクリステラ様も動きやすい普通の格好で、愛用武器と旅に必要な物を揃えて出発しました。
移動の際は身分を利用してグノーシスを信仰している商隊を見つけて便乗し、優雅な旅と言う訳です!
あたし達は楽に移動が出来、商人さん達は徳を積んで霊知に近づけたと喜んでいました。
誰もが得をする素晴らしい事ですね!
そんな事を考えながらちらりとクリステラ様に視線を向けました。
会話がないから間が持ちません。
どうしましょう、何か話した方が良いのかな?
話題話題――お、思いつかない。
こういう時、サリサなら気の利いた事を言って場を和ませるんだけど…。
「ジョゼ」
「は、はい!?」
いきなり声をかけられて思わず声が裏返ってしまいました。
クリステラ様はゆっくりとこちらに顔を向けてあたしの目を真っ直ぐに見ます。
美人さんなので見つめられるとちょっとドキっとしますね。
「貴女にとっての正義とは何でしょう?」
正義? 正義ですか?
「えっと……やはり、グノーシスの教義で語られる物ではないのでしょうか?」
虐げられる弱者を助け、持たざる者には施しを。
聖騎士はそう在れと教わったし、あたし自身もそう思っています。
クリステラ様はその答えに疑問があるのか表情の曇りは晴れません。
「そうですね。 貴女は正しいと思います。 ただ、もしその正義が間違っていた場合はどうしますか?」
正義が間違っている!?
どうしてしまったのでしょうか。
普段ならクリステラ様は間違ってもこんな事は言わない。
……ここは毅然とした態度で諫めないと。
サリサならそうしたはず!
「クリステラ様。 主が定めた教団の正義が間違っているなんてある訳がないじゃないですか。 何があったのかは知りませんがしっかりして下さい」
そう言うとクリステラ様はそっと目を伏せてそうですねと言うと再び景色に目を向けようとしています。
あたしはそうはさせずにクリステラ様の肩をしっかり掴んで強引にこちらに向けさせました。
流れに任せようかとも思いましたが、そうも言っていられないようですね。
あたしも聖騎士になりました。
サリサもいない今、諫められるのはあたしだけでしょう。
「そろそろ教えて頂けませんか? あの時、ムスリム霊山で何があったのですか? 何があなたをそこまで悩ませているのですか?」
知りたい。 色々あるけど真っ先に浮かぶのはそんな事です。
それさえ分かればもっと理解できる。 悩みを分かち合える。
「……それを知りたいのなら、先程の質問に
あたしの言葉?
クリステラ様の言っている意味が良く分かりませんでした。
聖騎士として正しい答えはだしたはずです。
あたしは聖騎士ジョゼ・オルティース。
それ以上の答えはない。 ……ないはずです。
「……先程も申し上げた事以上の答えはありません」
はっきりと言い切る。
模範となるべき回答。 サリサなら間違いなくこうする。
「……そう、ですか。 ジョゼ、貴女も変わりましたね。 やはり物事は移ろう物。 正義もまた……」
後半はよく聞きとれませんでしたが、あたしは何かを失敗してしまったようです。
クリステラ様は会話に興味を失ったかのように空を仰いでしばらくの間、一言も口を聞く事はありませんでした。
デトワール領。
ウルスラグナの東部やや南寄りの位置に存在する領で、長閑な雰囲気のある落ち着いた場所です。
グノーシスの施設も多く存在している上に、そこまで広い領ではないので目が行き届いており、治安はこの国でも上位に位置し、安全な場所として有名だとか……。
……確かマルグリット孤児院は国内で最大規模の孤児院だったような……。
そう聞いてはいますが、調べたけどそれ以上の事が余り分からなかったのです。
もうすぐ着く事ですし、見た方が早いですね。
ちょうど商隊の馬車が領境を越え、目的地が小さく見えてきました。
領の中心にあるゲリーべの街に入れば目的地である孤児院は直ぐに見つかります。
他と比べて目立つ上に大きいですからね。
真っ白な三階建ての建物に鐘の付いた尖塔、裏には広場があり、子供達の楽しげな声が聞こえてきます。
クリステラ様は孤児院を見上げると門扉を潜って中へと入って行き、あたしも慌ててそれに続きました。
警備の聖騎士に事情を話して奥へと通され、応接室に通されます。
正直、お客として扱われた経験が少ないのでなんだか落ち着かずにそわそわしていると、足音が聞こえて中に女性が入ってきました。
年齢は――うーん、ちょっと分かりませんね。
二十代にも見えるような気もしますし、三十代にも見える気がします。
とても美人さんで優し気な表情も相まって笑顔が素敵な方ですね。
「お久しぶりですね。 クリステラ。 いえ、クリステラ聖堂騎士とお呼びした方がいいですか?」
クリステラ様は小さく首を振ります。
「いえ、不要です。 お久しぶりです。
サブリナと呼ばれた方はクリステラ様にそう言われて笑みを深くしました。
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