第243話 「沸血」

 豚の殺処分が済んだので、プティートでの用事が済み、翌日には後にする事になった。

 アリクイ女と違って分かり易い奴だったので、すぐに済んだのはスムーズでいい。

 これでもう少し楽に仕留められるのなら言う事はなかったが、そう都合の良い話はないか。


 次の目的地は王都である以上、しばらくは移動だ。

 路銀等にも困っていないので稼ぐ必要もなく、特に問題なく進む。

 アスピザルや夜ノ森はこの国の地理を熟知しているようでルート選びも的確だ。


 お陰で特にこれと言った危険に出くわさずに王都まで辿り着く事が出来た。

 久しぶりに訪れた王都は特に記憶との違いはなく相変わらずのようだ。

 例の魔法であちこち吹っ飛んだと聞いていたが、補修などは完了しているらしくその痕跡は見当たらない。


 向かうのは俺とアスピザル、夜ノ森の三人だけだ。

 以前よりもでかくなったサベージや見た目からして狂暴そうなタロウは事前にファティマが手配した商隊に預けて徒歩で向かう。


 流石に目立ちすぎるので、今回は外で待機だ。

 王都に入る前に偽造した身分証を受け取り、中へ入る準備は完了。

 辺獄で冒険者プレートを失くしてしまったので、面倒だったが用意する必要があったのだ。


 なくても入れなくはないが、面倒な審査があるので手間を考えると通行証を用意して入った方が早い。

 身分証は偽造だが、通行証は本物なので問題なく入る事が出来た。

 

 ……取りあえず、ギルドで再発行だな。


 大都市になればこの手の身元確認が求められる場所は多い。

 訪れる度にいちいち偽の身分証を用意するのも面倒だ。

 この手の手続きはさっさと片づけるに限る。


 夜ノ森は特注の全身鎧で身を包み、俺とアスピザルはそのままの格好で入る。

 こういう時は人間の姿は便利だ。

 それを見て夜ノ森は不満そうにしていたが俺の知った事ではないな。


 早い所、用事を済ませたいので、入ってすぐに俺は二人に話を切り出した。


 「俺は用事を済ませに行く、そっちは――」

 「私は日用品の買い出しと宿の手配をしてくるわ」

 「じゃあ僕はローと――」

 「悪いが遠慮してくれ。 人見知りの知人と会うのでな」

  

 こいつを首途に会わせる訳には行かない。

 場合によっては奴にとっての不利益になる可能性があるからだ。

 可能な限り機嫌を損ねたくはないので、接触はさせない。


 「え!? ローって友達居たの!?」

 「ちょ、ちょっとアス君!」


 アスピザルを慌てて夜ノ森が窘める。

 失礼な奴だな。 事実だけど。

 

 「ところで僕は友達募集中なんだけど? どう? どう?」


 そう言ってちらちらと視線を飛ばしてくるが俺は無視して踵を返す。

 

 「宿が決まったら魔石で連絡してくれ」

 「ええ」

 「ちょっとー。 リアクション返してよー」


 預かった通信用の魔石を懐に入れてそのまま二人と別れた。

 先にどちらに行くかなと考える。

 ギルドか首途の工房か――。


 少し悩んだ後、工房に向かう事にした。




 

 久しぶりに訪れた工房も特に変化は…像が少し増えたか?

 敷地内に入ると手近な像に声をかけ、反応がない事を確認して中へ入る。

 相変わらず酷い臭いだが、以前よりはだいぶましになっているな。


 空気の流れを感じる。

 以前に言っていた空調機器を導入したのか?

 階段を下りながらそんな事を考えていると一番下の階に到着。


 奥の部屋へ行き、ドアノッカーを叩く。

 

 「ローだ。 入っても?」

 「兄ちゃんか!? ええぞ、入りぃ!」


 許可が出たのでそのまま入る。


 「おぉ、久しぶりやな兄ちゃん」


 久しぶりに会った首途は特に変わらず元気そうだった。

 口の辺りをギチギチと鳴らしながら、親し気に俺の肩をバシバシと叩く。

 俺は特に反応せずに促されるまま席に着いた。

 

 首途は向かいに座る。


 「……まずは謝らせてくれ。 すまんかった」


 そう言って首途はいきなり頭を下げる。


 ……何か謝られる事あっただろうか?


 「自信満々に勧めたクラブ・モンスターがあの様や。 まさかあれがあない簡単にぶっ壊されるとは思わんかったわ」

 

 あぁ、その事か。


 「あれはアンタが謝る事じゃない。 破損した事に関しては俺の不注意であってそちらに責任はない」

 「……すまんな。 そう言って貰えると助かるわ。 ところで話は変わるけど、あの後どないしたんや? 兄ちゃんの使いっちゅう奴からクラブ・モンスターを受け取っただけで細かい話は全然聞いてへんねん。 良かったら教えてくれんか?」


 ……そうだな。


 少し考えたが話しても問題ないだろう。

 

 「例の大魔法とやらが発動した後、俺はある場所に飛ばされてな――」


 頭の中でどう話すか纏めながら口を開いた。




 「――ほー。 辺獄に大森林、エルフに天使、獣人、空飛ぶでかい魚かいな。 それで今はダーザインと組んどるんか。 なんちゅうか、えらい大冒険やなぁ……」


 ムスリム霊山の襲撃辺りまで話を聞いた首途は腕を組んでうんうんと感心したように頷く。

 ダーザインについては隠そうか迷ったが、ばれた時の事を考えて素直に吐き出しておいた。

 

 「心配しなくてもアンタ達の事は話していない」

 「そこは疑っとらんわ。 わざわざ話しとるんはそう言う事やろ?」

 「理解が早くて助かる」

 「……それにしても噂のムスリム霊山襲撃も兄ちゃんの仕業っちゅうのは予想外やったわ」


 首途は話の途中で用意した茶を啜りながら楽し気に笑う。


 「さて、おもろい話も聞けたしそろそろ本題に入ろか?」

 「あぁ、新しい武器が欲しい」

  

 俺がそう言うと首途はギチリと口角を歪ませる。


 「そうやろうと思ったわ。 兄ちゃんが来た時の為にとっておきを用意してあるで」


 席を立った首途に続いて奥の作業場へ入る。

 扉を開けるとむっとするような熱気が流れ込んで来た。

 何だと奥を見ると圧倒的な存在感を放つ物が目に入る。


 高さは五メートル程。 煉瓦造りの煙突のようにも見えるそれが熱源だった。

 近づくとボコボコと何かが沸騰する音が響き、中に向けてパイプのような物が伸びている。

 パイプが何処に繋がっているのかと視線で追いかけると、巨大な継ぎ接ぎだらけの肉塊に繋がっていた。


 ……何だあれは?


 肉塊はドクドクと一定間隔で鼓動を繰り返し、繋がっているパイプに何かを送り込んでいた。

 

 「竜の心臓や。 魔法道具で癒して活性化させるだけで元気に動きよる。 生命の神秘っちゅう奴やな」

 「……肝心の武器はどこだ?」

 

 竜の生命力に関しては良く分かったが、今はどうでもいい。


 「その筒の中や。 脚立があるから登ってみて見ぃ」

 

 あのボコボコいっている奴の中?

 少し嫌な予感がしたが、好奇心がそれに勝った。

 俺は促されるままに脚立を立てて登る。


 その入れ物の中身が見えて来る。

 中は赤い液体で満たされており、高熱を発しているのか沸騰して水面を波打たせている。

 しかもこの臭いは――恐らくは血液だ。


 竜の心臓とやらから伸びているパイプが全て中に入っている。

 そして中央に長い柄のような物が突き出ていた。

 

 「触ってみい。 それで何となくわかるはずや」


 いわれるまま手を伸ばして柄を握る。


 ……なるほど。


 こいつがどういう物なのか何となくわかった。

 改めて首途という男の頭のおかしさを認識した。 素晴らしい。




 「気に入った。 買わせて貰おう」

 

 俺がそう言うと首途は困ったように頭の辺りを掻く。


 「えっとやなぁ、ちょっと気合入れて作ったお陰で材料費が、な?」

 「いくらだ?」

 

 首途は気まずそうにそっと金額を耳打ちした。

 それを聞いて流石の俺も閉口する。

 いくら何でもすぐに払える金額じゃないな。 ちょっとした屋敷が建つぞ。


 「用意はさせるが今すぐは無理だ」

 「……まぁ、そうなるわなぁ。 すまんがなるべく急ぎで頼むわ」

 「分かった。 分割でも構わないなら一部は数日中に払える。 それで当座は凌げるはずだ」

 「助かるわ。 やっぱり兄ちゃんは良い客やな。 実は財布がカツカツで、ヴェル坊に出稼ぎに行かせなあかんかったぐらいでな」


 ……あぁ、それでヴェルテクスの奴居ないのか。


 「今、報酬の良い仕事を請けて遠出しとる」


 なるほど。流石に奴の隠れ家も兼ねているだけあって家賃の為に稼ぎに行ったか。

 奴にも個人的な用事があったんだが――まぁ、いないのなら仕方がないか。

 それにしてもとんでもない金額だったな。


 生活を圧迫してまで武器を作ってくれたと考えると多少ではあるが感謝の念ぐらいは感じる。

 料金は――いや、待て。

 そこでふと思いついた。


 前例があるのだから増やしても問題ないか。


 「……ところで話は変わるが、あんたはこの王都に何か思い入れがあるのか?」

 「ん? いや、単純に成り行きでここに住んで、ずるずるとって感じやな」

 「そう言う事なら首途さん。 俺の所に来ないか?」

 

 囲い込んでしまえば要らん金を払わなくて済むじゃないか。

 アリクイ女をすでに送っているし、一人も二人も変わらん。

 どうせ管理はファティマにやらせるから俺には関係ないしな。

 

 「兄ちゃんの所? 何や屋敷でも持っとんのか?」

 「こう見えてもある場所の地主でね。 そこそこ儲かっている。 外からもある程度は隔離してあるからそれなりに安全だ」


 当然ながら衣食住の保証はすると付け足した。

 首途は無言。 顔が虫なので何を考えているか今一つ分からないが、悩んでいるのかな?

 

 「……それだけ聞けば美味しい話やとは思うけど、頭から信じるのはちょっと難しいなぁ」

 

 だろうな。 立場が逆でも似たような事言うだろう。

 どう説明した物かと少し考えが、言葉で納得させるのは無理だ。

 なら判断材料を増やしてやればいい。


 「だったら。 ヴェルテクスが戻ったら俺の拠点へ案内させよう。 興味がなければ武器の代金を受け取るだけでいい。 奴の言葉ならあんたも信じるだろう?」

 「……なるほど。 儂はここから動けんから、ヴェル坊に見せるのはおもろい手やな」

 「急ぐ話じゃないし、ゆっくり考えるといい」


 別に強要する気は無いから断るならそれはそれで問題ない。


 「いっこ聞かせてくれんか?」

 「どうぞ」

 「何でこの話をしたんや? 兄ちゃんはヴェル坊と同じで腹の底から他人を信用せんやろ? それが自分の懐に他人を入れるっちゅうのはちょっとしっくりこんのや」


 なるほど。 まぁ、当然の疑問だな。

 

 「最近、他の転生者を保護する事になってな。 そうなった以上はいくら増えても同じ話だろう?」

 「はぁ、何や慈善事業にでも目覚めたんか? 他の転生者なんてよう引き取る気になったなぁ」

 「成り行き上、仕方なくだがな」

 「その辺の話は教えてくれるんか?」


 ……あぁ、その辺は話してなかったな。


 「……分かった、話そう。 実は――」


 俺はどう話した物かと考えながら今までの経緯を話し始めた。

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