第246話 「破砕」

 武器の名称は魔力駆動生体式破砕棍棒 ザ・コア。

 全長は柄を含めれば三メートルに届く。

 形状は円柱に縦に二本、横に三本と線が入っている。


 初見では赤黒い石臼を二つ重ねた物という印象を受けた。

 破壊されたクラブ・モンスターの反省点を活かし、破壊力を向上させつつそれ自体に防御機構を備えた強力な武器として仕上がっている。


 代償として重量が倍じゃ利かない事になり、専用の鞘がないと背に差しておく事すら困難な代物になった。

 この形状には理由があり、魔力を流し込むと四つの円柱が互い違いに回転を始め、対象を削り潰す。


 首途曰く、今回は素材に厳選を重ねたので、そう簡単には壊れないと太鼓判を押した。

 そしてスペック上ではあるが、防御機構と併用すれば天使の光線攻撃すら物ともしない――らしい。

 厳選素材と首途の預金の大半をつぎ込み、三つの形態を持ち、俺が使う事・・・・・で完成した最高傑作だ。

 

 ……もっとも今回は強度を試す必要はなさそうだがな。


 起動。

 

 「くっそ! 早くどけ――ぎゃぁぁぁぁぁぁぁ!!!」


 俺は咄嗟に魔法で風の障壁を展開。

 蛙の悲鳴と共に奴の体が文字通り飛び散った・・・・・

 高速回転したザ・コアに削られ、蛙の胴体は原型を留めていられなかったようだ。


 俺は魔法で防いだが、他はそうはいかなかった。

 近くで観戦していた黒ローブ共は飛び散った蛙の残骸を引っ被り、離れた所で見ていた夜ノ森は絶句。

 アスピザルは目を丸くしていた。


 二人は防御が間に合ったようで飛んで来た残骸や血は防げたらしい。

 そして最も驚きなのが、胴体を挽き肉にされたにも拘らず、蛙が生きていた事だ。

 頭と胴体の一部だけだが、辛うじて命を繋いでいる。


 身体を挽き肉にされた衝撃でリング外まで吹っ飛んでいた。

 蛙は口をパクパクと動かして残った体で這いずっている。

 流石は転生者。 しぶといな。


 まぁ、苦しそうだしすぐ楽にしてやろう。


 「い、痛い……何で、俺――折角……」


 何かうわ言のように言っているがよく聞き取れんな。

 どうせ記憶も引き抜けんしさっさと死ね。


 「……ぁ、も――き……嫌」


 ザ・コアを振り上げて下ろす。

 起動。

 次の瞬間、蛙は元が何だったのか分からない状態になり――消えた。




 「終わったぞ」


 俺がそう言うと硬直していた二人が再起動。

 アスピザルが笑顔で頷き、夜ノ森は絶句したままだった。


 「あっさり勝った事にも驚いたけど、その武器すっごいね。 一瞬でミンチになっちゃったよ」

 「ど、どうなっているのそれ? 機械かなにかなの?」

 「知らん、俺が作った訳じゃないからな」


 俺はそう言ってそのまま、もと来た道を戻る。

 用は済んだ。 さっさと次へ行こう。

 この空間を堪能しようかと思ったが、鬱陶しいギャラリーが多すぎる。


 踵を返した俺を追って二人が続く。

 

 「正直、もっと手こずるかと思ったけどすぐに片付いちゃったね」

 「煽りに耐性がない事と、俺を舐めていたのが敗因だったな」

 「そうだね。 中途半端に痛めつけると彼、すぐに逃げるから速攻で仕留めるのは良い判断だったよ」


 全部で五人って話だから後二人か。

 いい加減に話の通じる奴と会いたい物だ。


 「次は――いや、いい加減に最終的な目的地を聞いておこうか」


 恐らくは目的地から遠い順番に回っているんだろうが、先の予定を確認しておきたい。


 「ディペンデレ領って知ってる?」 


 ……記憶を探るがヒットしない。 どこだ?


 喰った記憶の量はそれなりにあるが、元の持ち主が誰も知らない事は俺も知りようがない。

 ウルスラグナの中央から北側に関してはほぼ網羅している筈だが、南寄りの地域に関しては知らない場所は多い。 恐らくはその知識にない位置にある領なのだろう。


 「知らんな」

 「ウルスラグナ最南端にある国の境界にある領だよ」

 

 南寄りだろうなと思ったが、最南端か。

 現在地が国の中央付近と考えると、結構な距離を移動する事になりそうだ。

 

 「残りの二ヵ所を回りつつ国の南端を目指す形になるのか」

 「そうなるね。 片方はそこまで遠くないけど、残りは目的地と同じだから実質、後二ヵ所だね」

 「……で? その残り二人はお前に手を貸してくれそうなのか?」


 俺がそう聞くとアスピザルは一瞬、真顔になった後、乾いた笑みを浮かべた。


 「片方は論外だけど、もう片方は状況次第――かな?」


 ……意外な反応だな。


 望みはあるが薄いといった感じか。

 俺は小さく溜息を吐いた。


 「……次はどんな奴なんだ?」

 

 アスピザルに聞かずに夜ノ森に振る。

 どう見てもアスピザルは他の転生者への関心が薄い。  

 これは嫌っているというよりは、諦めて期待をしていないのだろうな。


 その辺は何となく理解できる。

 やる気のないアリクイ女、報酬を厚かましく吊り上げ続ける豚、都合が悪くなると逃げ出す蛙。

 このラインナップだ。 何を期待しろというんだろうな。


 「残りは石切いしきりさんと針谷はりやさんか、針谷さんがシジーロだから次は石切さんだよね」

 「ええ、次は石切さんの予定だけど――正直気が重いわ……」

 「梓は石切さんのお気に入りだからね!」

 「あああああ~」


 そう言って夜ノ森は両手で顔を覆って俯いてしまった。


  ……一体何なんだ?


 結局、その場では聞きそびれてしまった。

 次はどんな変態が湧いて来るのやら。

 俺はやや重い気分で歩く足を早めた。



 

 正直、一日もかからなかったのは僥倖だが、もういい時間なのでここで一泊して翌朝出発する事になりそうだ。

 やる事も無いので湖の辺りを少しぶらつく事にした。


 アスピザルが付いて来ようとしていたが、一人になりたいと言って追い払う。

 時間的には日暮れが近く、茜色の光が周囲を染めている。

 来るときに見かけた冒険者達も姿を消しており、近くに人影はない。


 時折、湖の水面で何かが跳ねる音がするがそれに目を瞑れば静かな物だった。

 考えるのは転生者の事だ。

 正直な話、俺は転生者には全員ではないが嫌悪感に近い物を感じている。


 理由は簡単、あのゴミ屑を想起させるからだ。

 辺獄で消し去ったアレ。 その時まで俺と奴とは同一人物だと疑っていなかった。

 正直、大抵の事は流せる自信はあるがアレに限ってはどうにも消化できない部分が多い。


 姿を見れば瞬時に襲いかかる自信がある程度には不快だ。

 俺は内心で首を振り、少し熱くなった思考を冷却して、脱線した考えを戻す。


 ……確かに違和感はあった。


 少なくとも元のままの人格や性格では人はおろかゴブリンすら殺す事が出来なかっただろう。

 大型の生き物を殺す事の忌避感。

 俺の記憶にある日本人という人種はそう言った事に関する精神的なハードルは高い筈だ。


 銃等の直接の手応えのない道具を用いるのなら多少は下がるかもしれんが、それを考慮しても難しいかもしれない。

 

 ……俺はどうだった?


 ゴブリンの目玉を抉り、トロールを喰い殺した。

 その上、死体を解体して捕食。

 冷静に考えれば――いや冷静過ぎたと思うべきだったのかもしれんな。 傍から見れば立派なサイコパスだ。

 

 特に実害があった訳でもないから放置していた考えではあったが、ここに来て考えさせられる。

 俺自身と他の転生者達の違いだ。

 肉体的な面では、単純に取りついたか喰われて融合したかの差でしかない。


 俺の時のように近くに都合よく死体が落ちていなかったからああなった。

 そこはいい。

 なら、俺の人格が他と違うのは何故だ?


 思考材料となるサンプルはそれなり集まった。

 最初に遭った蜘蛛、王都に現れた蟻、蝙蝠。 首途のおっさん。

 アスピザル、夜ノ森、日枝。


 後は最近会った、アリクイ女、豚、蛙だ。

 全部で十人。

 最初の蜘蛛は特に分かり易いサンプルだ。


 俺より後にこっちに来て、行動を始めたばかりと言った感じの奴だった。

 言動から完全にゲーム脳だったが、あれはどうなんだろう?

 現実逃避なのか元々そういう性格の奴だったのか。


 感情を露わにしていた事を考えると、後者の線が濃厚だ。

 ゲーム感覚で街を襲い、同様の考えで奴隷を助けようとしていた。

 

 ……本人はそのつもりだったんだろうな。


 動機は分かり易い。

 この手のメディアが大好きな奴に多く見られがちの「異世界転生最高」だろうな。

 実際、あのゴミ屑はそうだった。

 それに加えて「自分は強いから何をしても大丈夫」と言った思考だ。


 豚と蛙も同様の傾向にあったが、そこまで間違っちゃいない考えだとは思う。

 ただ、その思考は自分より強い奴が現れた瞬間に破綻するという点を認識しないと命を縮める結果になる。


 ……やはり脅威は早期発見と排除こそ肝要。


 後は残った連中だが、夜ノ森や蟻野郎、蝙蝠女は所属こそ違うが組織に属し寄る辺となる場所を見つけ、しっかりと根を下ろしている。

 こいつ等に関しては俺は素直に堅実だと思う。


 少なくとも現実を見据え、この世界に居場所を見出そうとしているからな。

 他者を信じるというハードルを越えられるのなら良い手ではあるのだろう。

 ただ、そこに組織の思惑が介在しなければの話だ。


 特にグノーシスはその点、怪しすぎる。

 ダーザインのように単純な戦力とも捉えていないようだし、恐らくは天使の召喚関係の実験に利用されている、または将来的にされる可能性は高い。


 それは天使共の俺への執着を見れば明らかだ。

 連中は施してやると口では言うが、自分達の為に生贄になれとほざく。

 冗談じゃないぞ。


 異邦人の連中はその辺、どの程度理解しているか知らんがよくあんな組織に属していられるなと正気を疑いたくなる。


 ……まぁ、あの様子じゃ知らなさそうだな。 


 最後のアスピザルは特殊なケースではあるが、人格が混ざった事による性格の変容。

 元がどうだったか分からない以上は、あまり参考にならないな。

 最後にアリクイ女と日枝、首途だ。


 正直、転生者は好戦的な気性になる物かとも思ったが、あの三人を見るとそうでもないと思える。

 日枝は国を治めるほどのカリスマを発揮し、首途は殺す事を何とも思ってはいないようだが、衝動で動くタイプには見えなかった。 アリクイはあの調子だ。 好戦的なだけならああはならん。

 結論として、他の転生者には俺ほどの精神変容が起こっていない。


 これはどういう事だ?

 いくつか考えられる事はある。


 まずは多重人格。

 何らかの原因で人格が分裂。

 その結果、主導権を握ったのが今の俺で元の俺は引っ込んだ。

 根拠はトラウマを刺激されるとアレがこちらに干渉して来た事を考えると別個の意志として存在していたと考えられる。


 次に考えられるのが疑似人格。

 俺が洗脳を施した奴と同様に、本人と思い込んでいるパターン。

 これは他の転生者にも該当するが、俺の場合は何らかのエラーで上手く人格が馴染まずさっきの説と同様に分離して個別に――うーむ。 …苦しいか? 


 他は――……うーむ。 思いつかんな。

 我ながら想像力が貧困だ。

 どっちも今ひとつピンとこない。


 正直、今の自分にそれなりに満足しているのでそこまでは気にならなかったが、ここまで他と違うと少し気になるな。

 空を見上げるとすっかり日が落ちていた。


 ……そろそろ戻るか。


 俺は踵を返して宿へ戻る事にした。

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