第245話 「湖下」

 クヴァッペ湖。

 ウルスラグナ領南部に存在し、南の隣領に跨っている巨大な湖だ。

 地下でどこかと繋がっているのか水棲の魔物が多数生息しており、釣りに来る冒険者でそれなりに賑わっている。


 「水棲の魔物の素材は割と貴重だからね。 食べても美味しいから上手い事釣れればそこそこ稼げるんだよ」


 釣れればねとアスピザルは付け加える。

 当然ながら魔物は魔物、舐めてかかると逆に湖に引きずり込まれて餌になるなんて話も多いようだ。

 水深も相当な物らしく、完全に引きずり込まれれば浮いて来ないらしい。


 「元々、地殻変動か何かでできた湖みたいで、向こうで言う構造湖とか古代湖とかいう括りの湖じゃないかって聞いた事があるよ」


 アスピザルの解説を話半分に聞きながら、目の前の光景を視界に納める。

 周囲は元々、森か何かだったのだろうが通行の為に大部分を伐採したようだ。

 縦長と聞いていたが、元が大きいので陸からでは単に広い湖としか見えない。


 横は両端が見えるが、縦は距離がある上に所々に見える大小様々な岩のお陰で視線が通らない。

 目を凝らせば一応は対岸が見える。

 幅は十数キロ、対岸までは四、五十キロと言った所か?


 湖面は穏やかとは言い難く、水面下で絶えず何かが蠢いているのかあちこちで波紋が発生している。

 周囲を見ると冒険者らしき一団が、でかい銛のような物や釣竿を準備して釣りをしようとしているのが見えた。


 「で? その転生者はどこに居るんだ?」


 中々悪くない眺めだが、やる事あるのでそっちを先に片づけたい。

  

 「そうね。 早めに済ませてしまいましょうか。 こっちよ」


 夜ノ森の案内で湖から少し離れた所へ向かう。

 そこには小さな建物がいくつか建っていた。

 

 「簡易だけどウチで運営している宿屋よ」

 「宿って銘打っているけど最低限の物しかないモーテルみたいな物だよ」

 

 ……モーテルねぇ。


 何か道路沿いにあるカプセルホテルみたいな印象があるが、ここもそんな感じなんだろうか?

 木造の平屋のような物が等間隔で並んでいる。

 目的地はそこではないようで、少し離れた所に建っている一際立派な建物だ。


 こちらは他とは違い、石造りで二階建てのようだ。

 

 「フロントを兼ねた事務所よ。 目的地はその裏手になるわ」


 裏に回ると小さな倉庫のような物が見える。

 あれか? 豚の屋敷と比べると随分と慎ましいな。

 宇田津とか言う奴はあんな倉庫で満足しているのか?


 夜ノ森は扉を開けて中に入る。

 中には予備の寝具や家具が並んでいた。

 二人は迷いのない足取りで奥へ向かう。


 一番奥――倉庫の片隅で二人が足を止める。

 視線を落とすと、床に扉のような物があった。

 夜ノ森が開くと階段が顔を覗かせる。

  

 ……地下か。


 アスピザルが先頭で降りる。

 何でだと思ったが、すぐに分かった。 灯り担当か。

 小さな<火球>を作って周囲を照らす。


 中は石造り――ではなくて、岩か何かをくり抜いて作った感じか?

 しばらく無言で降りながら頭の中で位置を確認する。

 階段を降りきると長い通路に出た。 こちらもそのままくり抜いた感じだな。


 方角的に湖の方へ向かっているのかな?

 

 「通路は頑張って掘ったらしいんだけど、この先は元々あった空間を利用してたんだって」

 「位置的には湖の近くか」

 「そうだね。 湖に流れ込んで来る水脈の近くにできた空間って所かな?」

 「何でまたこんな所に?」

 「彼は水が近くにないと困る体だから…」


 あぁ、水棲生物がベースなのか。

 聞こうかとも思ったが、そろそろ目的地のようだ。

 見れば分かるか。


 通路を抜けるとかなり広い空間に出た。

 ドーム状の空間で最初に目を引くのは中央にある綺麗にカットされた四角い岩だ。

 でかさは十メートル四方と言った所かな?


 角にポールでも立ててロープでも張ればプロレスのリングみたいだ。

 

 ……いや、もしかしなくてもそう言う用途なのか? 


 他に目を引くのは湖に流れ込んでいる水脈の一つなのか大きな音を立てて流れる水と、何故か空間の片隅に並んでいる鉄製と思われる牢が並んでおり、中には奴隷と思われる連中が覇気のない顔で膝を抱えていた。


 ……バトルマニアがどうのとか言っていたが、あの奴隷共はまさか対戦相手なのか?


 どう見ても健康状態も良くない上にそもそも強そうに見えない。

 はっきり言って雑魚にしか見えないんだが、何を考えてこんな連中をかき集めてるんだ?

 ちらりと二人の様子を窺うと、夜ノ森は嫌悪感を露わにし、アスピザルは手で顔を覆ってまだやってたのと呟いた。


 「あれは何だ?」 

 「始まるみたいだし、見てれば分かるよ」


 しばらくすると牢屋から一人の男が黒ローブ達に引っ張り出され、舞台に上げられる。

 やっぱりあれはリングで間違いないようだ。

 その後、流れている水から何かが勢いよく飛び出した。


 それは飛び出した勢いのままリングに着地。

 水を滴らせながら現れたそれは、でかい蛙だった。

 そいつはゲコゲコと喉を鳴らしながら、腕を回したり首を左右に曲げている。


 ウォームアップのつもりか?

 蛙は対戦相手の奴隷を真っ直ぐに見ると、軽く跳ねて更にウォームアップを続けた。

 しばらくそうしていると動きを止める。 終わったようだ。


 「ふう、よく来たな挑戦者! 俺がここのチャンピオン、使徒ウダツだ!」


 何がよく来ただ。 無理矢理引っ張っておいて何を言ってるんだこいつは?

 しかもチャンピオン? 挑戦者?

 もうこの時点で嫌な物を感じていたが、黙って見ている事にした。


 「まずはルールを説明してやる。 ま、簡単な話だ。 俺とお前が戦う、俺が勝てばお前は死んで、お前が勝てば自由が手に入る。 シンプルだろ?」


 相手の奴隷は目の前の蛙相手に完全に腰が引けており、逃げたくてたまらないと言った表情だ。

 

 「おおっと、説明を忘れたぜ! このリングから出たら負けだからよく覚えておけよ? 戦うのはこのリングの上、正々堂々男と男との真剣勝負だ!」


 何が正々堂々だ。

 ふらふらの奴隷相手に何を粋がっているんだこの蛙は?

 奴隷の男も覚悟を決めたのか構えるがこれはどうにもならんな。


 リング脇にいた黒ローブがゴングらしきものを鳴らす。

 同時に蛙の舌が伸びて奴隷の頭に直撃、ぱんと間抜けな音がして頭が弾け飛んだ。

 ゴングを鳴らした黒ローブが、再びゴングを三連続で鳴らす。


 蛙は両腕を天に突き上げ勝利のアピール。

 

 「ひゅーーーー! また勝っちまったぜ! これで何連勝だ? ふっ、敗北を知りたい物だぜ」


 ……うわ。


 雑魚を痛めつけて大喜びか。 

 豚とは別のベクトルで酷いな。

 

 「……これ、いつもやってるのか?」

 「……えぇ、定期的にあぁやって自分の強さを確認したいらしいわ」

 

 夜ノ森の口調は固い。 豚の時ほどではないが嫌悪が混ざっている。

 アスピザルは完全に興味がないのか視線は投げ遣りだ。

 

 「梓。 警告は散々やったよね?」

 「……えぇ」

 「ロー、悪いんだけど挑戦者として戦って貰えないかな? 彼、大原田さんより人の話聞かないから、始末をお願い」

 

 まぁ、殺れと言われれば殺るが……。

 背中の武器を試したいし。


 「お前らがやった方が良いんじゃないか?」

 

 嫌っているようだし精神衛生上そっちの方がいいような気がするが…。


 「僕等じゃダメなんだよ」

 「何でまた?」

 「……彼、自分より強そうなのが出て来ると言い訳して逃げるから」

 

 ……そうか。


 敗北を知りたいとか言う割には負けるのは嫌なのかよ。

 そう言う事なら仕方がないな。

 やるとするか。


 そうと決まれば後は早い。

 夜ノ森が部下に事情を話して俺との対戦をセッティング。

 蛙には威勢のいい奴隷とでも説明しておき、準備完了だ。


 俺がリングに上がるとさっきと同じように水から蛙が飛び出し、俺の目の前に着地。

 水を滴らせながらアップを始め、終わった所で説明を始めた。


 「ふぅ、よく来たな挑戦者! 俺はここのチャンピオン、使徒ウダツ!」


 ……あぁ、はいはい。


 「まずはルールの――」

 「ここから出たら負けなんだろ? 話は聞いている。 さっさと始めよう」

 

 俺がそう言うと蛙は目をぎょろぎょろと動かして俺の全身を見て――背からはみ出している武器の柄で止まった。

 

 「おい、それは武器か?」

 「そうだが?」

 「卑怯だろうが! 正々堂々素手で勝負しろ!」


 お前も全身凶器みたいな物だろうがと言いかけたが、こういう輩には正論は通用しない。

 どう言った物か……。 少し考えて思いついた。


 「チャンピオンとか言って粋がっている割には随分と臆病だな。 武器を持っている相手とは怖くて戦えないか?」


 そう言ってふっと鼻で笑ってやった。 こんな感じかな?

 半端に自信があるやつだったらこれでキレそうな感じだが――どうだろう?


 「あぁ? 舐めてんのか雑魚が! いいぜ、やってやろうじゃねえか。 おい! ゴング鳴らせ!」


 マジかよ。 煽り耐性なさすぎだろ。 どうなってるんだよ。

 まぁ、話が早くて助かるけどな。

 下で黒ローブがゴングを鳴らす。 同時に蛙の舌が高速で飛んでくるが、一度見たから対処は簡単だ。


 攻撃を首を傾けて躱し、通り過ぎた所で掴む。

  

 「は、はにゃ――」


 蛙が何か言う前に舌を引っこ抜く勢いで引っ張る。

 千切れるかとも思ったが、蛙の足が地面から離れて体がこちらに引き寄せられる。

 近くまで来た所で空いた手で武器を抜き、そのまま蛙のブヨブヨした腹に振り下ろした。

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