第174話 「尋人」
「それはまた、変わった組み合わせだな」
何で人間なんて連れてるんだこの熊は。
もしかして非常食か何かか?
図体でかいから食事量も多そうだしな。
「ちょっと色々あって一緒に行動する事になったんだけど、目を離すとすぐに居なくなる困った子で……」
ほっとけないのよと夜ノ森は付け加えた。
俺は内心で首を傾げる。
人間って事は転生者じゃないのか?
疑問は尽きないが今は棚上げだ。
聞く訳にはいかんしな。
「話は分かった。取りあえず、後でその連れを探すと言う事でいいのかな?」
「ええ。それでお願い」
簡単な食事を済ませた俺達は街へ出て、連れとやらの捜索を始める事にした。
彼女の体格を考えるとやや不安だったが、獣人は体格が様々なので建物などもそれに合わせた設計がなされており、どの店もでかい熊が出入りしても特に問題なかった。
夜ノ森はここの基準で考えても図体がでかいので、割と周囲の目を集めている。
すれ違うと結構な確率で一瞥されるので、最初は少し恥ずかしそうにしていたが、慣れたのか今は堂々と重たい足音を響かせて歩いていた。
「それで当てはあるのかな?」
俺の質問に夜ノ森はうーんと唸りながら頬に手を当てる。
「面白そうなものがあればふらふらーっと吸い寄せられるからそんな感じの所…かしら?」
「えらくふわっとした説明だな」
好奇心が強いのは分かったがそれ以外はさっぱり分からんぞ
「この辺りで心当たりはない?」
「その前に容姿を教えてくれ」
その後、聞いた話を纏めると――。
歳は十六。身長は話から推測するに百六十から百七十。
体格はやや細身。
金髪碧眼。性別は男。中々の美形らしい。
服装は軽装。
鎧等は特に装備していないそうだ。
最後に名前はアスピザル。
……アスピザル君ね。
まぁ、耳を見れば一発で分かるからそこまで詳細な特徴は必要ないがな。
それにしても――十代の子供が行きそうな場所ね。
賭場か――娼館?……はないと思うが候補に入れておくか。
後は闘技場ぐらいか。
その辺りを順に見回れば出くわすだろう。
周る場所を伝えると、娼館と聞いて微妙な顔をしていたが、黙って行くことにしたようだ。
「黙って歩いているのも退屈だし、良かったらそっちの話も聞かせてくれない?」
「答えられる範囲でなら」
歩いていると不意に夜ノ森が話しかけて来た。
退屈だったのかな?
「ここに来てからあなた以外の人間を見ていないんだけど、こっちの生まれ?それとも……」
来ると思ったよ。
「いや、旅をしている身でね。俺もここはそう長くない」
想定していたので予め用意しておいた内容で答える。
「なら言葉は?」
「魔法道具だ。言葉が通じているように聞こえるが、実際は喋っている意味を相手に伝え、相手の言葉の意味を理解できる。お陰で、会話に不自由はない」
「そうなの?便利そうね」
「あぁ――と言うかないと文字通り、話にならんからな」
「見せて貰うのは?」
俺は苦笑。
「勘弁してくれ。俺の命綱だ」
まぁ、そんな物ないがね。
「……と言う事は生まれはウルスラグナ?」
「そう聞いているが、物心ついた時には既に両親と森を彷徨っていてね。向こうの事はさっぱり分からん」
「御両親は?」
「残念ながら森を出る前に、な」
「あ、えっと……」
「済んだ話だ。整理もついている」
気まずいと言った感じの夜ノ森に気にするなと伝えると。
彼女は少し目を伏せて、その話に触れる事はしなくなった。
どうせ嘘だから気にしなくていいぞ。
余り突っ込まれてボロが出るのも困るので今度はこっちから聞くとするか。
「良かったら森の向こうの話を聞かせてくれないか?聞いた話では森の向こうには山脈が広がってると聞いたがそれは本当なのか?」
個人的にどういうルートで森を越えたのか知りたいな。
こいつの正体によっては色々と対策を練らなければならない。
「山脈があるのは本当よ?でも私達は迂回して森を抜けて来たのよ」
迂回?
あれ?あの山脈って大陸を横断しているはずだが?違うのか?
「そう、私のこの姿って向こうではかなり変わっていて、ちょっと人前に出られないのよ」
そりゃ出られんだろう。
ダーザイン、グノーシスのどっちにも所属していないなら確実にどちらかが何かしてくるだろうからな。
それにしても迂回か。
頭の中で地図を広げる。
ライアード、オラトリアム、アコサーンと3つの領が並んでいるが、更にその向こう――大陸の東と西はまだ未開拓の領域で、人の手が入っていない。
ティアドラス山脈ももしかしたらそこまでは連なっていないのか、標高が低くて通り易い場所があるのかもしれないな。
ファティマやアブドーラも山脈の地形を完全に把握している訳じゃないし、そう言う見落としは少なからずあるはずだ。
確か未開拓の領域は性質の悪い魔物の巣窟で、人の出入りはほとんど無いような場所だった筈だ。
人目に付かずに通るには何かと都合がいいと言う事だろうな。
それだけ外れた場所から森に入るのならエルフの領域も完全に素通りか。
……念の為、後で向こうに知らせておくとしよう。
「なるほど。……参考に聞かせて欲しいんだが、どれぐらいで森を抜けられたんだ?」
夜ノ森は少し考え込むように頬に手を当てる。
それ癖か何かなの?
「そうねぇ――三ヶ月ぐらいかな」
三ヶ月――半年もかからんのか。
……おっと。
「ヶ月?」
「え?あ、ごめんなさい。九十日って言えば分かる?」
「……あぁ」
危ねぇ。
こいつ、もしかしなくても探り入れてるんじゃないだろうな。
気のせいかもしれんが、何か妙に視線を感じるし色々と注意しよう。
「随分と抜けるのが早いな。俺の知る限り、あそこはそんな短期間で抜けられるような場所ではないはずだが、抜け道か何かでも?」
「……そういうのはなかったわ」
「ならどうやって?」
「こう見えても私って強いのよ」
そう言って丸太みたいな太さの腕を軽く振るう。
普通に突破したって訳か。
まぁ、強いのは分かり切っているからその辺は疑いようがない。
少なくともこいつ等がウルスラグナから来たのは確定か。
転生者のポテンシャルは高い。
それぐらいできても驚きはないが、それに付いて行ける奴が人間?
話を聞けば聞く程、こいつの連れの正体が気になるな。
……そろそろか。
話している内に国営の
この手の施設はこの国でも人気なのでいつも人が――おや?
何故か人だかりができている。
『何かあったのかな?』
近くの獣人に何があったのか尋ねる。
『あ、あぁ、俺も詳しくは知らねえんだが、変わった耳をしたガキが有り得ねえぐらいの馬鹿勝ちしていきやがったんだそうだ。お陰でディーラー連中が真っ白になっちまって、一部の台が使えなくなっているそうだぜ』
変わった耳ね。
試しに例のアスピザル君の特徴を伝えると、獣人は「そんな感じのガキだったらしい」と答えてくれた。
『まだ中にいるのか?』
『いや、少し前にどっかに行っちまったらしい』
俺は礼を言ってその場を後にし、待っていた夜ノ森の所へ戻る。
「どうだった?」
「居たらしいが、少し前に何処かへ行ったようだ」
「……入れ違いだったようね」
「そう遠くへは行ってないはずだ。近場を回るとしよう」
えーと。
近いのは――娼館?
熊とは言え一応、女の夜ノ森を連れて行くのは少し気が引けるな。
……確認はしておくか。
「少し確認したい」
「何かしら?」
「そのアスピザル君とやらは異性に興味を持っていたりするのかな?」
それだけで察した夜ノ森は少し考えて――頷いた。
「この先は娼館が軒を連ねている。確認しておいた方がいいかな?」
「そうね。見ておきましょうか」
同意を得たので俺は娼館へ足を向ける。
まだ日も高い事もあってそこは夜に比べて閑散としていたが、あちこちで娼婦らしい獣人達が客を求めて立っていた。
俺は暇そうな娼婦に近づいて話しかけた。
「少しいいかな?」
「あら、お兄さん私とする?」
「悪いが客じゃない。この辺りでこういう耳をした奴を見なかったか?」
俺は自分の耳を引っ張って見せる。
女はやや落胆した表情をしたが、俺の耳に視線を向けると小さく目を見開く。
「確か姐さんが連れてった子供がそんな耳をしていたような……」
「その姐さんの店は?」
場所を聞いた俺は女に少し金を渡して礼をすると、夜ノ森に声をかけてからその場を離れた。
「どうだった?」
「収穫はあった。さっきの娼婦がそれらしい奴を見ている」
教えられた通りに進み、やや大きめの娼館へ入る。
受付らしい男の獣人が居たので声をかけた。
『すまない。少しいいかな?』
『何だぁお前?客か?』
『悪いが違う。連れの知り合いを探している。ここに俺みたいな耳をした奴が来たと聞いてな』
さっきと同様に耳を引っ張って見せる。
男はあぁと察したように頷くと何故か肩を親し気に叩かれた。
『お前の連れすっげえな!』
何故か俺を見る目に尊敬が混じっている。
『何の話だ?』
『この店一番の性豪、ウァーネ姐さんを腰砕けにしちまったんだからな』
何だって?
『いやー。さっき部屋の片づけやったんだが、凄かったぞ。寝台の上何てもうグッチャグッチャでよ。その上で姐さんが打ち上げられた海の魔物みたいに痙攣しててとんでもない量の――』
『いや、もう分かった。……で、その連れは一体どこへ行ったか知っているか?』
男の聞きたくもない話を打ち切って、アスピザル君の行方を尋ねる。
それにしても彼は随分とあれだ――元気なんだな。
『さっきすっきりした顔で出て行ったのを見たが――まぁ、あんだけヤればすっきりもするか!』
ガハハと下品に笑う獣人に若干イラつきながら根気強く質問を繰り返すが、出て行った所までしか見ていないそうだ。
取りあえず聞く事は聞いたので、礼を言って娼館を後にした。
さっきと同様に聞いてきた夜ノ森にはここでひと暴れして他へ行ったとだけ説明すると、とても嫌な顔をしていたが俺に非はないと声を大にしたい所だ。
そう時間も経っていないようだし闘技場に行っているようならそこで捕まえられるだろう。
……まさか候補に挙げた所を全て通っているとは思わなかった。
「次で最後だ。そこに居ないようだと他は少し思いつかないな」
「ええ、分かったわ。その場所って言うのは?」
「闘技場だ」
夜ノ森が納得したように頷くのを見て、俺は闘技場へと足を向けた。
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