第137話 「会議」

 シュドラス城。

 ここはその一角にある部屋の1つだ。

 豪華な調度品に掃除が行き届き、清潔に保たれた部屋。


 その部屋の中央に巨大なテーブル。

 囲むように並んでいる椅子は四つが埋まっている。

 座っているのはゴブリン、オーク、トロール、ドワーフの四種族、その代表だ。


 ゴブリンの王――アブドーラ。

 普通のゴブリンより二回りは大きい体に魔力付与がかかった鈍色の鎧と、高級そうな所々に魔石を縫い付けている真っ赤なマント。


 目は半開きで気怠い雰囲気を醸し出している。


 トロールの王――アジード。

 この場に居る四名の中で最も大きく、最も強靭な肉体を持つその男は魔物の皮で作った鎧とマカナと呼ばれる魔石を大量に埋め込んだ特殊な棍棒を腰に帯びている。


 その表情は獰猛であるが瞳には確かに知性の輝きが宿っており、他の王達の動きを注意深く見ていた。


 オークの王――ラディーブ。

 アジードほどではないが他と比べれば巨大な体躯に、黄色い全身鎧。

 腰には巨大な斧が二挺ほどぶら下がっている。


 彼はイライラと歯軋りを繰り返しながら足を小刻みに動かしていた。


 ドワーフの代表――ベドジフ。

 種族特有の低身長ではあるが、良く鍛えられた肉体は他に引けは取らない。

 こちらは特に武装しておらず、代わりに頑丈そうな鎧のみを身に着けている。


 蓄えた髭をさすりながら、話が始まるのを待っていた。



 「ふー。じゃあ、始めるとするか。他にできる者も居ないようだし俺が代表で話す」


 最初に口を開いたのはアブドーラだった。

 他も異論はないのか何も言わない。

 アブドーラは一つ頷くと話を続ける。


 「まずは簡単な話から始めるか。ベドジフ。武具の供給に問題ないか?」

 「うむ。素材の提供を受けておるから作る分には問題ないが、供給が追い付かん。今の所は足りてはいるが、これ以上続くとしんどい。お前達、もっと大事に使ってくれんか?」


 ベドジフは髭を触りながら答えるが、その表情は苦い。


 「大事には使っている。持ち出した連中。悉く殺されて奪われてる。大事もない」

 

 そう言って肩を竦めたのはアジードだ。

 

 「そんな事はいい!我等の領域まで連中は入り込んでいるのだぞ!下らん話をしている暇があるなら連中を始末する案でも出したらどうだ!」


 テーブルに拳を叩きつけて声を荒げるのはラディーブだ。

 

 「ふー……。気持ちは分からんでもないが、ここは喚き散らす場ではない。冷静に話せんなら帰ったらどうだ?」


 言いながらアブドーラは「ふー」と息を吐きながら、出口を指差す。

 ラディーブは、拳を震わせたが無言で椅子に深く座り直した。 

 

 「続けるぞ。次は食料の供給に関してだ。こちらも今の所は問題ないが、武具同様、これ以上続くと厳しい。エルフ共が何人死のうが痛くも痒くもないが、一応は労働力なんでな。潰して肉にするのにも限度がある」


 アブドーラは「いい加減にケリをつけてしまいたい物だ」と付け加えた。


 「ふー……。次だが、ラディーブお待ちかねの議題だ。連中に関して分かった事はあるか?対処法でもいい」

 「ワシ等は前に出んから何とも言えんな。むしろこっちが教えて欲しいぐらいだわい」

 

 ベドジフは肩を竦める。


 「……前線から戻った者からの報告。要領を得ん。はっきりしている。植物を使って死者を操っているらしい。それだけだ。それ以上、俺、知らん」

 「そうだ!そのお陰で俺の同胞たちは連中の尖兵となっているんだぞ!」

 

 淡々と語るアジードに対し終始苛立っているラディーブ。

 アブドーラはふうと息を吐く。


 「目新しい物はなしか。ふー……今までで分かった事を整理するぞ。まず、事の起こりは荒野の一部が森に変わった事だ。そこへノコノコ踏み込んだ連中が殺された上に乗っ取られてこちらへ攻め込んで来た所でこちらも異変に気が付いた」


 アブドーラは「ふぅ」と息を吐く。


 「最初はそう言う森なのかとも思ったが、死んだ連中に混ざって人間が攻めてくるようになった所で人間共が裏で糸を引いている事が分かった。どうやってあの植物共を操っているのかは見当もつかんが、死んだ連中は今も数を増やしてこちらに向かってきている」


 他の三人は口を挟まない。

 アブドーラは続ける。


 「……と。はっきりしている情報はこれだけ。後は敵の大雑把な構成ぐらいか?要するに攻めて来ていること以外はさっぱり分からん」

 

 はははとアブドーラはお手上げとばかりに笑う。

 ラディーブは再びテーブルに拳を叩きつける。


 「笑い事ではない!それを何とかする為にここに集っているのだろうが!」

 「ふー……。とは言ってもなラディーブよ。俺には連中が何の目的で攻めて来ているのかがさっぱり分からん。その辺が分かれば交渉に持ち込むこともできるが……」

 「そう言えば試しに和平の使者を送ったんだったか?」

 

 アブドーラはアジードの方を見て息を吐く。


 「何だ知って居たのか? ふー……随分前に物は試しと送ってみたが、体中から怪しげな草を生やして帰って来たぞ。その時点で向こうに交渉する気は無いと悟った」

 「なんじゃ。そんな事もやっとったのか?ワシ等にもその辺は教えておいてくれると助かるのぅ」

 「結局、連中は交渉の席に着く気は無いと言う事だろうが!ならば力でねじ伏せるのみよ!今こそ俺達の力を結集して奴らを捻じ伏せるのだ!!」


 鼻息荒く立ち上がるラディーブ。

 それを他の三者は白けた目で見る。

 アブドーラは溜息を吐く。


 「ふー……。ラディーブよ。はっきり言おう、このまま行けば我等は負ける」

 「なっ!?何を言うのだ!確かに厳しい相手ではあるが全軍で当たれば……」

 「その手の科白を吐き続けてここまで押されたんだろう?」


 アブドーラはどうしてこのオークはこう毎回、同じような事ばかり言うのだろうかと内心で首を傾げる。

 種族的には自分達と同等以上に賢いはずのオークがここまで突撃一辺倒とは…。

 トロールのアジードですらまともに物を考えていると言うのにこいつと来たら…うむ、切ろう。


 アジードは既にラディーブに見切りをつけており、彼の言葉を完全に聞き流していた。

 アブドーラとベドジフはまだ組むに値する相手なので、話は聞く事にしている。

 

 ベドジフは表面上、余裕の態度を崩していないが、内心ではそろそろここの連中と組むのは危険と考えていた。

 自分達以外がいくら死のうが知った事ではないが、巻き込まれるのは困る。

 どうにかしてあの連中と交渉しなければと思っているが、窓口が見つからないので焦りを感じ始めていた。


 アブドーラの送った使者とやらも恐らくは会話が成立する相手を見つけられなかっただけだろうと見当をつけており、何とか取り入らねばと考えていた。


 ラディーブは自分の縄張りを荒らす連中を一刻も早く排除したいとしか考えていないので、他の三人が何を考えているかなどと推し量る余裕は全くなく、下らない事を言ってないでさっさと増援を寄越せと苛立ちを募らせている。

 

 「それは単に連中の力を俺達が侮っていたからだ!今の俺達に驕りはない!だからこそすべての力を結集してだな……」

 

 尚も言い募るラディーブに他の全員が一斉に溜息を吐いた。


 「ふー……。ラディーブよ。悪い事は言わん。防備を固めて時間を稼げ。その間に、連中の情報を集めて弱点なりを探した方がいい」

 「日和ったかアブドーラ!こうしている間にも連中は俺達の領土を踏み荒らしているのだぞ!」


 俺達じゃなくてお前の領土だろと他の全員が思ったが誰も指摘しなかった。

 

 「何の為の同盟だ!そもそもは外敵の排除の名目で組んだと言うのに、お前等は何だ!情報がどうとか、くだらん話し合いばかりで何も進まんではないか!」

 「この話し合いはくだらんか?」


 アブドーラはいつもの調子でそう言うが視線は冷え切っていた。

 だが、そこに気が付かなかったラディーブは当然だと言い切る。

 それを見て、アブドーラは「そうかそうか」と頷く。


 「ふー……お前の言いたい事は良く分かった。お望み通り兵をくれてやろう」

 「そうだ。こちらから。出そう」

 「武具も優先で支給してやる」


 急に掌を返した三者にラディーブは驚いたがすぐに笑みを浮かべる。


 「わ、分かればいいんだ!では決戦の場所だが……」

 「オークの都でいいだろう」

 「そう。だな」

 「妥当な所だ」

 「……な!?何故、俺の都で……」

 

 困惑するラディーブにアブドーラは息を吐く。


 「当然だろう?今、連中がいる場所は狭い。数を活かすには野戦に持ち込む必要がある。あの辺りでそれが出来そうな所はお前の都しかない」

 「決まりだの。武具類はそちらに運ばせておく」

 「損耗は避けたい。適当に相手をして。誘い込め」


 そう言うとベドジフとアジード席を立って退出した。

 

 「ふー……そう言う訳だ。さっさと帰って指示を出せ」

 「貴様……」

 「何だ?望みどおりにしてやったのだぞ?何が不満なんだ?」

 「俺の都が戦火に晒されるのだぞ!」

 「だったら今すぐ代案を出せ。ないならさっさと準備にかかったらどうだ?」


 ラディーブは何か言おうと口を動かしたが言葉にならず、舌打ちしてその場を後にした。


 「ふー……」


 アブドーラ息を吐いては背もたれに深くもたれかかる。

 ラディーブには困った物だが上手い事、連中の主力を抑えて貰わねばならない。

 その隙に何とか話が通じる者に渡りを付けなければ。


 主力が奥地まで入って来るなら連中の指揮官も前に出て来るかもしれない。

 その際に何とか接触しなければ…。


 他の二人も似たような事を考えているのは察しが付いた。

 だからこそ他より先んじて接触せねばならない。

 この戦いは負ける。


 こちらは四種族が手を結んでいるので、兵力としてはかなりの規模だ。

 だが、対する相手はこちらの死者を兵力として利用できる以上、こちらの兵が倒れれば倒れるほど戦力を補充できるのだ。


 大本を絶つ手段が分かるなら希望もあるが、それも望み薄だ。

 なら、こちらの傷が浅くなるように向こうとの講和に賭けるしか選択肢がない。

 かなり吹っかけられる可能性は高いが、だからこそ最初に降る必要があるのだ。


 他の連中の情報などを売り渡せばある程度の譲歩は引き出せるはず。

 他の三種族より浅い傷でこの戦を切り抜けられる。

 アブドーラは拳を強く握りしめた。


 ラディーブの言う通りに最悪、打ち破らざるを得ないかもしれん。

 そうなればティアドラスの総ては逆に圧殺され、自分は死ぬだろう。


 死ぬにしてもまだ早い。

 せめてエルフを――玉座で王を名乗る裏切り者の処分だけは命に代えても……。

 アブドーラは息を深く吐いた後、その場を後にした。

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