第220話 「反転」

 襲撃と聞いて俺――エルマンは思わず部屋を飛び出した。

 外からは剣戟の音と悲鳴や怒号があちこちから聞こえてくる。

 明らかに戦闘中だ。


 俺は内心で舌打ち。

 スタニスラスの魔法道具の効果で外の異変に気が付けなかった。

 廊下の窓から外を見ると火の手まで上がっている。 


 「敵の正体は分かっているのか?」


 知らせに来た聖騎士に聞くと返答はすぐだった。


 「ダーザインです」

 

 ……ダーザイン?


 正直、真っ先に頭に浮かんだのはオラトリアムだ。

 マルスランの件で口封じにかかったのかとも思ったが…別口?

 それとも連中と繋がっているのか?


 情報が足らん。

 とにかく今は敵への対処か。

 

 「スタニスラス!」

 「私は事務棟で全体の指揮を執る。 お前は――」

 「遊撃と敵の情報収集に努める。 まるで見計らったかのようにこれだ。 調べておきたい」


 スタニスラスは大きく頷く。


 「クリステラはもう動いているだろうから、彼女と足並みを揃えてくれ」

 「分かった。 正面から攻めて来たって事は敵には充分な勝算がある筈だ。 油断は絶対にするな」


 俺は返事を待たずに走り出す。

 向かう先は下にある、クリステラの私室。

 あのお嬢さんの事だからこっちに向かっている筈だ。


 上手くすれば――。


 階段を少し降りた所でそのクリステラと鉢合わせる。

 やはりか。 いい判断だ。

 

 「エルマン聖堂騎士! 状況は!?」


 珍しく表情に焦りが浮かんでいる。

 この状況だ。無理もないか。


 「さっき聞いた。 ダーザインの襲撃らしいな」

 「ええ。 スタニスラス聖堂騎士は?」

 「聖騎士、聖殿騎士を纏めて立て直しに動いている。 奇襲を喰らったお陰で、どこも浮足立っているだろうからな」

 「分かりました。 なら私が前に出て敵を食い止めましょう」

 「頼む。 俺は遊撃だ。 敵を引っ掻き回して――」


 不意に衝撃と何か重い物が落ちたような重低音。 それも複数。

 

 ……クソ! 次から次へと何だ一体!?


 俺は近くの窓から身を乗り出して外を確認。

  

 「おいおい、何だありゃ……」


 思わず呟く。

 空から降って来たらしいあちこち光っている全身鎧が暴れまわっていた。 

 鎧の意匠を見ればどこで作られた等の素性が多少は読み取れるものだが、下に居る連中は全員が形状の全く異なる鎧を装備して――待て、あれは鎧なのか?


 雨と暗い所為で見辛いが、よく見ると生き物の様に鎧が脈打っているがどうなっている?


 ……もしかして呪装の類か?


 呪いの装備カースド・ウェポン

 効果が付与された魔法道具や武具と扱いは似ているが、こちらは強力な分性質が悪い。

 強大な力と引き換えに持ち主に何かしらの代償を支払わせるのだ。

  

 軽い物で体調不良、重い物で視力や五感に始まり、体の一部を丸ごと持って行かれると言う例もある。

 鎧などの場合は二度と外せなくなるなんて話も聞いた事があるな。

 連中の装備もその類の物に見えた。


 ……見た目からして普通じゃないからな。


 報告にあった通り、ダーザインの黒ローブ共の姿も散見される。

 動きを見る限り、あまり戦い慣れた感じがしないが……。

 純粋な戦闘員ではないのか? ならあの鎧共が主力?


 やはり少し調べる必要――。

 不意に襟首を掴まれて後ろに引っ張られる。

 同時に緑色の炎のような物が俺の首があった場所を薙ぐ。


 ひやりとした汗が背を伝う。

 引かれるのが遅かったら危なかった。


 「助かったぜ嬢ちゃん」


 俺は小さく振り返って引っ張ってくれたクリステラに礼を言うが、その視線は廊下の奥へ向かっている。

 視線を追うと窓を突き破って何かが廊下に飛び込んで来た。

 下で見た鎧の一体だろう。


 全身に亀裂のような物が走っており、脈動に合わせてそこから緑色の炎のような物が漏れている。

 面頬バイザーはしっかりと下ろされており、顔は見えない。

 手に持っている槍を片手で器用に回転させて構える。


 槍は主の戦意に反応するかのように刃に緑の炎を纏わり付かせた。

 

 ……何だ?


 俺は小さく眉を顰める。 その姿に妙な既視感を感じた。

 あの鎧の動きと構えに見覚えが――。

 

 「マルスラン聖堂騎士?」


 クリステラがそう呟くのを聞いて俺も思い当たった。

 そうだ。 マルスランだ。 奴の動きに似ている。


 「お前、マルスランなのか?」


 鎧の面頬から緑色の光の粒が飛び散るように漏れる。

 

 「えぇ。 その通りですよエルマン聖堂騎士」


 その声は面頬の所為なのか歪んで聞こえたが、間違いなくマルスランの物だった。

 

 「……裏切ったって事でいいのか?」

 「あなた方から見ればそうでしょうね。 ですが僕は気が付いたのですよ。 霊知などと言うあやふやな物より信ずるに値する物を」


 口調に陶酔したかのような雰囲気がある。

 これは何かされたか・・・・・・

 

 「何があった――いや、お前、オラトリアムの連中に何をされた?」

 

 俺の質問にマルスランは不思議そうに首を傾げる。

 

 「オラトリアム? 何の話ですか? 僕はただ真実に目覚めただけですよ。 そう彼等の理想こそ真実だと」

 「……で? 真実に目覚めたお前は聖堂騎士と言う肩書を放り捨ててダーザインの使いっ走りか?」

 

 軽く煽ってみたがマルスランに気にした様子はなかった。


 「失敬な。 一番槍の栄誉を頂いただけの話ですよ。 僕は新参者なので手早く手柄を立てておきたいので、お二人には僕の出世の礎になって頂きます」


 おいおい。 随分と冷静になったなマルスランの坊ちゃんよ。

 自己顕示欲の塊だった悪い意味で青臭いお前は何処へ行ったんだ?

 口調や物腰は変わらないが芯の部分で妙に冷静だ。


 ……操られている訳ではないのか?


 洗脳されている人間特有の違和感がない。

 言動に違和感はあるが、それ以外が自然過ぎるぐらい自然なのだ。

 手の平を返したと言うよりは、元々裏切っていましたと言われても信じてしまいそうな雰囲気すらある。


 そうなるとますますわからない。

 マルスランとオラトリアムは繋がっていた? それともオラトリアムは無関係でダーザインと内通していた? それとも三者とも裏で繋がっていた?

 

 情報が少なすぎる。

 何とかこいつを捕らえて色々吐かせないと全貌が掴めない。

 

 「……分かりました。 教団に背を向けた貴方の背信、その命を以って償いなさい。 エルマン聖堂騎士、ここは私だけで充分です。 貴方は他をお願いします」


 クリステラが会話は終わりと言わんばかりに剣を抜きながら前に出る。

 切り替えが早いのは結構だが、殺されちゃ困るぞ。


 「ふっ、何でしたら二人同時でも構いませんよ?」


 マルスランは鼻で笑いながら自信満々に煽って来るが無視。

 

 「……分かった。 ただ、殺すのは控えてくれ。 背後関係を吐かせたい」 

 「確約はできませんが善処します」

 「そうしてくれ。 悪いが頼むぞ」


 クリステラが頷いたのを確認すると俺はその場を離れた。

 悪いが俺は正面からの戦いは得意じゃない。 加えて、狭い廊下だ。

 援護も難しい以上、俺は邪魔になる。

 

 それに外の状況も何とかしないと不味い。

 俺は階段を駆け下りながら、長い夜になりそうだと内心で小さくぼやいた。 




 「さて、まずは成功と言った所でしょうか?」


 飛行しているコンガマトーの背から眼下に広がる光景を眺めつつ、私――ファティマは小さく呟きました。

 下準備である退路の封鎖と、ダーザインによる陽動。

 そして満を持しての奇襲は上手く行きました。


 コンガマトーによる空中からの奇襲。

 空輸挺進エアボーンと言うのでしたか?

 先陣は新参の元聖騎士達に切らせました。


 時間も無かったので、あのマルスランと言う男を除いて聖殿騎士は全員根を打ち込むだけの処置を、聖騎士は新種の変異実験に使用しました。

 

 グロブスター。

 見た目は白い肉塊ですが、対象に寄生する事で宿主を変異させると言った変わり種です。

 ロートフェルト様のお話だと、本人のイメージで変異後の形状が決まると言う事ですが――。


 下で聖騎士と戦っている者達を見て小さく首を傾げます。

 形状自体に差異はありますが、全員が鎧に似た形状へ変異したのは驚きました。

 恐らくはあの姿こそが、彼等の理想とする形なのでしょう。 


 彼等なりの聖堂騎士の装備と言った所でしょうか?

 

 ……どうでもいい話ですね。


 形状等よりも、使えるか使えないか。

 私が彼等に求めるのは有用性のみです。

 その点はロートフェルト様も同様でしょう。


 名称は「レブナント」で統一するようです。

 ロートフェルト様曰く、由来は「戻って来る者」と言う事らしいのですが、どうしてでしょう?

 聖騎士がここに戻って来た事に因んででしょうか?


 響きは悪くありませんし、深く追及するのも野暮でしょう。

 レブナントの数は二十弱。

 効果的に投入できたと思いますが、そろそろ敵が立て直す頃でしょう。


 ……ではもう一度、驚いて貰いましょうか。


 <交信>でライリーに指示を出します。

 

 ――仕掛けなさい、と。


 近くに身を潜めていたライリーは待ってましたとばかりに部下を率いて敵に肉薄。

 嬉々として聖騎士達に襲いかかりました。

 少し遅れてコンガマトーの第二陣が上空に差し掛かり、ジェヴォーダンと騎乗したモノスを投下。


 シュリガーラとジェヴォーダンは動きが速く、地形を選ばないのでこういう場面では特に重宝します。


 特にシュリガーラは街に入れるのも楽ですしね。

 彼等は人型ですので軽く変装させれば問題なく街中を移動できます。 

 遅い時間でしたので、目撃者もそう多くはないでしょう。


 重量のあったレブナントや目立つジェヴォーダンと足が遅いモノスは空輸と言う形を取りましたが、コンガマトーを使えば足の遅さは問題になりません。

 やはり空を押さえると色々とやりやすいですね。


 ……空輸の際に使用した透明化の魔法道具の出費はかなり痛いですが。


 敵の戦力に関しても事前に調べがついています。

 まず、最も脅威度が高い聖堂騎士は三名。

 

 クリステラ・アルベルティーヌ・マルグリット。

 この近辺では最も有名な存在でしょう。

 賊の討伐、魔物の撃退、この近辺での大きな事件は大抵はあの女が片付けたと聞いています。


 噂とは尾ひれがつく物ですが、実際の所はどうなんでしょう?

 直接対面した感想を述べると「理想ばかりで善意を強要する現実を見ない夢想家」と言った所でしょうか?


 少なくとも損得の機微には疎そうでしたが、あれは単純に経験がないからでしょうね。

 あの年齢までそう言った事柄と無縁で生きて来れるとは随分と変わった人生を送っていたのでしょう。

 それとも、故意にそう作られた・・・・・・・・・のでしょうか? 


 次にエルマン・アベカシス。

 この男は厄介ですね。初見で面倒な相手と確信しました。

 配下には見つけ次第必ず殺すように命じてあります。


 この近辺にはほとんど訪れた事はなかったようなので、ディランやアレックスも名前くらいしか知らなかった事に加え、時間も不足していたので装備の能力等を詳細に調べる事が出来なかったのが残念でした。

 

 最後にスタニスラス・エタン・アルテュセール。

 ムスリム霊山を取り仕切っている男らしいのですが、どちらかと言うと神父の真似事をしている事が多く、戦闘に関しても魔法寄りと言う事以外は分かりませんでした。


 以上が最優先で処分するべき対象です。

 次に脅威なのは聖殿騎士。

 ここに詰めているのは総勢で四百強と言った所ですが、百前後が街に家を持っているので、この場には居ません。


 最後に聖騎士。

 こちらは六百から七百。 街からの通いや家を持つ者を差し引いて五、六百ぐらいでしょうか?

 見習いを合わせるともう少し多いらしいですが、物量としてはそんな所らしいですね。

 

 他は神父や修道女と言った非戦闘員です。

 こちらは問題にならないでしょう。


 対するこちらはレブナントが二十。

 シュリガーラ、ジェヴォーダン、モノス等が総勢で六百。

 

 コンガマトーは貴重なので、基本は空輸のみに使用し、必要に応じて戦場に投入予定です。

 後はダーザインが二百弱と言った所でしょうか?

 撹乱と陽動、相手への印象付けとやる事はやってくれたので、後は適当に暴れて貰いましょう。


 ロートフェルト様はやる事があるとレブナントに混ざって下に降りられました。

 大事なお体なのですからあまり危険な真似はしないで欲しいのですが……。

 

 ……護衛にトラストとサベージ、それにダーザインの二人も一緒のようですし問題はないでしょう。


 ですが心配する事だけは止められそうにありません。

 本当なら私も共に行きたかったのですが、私の役目はここの指揮。

 持ち場を離れられません。


 ……歯痒いですね。


 そう思いながら私は眼下の戦場を眺め続けました。

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