第152話 「光線」

 瞬間、場が凍り付いた。


 『「我等の祝福を拒むか?」』

 『拒むね。はっきり言ってあんたらは胡散臭い。それにわざわざ叡智とやらを授けて貰わなくても俺は現状に満足している。そんな余計な物は要らん』


 『「この里と我が子らを見ても疑うと?」』

 

 ……見たからこそ疑ってるんだよ。


 あんな目が濁った連中の仲間になるとか馬鹿も休み休み言え。


 『あぁ。それに、上から目線で授けてやるとか言っているけど要は俺の体が欲しいんだろ?』

 『「然り。我等が真なる目的の為に汝の体が必要だ」』


 あぁ、そこは隠さないのか。


 『目的が何かは知らんが俺抜きでやってくれ』

 『「拒むと言うのなら仕方がない。本意ではないが、無理にでも差し出して貰うとしよう」』


 結局そうなるのかよ。

 御使いとか言う割にはやっている事は強盗と変わらんじゃないか。


 そいつはそう言うと全身が光輝き、背から光の羽のような物が浮かび上がってくる。

 次いで体が浮かび上がり、頭に光の環が薄く現れた。

 

 ……天使?


 その姿を見て最初に浮かんだのはそんな言葉だった。

 そいつ――天使は口を開こうとして、小さく咳き込んで血煙を吐き出す。

 今度は何だ?


 『「む、やはりこの身では保たんか」』


 言いながら目から血涙を流し始める。 

 よく見れば服にもあちこちで血が滲み始めている。

 おいおい。マドレールの奴、ほっといたら死ぬんじゃないか?


 天使は構わず俺に向けて手を翳す。

 俺は魔法で障壁を――。


 「なっ!?」


 ――展開する前に脇腹がごっそり抉り取られた。


 ……何!?


 ダメージを認識した瞬間に俺は走る。

 止まったらヤバい。


 何が起こった?全く見えなかったぞ。

 ダメージを確認。

 脇腹がごっそり抉り取られている。


 ……結構深いな。


 幸いにも動くのに支障はないが、胴体に喰らい続けるのは不味い。


 天使が指を一本立てる。

 その先端に小さな光が灯った。


 俺は身の危険を感じて跳躍。

 右腕で頭を庇うと同時に左腕ヒューマン・センチピードを伸ばす。

 百足は敵に喰らいつかんと迷彩状態のまま音もなく突っ込む。


 光が泡のように弾け、次いで俺の全身と喰らいつこうとしていた左腕に無数の細かい穴が開き、百足が千切れ落ちる。

 少し遅れて俺も硬い床に叩きつけられた。


 「――がっ!?」


 衝撃で息が詰まる。 


 『降伏する事を勧めるけどね』


 いつの間にか離れた位置に移動していたリクハルドがそんな事を言っているが無視。

 何をされたかさっぱり分からんぞ。

 分かるのは喰らったのは魔法の類で、恐ろしく速いと言う事ぐらいか。

 

 ダメージの所為で動きが悪くなった体を起こして動く。

 視線は相手から外さない。

 全身血塗れになった天使は俺に手の平を向けたまま更に何かしようとして…その腕が中から爆ぜた。


 血が飛び散る。


 『「む、二撃でこれか。やはり依り代としては不十分、Νεπηιλιμには足りぬか」』


 隙が出来たと判断した俺は踵を返して全力疾走。

 無理だ。

 正直、今の俺では勝てる気がしない。


 数撃凌げばマドレールの体が潰れそうではあるが、今度は隣のリクハルドに乗り移って襲ってきそうだ。

 そうなれば確実に殺られる。


 『「逃げられると思わん事だ」』


 追撃が来るのは読めていた。

 だからこそ<飛行>を使わずに走ってるんだ。

 俺は処理の全てを突っ込んで、後方に全力で魔法障壁を展開。


 どれが効果的か判断が付かんので様々な属性の盾を背後に並べた。


 嫌な予感がしたので思いっきり飛び上がる。

 次の瞬間、俺の下半身が蒸発した。

 比喩でも何でもない。本当に消し飛んだ。


 光の柱――というか光線ビームみたいな物に見えたがあれは何だ?

 飛び上がったお陰で直撃こそはしなかったが、全力で張った多重障壁を容易く貫通した上に、腰から下がなくなってしまったぞ。

 

 冗談みたいな威力だ。

 俺は床に叩きつけられる前に傷口と残った胴体から百足の足を生やしてカシャカシャと嫌な音を立てて虫の様に這いずって逃げる。


 後ろは振り返らない。

 だが、また何かしてくる気配があったので、放置していた千切れた百足に指示を出す。

 放置された俺の一部は指示を即座に理解して再起動。


 天使に飛びかかって魔法で自爆。


 『「小賢しい!」』


 対処される前に体内に溜め込んでいた腐食性の体液をまき散らす。

 追撃が来ない。何とか妨害に成功したようだ。


 俺はそのまま神殿の外に飛び出し――再びさっきの光線が飛んで来た。


 ……くそっ。


 俺は跳躍し、空中で体を捻って回避運動。

 光線は穴だらけになった左腕を捉え、胴体の一部と一緒に消し飛んだ。

 構わず柵を越え、下へ飛び降りる。


 流石、樹上の都市だけあって結構な高さだ。

 叩きつけられたらただじゃ済まんだろうが、手を打っておいて本当に良かった。

 木を蹴って上がって来たサベージが俺を空中でキャッチ。


 再度、木を蹴って下へ急降下。

 着地。それと同時に走り出す。

 サベージは抱えた俺に「行先は?」と視線を向ける。 


 「オラトリアムへ戻れ」


 俺はそう言って、どうした物かと考えていた。



 


 取り合えず消し飛んだ体の修理が必要なんだが、服と装備が軒並みやられたのは痛いな。

 コートもすっかり裾と胴体部分がごっそり消し飛んじまった。

 クラブ・モンスターも先端部分が一部を残してなくなってしまっている。


 あのクソ天使やってくれたな。

 気に入ってたのにこの装備。

 あぁ、畜生。直るかな?ドワーフに頼んでみるか?


 体が六割がた消し飛んだ事よりショックだぞ。

 落ち込んでも目の前の状況が変わる訳もないし――切り替えよう。

 手足を元通りに生やし、もはや服としての体を成していないコートを腰に巻く。


 現状確認だ。

 サベージに積んでいた食料等は無事。

 装備は全滅。コートはほぼ全損。


 手甲は残ったが細かい穴だらけになっており、無数の亀裂が走っている。

 修理が要るな。

 クラブ・モンスターは言うまでもなく使い物にならない。


 ただ、左腕ヒューマン・センチピードだけは生体パーツなので復元は容易だ。

 さっきまで俺の一部だったしな。

 現在はエルフの領域を抜けて外に出た所だが、もと来た道を戻るのが分かり易いか。


 サベージを走らせて移動。


 ダーク・エルフの所へは寄らずに通り過ぎる。

 これからどうした物か。

 連中がヤバいのは聞いて居たが予想以上だった。


 それにしてもあの化け物は何だったんだ?

 見た目はまんま天使だったが――本物?

 

 ……本物だろうな。


 悪魔が居るんだ。天使が居ても驚きはしない。

 どうやったのか、マドレールの肉体に取り憑いていたようだが……。

 疑問は多いが、洒落にならない力だったな。


 攻撃手段は恐らくは魔法の類なんだろうが、発動が早すぎて全く見えなかった。

 初撃は何されたか分からんが、何をされたんだろう?

 二撃目は光の球が弾けてそれが飛んで来たんだろうな。


 ……当たるまで分からなかったが。

 

 最後に問題の光線だ。

 俺の確保が目的にも拘わらずあんな大技を使ったと言う事は、俺の張った障壁抜くために強めのを使ったと言う事なのか?


 ……いや、違うな。

 

 あいつは俺の肉体構造を理解していた。

 要するに頭さえ残せば問題ないと思ったのだろう。

 あくまで連中の目的は生け捕りと言う事か。


 嘆息。

 思考を切り替えて、頭の中でグルグルとさっきの戦いを反芻していたが、今一つ勝てるヴィジョンが出てこない。

 そもそも攻撃がまともに防げていないのが問題だ。 


 突破口としては持久戦かな?

 実際、魔法を数発ぶっ放すだけで体の方がボロボロになっていた。

 あの様子なら十発も撃たない内に体の方が潰れるだろうが、もっとも撃ち切る前に俺の方が保たんだろう。


 それにしても――妙だな。

 追ってこない。

 しつこく追手を差し向けてくる物かとも思ったが、領域を出た後も警戒はしているが気配がないな。


 どう言う訳か連中、自分のテリトリーからは出てこない。

 それとも出られない理由でもあるのか?

 気にはなるが先にやる事をやろう。


 差し当たっては、あのゴリラ共を喰って回復するとしよう。





 ――話は分かりました。ご無事で本当に何よりです。


 ――あぁ、まったく酷い目にあった。


 俺はゴリベリンゲイの死体の山に座ってファティマと話をしていた。

 連中のテリトリーに堂々と入って適当に広い場所で待ち構え、襲って来た連中を残らず返り討ちにして喰った。

 連中、一対一でしか来ないので対処に慣れればただのカモだ。

 お陰で随分と回復できた。


 今は襲撃が途切れたので空いた時間を使って、こうしてファティマに経過を報告中と言う訳だ。

 

 ――では今後は?


 ――そちらに一度戻るつもりだ。そこで戦力を揃えて侵攻だな。


 結果的に藪蛇になってしまったのは痛恨の極みだが、見つかってしまった物は仕方がない。

 放置する事も考えたが、あの様子だと簡単に諦める気はなさそうだ。

 あの手の輩はしつこそうだからな。


 仕留めて後顧の憂いは絶っておこう。

 

 ――アブドーラの復讐とやらに乗っかる。数日で戻るからそのつもりでいてくれ。


 ――分かりました。では、そのように準備を進めておきます。


 ――客が来たからそろそろ切るぞ。準備の方は頼んだ。


 返事を待たずに<交信>を切る。

 

 ……ようやくおでましか。


 近くで死骸を漁っていたサベージが喰うのを止めて身構える。

 現れたのは無数のゴリベリンゲイに――一匹だけ色違いででかい奴が居た。

 ゴリグラウアー。


 ゴリベリンゲイのボスにして上位種。

 大きな違いは体毛と図体だ。

 他が灰色に対して、こいつは銀。体も一回り程でかい。


 俺は銀のゴリラに向かってかかって来いと指を曲げて挑発する。

 ゴリグラウアーは俺の意図を正確に理解したようで、怒りを滲ませて派手に足音を立てて向かって来た。


 それを見ながら、取りあえずこいつは連れて帰るか。

 等と考えていた。

 確かに強そうではあるが、あの天使に比べるとかなり見劣りする。 


 別に舐めている訳ではないが、あまり警戒心が湧き上がらないのだ。

 さっさと片づけてオラトリアムへ戻るとしよう。

 雄たけびを上げて突っ込んで来たボス猿を見ながらぼんやりとそう考えていた。

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