第139話 「和平」
ディランは倒れたラディーブに剣先を突き付ける。
言葉には出さないが暗に「まだ続けるか?」と問う。
ラディーブは血を流しながらディランを睨み付けるが、切断された腕からの出血の所為か顔色は悪い。
その後ろで控えているオーク共は酷く動揺している。
当然だ、目の前で一番強い筈の大将がやられたんだ。
士気もガタ落ちだろう。
このまま投降してくれれば手間が省けていいんだが、あの連中にそれを期待するのは……。
『王をお助けしろ!!』
『奴らを殺してしまえ!』
『数ならこちらが上だ!』
……まぁ、こうなるだろうな。
一部のオークが威勢の良い事を言うと、それに引っ張られて他の連中が雄たけびを上げながら突っ込んで来た。
逃げるかな?とも思ったが、よく考えるとこいつ等に逃げる場所なんてない。
この先は連中の住処で、ここまで踏み込まれた時点で連中にとっては背水の陣だ。
逃げると言う選択肢が選べないのだろう。
その反応も読めていたのかディランに動揺の色はない。
奴は小さく頷くと傍で控えていたシュリガーラ達が即座に寄ってきて、ラディーブを回収してこちらに運んで来た。
それと入れ替わるようにジェヴォーダンに跨ったライリーを先頭にこちらの軍勢が突っ込んでいく。
敵の軍勢に向かう表情は愉悦に歪んでいる。
蹂躙するのが楽しくて堪らないのだろう。
ディランとラディーブを回収した連中が俺の所に来たのは俺の護衛を残して全員が突撃し終わった後だった。
目の前で横たわるラディーブは死にかけている。
運搬中も暴れたらしく、シュリガーラに動けなくなる程度に痛めつけられたようだ。
顔面が変形している。
息はしているので問題はないだろう。
取りあえず耳に指をつっこんで根を伸ばしていつも通りに乗っ取る。
さーて、王なんだから使える情報が入っているとありがたいんだが…。
ラディーブの体を見る。息が細くなってきた。
……これはほっといたら死ぬな。少し急ごう。
連れてきた連中を一瞥。
やり過ぎだ。次回からは少し加減しろ。
根を植え付けた後は修理だな。
「腕」
そう言って手を出すと、シュリガーラが拾ってきたラディーブの腕を差し出す。
受け取った腕を繋げて、内部の修復を開始。
しばらくすると顔色も戻って来た。
記憶も引き抜いて中を検めようとした所で、控えていたトラストが剣に手をかけて前に出る。
俺も遅れて気が付いた。
シュリガーラ達も各々武器を構えて唸り声を上げる。
居るな。
数は……十って所か。
「出てきたらどうだ?」
俺がそう言うと岩陰から五体ほどのゴブリンが出て来た。
全員武器を持っていたが足元に放り出すと両手を上げて戦意がないとアピール。
その行動に俺は眉を顰める。
トラストも俺に判断を仰ぐようにこっちを見て来た。
「何か用かな?」
俺がそう言うとゴブリン達は俺、ディラン、トラストを順番に見て俺の方へ視線を固定。
「我々ハ、ゴブリンの王。アブドーラ様ノ命で来ましタ。戦う気ハありまセン。どうか話だけでも聞いて頂けないでしょうカ?」
代表のゴブリンが人間の言葉でそう言って来た。
ちょっと違和感あるけど、随分と流暢だ。
それにしても…。
……話がしたいねぇ……。
まぁ、どの程度本気か確かめるか。
「なるほど。ちなみに君達で全員か?」
ゴブリン達は一瞬息を呑むと話しかけて来たゴブリンがヒュっと口笛を吹く。
するとさっきの岩陰から残りの連中がぞろぞろと顔を出した。
その連中も武器を足元に置いてから他の連中の近くに寄る。
伏兵を晒したと言う事は本気で戦りあう気は無いって事か?
まぁいい。
ラディーブの方はもう問題なさそうだな。
俺はラディーブの耳から指を引っこ抜くと腹の上に腰を下ろす。
「コレで全員でス」
「結構。それで?要件を聞こうか?」
代表ゴブリンが少し前に出る。
「我々ハ和平の申し出に来ました」
和平?降伏の間違いじゃないのか?
正直、不利になったから引き分けにしようぜと言っているとしか思えんな。
「それを受け入れてこちらに何か得でもあるのかな?」
「……つきマシてはあなた方ノ代表との話し合いの場を設けたいと我が王は望んでおられマス」
話し合いね。
「先に確認したい。それはゴブリンだけの意見か?」
「その通りデス。我等ハあくまでゴブリンノ使者として来まシタ。もし、この話を受ケテ頂ける場合は場所を指定して頂けるのでアレバどこへでも出向くと王は言っておられマス」
随分と下手に出るな。
どこへでも出向くと?
どうした物か。
俺は少し相談すると言ってその場を離れる。
少し離れた所でトラストやディランと話す振りをしてファティマに連絡を取った。
――ファティマ。
――ロートフェルト様!何か問題でもありましたか?
――少し変わった展開になってだな。意見が聞きたい。
俺はゴブリンの王からの申し出に付いて話すと、ファティマは悩むような声を出した。
――何とも言えませんね。来たのが使者で本人ではないと言うのが悩ましい所です。意図が分からない。普通に考えれば手打ちの相談なのでしょうが…。
――俺もそこが気になっている。呼び出して罠にかけるかとも思ったが場所はこっちに任せると言ってきている。
――確かに、罠にかける気は無さそうですね。こちらの果樹園を指定すれば奇襲などかけようもありませんし…。
そう言うと、ファティマが嘆息。
――……とは言っても、はっきり言って勝てる戦です。無視して力で押し切るのも手ではありますよ?
そうではあるが俺はこの戦いに余り魅力を感じていないので、受けてもいいと思っている。
長引かせずにさっさと片づけてエルフの森へ向かいたいのだ。
後は…好奇心だ。ゴブリンの王とやらが何をしてくるかに興味がある。
――私としてはどちらでも構いません。現場の判断にお任せします。
――分かった。俺としては受ける方向で行きたいと思う。構わんな?
――分かりました。では、私は場所を用意しておきます。
その後、二、三簡単な打ち合わせを済ませて交信を切る。
周りの連中にもファティマとの話を簡単に伝えて、ゴブリンの所へ戻った。
「待たせたね」
「イえ……」
「さっきの話だが、受けようと思う。決まり次第、連絡するとしよう。そちらとの連絡手段は?」
「コチラを」
そう言って、ゴブリンは通信用の魔石を差し出してくる。
受け取って懐にしまう。
「日取りは早めに決めるとしよう。じゃあ君達は帰っていいよ」
俺がそう言うとゴブリン達はほっとした表情を浮かべる。
念の為、釘は差しておくか。
「あぁ、最後に一つ。王に伝えておいてくれないかな?」
「なんでショウか?」
「舐めた真似はするなとだけ言っておいてくれ」
そう言って笑って見せるとゴブリン達は顔を引き攣らせて何度も頷いた後、「これで失礼します」と言って去って行った。
さて。
ゴブリン共を見送って戦場に視線を戻すと突っ込んだ連中が暴れまわっているのが見える。
どいつもこいつもやりたい放題だ。
ここからでもオーク共の悲鳴が聞こえてくる。
数が多いから時間がかかるかなとも思ったが、その心配もなさそうだ。
空を見上げる。
巨大な影が俺達の頭上をいくつか通り過ぎて行く。
その正体は複数のコンガマトーに運ばれている植竜だ。
空から来た連中はゆっくりとオークの軍勢の頭上を通過してその背後に植竜を投下。
増援の運搬作業でコンガマトーを貸し出していたが、まさかこんな大物とは思わなかった。
植竜の数は5。コンガマトー四体で一体を運んでいたようだ。
落ちて来た植竜達は豪快に吼えながらブレスを吐き出しつつオークの軍勢を背後から喰い散らかす。
いきなり総大将がやられて戦意が落ちまくっているオークは一溜りもなかった。
陣形は完全に崩れており、あそこまで行くと立て直すのは難しいだろう。
一応、使えそうな奴は回収するように言って置いたがまともな状態で俺の所に来るのかな?
時間はかかりはしたが、終わってみれば呆気ない戦いだった。
比較的動きの良かった者は戦闘不能になるまで痛めつけて拘束。
降伏した者は「一人でも抵抗すれば皆殺しにする」と言い含んで固めてある。
現在は死体と戦利品の回収作業中だ。
俺は特に何もせずにぼーっと作業を眺める。
洗脳を施したラディーブとディランが先頭に立って作業の指示を出しているのが見えた。
生き残りは豹変したラディーブを見て絶句しているが、散々痛めつけられたお陰で反発する気力もないようだ。
五、六千は居たオークの軍勢も死亡六割以上残りは漏れなく重軽傷と無傷の奴がほぼいないと言う凄まじい結果で終わった。
こちらも敵と同数近く用意していたゾンビを4割以上失っているので、楽勝とは行かなかった。
まぁ、俺は見てるだけで何もしてないけどな!
取りあえずオークは片付いた。
後は残りの三種の始末が付いたら、森へ向かうとしよう。
戦後の後始末を押し付けて俺はまた気ままに一人旅だ。
……いや。
近くでオークの死体を貪っているサベージを見る。
そう言えばこいつが居たが――俺が作った畜生だし、実質一人だな。
それとシュリガーラ達の性能テストだが、思った以上にいい感じだった。
まずはシュリガーラ。
鼻が利くから獲物を見つけるのが早く、感覚も鋭いから危機に聡い。
悪魔の足で速度を上げさせたのもいい具合に作用しており、バランスが取れている。
部位を「目」と「足」に絞ったのも良かった。
使用には結構な量の魔力を消耗するので悪魔由来のパーツは最小限に。
目は「盲目の魔眼」と言う相手の視界を奪う目だ。
アレを使って攻撃の直前に相手の視界を潰して機先を制する事が出来る。
その威力はゴブリン共が身をもって教えてくれた。
欠点は鼻が利きすぎる事だが、今の所は気にしなくても良かろう。
次にジェヴォーダン。
シュリガーラを乗せての機動性は大した物で、さっきの戦いでも一気に間合いを潰し、敵が身構える前に襲いかかっていた。
当然だが部位の移植も行っており、そのお陰で一度に数回だが、空中を蹴る事が出来る。
今回の戦闘では使わなかったが喉に細工がしてあり、口から可燃性の液体を吐き出す事が出来、奥歯を擦り合わせる事で点火。火を吐く事が出来る。
味方を巻き込むから使用を控えたようだが、具合を見たいから今度は使って欲しい物だ。
こちらは欠点らしい欠点は見当たらないが、強いて挙げるならサイズの所為で小回りが利かない事ぐらいか?
最後にコンガマトー。
航空戦力としては優秀な火力と耐久力、何より制空権を抑えられるのは素晴らしい。
欠点としては連中は羽ばたきだけで飛んでいる訳ではなく、魔法と併用する事で重力を振り切っているので、見た目以上にスタミナがない。
ある程度飛ばしたら休ませる必要が出てくる。
植竜の空輸も休みながらだったので、到着が遅れてしまったらしい。
一応、容量は多めになるように作ったつもりではあるが、あのサイズではこれが限界のようだ。
やはり強いパーツの寄せ集めより必要なのはバランスだ。
俺はバランス、バランスと口の中でモゴモゴと呟き、その後も思索に耽った。
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