第207話 「許可」

 「街中は損壊した建物のお陰で瓦礫の山と化し、その中に大量の死体が埋まっていました」


 クリステラの話は続くが、俺はこれはダメだなとこっそり溜息を吐く。

 情に訴える気でいるのは明らかだが、目の前のお嬢さんは実利を示せと言っているのにそれはないだろう。

 

 「復興作業は遅々として進みませんでしたが、時間をかけてようやく目途が立ちました。 ですがその為には様々な物が必要なのです! どうか支援を――」


 駄目だ。 見てられん。

 気が付けば俺はクリステラの肩を掴んで、彼女を止めていた。

 はっとした表情でこちらを振り向いたクリステラに俺は黙って首を振る。

 

 「申し訳ない。 彼女は現場を誰よりも近くで見ていたので、少し感情的になっています。 ところで支援とは話が変わるんですが、少し前に魔物が現れたと言う話を聞きましてね。 何かご存じありませんかね?」


 口を鋏むのは補佐としての分を超えているという自覚はあるが止むを得ん。

 このままいけばファティマの機嫌を損ねるのが目に見えている。

 話題を変える意味でも、ここで俺が動いておけば最悪、顰蹙を買うのは俺だけで済む。


 クリステラが何か言おうとしたが肩を掴んだ腕に力を込めて黙らせる。

 俺はゆっくりと手を放して前に集中。

 ファティマは微かに目を細め、視線がクリステラから完全に俺に移った。


 ……あぁ、くそ。 結局こうなるのかよ。


 「……えぇ。 構いませんよ。 熱心なようで何よりです」


 微笑んではいるが、一瞬だけクリステラに視線が行くのが見えた。

 他は気づかなかったようだが、その視線には微かに嘲るような色が灯っていた事に気づく。

 無理もない反応だ。 俺が同じ立場でも似た反応をしたかもしれん。 上手く隠すがね。


 「それで? 魔物と言う事でしたが、オラトリアムではここ最近、魔物や盗賊の被害はありませんよ?」

 「そうでしょうな。 ですから以前の話です。 随分前に遺跡が発見され、その近辺の村で魔物の襲撃騒ぎがあったと聞きましたが?」

 「……それが何か?」


 視線の質が変わった。

 観察から探るような猜疑へと。

 あぁ、勘弁してくれよ。 こういう奴の相手は疲れるんだよ全く。


 「もしかしたらご存じないかもしれないが、我々グノーシスは様々な聖務に従事しています。 その中には当然ながら魔物との戦闘も含まれるんですが……」


 ファティマの様子を窺う。

 彼女は特に反応を示さずに「どうぞ」と先を促す。


 「戦う上で相手の情報を集める事は重要な事です。 聞けばその魔物はあまり見かけない種と言う事でして、情報を集めておきたいのですよ。 今後、遭遇した時に備えてね」

 

 反応を見るが、相手の表情は変わらない。

 やり難い。 感情の動きが読み辛いなこの女。

 

 「……確かに見慣れない魔物の襲撃は受けましたが、偶然居合わせた冒険者の方々が討伐されましたので、知った所であまり意味がないかと……」

 「そうかもしれません。 ですがこちらも仕事な物で」

 「……分かりました。 では、何からお話ししましょうか? 断っておきますが私も直接見た訳ではないのであまり期待はしないでください」

 「ええ。 些細な事でも結構です」

 

 その後は質疑応答と言った流れになった。

 魔物の特徴等、思いつく限りの質問をぶつけ、回答を返して貰う。

 

 その結果、浮かび上がったのは確かにこの近辺では見ない種だ。

 長い体躯に口から物を溶解させる毒液を噴出し、地底を進んで獲物に喰らいつく。


 一通り聞いたが、かなり危険な魔物のようだ。

 特に足元から襲って来ると言う話は聞いておいて良かった。

 知っているのといないのとでは対応の幅が違って来るからな。


 可能ならその冒険者達がどうやって仕留めたか話を聞いてみたい物だ。

 

 ……まぁ、魔物の特徴が分かっただけでも良しとするか。


 話は聞けたが不明な点が多いので信憑性と言う点だけではファティマの証言だけでは心許ないのも事実だ。

 実際、仕留めたと言う冒険者の詳細は完全に不明。

 通りすがりだったと言う話も信憑性の薄さに拍車をかける。


 遺跡の方から来たのは事実だが、本当に遺跡を根城にしていたかも不明。

 他に居るかも不明。 ただ、その一件以降は現れていないので、もう居ないと思われる。

 ――等、不明な点が多い。

 

 「……なるほど、話は分かりました。 最後に二点構いませんかね」


 一通り聞く事は聞いたし最後の確認だ。


 「どうぞ」

 「まずは一点、その魔物に変わった特徴はありませんでしたか?」

 「変わった?」

 

 ファティマが微笑みを崩さずに小さく首を傾げる。

 表情がほとんど変わらんから嘘言ってんのか正直に喋ってるのか判断がつかん。

 

 「ええ。 我々が魔物に対して最も警戒している事が何かご存知ですか?」

 

 返事はなし。 首を傾げるだけだ。 

 俺はそのまま続ける。

 

 「知恵ですよ。 一部の魔物は独自の言語を操ると聞きます。 そう言った魔物は我々にとって最も警戒すべきものでして、その魔物がそう言った知性を感じるような行動はとりましたか?」

 「……残念ながら、お話しした事以上の事は……」


 ま、そうなるだろうな。 報告を聞いただけって話だし。

  

 「それで? もう一点と言うのは何でしょう?」


 ……ん?


 その発言に微かな違和感。

 話題を逸らした? ――まさかな。 考えすぎだろ。


 「ええ。 こちらは話と言うよりはお願いですね。 話題になった遺跡ですが、調査の許可を頂きたい」

 

 俺がそう言うとファティマは困ったと言った感じで小さく息を吐く。

 

 「困りますね。 まず、その遺跡なのですが、少し前に土砂崩れが起きまして、入り口が埋まってしまっているのです。 見たいと言うのであれば掘り起こして頂く事になります」


 それぐらいなら面倒だが問題ではない。


 「先程も申し上げましたが、魔物があれだけと言う事なら問題はありません。 ですが、他にも居て貴方方が調査を行った結果、大挙して押し寄せてくると言った事態になれば責任は取って頂けるのですか?」


 痛い所を突くな。

 寝た子を起こすような真似はするなと言う事か。

 とは言ってもこっちもガキの使いじゃないから最低限はやる事やっとかないと不味いんだよ。


 「こう考えてはいかがでしょう? もし居るのなら何かの拍子で外に出るかもしれない。 なら、ここは我々に任せ、後々の禍根を絶っておくと。 勿論、我々が失敗し、この領に被害が出た場合、損害の賠償は全てグノーシスに請求して頂いて結構ですよ」

  

 どう出る?

 俺は澄まし顔の変化を見逃すまいと集中する。

 

 「そうですね。 そう言う事でしたらお任せします」


 この領の支配者は表情をほとんど変えずにそう言う。

 他は気づかなかったようだが、その目元が微かに本当に微かに不快気に歪んだのが見えたのを俺は見逃さなかった。


 ……こいつ。 何か隠しているな。


 この領の不自然なぐらいの発展と関係があるのか?

 聞いた所でまともな答えが返ってくるとは思えないが…どうした物か。

 正直、この件を突くと碌な事にならない予感しかしない。


 ……これ以上は俺だけで判断するのは危険か。


 「ありがとうございます。 では、自分達は準備があるのでこれで失礼します」

 「ええ。 では遺跡の調査、よろしくお願いします」


 クリステラが何か言いたそうにしていたが、首を振って止めるように促し、ファティマとの交渉は終了した。





 「……言い訳をした方がいいか?」


 オラトリアムの屋敷を後にした後、部下達は野営の準備中だ。

 今、俺達が居るのは例の壁から少し離れた所にある開けた場所に一足先に張った天幕の中で、居るのは聖堂騎士の三人のみ。


 空気は…控えめに言って、重いなぁ…。

 まぁ、原因は俺なんだが。 

 クリステラはじっと俺を見て、マルスランの視線は冷ややかだ。


 何と言うか「でしゃばりやがって」と言わんばかりだなぁ。

 

 「……いえ、必要はありません。 些か感情的になっていたのは事実ですから」

 「でも、クリステラ聖堂騎士がもっと――」


 終わりかけた話をマルスランが蒸し返す。

 俺は小さく肩を竦める。 面倒臭いが説明しといた方がいいか。


 「坊ちゃんよ。 あの代行様の話を聞いていたか?」

 

 マルスランは答えずに眉を顰める。

 そこからなのかよ。 ぼーっとアホ面晒してただけだしな。

 

 「……どんな得があるのかって話ですよね。 それぐらいは聞いています!」


 何だ聞いてるじゃないか。


 「そうかい。 じゃあ、どんな話をすればあのお嬢さんは首を縦に振ったと思う?」

 「時間をかけて我々の正しさと、掲げる思想の話をすればきっと……」

 

 ……言うと思ったよ。


 これだから中途半端に染まっている奴は頭が固い。

 言いたかないが時折、馬鹿じゃないかと思ってしまう。

 若い聖騎士連中によく見られる「自分達は正しい事をしているのだから、協力するのは当たり前」といった考えで物を言う奴等だ。


 クリステラにも似た傾向はあるが、こっちはマルスラン程じゃないから言って聞かせる余地が十分にある。

 

 ……ただ。


 マルスランを一瞥。 その視線は俺への反感が宿っている。

 こっちは難しいな。単純に俺への反感もあるし、出来なくはないが一朝一夕とは行かんだろう。

 悪いがそこまでは面倒見切れん。


 「坊ちゃんよ。 そいつは無理な相談だ。 あの代行様はな、実利を示せと言ったんだ。 俺達がいくらグノーシスの教えを説いた所で、理解は得られんよ」


 そもそもの価値基準が違うんだからな。

 俺達がいくら素晴らしいと言っても向こうからしたら無価値に見えると言った例は良くある。

 稀に雰囲気に流される馬鹿はいるが、そう多くはない。


 「だったら、だったら――」

 「悪いが、坊ちゃんと意見を戦わせる気は無い。 援助の話はすっぱり諦めて魔物の話に移りたいが?」

 「……えぇ。 今のままではエルマン聖堂騎士の言う通り、時間の無駄でしょう。 許可も下りているようですし、魔物の調査に集中しましょう」


 そうしてくれ。

 俺としてもその方が助かる。 何しろ本命はこっちだからな。


 「場所は分かりますか?」

 「あぁ、部下に調べさせていたからな。 この領の西の外れだ。 移動に少しかかるが、ここは治安が良いから時間だけしかかからないのはありがたい」

 「分かりました。 では、明日から移動を開始しましょう。 マルスラン聖堂騎士、構いませんね?」

 

 マルスランはちらりと俺を見ると不承不承と言った感じだが、頷いた。 

 

 ……そんなに睨むなよ。


 おじさんちょっと傷ついちゃうじゃないか。

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