第242話 「瀑布」

 萎んで元のサイズになった豚が力なく呻く。

 夜ノ森はそれでも拘束は解かずに更に力を込めるとボキリと音がして、首が折れたようだ。

 

 「離れろ」


 そう言いながら巨大な<水球>を作る。

 察した夜ノ森が豚をこちらに投げ飛ばす。

 飛んで来た豚に毒液を混ぜた特大の水球を叩き込む。


 首を圧し折られた豚は悲鳴を上げる元気もないのかそのまま水球に呑まれてグズグズに溶けて――。

 

 ――そのまま消えた。


 完全にくたばった事を確認した所でほっと息を吐く。

 やはり死体は残らんのか。 溶けるにしてもあの消え方は不自然過ぎる。

 あの蜘蛛を仕留めた時もそうだったが、転生者は死ぬと死体が崩れて消えるようだ。


 やはり検証の意味でもあのアリクイ女を確保できたのは、良かったかもしれんな。

 

 「ふぅ、何とかなったね。 正直、僕達だけだったら負けないとは思うけどもっと苦戦してたと思うから助かったよ」


 ……あぁ、そうかい。


 「後三人か」

 「ええ。 三人よ」


 このレベルの奴が後三人か……しんどいな。

 やはり強力な武器が欲しい所だ。

 

 「大雑把でいい。 居場所はどの辺りだ?」


 確認の意味での質問だが、王都に寄らないのなら移動ルートの変更を提案したい。


 「この国の中央付近に一人、残りは王都より南――国の南部に居るわ」

 「王都には寄らないのか?」

 

 俺がそう言うと夜ノ森は小さく眉を顰めたが、小さく頷いた。


 「物資の補充をしたいから立ち寄るつもりではあるけど、何かあるの?」

 「贔屓にしている武器屋があってな。 装備の新調をしたい」

 「そう、なら先に王都に立ち寄りましょう。 次も戦闘になりそうだから装備は整えておいた方がいいわ」 


 ……そりゃ助かる。


 俺に異論はなかったので大きく頷いておいた。 これでやっと新しい武器の目途が立ったな。

 いい加減、すぐに壊れる武器にはうんざりしていたんだ。

 新しいクラブ・モンスターが完成していると良いんだが……。

 

 「王都は結構行っているからそこそこ詳しいけど、どこの武器屋?」

 

 アスピザルが聞いてきたが肩を竦めて誤魔化した。

 悪いが首途やヴェルテクスの事を教える気は無い。

 特に首途は現状、機嫌を損ねたくない相手だし、そういった要因は排除すべきだろう。


 「もー、ローってば秘密が多いなぁ……」


 アスピザルが唇を尖らせるが無視した。


 「ここでの用事は済んだのなら明日にでも発つって事でいいのか?」

 「えぇ、奴隷の子のケアもしたいし、出発は明日ね」

 「なら、しばらくは自由時間って事でいいのか?」

 

 俺がそう言うと夜ノ森が不思議そうに首を傾げる。


 「例の大瀑布を見ておきたい。 名所らしいからな」

 「あぁ、そう言う事なら行っていいわ。 ここからならそう遠くないけど、山道だから暗くなる前に戻ってね」

 「了解だ」


 夜ノ森に方角と簡単な道だけ口頭で教わり、その場を後にした。

 





 「……で? 何でお前まで付いて来る?」

 「いいじゃない。 僕も滝を見たいし」


 訪れる者がそれなりに居るお陰か、巨大な川沿いに道が出来ていたので歩いていると、何故かアスピザルが付いて来たのだ。

 俺は今一つこのアスピザルという人間を計りかねている。

 

 何も考えずに動いているのか何か企んでいるのか。

 単なるアホじゃないのは今までの行動や言動を振り返れば分かるのだが、どこまでが計算でどこまでがそうではないのかが分からない。


 特にこういうどちらとも取れる場面となると尚更だ。

 考えても分からないので、直接聞かざるを得んと言うのが面倒だな。

 

 「本当にそれだけか?」

 「うーん。 ローは隠し事が多いから聞きたい事なら山ほどあるけど答えてくれる?」

 「内容次第だ」


 アスピザルはそっかーと言った後、少し考えこむような素振を見せる。

 

 「じゃあ、答えてくれそうな事を聞くよ。 まず一点、ムスリム霊山での事なんだけど…」

 「何だ?」

 「君は天使を見ても特に驚いているように見えなかった。 以前に戦った事があるの?」


 なるほど、微妙なラインを突いて来るな。

 グリゴリの件は話しておいた方がいいだろうか?

 少し迷ったがある程度は話しておく事にした。


 「確かに天使を見たのは初めてではないな」

 「そうなると君は以前にもグノーシスと派手に戦った事になると思うけど…そうなると、既に目を付けられている筈だよね? なら、ムスリム霊山を襲うのはあまり意味がなかったんじゃないのかなって思うんだけど?」


 確かに、名目は連中の注意を逸らす事だ。

 元々目を付けられているのなら、前回の襲撃はあまり意味がない。

 なるほど。 もっともな指摘だ。


 「繰り出してきたのはグノーシスじゃない」

 「それは違う組織って事?」

 「あぁ、連中はグリゴリと名乗っていた」

 「グリゴリ? 確か堕天使か何かだったような……」


 その辺は知らん。


 「監視者がどうのとか言っていたような気がするな」

 「監視者? 監視者かぁ……そのグリゴリもあの時の聖堂騎士みたいに憑依する感じだったの?」


 あの時の事を思い出すが、クリステラはともかくスタニスラスはグリゴリと全く同じ状態だった。


 「そうだな。 見た感じスタニスラスと同じような感じだった」

 「弱点とかは分かる?」

 「……制限時間だ。 連中はこっちに出て来るのに人間の体を使う必要があるらしい。 ただ、体の方が連中の力に耐えきれずに崩れる」

 「つまり、放っておけば自壊すると?」

 「あぁ、自前の能力で壊れた端から治しているようだが、まず追いつかない」

 

 アスピザルは俺の話に感心するように何度も頷く。


 「他には?」

 「……そうだな。 全員ではなかったが、連中は人間の体を使いこなせてはいないようで、基本的に性能に頼った戦い方をしていた」

 「力押しって事?」

 「あぁ、だからこそ付け入る隙も多く、何とか撃破できた」


 あの時は戦力を無制限に投入出来た事に、奇襲の成功、アクィエルという切り札、連中の事前情報とこちらに有利な条件が複数揃っていたからこその勝利だった。

 対等な条件だった場合、勝てはしただろうが相応の損害を被っていただろう。


 「そうなんだ。 そのグリゴリって組織はどうなったの?」

 「一部、取り逃がしたが信者連中の大半は仕留め、拠点や施設は軒並み処分した」

 「……それってもしかして森だったりする?」


 ……何?

 

 「やっぱり当たりみたいだね。 もう察していると思うけど、僕等は君の足取りを軽くだけ調べたんだ。 王都でぷっつり途切れたけど、それまではある程度追えているよ」


 ファティマの言う通りか。

 そうなると色々と知られているんだろうな。

 

 「……で、その結果、ウルスラグナから出ていないと言う事が分かった」


 アスピザルは指を立てながら得意げに笑う。

 

 「なら、そのグリゴリとはどこで遭遇したのか? そこまで行くと話は簡単。 僕達がグリゴリの存在を知らなかった以上、ウルスラグナには居ない。 なら、国外なのは間違いない。 後は消去法、獣人の領域か森だ。 前者は僕達と一緒だった事を考えると答えは森!」


 どう? 正解でしょ? と言った表情でこっちを見て来るので頷いておいた。


 「森に人が居るって話は聞かないから、以前に言っていたエルフが信仰している宗教って所かな?」


 それも正解だよ。 お前エスパーか何かか?

 これはアスピザルの洞察力を褒めるべきか、俺の迂闊さを嘆くべきか。

 今後はもう少し言動には注意しよう。


 「……そんなところだ」

 「聞いた限りじゃ、グノーシスほど規模は大きくないみたいだけど――一部を取り逃がしたのは大丈夫なの?」

 「恐らくはな。 一応、見つけたら殺すように指示は出しているから、時間の問題だろう」

 「ふーん。 なら大丈夫かな?」 

 「……それで、他は何だ?」


 余り突っ込まれるとボロが出そうなので話題を変える。


 「うん。 これも霊山の事なんだけど戦利品・・・、調べたんでしょ? 何か分かった?」


 ……あぁ、その事か。


 「例の胃袋と塩の事だろう? 胃袋に関してはまともな状態で手に入った物が一つもなかったから調べようがないらしい。 塩はただの塩と言う事しか分からなかった。 試しにゴブリンや奴隷共の料理に混ぜて食わせたが不調を訴えた者は居なかったと聞いている」


 胃袋はスタニスラスが復活させた天使が復活する核に使用されたらしく、破壊しないと動きを止められなかったので破壊する事になり、比較的損傷が浅い物も損壊が酷くまともな状態の物が一つも手に入らなかったのだ。

 恐らくはスタニスラスの無理な蘇生によるものだろうと報告を受けたが、それ以上の事は分からなかった。


 「そっかー。 回収した時に見たけど、どれもボロボロだったしね」

 「あそこまで壊れた状態だとどうにもならん」


 そんな事を話していると耳に大量の水が流れる音が聞こえて来た。 

 目的の滝は近そうだ。





 アスピドケロン大瀑布。

 ウルスラグナ最大の滝であり、この領で最も有名な名所だろう。

 上空から見ればU字に見える崖から大量の水が落ちている様は凄い迫力だ。


 「最大落差は目測だけど五十から六十メートルぐらいかな? ウルスラグナで最大規模の大瀑布で、この領に流れている川の水は全部ここから来てるんだよ」


 ……それは凄い。

 

 隣で得意げに解説しているアスピザルの話を聞きながら視線は滝に固定。

 大量の水がアーチを描き、所々に虹が見える。

 

 「年間で水量が変わるから、もう少しすると最大になるよ」


 来るのが少し早かったかもねとアスピザルが付け加えた。

 俺はそうかとだけ答える。

 目の前の光景に心を奪われる程の感動は覚えないが、雄大な自然は確かに俺の胸を打つ。


 少なくとも美しいと素直に感じられる程度には――。

 アスピザルもそれ以上は何も言わず隣で目の前の景色を眺めていた。


 自分に情緒のような物が欠片ほどでも残っていた事に僅かな驚きを得たが、悪い気分じゃない。

 それからしばらく、日が傾いて薄暗くなるまで、俺はじっと大瀑布に視線を注ぎ続けた。

 

 目に焼き付けるように。

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