第228話 「結晶」

 クリステラを回収した男の姿が木々の隙間に消える。

 ちらりとしか見えなかったが恐らくエルマンだ。

 

 「御無事ですか!?」


 ファティマは周囲が安全になったと判断した瞬間、俺に駆け寄ってくる。

 再生を続けているが思ったよりダメージが深い。

 表面は完全に炭化。 体内もいい感じに焼けている。


 ……外はウェルダン、中はレアって所か。


 ステーキなら食べ頃だろう。 いや、外はもう完全に炭だから喰えないか。

 はははと軽い自虐をしながらも修復を続ける。

 体内はそうかからんが、外は完全に炭化しているので少し時間がかかるか。


 「あぁ、何とかな」


 俺がそう言うとファティマは露骨にほっと息を吐く。

 その反応に小さく眉を顰めた。

 おいおい、持ち場はどうした?


 「すぐに治療を!」


 そう言って俺に治癒魔法をかける。

 体の表面が炭から元の肌色に戻り、徐々に活力を取り戻す。

 手足を軽く動かすが、問題はなさそうだ。


 よし、動くのに支障はなさそうだな。 だが、消耗が激しい。

 取りあえず死体でも喰って消耗したカロリーの補充したい所だが……。

 まぁ、その辺に落ちてるだろうし戻ればいくらでもあるだろう。

 

 「お前は持ち場に戻れ。 逃げた連中の始末は――」

 「既にトラスト、サベージ、マルスランに追撃を命じてあります」


 手回しが良いな。

 クリステラも消耗しているようだし、仕留めるのは無理でも俺が回復するまでの時間ぐらいは稼いでくれるだろう。


 「分かった。 俺は一度下がって回復に専念する。 後、服は――いや、その辺で拾う」

 「すぐに用意させますが……」

 「要らん。 俺の方は問題ないから行け」


 俺の世話は後でもできる。 今しかできない事をやれ。

 ファティマは何か言いかけたが小さく頷くと、<飛行>でふわりと浮き上がって空へと飛んで行く。

 

 一人になった所で俺は歩きながらふむと考える。

 正直、危なかった。 クリステラが強いと言うのは知ってはいたが、認識が甘かったと言わざるを得んな。

 装備、技量共に今まで出くわした奴の中でも上位に位置するだろう。


 加えて、天使の力をリスク無しで操っているようにも見えたがあれは一体何だ?

 そこまで長時間あの状態を維持していた訳ではないから、粘れば変化があったのかもしれんが、力に耐えきれずに体が崩れると言った事は無いように見えた。


 更にほぼ完全な状態で自我を保っている。

 俺からすればその点が最も厄介だ。

 あの力を効率的に運用されるとここまで追い詰められるとは流石に予想外だった。


 もしかしたら俺の方にも驕りがあったのかもしれんな。 

 個人である以上はどうにでもなると。

 それなりに高くついたが、いい教訓にはなった。


 ……次は必ず殺す。


 手段さえ選ばなければあの女を仕留める方法はいくつか思いつく。

 まずはシンプルに人質だな。

 あいつのお仲間を目立つ場所に並べて殺していけば出てくるかもしれん。

 

 彼等も覚悟はできている筈ですなんて言って見捨てるのであれば、街を襲うとでも言うか?

 それなら口で言うだけでいいので、余計な物を用意しなくて済むから準備が楽だ。

 ああ言うタイプはそうそう自分を曲げない。 御大層な信念とやらを突いてやれば、出て来ると思うが……。


 ……確実ではないな。


 人間である以上、恐怖等も同様に感じるだろう。

 あの女に限っての話なら、その手の感情の機微に疎いが、皆無と言う訳ではない。

 単純に信仰心とやらで蓋をしているだけの話だ。

 

 状況によっては土壇場で怖気づくかもしれん。

 そこでふと思い出す。

 最後に見たあいつの顔だ。


 後少しで俺を焼き殺せたにも拘らず、あの呆けたような表情は何だったんだ?

 蹴り飛ばすまで完全に硬直しており、起き上がったと思ったらいきなり吐き出してダウン。

 何が起こったのかさっぱり分からんが、あれか? やはりあの力を使った反動か?


 何か違うような気もしたが、好都合な事には変わりはない。

 弱っているようだし、後々の事を考えるとここで確実に仕留めておいた方がいいな。

 そんな事を考えながら林を抜けて大聖堂へ戻る。


 少し離れた所では激しい戦闘の音が聞こえるが行くのは後だな。


 中へ入り、散らばっている死体を適当に吸収して補給。

 人間は栄養価が高いのか、回復の効率が良いな。 普通に喰ったら不味いけど。 

 散らばった死体を全て平らげた頃にはほぼ全快していた。


 後は死体から剥ぎ取った神父の修道服と、聖騎士の剣を頂いて大聖堂から外へ出る。

 どうやら戦闘は事務棟付近で集中しているとの事だが、そっちに手を貸すべきか、クリステラの追撃に入るべきか……。 


 どうした物かと悩んだ末、サベージに連絡。

 進捗を聞くとまだ発見できていないとの事だったので、事務棟へ行くことを決めた。

 探し物は鼻が利くサベージの方が向いている。


 見つけたら報告するように命令した後、俺は現在進行形で盛り上がっている事務棟へ向かった。

 そっと戦場に近づくと、何とも凄い事になってる。

 こっちは黒ローブにレブナント、シュリガーラ、ジェヴォーダン、モノス。


 対するは聖騎士、聖殿騎士と――何だあいつらは?

 何か妙な連中が居るな。 見た目は神父とシスターだが、どういう訳か羽が生えて飛び回ってやがる。

 攻撃手段は素手みたいだが、表情が凄い。 口の端から泡を吹きながらぶつぶつと何やら呟くように唇が動いていた。


 ……天使の羽?


 確かに背に生えているのはグリゴリが使っていたそれに似ている。

 だが、決定的に違う点が一つ。 グリゴリの羽が半透明な光の翼――魔力に近いエネルギーで構成されている物に対して、目の前の連中の背から生えている羽はどう見ても生身だ。


 白い羽の一枚一枚が確かな質感を持っており、目を凝らせば所々に赤黒い斑点のような物が見えるのは背を突き破って生えてきた際に付着した物だろう。

 取りあえず、一匹捕まえて調べるとするか。


 俺はそっと物陰から出ると左腕ヒューマン・センチピードを伸ばして手近な奴の足に喰らいつかせる。

 一本釣りだ。 一気に引き寄せる。

 手の届く範囲に入った所で背を踏みつけて地面に固定。


 うつ伏せのまま暴れようとする神父の格好をした天使の髪を掴んで強引に上を向かせる。

 

 『「セイギ、正義、せいぎ――悪は浄化されねばネバネバネバ……」』


 何か良く分からん事を言っているな。 妄言を適当に聞き流しながら観察する。

 声が二重に聞こえる所はグリゴリと同じか。

 肉体面は羽以外、特に変わった様子はないが――生身みたいだし吸収した方が早いな。


 「ロー!?」


 急に声をかけられてそちらに視線を向けると夜ノ森とアスピザルが居た。

 あぁ、お前らこっちに居たのか。

 

 「もう決着ついたの?」

 「いや、弱らせたが、取り逃がした。 部下に追わせているから見つけ次第、仕留めに戻る」

 「そうなんだ。 正直助かったよ。 あの羽の生えた奴等、妙に頑丈で困ってたんだよ」


 ……頑丈?


 足に力を込める。

 ミシミシと骨が軋む音が響くが、おやと内心で首を傾げた。

 踏み抜くつもりだったんだが、これは頑丈と言うより再生している?


 なら狙いを変えるか。

 足を放して下ろす。 狙いは首だ。

 勢いを付けた足に骨を粉砕した手応えが伝わる。


 そのままぐりぐりとそのまま踏み躙るが、足裏の感触が変化。

 ゆっくりと押し返してくる。 確かに頑丈だな。

 これは即死させんと難しいか。


 もっとも、こんな無茶苦茶な事は人間のスペックじゃ無理だ。

 クリステラみたいに胡散臭い力の供給を受けている気配もないし――あぁ、分かった。

 体内に何か仕込んでやがるな?


 怪しいのは羽か。

 俺はそのまま掴んで引き千切る。

 背から盛大に血が噴き出し、毟り取った羽は白い粉に変わって崩れるが無視して観察。


 ……何だこの粉は? まぁ、後でいいか。

 

 傷口から羽がゆっくりと生えて来る。再生しようとしているな。 じゃあ体内か。

 剣で心臓を突き刺し、捻って完全に破壊。 再生する気配がある。 外れか。

 なら頭――首を刎ねればいいんじゃないか?

 

 斬首。 これは死んだかと思ったが、ふざけた事に胴体から頭が生えて来ようとしている。

 おいおい。 やはり胴体のどこかか。

 俺は屈んで抜き手で背中から腹の辺りをぶち抜いて手を突っ込む。

 

 根を伸ばして全身を精査。


 ……見つけた。


 胃袋に妙な物がある。

 掴んでそのまま引っ張り出す。

 血に塗れて出て来たのは――何だこりゃ。


 触った感触が変だとは思っていたが、胃が水晶か何かのような物に変質していた。

 薄紅色のそれは透けており、中には青い卵型の魔石のような物が見える。

 ちらりと神父に視線を戻すと、再生は止まり全身から煙のような物が立ち上ったかと思えば肉体がさっきの羽と同様に白い粉のような物に変化して消滅した。


 これが何かは気になるが弱点は分かったから良しとしよう。

 

 「胃だ。 破壊か摘出でやれる」


 それを聞いて真っ先に動いたのは夜ノ森だ。

 手近にいる修道女の頭を掴んで地面に叩きつけた後、拳で腹をぶち抜いて胃を引きずり出す。

 アスピザルも魔法で胴体に炎の槍を連続して叩きこむが――効果がないな。


 「あれ?」


 俺は手に持ったままの結晶化した胃に魔法を使ってみると、薄く輝き魔力を吸収した。

 どうやら魔力所か魔法まで吸収するらしい。

 

 「……魔法はダメみたいだね」


 見ていたアスピザルがそう呟く。

 要するに頑丈じゃなくて、そもそも効いていなかっただけの話か。

 肉体はダメージを受けてるからこれは種が分からなければ、中々気づけないだろう。


 アスピザルはやや憮然とした表情で、降っている雨を操作。

 水でできた鎖を大量に発生させ、拘束をメインに動く。

 怪しい薬でもキめた表情の天使共は次々と拘束されて地面に貼り付けられる。


 加えて聖騎士を襲っている連中だけ拘束しないと言ったさり気ない嫌がらせも忘れない。

 黒ローブやシュリガーラ達が動けなくなった連中に群がって片端から腹を掻っ捌いて弱点である胃袋を次々と引きずり出す。

 

 「後で調べたい。 死んだ後の粉と結晶化した胃袋を集めておいてくれないか?」


 わざわざ口に出していったのはダーザインの連中向けにだ。

 

 「分かった。 梓!」


 夜ノ森は即座に反応して部下に指示を飛ばす。

 戦況は完全に傾いた。

 ただでさえ劣勢だったにも拘らず、頼みの綱だった天使共は味方を襲い始める始末。


 こちらはこちらで楽しい仲間割れの邪魔をする気は毛頭ないので、そのまま気が済むまでやってくれ。

 後で残った方を相手をしてやろう。

 余裕が出来たのでアスピザルが手を止めてこちらに駆け寄ってくる。


 「助かったよ。 あいつ等、いきなり現れるからこっちもちょっと焦っちゃってね」

 「だろうな。 あれは初見で対処するのは厳しい」

 「う~ん。 魔法自体を吸収するのかー、相性悪いなぁ……」


 アスピザルは俯いてぶつぶつと何かを呟いていたが…おもむろに顔を上げる。

 何故か目が合った。 何だ?


 「ところでなんだけど、その格好何?」

 「……サイズが合うのがこれしかなかったんだ」


 装備はクリステラと戦った際に焼けちまったんだよ。

 お陰でグノーシスの神父の格好をする羽目になったが……。

 この服、結構いいぞ。 ゆったりしてるから着心地は悪くない。

 

 「良い布使ってるから、着心地はいいぞ?」

 

 一応、感想を述べておいた。

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