第203話 「加齢」
朝日が窓から差し込むのを感じて俺――聖堂騎士エルマン・アベカシスは微睡から抜け出し、意識を覚醒させた。
「あ~~~~~。 二度寝してぇ」
毎朝、起き抜けに出るのはこんな逃避の言葉だ。
もう現実が辛くて堪らないぜ。
ここ最近、年齢を意識する事が多くて嫌になる。
枕からは変な臭いがするし、腰やら関節やらは定期的に痛み出す。
お陰で<
嫁も居ないから金だけは有り余っているし、もうどっかの田舎に引き籠って暮らしてぇよ。
こう言うのを何て言うんだ? 独身貴族? いいご身分だろう? 俺もそう思うよ。
投げ遣りな事を考えながらも頭の片隅は自動的に仕事の事を考えている。
……えーと? 引継ぎは昨日の内に済ませたし、荷物も纏めた。
他にやる事あったかね? と考えながらも思考は優雅な田舎暮らしがしたいと逃避を企てる。
部屋の片隅に置いてある大き目の背負い鞄。 それだけが俺の荷物だ。
着替えと金銭。 後は数日分の食料と愛用の装備。 それだけあれば大抵の事は何とかなる。
折角、ここでの仕事が片付いて一息つけると思ったのにウィリードへ出向とはついてない。
内心では不満たらたらだが、表に出さないのが世渡りのコツだ。
文句垂れて上司や同僚に噛み付く時期はとっくに卒業した。
……まぁ、実際はもうそんな気力もないから精々うまく流されてやりますかってなもんだ。
エルマン・アベカシス聖堂騎士。
いつも思うが何だそりゃって思うぜ。
俺が? 聖堂騎士? 馬鹿じゃねえの?
確かに給金が良いから飛びついたが、いざなってみれば割に合わない苦労ばかり。
問題があればあっちこっちに走り回らされ、上と下からの期待と言う名の圧力は日に日に増していき、別の方向からは妬みや嫉みが飛んでくる。
同期の奴等なんかは上手くやりやがってとか言うが、いつでも代わってやるぞと言ってやりたい。
俺にいわせりゃ、お前等はさっさと結婚して考えなしにガキなんてこさえるから金に困るんだ。
今の俺を見てみろ。 身軽で金にも困ってない。 肩書さえなければ気楽なもんだぜ。
正直、喰っていくだけなら聖殿騎士の給金で充分なのに、なんで俺は聖堂騎士の肩書なんて重荷を受け入れちまったんだ?
過去に戻って自分を殴り倒したいぜ。
お前が背負おうとしているのは栄光の皮を被った重荷だと。
お陰で、欲しくもねぇ部下なんぞ抱えてきつい仕事ばかりこなす羽目になった。
その結果、
酒に逃げようにも体が弱っているせいなのか知らんが中々抜けないから、痛飲もできねぇ。
女で発散しようにも勃たねぇときたぜ!
いや、無理にやろうと思えばできるけど一戦が限界だな。
と言うかしんどいからヤる暇あるなら寝たいとか思ってしまうからここ数年ご無沙汰だ。
俺って何が楽しくて生きてるんだ?
そう考えて大きな溜息を吐く。
頭は益体もない事を考えてはいるが体は慣れた日常の動作を忠実に繰り返していた。
気が付けば着替えも終わり、装備も身に着け、出発の準備が完了。
……ウィリード行きか。
小さく息を吐き、俺はしばらく世話になった部屋に別れを告げた。
集合場所へ向かうと部下達が待機していた。
『おはようございます!』
「あぁ、おはようさん。 全員揃ってるか?」
「はい! 後はクリステラ聖堂騎士とマルスラン聖堂騎士の隊のみです!」
はいはい。
要するに俺達しかいないって事ね。
俺が連れて行くのは三十人。 他は残していく。
何だかんだでやる事残っているからな。
ヴォイドの捜索、記録や書類の洗い出し等々、急ぎではないからこうして俺が抜ける事になった訳だがな。
こんな事なら忙しいとか適当言ってごまかすべきだったか……。
小さく後悔しながら部下達を一瞥。
部下達は一列に並んで俺の指示を待っている。
……まぁ、部隊としては多すぎず少なすぎずだな。
「ご苦労さん。 じゃあ各自装備と荷物の確認。 済んでいるのなら自由にして良し」
そう言うと部下達が力を抜く。
この辺はさじ加減を間違えるといけない。
部下は厳しくし過ぎず甘やかさないのが俺の方針だ。
加えて距離感は程々に。
場合によっては死ねと言わなければならない以上、この辺の線引きは割と重要だ。
変に情が移るとやり辛いしな。
さてと俺は思考を部下から同僚へと移す。
マルスラン・ルイ・リュドヴィック。
十代で実績を積んで聖堂騎士にまで上り詰めた天才。
剣も使えるが、特に魔法関係の技量は飛び抜けて高く、前衛後衛どちらもこなせるが、俺の見立てでは後衛寄って所かね。 何度か戦っている所を見たが、魔法を多用する傾向にあるようだ。
だが人間、長所もあれば短所もある。
マルスランの場合は二点。
一点は年齢特有の経験の無さが足を引っ張っている印象を受ける事。
教本や学んだ事にない物を見ると硬直する傾向が見られ――要するに応用力に欠けているのだ。
もう一点――正直、こっちは割と致命的じゃないかと言える欠点だ。
俺が組みたくない理由でもある。
功を焦る傾向が見られる事だ。 魔物の討伐もとどめは必ず自分で刺す。
そして、その後の俺の実力を見たかと言わんばかりの態度。
初めて見た時の俺の所見は「良い格好しい」それも極度の。
困った事にその印象は未だに消えていない。
そんな事ばかりやっている物だから、部下からの受けはえらく悪いのだ。
当然の結果ではあるが、更に本人はそれに気づいていないと言う笑えない落ちまで付く。
たまらんぜまったく。
……はっきり言って子守はしたくないので、もうちょっと頼りになる男になってから組みたかったぜ。
クリステラ・アルベルティーヌ・マルグリット。
神学園を最短で卒業し聖堂騎士になった超が付く天才。
魔法はともかく、剣に関しては高水準で修めており、単体戦力として考えるのなら聖堂騎士全体でも上位に入るだろう。
……実際、数年前に御前試合でヴォイドの野郎を瞬殺しやがったからな。
思えばあれ以来、奴の様子が――いや、これは考えても仕方がないか。
加えて判断力、決断力に関しても先のマルスランと同様の傾向が僅かにあるが、十二分に実用に耐えられる領域に達している。 思い切りもいいし、しっかりと割り切る所も悪くない。
少なくとも俺よりは遥かに強いので、戦力としては頼りになるが、組む相手としちゃ微妙だな。
特に戦闘になるか分からんような仕事だと尚更だ。
お堅い所為で一緒に居ると疲れるんだよなぁ――話題ないし、異性だからシモの話で盛り上がれない。
復興でしばらく同じ時間を過ごしたが、酒もやらない趣味も分からないと絡み辛い女だ。
マルスランの坊ちゃんは個人的に絡みたくないから同様にやり辛い。
まぁ、私情を挟む気は無いから気持ち的にと言った所だがね。
……ったくやってられんぜ。
そんな事を考えていると当の二人がぞろぞろと部下を連れて向かってくるのが見えた。
何事も起こりませんように。
そんな事を考えながら俺は笑顔で二人を迎えた。
移動を開始して半日で俺の懸念は的中した。
左隣にはクリステラ、右隣にはマルスラン。
周囲には一定の間隔を開けて歩く部下。
……会話がねぇ……。
正直、しんどいとかそんな事を通り越して、もはや苦痛の域だ。
マルスランの坊ちゃんは頑なに前を見て歩いているが、時折不安なのかこっちを見ようと首を動かすような素振を見せる。
……そういう時には目だけ動かして、気づかれないようにやるんだよ……。
一瞬、クリステラの嬢ちゃんに気でもあるかと邪推したが、額からだらだら流れている汗を見ると緊張しているしこの先不安だが、それを表に出したくないと言った感じが見て取れる。
気負い過ぎじゃないかね? 坊ちゃんよ。
ふと考えると俺も十代の頃はこんな感じだったかと首を傾げるが――ないな。
当時の俺はまだ聖騎士になっておらず冒険者やってたっけか。
その日暮らしの気ままな物だったが、金の事ばっかり考えていたな。
金回りが良くなったらなったで、ない頃を懐かしむのは皮肉でしかないがな。
はははと内心で乾いた笑みを浮かべて自嘲する。
次に反対側のクリステラ嬢ちゃんだが、こちらは何とも凄まじい。
自然体で黙々と歩いているのだ。 むしろ隣にいる補佐の聖騎士見習いの嬢ちゃんの方が緊張しているぐらいだ。
マルスランの坊ちゃんと歳はそう離れていないはずだが、この差は何なんだろうかね。
これも信仰心とやらの差か? 悪いが俺には理解できん。
聖堂騎士とか言う肩書を持ってはいるが、俺はこの立場を役職としてしか捉えていない。
居るかも怪しい「偉大な存在」とやらを信じろ? 冗談はよしてくれ。
俺が信じるのは今も昔もこれからも、金と身に帯びた武具、そして今までの人生で得た「経験」だ。
それに清廉潔白を謳っているグノーシスも一皮むけば――。
……おっと。
僅かに湿った空気を感じた。
俺は通信用の魔石を取り出して先行した部下へ連絡を取る。
「何か問題でも?」
連絡を終えると同時にクリステラ嬢ちゃんが目聡く声をかけて来る。
ちょうどこっちから話を振るつもりだったし都合がいい。
「大した事じゃないが、でかい雨雲が近づいている。 確認したんだが、感じから夜には一雨きそうだ」
「分かりました。 今日の移動は早めに切り上げるとしましょう」
「そうしてくれると助かる。 指示は任せても構わねぇか?」
「ええ。 お任せください」
話が早いのはいいが、この嬢ちゃんの相手は疲れるなぁ……。
いや、もう早く終わらないかなこの仕事。
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