第266話 「物色」

 「……殺す必要があったの?」


 夜ノ森が責めるような口調でそういうが、俺は特に取り合うつもりはない。


 「その方が早いだろう?」


 それだけ言って店の中を物色し始めた。

 尚も言い募ろうとする夜ノ森をアスピザルがやんわりと止める。

 それで諦めたのか夜ノ森から力が抜けた。


 さて、色々並んでいるがどれがどういう魔法道具なんだ?

 見た目だけじゃさっぱり分からんな。

 俺はさり気なく、カウンターへ入り店主の死体に近づく。

 

 ちらりと周囲を一瞥。

 よし、死角になっているな。

 首を狙って吹っ飛ばしてやったから頭は無事なのでまだ記憶は抜ける。


 耳に指を突っ込んで記憶を頂く。

 商品の詳細と目録を頭に入れた俺は迷いなく店の奥に入り、箱に保管された指輪、腕輪、護符と使えそうな物をかき集める。


 えっと、一番効果が高いのは――これか。

 大事そうに保管されていた、護符の一つを取り出す。

 ぱっと見た感じ懐中時計にも見えるデザインで、金属製の蓋で覆われている。


 金具を外すとパカリと口を開く。

 中は豪奢な装飾と中央に大振りな魔石とその周囲に加工された小ぶりな魔石が複雑な紋様を描くように配置されている。


 記憶によればかなり上等な部類に入る護符らしい。

 鎖が付いているので腰のベルトに括り付けておく。

 身に着けているだけで効果があるらしいが――まぁ、こればかりは試してみないと分からんか。


 他の似たような効果の物を集めて持って行く。

 店内に戻ると、アスピザル達が商品を一つ一つ改めている所だった。

 

 「あ、ロー。 奥に行ってたみたいだけど何かあった?」


 俺は無言でカウンターに持ち出した魔法道具を並べる。


 「それは?」

 「魔法に対しての防御効果のある品だ。 好きなのを選べ」

 「そうなんだ? 良く分かったね」

 

 俺は無言でさっさと選べと促す。

 それを見たアスピザルは苦笑して他に選ぼうと声をかけてカウンターに集まる。

 その間にさっき奪った記憶にある商品の目録を手繰る。


 効果の弱い者からそこそこ使える物までいろいろあったが、今回の件を鑑みるに魔法的な攻撃や効果による防御を高めた方が良いのだろうか?

 そんな事を考えながら適当に店内を物色する。


 適当に物理攻撃や傷を肩代わりしてくれる護符や邪魔にならない魔法道具を見繕って置く。

 使えそうな物を適当に頂いた後、他はどうなったと振り返るとそちらも指輪やら護符やらを身に着け終えていた所だった。


 一人を除いて。

 誰かと言うと、さっきからだんまりで付いて来ていたシグノレだ。

 奴は不安なのか身に着けられそうな物を手当たり次第に身に着けてる。


 両手の全部の指に何かしらの指輪が嵌まり、腕には腕輪が連なっていた。

 首から下げた大量の護符やらネックレスやらで、傍から見れば成金趣味丸出しのおっさんにしか見えない。

 

 それでも不安なのか細々とした小物を必死にポケットに突っ込んでいた。

 表情は必死で鬼気迫るものを感じる。

 アスピザル達もその辺を察したのか好きにさせていた。


 ……大丈夫なのか?


 基本的にその手の物品は使用者の魔力を吸い取って起動する。

 つまりは身に着けて居れば居るほど消耗が激しくなる。 事前に魔力を込めておけば多少は緩和できるが店に並んでいる商品にそんなサービスはしない。

 シグノレのキャパシティがどんな物かは知らんがあれだけの数のアイテムを装備して問題ないのか?


 ……まぁいいか。


 動けないなら動けないで、弾除けや囮、使い道はいくらでもある。

 アスピザルは腕輪をいくつか嵌めており、夜ノ森は護符を首から下げ、メイスのような物を握って具合を確認していた。


 準備は済んだようだな。


 


 「……それで? 防御手段はどうにかなりそうだが、肝心の攻めはどうする?」


 装備の物色が済み、次にやる事はプレタハングを始末してこの鬱陶しい闇を消し去り、騒動を終わらせる事だ。


 「それなんだよね。 あの父の性格上、大物ぶって本拠――ミスチフ水運の本部に居るとは思うけど、これだけの事をした理由が分からない事を考えると――真っ直ぐ攻め込むのは危ないかもしれない」

 「この状況が罠だと?」

 

 アスピザルは頷くが歯切れが悪い。


 「どうも僕の知っている父のやり方じゃないんだ。 あの人は資金源であるこの街がダメージを受ける事を嫌がる。 結果的に自分が損をすると分かっているからね」

 「なら本人のやり方とかけ離れたこの状況に何かあると?」

 「うん。 例の強化された事による影響か、手段を選ばずに僕達を始末したいか…どちらにせよ警戒しすぎるぐらいの方がいいかもしれない」

 

 ……とは言ってもここで待っていても何にもならんだろうが。


 「その本部とやらの場所は?」

 「ここからならそこまでの距離はないよ。 店から出たら見えるんじゃないかな? この街で一番背の高い建物だからすぐ分かるよ」

 「なら、一先ずそこを潰してから後の事を考えればいいんじゃないか?」


 俺がそう言うとアスピザルは苦笑。

 夜ノ森は何故かかくりと首を落とし、シグノレは信じられないといった表情でこちらを見ている。

 何だその反応は? 至極真っ当な事を言ったつもりだが?


 「いや、だから――まぁ、いいか。 ローとしては直ぐに攻め込んで片付けたいと言うのは良く分かったよ。 ただ、ちょっと考えて欲しいんだ。 この状況は僕等にとって、決して不利じゃないと」


 ……そうなのか?


 街中真っ暗で、得体の知れない鰐共が運河を優雅に泳いでいるこの状況が?

 敵に囲まれているだけじゃないのか? 

 

 「うん。 何が言いたいのかは何となくわかるよ。 説明するから短気は起こさないでね?」


 失礼な。 まるで俺が突撃しか知らん脳筋みたいじゃないか。

 頷くとアスピザルはほっと息を吐いて話を続ける。


 「まずは父の目的は恐らく僕達の始末。 それに対して僕達の勝利条件は父を仕留める事だ。 ただ、必ずしも僕達が手を下す必要はない」


 ……あぁ、なるほど。


 そこまで聞いて言いたい事が何となくだが分かって来た。

 つまり、時間をかければ他の勢力が代わりに戦ってくれると。

 確かにこの街にはグノーシスもいたし、返り討ちに遭ったとしてもある程度は削ってくれるかもしれん。


 「幸いにも規模は小さいけどグノーシスの教会もあったし、それなりの数の聖騎士が詰めていた筈だから多少は食い下がってくれると思うし、父の手の内も見える。 場合によっては加勢してグノーシスに恩を売るって言うのも手だよ」

  

 味方の損耗を押さえて敵に消耗を強いる。

 古典的だけど良い手でしょとアスピザルは付け加えた。

 確かに連中に仕留められるとは思えないが、プレタハングの力を探るという点では悪い手じゃない。


 「それと並行してもう一つ。 これは期待薄だけど、朝を待つ事を考えているよ」

 「朝日が昇れば力が弱まるかもしれないって事ね」

 「梓、正解。 さっき調べた時にあの闇は光である程度、どうにかできるって事が分かったし、お日様が昇れば無効化とまではいかないけど多少は楽になるのかなって思うんだ」


 言いたい事は分かったが、そっちの意見には素直に頷けない。

 星どころか月すら見えないこの状況で、日光が入るとは考え――いや、待て。


 そこでさっき考えていた事が脳裏で像を結んだ。

 どっかで見たシチュエーションだとは思ったんだ。

 完全に覆い隠された月。 つまりはこの街全体を何かが覆っている。


 これはオー――。


 「発言をしても構わないか?」


 不意に挙手をして自己主張をしたのはシグノレだ。

 商品の物色はもういいのか?


 「……どうかしたのシグノレ?」

 「わ、私は時間かける事に反対だ。 この状況――恐らくは揺り籠だと思う。 もしそうだとしたら……」


 揺り籠? 何だそれは?

 だが、他は理解していたようで、夜ノ森は小さく息を呑み、アスピザルは手で顔を覆う。


 「――そうか。 何か引っかかると思ったらそう言う事か」

 「勝手に納得されても困るんだが?」


 俺がそう言うとアスピザルはそうだねと頷いた。


 「揺り籠って言うのはね。 上位の悪魔を召喚する際に発生する「場」の事だよ」


 それを聞いて俺も腑に落ちた。

 やはりオールディアに発生した黒雲と同質の物か。


 「上位の悪魔や天使はこちらに出て来る際に体が無いんだ。 体を構築するまでの間に展開するのが揺り籠ていうんだけど……」

 「なるほど。 良く分かった」

 

 俺がそう言うと何故か苦笑で返された。

 

 「そうなるとローの案で行った方が良さそうだね。 時間をかければかけるほど状況が悪くなりそうだ。 まずはミスチフ水運の本部へ行って――」


 言いかけてアスピザルが固まる。


 ――見ぃぃぃぃつけたぁぁぁぁ。


 脳裏に声が響く。

 

 「下がって!」


 アスピザルが叫ぶと同時に店の入り口周辺が破壊され、鰐共が雪崩れ込んで来た。

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