第221話 「聖堂」

 「さてと」

 

 レブナント共に混ざって降下した俺はある場所を目指して歩いていた。

 服装はダーザインと同じ黒ローブ。

 顔は仮面をつけて隠している。


 例の認識阻害の仮面があればよかったのだが、気が付いたらなくなっていた。

 恐らくは辺獄で落としたのだろう。 あのゴミを処分した事に満足してすっかり忘れていた。

 貴重品みたいだし、今度ヴェルテクスに会ったら謝らないとな。


 そんな訳で今付けているのは普通の木彫りの面だ。

 若干見え辛いが邪魔になれば、外してローブのフードを目深に被ればいい。

 隣には同じ格好をしたトラストが周囲を警戒しつつ音もなく歩いている。


 後ろには夜ノ森とアスピザル。

 最後尾はサベージだ。


 「ねぇ。 どこに向かっているの?」

 「……お前達はグノーシスを仕切っている枢機卿って連中に関してどこまで知っている?」


 俺は答えずに質問で返す。

 後ろで夜ノ森とアスピザルが顔を見合わせる。


 「枢機卿? 確か聖堂騎士の任命とかする会社の役員みたいな物でしょ? 余り表に出て来ないから実際に何をしているか今一つ分からないんだよね…」

  

 そう言う認識か。

 まぁ、知っているだけ上等だろう。

 そもそも一般じゃ余り知られていない役職だからな。


 ……この様子だと天使の事は知らんのか?


 「その認識で合っているが、詳しく言うのなら連中は所謂、神官って奴で神の声とやらを聞くのが役目だ」

 「神の声?」

 「あぁ、連中が後生大事に崇めている霊知って奴の出所だな」

 

 アスピザルが歩調を強めて俺の隣に来る。

 

 「霊知ねぇ。 僕も詳しくは知らないんだけど、グノーシスが定める善なる知識でそれの蓄積で死後の処遇が変わるんだっけ?」

 「そんな所だ。 正確には霊と言う人の本質が昇華され、より良い死後が送れるっているのが基本思想だな」

 「ふーん。 まぁ、辺獄なんてあの世じみた物が存在してるし、案外馬鹿にできない話だね」


 その点は俺も同意だ。

 だからこそ、グノーシスが廃れずに信仰されているのだろう。

 加えて、天使なんて連中まで実在するんだ。


 少なくとも枢機卿とか言う連中は知って居るだろうから、神輿と担ぎ上げ、組織を成立させる土台として使うには充分だろうよ。

 俺が他に戦わせてこそこそと大聖堂に向かっているのはその為だ。


 関係者の記憶を検めた限り、それっぽい物が大聖堂内にあった。

 例の羽の生えたグノーシスのシンボルだ。

 天使が絡んでいるのなら憑依のアンテナに使われる可能性がある。


 連中が出てくる可能性は潰しておくに限る。

 グリゴリの親戚みたいな連中といちいち戦ってたらこっちの身が保たんしな。

 それにグノーシスはグリゴリより規模が上だ。


 条件が同じならもっと強い天使を呼べるかもしれん事を考えると今回の作戦では最優先でやっておかなければならん。


 「それが大教会へ向かう事と何か関係があるの?」

 「ここを攻めるに当たっての懸念を片付けておきたい」

 「懸念?」


 俺は答えずに大聖堂内へと入る。

 前回来た時は観光客としてだったので、小聖堂だけしか見なかったが、これは凄い。

 高い天井、その上部にはステンドグラスが大量に使用されており、雲の隙間から差し込むか細い月明かりを柔らかく着色して内部に落としている。


 描かれている紋様はグノーシスのシンボルに始まり、教会などの建物、最も気合の入ったデザインは羽の生えた人――要は天使だ。

 グリゴリに会って居なければ高い芸術点を送っただろうが、今の俺からすれば天使なんて、羽の生えた厄介な害獣でしかない。


 行事や信者の参拝でしか使わないらしいのでもぬけの殻かとも思ったが、先客がいたらしい。

 修道服を着ている連中が――多いな。 ざっと百人以上いた。

 どう見ても聖騎士じゃない。 神父や修道女シスター――要は非戦闘員か。


 グノーシスも組織である以上、戦闘職である聖騎士だけじゃない。

 ああいう事務や布教活動を行うだけの連中もいる。

 何でこんな所に固まって――避難してたのか?


 まぁ、この手のでかい建物はそう言う用途には向いているが――そこでふと思い出した。

 そう言えばエルフ共もこういう建物に避難していたな。

 

 ……種族は違えどやる事は同じか。


 「き、貴さ――」


 非戦闘員に混ざって、護衛に付いていたらしい聖騎士の頭を左腕ヒューマン・センチピードで粉砕。

 

 「な、何が――」


 何だ、他にも居たのか。

 不可視の百足達は聖騎士の兜ごとその頭を果物みたいに軽く粉砕する。

 他からしたらいきなり頭が砕けたように見えただろう。

 

 周囲の連中が息を呑んだ後、悲鳴があちこちで上がる。

 うるさいな。


 「トラスト、サベージ、うるさい奴から・・黙らせろ」

 「承知」


 トラストが小さく答え、サベージは行動で応じた。

 うるさく悲鳴を上げるシスターの上半身を丸齧りにし、トラストが声を上げた奴から順番に首を刎ねて回っていく。


 さて、細かい作業は連中に任せて、こっちはこっちでやる事を済ますか。


 「アスピザル、夜ノ森さん。 悪いが協力してくれないか?」

 「何かな?」

 「壁際と奥に連中のシンボル――要は羽の生えた柱を全部壊しておきたい。 俺は奥から二人は壁際に並んでいる奴を頼む」


 記憶によれば柱はここにあるので全部の筈だ。 後は小聖堂に一つあったから後で潰そう。

 全部ぶっ壊せば一先ずは安心だ。


 ……まぁ、グリゴリの件を参考にするなら、柱なしで憑依させていたリクハルドの事もあるから楽観は禁物だがな。


 「分かった」

 「……ええ」


 アスピザルは快く、夜ノ森はやや不満そうに頷くと別れて柱を破壊し始めた。

 俺は周りの連中を無視し、一番奥にある祭壇らしき物に祭られている柱を見る。

 知ってはいたが、改めてみると立派な物だ。


 綺麗に磨き上げられ、光沢を放つ柱に羽が十二枚。

 この場で圧倒的とも言えるほどの存在感を放っている。

 

 「貴様!ご神体にな——」


 俺を怒鳴りつけようとした奴が言い切る前にサベージに喰われていたが無視。

 手を翳して魔法を発動。 <爆発Ⅲ>指向性を持った熱と衝撃が柱を直撃。

 

 ……頑丈だな。


 柱は羽が数枚破壊され、細かい亀裂が入ったが原型を留めていた。

 一撃で壊れないなら壊れるまで喰らわせればいいだけの話だ。

 追加で撃ち込む。 爆音。 羽が更に吹き飛び亀裂が深くなる。


 「一体何がっ」


 異変に気が付いて飛び込んで来た奴が居たようだが、声が途中で途切れた所を見るとトラストに首を刎ねられたか。

 あいつとサベージはうるさいのを狩り終えて、今は出口に陣取り、逃げようとした奴から優先的に狩っているようだ。 


 その調子で減らしてくれ。 皆殺しにするから下手に逃がすと面倒だ。

 三発目で崩れ始め、四発目で半ばから柱が砕け散った。

 振り返ると二人も順番に柱を破壊して回っているのが見える。


 ……よし。 順調そうだし、終わり次第外の連中の手伝――。


 不意に壊した柱の後ろにあるステンドグラスが砕け散り、何かが飛んで来た。

 俺は小さく眉を顰め、その場から半歩ずれて回避。

 飛んで来た何かは床を跳ね返って数メートル程、転がって止まる。

 

 何だと振り返ると、それは緑色の炎を纏っている鎧――レブナントだ。

 しかも俺が改造まで施してやったマルスランじゃないか。 

 片腕は半ばから断ち切られ、全身は元々あった亀裂とは別の物が大きく走っている。


 どう見ても手酷く痛めつけられた後だ。

 マルスランは持っていた槍を杖代わりにして何とか立ち上がろうとしていたが、力が入らないのか体を震わせるばかりで上手くいっていない。


 ……おいおいおいおい。 何をやっているんだお前は。


 テコ入れしてやったのにこの様かよ。

 出撃前に「クリステラだろうが余裕で仕留めてやる」みたいな事を威勢よく言っていたが何だったんだ。

 まぁ、こいつに任せた仕事を考えるとこんなにした相手は――。


 砕けたステンドグラスから光を放つ鎧と剣を携えた聖堂騎士が舞い降りた。

 美しい女だ。 見かければ大抵の男は振り返るだろう。

 白っぽい色の髪が微かな月光を受けて薄く輝き、意思の強そうな眼差しが俺を真っ直ぐに射貫く。


 聖堂騎士クリステラがそこに居た。


 見た感じ傷は負っている様子はない。 無傷かよ。

 ちらりとマルスランを一瞥。 ダメージの度合いを見ると、明らかに惨敗だ。

 結局、できたのは足止めだけか。


 同格の聖堂騎士と聞いていたから期待はしていたが、そこまでじゃないのか?

 俺は内心で、マルスランの評価を大きく下げつつ視線をクリステラに戻す。

 彼女は俺から視線を動かさない。

 

 「貴方がこの惨状を引き起こした者達の首魁ですか?」

 「……だったら?」 

 「かける慈悲はありません。 私の剣で貴方の罪を浄化しましょう」 


 ……あっそ。

 

 慈悲? そう言うのは結構なのでさっさとくたばれ。

 クリステラが攻撃体勢に入る前に左腕を一閃。

 腕に仕込んだ複数の百足が唸りを上げて襲い掛かる。 


 百足の牙が澄ました顔の女に喰らいつこうと――。

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