第267話 「黒蛇」
アスピザルと俺が同時に魔法を叩き込んで突っ込んで来た鰐共の出鼻を挫き、怯んだ所で夜ノ森がメイスを片手に突っ込んだ。
少し遅れて俺もザ・コアを握ってそれに続く。
「音がしないから接近に気付けなかったね」
全くだ。 音がしないというのはここまで厄介とは思わなかった。
店の前に集まられるまで察知できなかったのは油断もあったな。
俺はザ・コアで手近な鰐を磨り潰しながら店の外へ。
開けた場所へ出ると早速闇に晒されることになるが、腰に引っ掛けた護符が光り脱力感もしない。
よし、防げているな。
鬱陶しい脱力感さえなければ鰐共なんぞサンドバッグと変わらん。
こいつ等の自慢は頑丈さと重量だ。
それを楽に突破できる手段がある以上、敵じゃない。
視界の端で夜ノ森がメイスを鰐に叩きつけて殴り殺しているのが見えた。
あちらも特に問題なさそうだ。
後衛のアスピザルとシグノレも遠距離攻撃で削っている。
この調子なら問題ないか。
「ロー、新手が来た!」
内心で舌打ち。
振り返ると闇の向こうからぞろぞろと鰐が這い出て来た。
鬱陶しい。 先頭に<榴弾>を叩き込む。
連鎖した爆発が起こり、数匹が火達磨になる。
「さっきも見たけど、なに今の? 新技!?」
アスピザルが反応を示したが無視。
数発追加で叩き込むが、死骸を乗り越えて次々現れる。
建物の上からも現れて飛び降りて来た。
「足を止めるのは不利だね。 移動しよう」
異論はなかったので、そのまま駆け出す。
次々と現れる鰐共をザ・コアや魔法で薙ぎ払うが、途切れずに現れる。
その度に迎撃して移動をしていたのだが――。
……これは……。
違和感にはすぐに気が付いた。
不自然なぐらいに包囲が薄い場所がある。
これは明らかに誘導されているな。
「アス君! これって……」
「分かってるよ。 どう考えても誘導されているよねこれは」
「ど、どうするのですか! これでは思う壺ではありませんか!」
流石に他も気が付いたようだ。
「この先はどうなっている?」
「確か運河の交差点があったはずだよ」
交差点。
要は広い水場があるって事か。
不意に開けた場所に出る。
どうやら終点に到着したようだ。
そこはちょっとした広場で縦断するように巨大な運河が存在し、そこから枝分かれするように道が分かれている。
本来あったであろう運河に架かっていた橋は全て破壊されており、黒い水の流れの中央にそいつは立っていた。
水面に立っているのかとも思ったが足首までは水に浸かっている。
プレタハング。
姿や格好は変わっていないが、表情は大きく変わっていた。
前に見た時は随分と余裕の表情だったが、今は暗くても分かるぐらいに歪んでいる。
怒りとも悲しみとも形容できない表情で、少なくとも負の感情に起因しているのが分かるぐらいには酷い面構えだ。
表情は歪んでいるのに目だけは酷く虚ろだったが、アスピザルの姿を捉えると光が灯る。
『「アぁぁぁぁぁぁスピザルぅぅぅ。 死ねぇぇぇぇ!」』
狂ったように喚く。
同時に運河の水が渦を巻き始める。
『「『
渦が逆巻き、水の柱が数本、天へと伸びて中から巨大な蛇の様な生き物が現れた。
柱は五本。 出て来た蛇も同数。
アスピザルの生み出した光源に照らされたそれは蛇にしてはでかすぎる。
全長は大半が水中なので分からないが少なくとも二、三十メートルはありそうだ。
表面は影絵のように何の起伏もない手抜きみたいなデザインだが、目だけは朱く爛々と輝いていた。
「来るよ!」
蛇が一斉に襲って来る。
アスピザルに二匹、他には各一匹ずつ口を大きく開いて喰らいつかんと襲いかかって来た。
全員がその場で散開。 俺もそのまま近くの細い路地に入る。
まずはこの蛇が水から出られるのかを確認だ。
蛇は完全に俺を標的と定めたようで、路地の壁をその巨体で削り落としながら俺を追ってくる。
動き自体は早いが壁を削りながらなので随分と減速されている。
<榴弾>を撃ち込みながら下がり、視線は蛇の尾に向けた。
暗い所為でシルエットしか見えないが、完全に水から出ているようだ。
水から出られないという訳ではないか。
さっきから何発も<榴弾>を喰らわせてはいるが損傷は軽い。
やはり図体のでかい奴は頑丈だな。
……削った方が早いか。
ザ・コアを起動。
俺の魔力を喰らったザ・コアは唸りを上げて回転。
逃げるのを止めて反転。 突っ込んで来た所に合わせて全力で突きこむ。
鼻先に命中したザ・コアが蛇の鼻らしき場所を削りながら沈み、肉片をまき散らす。
魔法で飛んで来た肉片を弾くが、腰の護符の様子を見ると近づくだけでもヤバそうだ。
護符の光は激しさを増しており、全力で俺を襲っている魔法の効果を妨害している。
予備で持ち出した物も全力で稼働している所を見ると長くは保たんか。
俺の目の前ではザ・コアが今も尚、鉛筆みたいにガリガリと削り続けている。
突っ込んで来た勢いを殺しきれていないのだろう。
まだまだ前に出て来て、磨りおろされた肉片が後ろに飛んで行き、視界は真っ黒な肉片で染まっている。
どれぐらい削り続けたのだろうか、気が付けば蛇は肉塊へと変わり果てていた。
俺はザ・コアを一瞥。 全く衰えずに回転を続けている。
……素晴らしい武器だ。
内心で首途に感謝しつつさっきの広場へと戻るべく駆け出す。
広場に戻るとアスピザルとプレタハングが激戦を繰り広げていた。
アスピザルが無数の石柱を連射。
対するプレタハングは運河を高速で移動して全て躱し、黒い水を操作して反撃。
さっきの蛇のような形の水の塊がアスピザルに襲いかかっている。
アスピザルは危なげなく躱しているが表情に余裕がない。
流石に見ている訳には行かんか。
俺は手近な奴に<榴弾>を叩き込む。
命中した炎の塊が水でできた蛇を蒸発させるが材料が水だ。
瞬時に復元。 だが、アスピザルへの攻勢は弱まった。
「助かったよ。 もうやっつけたの?」
「あぁ、何とかな。 そっちはどういう状況だ?」
こちらに寄って来たアスピザルは苦笑。
攻撃は続くが俺とアスピザルの魔法で何とか凌ぐ。
「逃げた先で、都合の良い事にグノーシスの聖殿騎士達が居てね。 擦り付けて来ちゃった」
なるほど、押し付けて来たと。
そう言えば少し行った所に連中の教会があったな。
エイデンとリリーゼの手腕に期待しよう。 精々頑張ってくれ。
ちらりと周囲を窺うが夜ノ森とシグノレの姿はない。
まだ戦っているようだ。
これは二人でやるしかないな。
『「あ、あぁ、ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ――ξεαλοθς、εαλοθςξεαλοθςξεαλοθςξεαλοθςςςςςςςς!!!」』
プレタハングはアスピザルを見て喚き散らす。
段々言動がおかしくなってきたな。
「……もう何を言っているか分からなくなってきたね」
「話が通じないって点では変化はないだろ?」
正直、言っている事が分かるだけで通じない点は変わらんと思うがな。
アスピザルは小さく目を伏せるだけだった。
まぁいい。 目の前の男を始末すれば終わりだ。 さっさと始めよう。
「前衛は任せて貰おう。 援護を頼む」
「……おねがい」
俺はザ・コアを構えて前に出る。
プレタハングの視線がこちらを向くが、どう見てもその目玉には何も映っていない。
この距離でも分かるぐらい焦点があっているようには見えないからだ。
どう見えているかは少し気にはなるが、やる事は変わらん。
――行くか。
真っ直ぐに駆け出す。
特大の<榴弾>を叩き込んで派手に爆発させて一気に間合いを潰し、運河に飛び降りる。
着水直前に<飛行>で水面の少し上に浮き上がり、突っ込む。
プレタハングは視線だけで俺の方を見る。
振り下ろしたザ・コアを下がって躱し、俺の方を何だこいつと言った表情で見つめ――。
『「Ρεινψαρνατεδ α περσον?」』
――首を傾げた後、表情が爆発した。
『「Wηυ ις ιτ σο!? Wηυ ις ιτ σο!? Wηυ ις ιτ σο!?ξεαλοθςξεαλοθςξεαλοθςξεαλοθςςςςςςςςς!!!」』
何かまた訳の分からん事を言い出したぞ。
だが、意識がアスピザルから俺へ移ったのは分かった。
表情から察するに怒っているようだが、何に怒っているのかがさっぱり分からん。
いちいちキレてあちこちに襲いかかるとは忙しい奴だが、こっちに来てくれる分には好都合だ。
水の塊があちこちから現れて襲って来るが、足元や至近距離の分にだけ気を付ければいいので回避はそこまで難しくない。
距離を開けて出現した分はアスピザルが片端から撃ち落とすからだ。
俺も魔法で攻撃を仕掛けるが、今一つ決め手に欠ける。
足元が奴の武器である以上、迂闊に近寄れん上に捕まらないように常に動かなければならない。
加えて腰にぶら下げた護符もさっきから熱くなりすぎて色が変わっている。
長くは保たんか。
こっちの魔法は全て水の壁に阻まれる。
恐らく直接殴らんとまともにダメージが通らない。
何とか近寄らないと――いや……。
足元の水を見て、手元のザ・コアを一瞥。
……これは行けるか?
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます