第202話 「触媒」

 「確認も兼ねて、最初から説明します。 まず、私達がここに来たのは出現するであろう強大な悪魔を討伐する為です。 ここまでは問題ありませんね?」

 

 クリステラ様の言葉にグレゴア聖堂騎士様が頷きます。


 「うむ。 それは聞いている。 だが、到着した頃には例の黒雲は消え失せ、街は廃墟になっておったらしいな」

 「ええ。 その通りです。 幸いにも近郊に避難した住民やその方達を護衛していた聖騎士達も居たので事情の把握はある程度容易でした」

 

 長くなると判断したのかクリステラ様はエルマン様に着席を促した後、自身も席に着きます。

 

 「話によると街ではダーザインの大規模な襲撃があったそうです。 当然ながらここは我等グノーシスの神学園を擁する重要な拠点です。 その手の襲撃に対する備えはそれなりにあったはずです。 ……にもかかわらず完全な形での奇襲を許してしまいました」

 「まぁ、どう考えても内側からぶっ刺された形だわな」


 クリステラ様の言葉をエルマン様が引き取ります。


 「襲って来た連中に混ざって血迷った聖騎士が暴れまわったって話もある。 間違いないとしたら、ここオールディアはダーザインによる浸食を受けていたって事だ」

 「ヴォイド殿は一体何をしていたのだ!!」

 

 侵食――裏切った者が出た。 それも聖騎士から。

 それを聞いたグレゴア様が怒り露わにし、対照的にエルマン様は冷ややかです。


 「……そのヴォイドが主犯じゃないかと俺は睨んでいるがね」

 「エルマン殿いくら先達たる貴殿でも――」

 「気持ちは分からんでもない。 俺もヴォイドとはそこそこ長い。 それを込みで言うけどな。 あいつならやりかねん・・・・・・・・・・。 加えて、状況があいつ以外にあり得ないって結論を出してるんだよ」


 そう言うとエルマン様は肩を器用に竦め、重たい息を吐きました。

 口を開きかけてクリステラ様の方へ視線を向けますが、頷きを返されたのを見て話を続けます。

 

 「第一に街にダーザインが入り込んでいた。 それも大量にな。 そんな大人数を気付かれずに入れるなんて芸当は責任者である奴以外にはできない。 第二にさっき話題になった地下の遺跡だ。 あそこの構造見て来たんだが、奴の報告と全く違う。 更にふざけた事に街のあちこちに巧妙に隠してあった遺跡への抜け道まであったぞ。 気付かなかったと言うのはあり得ない。 少し調べれば分かる筈の事だからな。 つまり奴はグノーシスに虚偽の報告をしていた。 それだけでも背信を疑うには充分だ。 他にもまだまだあるが言ってやろうか? 今、部下に書類関係を洗わせているが叩けばいくらでも埃が出そうだぞ?」


 グレゴア様が小さく唸りました。 何か言おうとしていますが言葉が出ないようです。

 反論がないのを確認すると、エルマン様は小さく息を吐いて話を続けました。

 

 「折角だし、遺跡の話を続けるぞ。 結論から言うとなあれは遺跡なんて上等な物じゃなかった」

 「それは一体?」


 思わず声を漏らしたのはゼナイド聖堂騎士様です。


 「まずはこれを見て貰おうか」


 エルマン様は部下から巻物を受け取ると円卓に広げて見せました。

 巻物には何かの――建物? の絵が記されています。

 

 「遺跡の簡単な見取り図だ。 かなりざっくりした内容だが、形はしっかり押さえている。 ……でだ、こいつは地上部分と地下三層からなる積層構造で、報告にあったのは地上部分と一層の一部分のみだけだった」


 エルマン様は絵の上の方の部分を指でなぞります。


 「二層目は居住区、牢獄、物資の集積場所と言った施設が集中しており、連中がねぐらにでもしていたんだろう。 生活の跡もあった。 ……それと倉庫からこんな物も出て来たぞ」


 そう言って脇に控えた部下から布に包まれた槍のような物を取り出します。

 布を広げると銀で出来た細い棒のような物が現れました。

 

 「それってもしかして「触媒槍ベルセリウス」?」


 驚きの声を上げたのはゼナイド様です。

 視線は棒に釘付けになっており、驚いているのが分かりました。


 「お、ゼナイドの嬢ちゃんは知ってるのか?」

 「嬢ちゃんは止めてくださいエルマン殿。 ……触媒槍は純銀製の槍でダーザインが儀式の触媒等によく使用している槍です」


 ゼナイド様はそっと卓に乗っている槍を手に取ります。

 

 「……本来、銀は魔力を流すのに適した素材です。 その為、よく杖などに使用され、魔石と杖を繋ぐ連結部分として重宝されていますが、これは完全に銀でできた槍で、主な用途は悪魔召喚と聞いて言いますが……」

 「まぁ、ゼナイドの嬢ちゃんの言う通りの代物な訳だが、こいつが遺跡の倉庫にゴロゴロ転がってたぜ」


 悪魔召喚に使う槍がゴロゴロ!?

 あたしは思わず驚きに目を見開きます。

 クリステラ様も思わずと言った感じに眉を顰めました。


 「数は?」

 「百や二百じゃないな。 まだ確認中だが恐らくは七~八百はあるぞ。 一応、補足しとくと一本あれば確実にそこそこの悪魔を呼べる。 言っている意味が分かるか?」

 「つまりはこの街の地下にはそれだけの状況を造れる土壌があったと?」

 

 マルスラン様が震える声でつぶやきます。

 

 「その通りだ。 ……で? このやべぇブツをクリステラの嬢ちゃんはどうする?」

 「……決まっています。 即刻、鋳潰して街の復興資金に当てましょう」

 

 クリステラ様の即答を聞いてエルマン様は笑みを浮かべました。


 「そう来ると思ったが、即答とは流石だ。 グレゴア、次の輸送隊に触媒槍は全部持たせるように手配したい。 頼めるか?」

 「うむ。 勿論だ! このような穢れた物は即刻鋳つぶして金に換え、民に還元すべきだ!」

 

 エルマン様は触媒槍をグレゴア様に渡すと小さく息を吐きます。


 「さっきから余り気分のいい話ばかりじゃないだろうが、これが最後だ。 一番深い位置、三層目の話だ。 もう察しのいい奴は気が付いているだろうが、広い空間になっていて床一面に魔法陣が記述されていた。 俺も本職じゃないから詳しくは分からんが、恐らくは悪魔の召喚陣だろうな」


 ……そ、そうだったんですか!?


 あたしは周りを見てみますが他の皆さんに驚きの色はありません。

 え? もしかして分からなかったのあたしだけ!?


 「間違いなくあれを使って呼び出した奴が今回の黒雲を起こした所までは分かる。 ……だが、問題はその後だ。 何で肝心の悪魔が消えちまったのかがさっぱり分からねえ」

  

 そう言うとエルマン様は椅子の背もたれに体を預けます。

 

 「取りあえず、俺の方からの報告は以上だ。 触媒槍の引き渡しと、遺跡の詳細図を仕上げたら俺の仕事は終わりになるが、どうする? ヴォイドの捜索が残っているが、完全に報告待ち何でやる事がない。 他の補佐に入れって言うのならやってもいいが……」

 「いえ、エルマン聖堂騎士には私と共に一旦、ウィリードへ帰還して頂きます」


 ……帰還? この街を離れるのですか?


 あたしと同じ事を考えたのか、エルマン様も少し驚いた顔をしていました。


 「……この時期にお前を呼び戻す? ウィリードって事はスタニスラスの指示なんだろうが、何かあったのか?」


 スタニスラス様? 確かウィリードで一番偉い聖堂騎士様でしたね!

 わざわざ、クリステラ様を呼び戻すと言う事は向こうで何かあったのでしょうか?


 「私も詳しくは聞いていませんが、一人ないし二人程連れて帰還せよと指示が入りました」


 クリステラ様の表情はお世辞にも明るくありません。

 当然でしょう、責任感の強いあの方がここを放り出すような事はしたくないはずです!

  

 「……まぁ、いいんじゃねーか? こっちの作業は軌道に乗っているし、向こうからしたら貴重な聖堂騎士を固めときたくないとか考えてるのかもな」


 エルマン様も首を小さく傾げていますが、特に気にした素振は見せずに流します。


 「そうですね。 私達にはまだまだやるべきことがあります。 ここにいつまでも留まる訳には行きません。 では、ここの責任者はゼナイド聖堂騎士。 貴女に任せたいと思うのですが構いませんか?」


 いきなり話を振られたゼナイド様は驚いてビクッと身を竦ませました。


 「わ、私ですか!? グレゴア殿やエルマン殿の方が適任では――」

 「おいおい嬢ちゃん。 お前しか居ねーんだって、クリステラの嬢ちゃんと俺は帰還組だ。 グレゴアは物資の管理と輸送の兼ね合いで街にいつまでも居ないからな。まぁ、経験的に嬢ちゃんだ。 ……で、残ったマルスランの坊主は――どうする? 話を聞く限り、抜けても問題なさそうだが?」

 「ぼ……いえ私は……」 


 マルスラン様はもごもごと何かを言おうとしてましたが、上手く行ってません。

 お話を聞く限りではマルスラン様の仕事も終わりが見えている感じでしたね。

 クリステラ様は構わずにゼナイド様をじっと見ます。

 

 「……出来ますか?」


 ゼナイド様の瞳が揺れ、視線が迷うように一瞬彷徨いますが、すぐに見つめ返します。


 「問題ありません」


 それにクリステラ様は満足げに頷くとマルスラン様の方へ振り返りました。


 「では、マルスラン聖堂騎士も私達と帰還して頂きます」

 「は、はい! 分かりました!」

 「では、各々準備と街を離れる者は後任への引継ぎを忘れないようにして下さい。 では解散!」


 クリステラ様の言葉で今日の会議は終了となりました。





 「さて、ジョゼ、サリサ。 二人ともご苦労様でした」


 場所は変わってここは半壊した神学園の建物で無事だった一室で、今はクリステラ様に宛がわれた部屋です。

 そこで、あたしとサリサはクリステラ様に呼ばれている所でした。


 「二人とも話は聞いていましたね? 私は一度ウィリードに戻らねばなりませんが、ここをゼナイド聖堂騎士に丸投げするのは忍びないので、連絡役としてどちらかに残って欲しいのです」


 あたしとサリサは思わず顔を見合わせます。


 「基本的に実務は彼女達に任せるので、やる事は本当に連絡役と後は作業の手伝いぐらいな物でしょう」

 

 クリステラ様は「説明が足りませんでしたね」と言ってそう付け足してくださいました。

 優しい!

 内容を聞いてあたしは直ぐに返事をしました。 考えるまでもありません!

 

 「ならあたしが残りますよ! 向こうで何が起こるか分からないのなら賢いサリサが居た方がいいと思います!」


 戦いになるとは限らないし、あたしより色んなことができるサリサの方がクリステラ様のお傍に居た方が絶対いいよ!

 サリサは少し驚いた顔をしておずおずと言った感じで尋ねてきます。


 「……いいの?」

 「うん! サリサの方が良いと思うから! 頑張って来てね! あ、後、あたしはどれぐらいの間ここに残っていれば……」

 「ええ。 恐らく戻れば次の聖務がある筈なのでそれが完了次第と考えています。 滞りなく片付くようであれば年内には合流できるかと思います。 それに、それだけの間こちらで問題がなければゼナイド聖堂騎士に完全に任せてしまっても問題ないでしょう」

 

 クリステラ様の言葉にあたしとサリサは頷きます。


 「ではサリサは準備を、ジョゼは後の事をお願いします」


 『分かりました』


 あたし達は声を揃えて返事をしました。

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