第175話 「開会」

 「……あれがそうか?」

 

 俺が確認の為に声をかけると夜ノ森はそっと目をそらした。

 今俺達が居るのは闘技場の観客席だ。

 現在は大会準備の為、裁判等の国営行事は基本休みだが剣闘と呼ばれる賭け試合だけは休まずに行われている。


 国の貴重な収入源の一つであると共に人気行事なので、これに限っては年中無休だ。

 ルールは簡単、賭ける方は外の受付で対戦表と配当オッズ表を見てどっちが勝つか賭けるだけ。 

 出る方は受付に申し出て、死んでも文句を言いませんと言う内容の誓約書にサインして試合へ。


 ちなみに自分に賭ける事もできるので、試合に出る前に自分に金を賭ける奴は多い。

 勝った場合は賭けていなくても配当の一部がファイトマネーとして支払われる。

 腕に自信がある奴が小遣い稼ぎに出る事も多いそうだ。


 付け加えるなら八百長の類は重罪。

 発覚した場合、死罪になる事もある。

 国の事業である以上、信用が失墜する事は避けたいと言った所かな?


 さて、視線の先には選手である、完全に人型の獣と化していた牛獣人――というかもうミノタウロスだろあれ。

 闘技場ではその牛獣人が五連勝して観客を大いに沸かせていたのだが、六人目の挑戦者として現れたのがどう見ても人間だった。


 服装はラフなシャツとズボンのみ。

 髪は金色。顔は――角度が悪かったので見えなかった。

 まぁ、聞いていた通りの特徴だな。


 というか完全に丸腰なんだがいいのかよと思ったが数秒後には納得する事になる。

 すぐに試合が始まったのだが、文字通り瞬殺だった。

 でかい戦斧を振り下ろした牛獣人の攻撃を軽くいなした後、牛が飛んだ。


 正直、俺も何をしたのか良く分からなかったが、振り下ろされた斧を掴むと次の瞬間には牛は吹っ飛んでいたのだ。

 闘技場に居た人間――アスピザル君はその場から動かず、その手には斧が握られていた。


 ……あれは投げ飛ばしたのか?

 

 器用に斧を持ち替えるとゆっくりと牛獣人に突き付け、何か呟く。

 牛獣人は実力差を察したのか両手を上げてその場に腰を下ろした。

 凄いな。


 体重差は倍じゃ効かないはずなんだが、その相手を投げ飛ばすとは…。

 アスピザル君は歓声に手を振って応えた後、こちらに気付いたのか「梓ー!」と夜ノ森の名前を連呼している。


 ……これは恥ずかしい。 


 念の為に確認すると夜ノ森はそっと目をそらして今に至ると言う訳だ。

 何にせよ合流できてよかったじゃないか。

 俺は注目を浴びている夜ノ森からそっと身を離しながらそう思った。


 



 「も~~! も~~~! あんな所で声をかけて! 恥ずかしいじゃない!」

 「ははは、ごめんごめん。 いい気分の所にちょうど梓が居たからさ嬉しくってつい、ね」


 再び場所は変わってここは夜ノ森が取った宿の一室だ。

 頭から湯気でも出そうな勢いの夜ノ森をアスピザル君は笑顔で受け流す。

 俺はそれを部屋の隅でぼーっと眺めていた。


 ……用事済んだなら帰っていいですかね。

 

 「でも、良く宿なんて取れたね? いつの間にここの言葉覚えたの?」

 「覚えてません! ガイドを雇ったの!」


 何かキャラ変わったな。

 アスピザル君と話す夜ノ森は随分と子供っぽい。

 もしかしたこれが素なのかもしれんな。


 「ガイドって言うのはそこの彼?」


 やっと俺の出番か。


 「ローと言う。 闘技大会終了までの間ガイドとして雇われた。 よろしく頼む」


 そう言うとアスピザル君は俺に近づくとじっと俺の目を見つめて来る。

 近くで見ると随分と整った顔だ。

 イケメンと言うよりは中性的で女でも通用しそうに見え――男だよな?


 「へー。 お兄さん普通の人間なんだー。 こっちじゃ珍しいね? 何で?」

 「……両親に連れられて物心ついた時は森でね。 特に理由もなくこっちを目指した結果さ」

 

 アスピザルく――もう君は要らんか――は俺の目から視線を外さない。

 

 「じゃあ言葉は?」

 「魔法道具だ。 そいつで何とかなっている」

 

 しばらく俺の目を見たアスピザルは表情を緩め、笑みを浮かべる。

 

 「お兄さん面白いね。 もしかして変わった訓練受けたとか変わった体質とか?」

 「質問の意図が分からんな」


 何だこいつ。

 視線には嫌悪も好意も窺えない。

 あるのは好奇心――なのか?


 探っていると言うよりは気になるから聞いていると言った印象を受ける。

 正直、何を考えているのかが分からない分、少し気味が悪いな。


 「何だろうね? ちょっとお兄さんが何を考えているかが分からない、かな?」


 奇遇だな。 俺もお前がなにを考えているかよく分からん。


 「……一応、答えて置くが、森暮らしと言う事以外は至って問題ないと思うが?」


 普通とは言わない。


 「そっかそっかー。 何だか僕、お兄さんと仲良くなれそうな気がするな」


 そう言ってにっこりと邪気のない笑顔を浮かべた。


 「そりゃ光栄だ。 なら仲良しの第一歩としてお兄さんは止めてくれないかな?」

 「うん。よろしくロー」


 呼び捨てかよ。一足飛びに来たな。

 この依頼、請けたの早まったか?




 

 「森の中にエルフの里があるんだ?」

 「あぁ、俺も聞いた話だから本当の所は分からんがな」


 翌日、夜ノ森の買い物に付き合う事になった俺はアスピザルの質問攻めにあっている。

 どうも俺は気に入られたらしく、付き合ってやって欲しいと頼まれたのでこうして相手をしていると言う訳だ。


 一応、俺は森暮らしと言う事になっているので、話す内容は専ら森の話になる。

 最初は魔物の話だったが、途中でネタが切れそうになったのでエルフの話でお茶を濁そうとした。

 幸か不幸かこれが中々好評で、根掘り葉掘りと聞かれている最中だ。


 「じゃあ、エルフは樹の上で過ごしているって事?」

 「あぁ、でかい切り株の上に色々建てて生活しているらしい」

 「そうなんだ。でも、森を通った時、確かに大きな木はあったけどそんな大きなのあったかな……」

 「その辺りは良く分からん。あくまで聞いた話だからな」


 本日の買い物内容は日用品と保存が効く食料の調達らしい。

 値段は値札を見れば分かるので隣の夜ノ森は身振りで買い物をしているが、店の獣人が話しかけてきたら通訳である俺の出番と言う訳だ。


 その間の俺の仕事は子守になる。

 露店で色々見て回っている夜ノ森から目を離さずに俺は話題を変えた。

 ネタが尽きない内に話題を変えておこう。


 「今度はこっちから聞いても?」

 「うん。 何でも聞いてよ!」

 「この後はどうするつもりなんだ?」

 「後?」

 「この国を出た後の話だ。 居付くつもりじゃないんだろ?」

 「そうだね。 用事が済んだらウルスラグナに戻るよ」

 「その用事と言うのは?」

 

 そう聞くとアスピザルは、小さく首を傾げる。


 「んー。 勧誘?」

 「勧誘?」

 「そ、観光ついでに有望そうなのが居たら連れて帰ってウチで働いてくれないかなーって」

 「何だ? 店でもやってるのか?」

 「そんな所かな」


 勧誘ね。

 

 「何を売ってるんだ? それとも傭兵の類か?」

 「うーん。 困っている人に色々教えたり、魔法の研究をしたりする仕事だよ。 良かったらローもどう?生活は保障するよ」

 

 ……怪しすぎる。


 「いや、一人の方が気楽でな。 そう言うのは断るようにしている」

 

 まさか、マジでダーザインじゃないだろうな。

 勧誘と言うフレーズも気になる。

 

 「そっかー。 残念」

 「悪いな」


 そう言って苦笑しておいたが、内心では歯噛みしていた。

 もう半ば確信しているが、こいつ等がダーザインだった場合、間違いなく使徒と呼ばれる幹部クラスだ。

 アスピザルは違うだろうが、転生者の夜ノ森が従っている所を見ると身分が高いのか?


 いや、もしかして高位の部位持ちか?

 あの戦闘能力だ。 充分にあり得る。

 しまったな。 本当に失敗した。


 夜ノ森を見た時点で関わりを避けるべきだったな。

 

 ……とは言ってもこうなった以上は最後まで付き合わざるを得んか。


 前金を受け取っている上に、ここで逃げたら確実に怪しまれる。

 それだけは避けないと不味い。

 内心で溜息を吐く。


 依頼日数は大会が終わるまで。

 長くなりそうだ。



 


 それから数日は何の問題もなく進んだ。

 アスピザルは俺の何が気に入ったのか飽きもせずに何度も話しかけ、俺は適当に相手をし、その間に夜ノ森が用事を済ますと言うのがここ最近の流れだ。


 「ありがとう。 これで買い物は終わりよ」


 そう言った夜ノ森はでかいリュックをぱんぱんに膨らませて笑みを浮かべる。

 

 「そりゃ良かったな。 あぁ、昨日も言ったが俺は――」

 「聞いてるよー。 大会見に行くんでしょ? 僕達も行くよー。 ね? 梓?」


 夜ノ森は小さく息を吐く。


 「……みたいだから迷惑でなければ一緒に行ってもいいかしら?」

 「分かった。 なら一緒に行こうか」


 迷惑だから遠慮してくださいと言う言葉を飲み込んで、快く頷いておいた。

 

 闘技大会予選。

 本戦への参加資格を持たない者が資格を得る為に戦う場だ。

 この大会の出場条件に付いてざっくり説明しよう。


 予選と本戦に分かれており、本戦を制した者が次代の王となる訳だが、その本戦には固定枠――要するにシード選手がいる。

 まずは現王。


 こいつはチャンピオンとして決勝まで戦わない。 

 以前からの決まりとして、新王が旧王を打倒してこその王選と言うのが古くからの続いている風習のようだ。


 トーナメントに優勝して最後に残った一人が王に挑戦できる事になると言う事だな。

 次いで、闘技場が組んだ試合で一定以上の戦績を収めた者。

 要するに国に実力を認められた者だ。


 枠はそう多くないので本気で王の座を狙っている奴は大会までに結構な回数の試合を重ね、この出場枠を勝ち取っている。

 そしてその枠以外の本戦への出場選手に選ばれる為に必要なのが予選突破だ。


 ……まぁ、その予選も出る為に必要な手順があるんだが……。


 予選の定員は三百。

 それを一定数以上越えた場合、大会を運営している組織――運営委員会とか言う連中の試験官? とやらが戦って間引くそうだ。


 ちなみに今回の予選出場者は五百八十八人。

 開催期間は二日。 ちなみに七百を超えると間引かれるそうだ。

 試合形式はバトルロイヤル。


 半数に別れて全員で潰し合う事になる訳だ。

 ちなみに賭けで一番盛り上がるのがこの予選だったりする。

 人数が多いので誰に当たるか分からない所が面白いのだそうだ。


 俺は賭けに興味がないので観戦のみだ。

 依頼の成功報酬があるので、今の所は金に困ってないしな。

 ちなみに残りが十人になった時点で試合終了。


 予選二十人、シード枠十人+現王の三十一人で争う事になる。

 

 ……で、客席にいる俺の眼下――闘技場には予選選手の半数、二百九十四人が各々武器を構え、戦意を漲らせている。


 観客席の外縁上部にある、実況席に数名の獣人が現れる。

 全員、耳以外は普通の人間にしか見えない女達だ。

 所謂、キャンペーンガールって奴か? マイクのような物を片手に叫び出した。


 場に声が響き渡る。


 ……本当にマイクなのか。


 『お集まりの皆さん! 二年に一度のこの時がやってきました! 六年前の大会で前王を打倒し、王としてこの国へ君臨! その後、二度の挑戦者を撥ね退け玉座を防衛し続けている! 前回、辛酸を舐め、今年こそはと意気込んでいる者も多い今大会! まずは今日と明日の予選となる訳ですが、開始の前に現王にして覇者である王から開催の挨拶があります!!』


 女はどうぞとマイクを差し出す。

 差し出した先からこの国の王がゆっくりと現れた。

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