第120話 「人間」

 左、右と打ち込んで、大きく開いて正面から鋏む。

 バケツ頭は危なげなく左右の打ち込みをいなして、後ろに跳んで躱す。

 お返しとばかりにハンマーでの打ち下ろし。


 左腕の百足を固めて受ける。

 衝撃。装甲が大きく陥没して欠片が飛び散った。

 まともに受けるのは止めといたほういいな。


 外殻も弄って硬度をかなり上げているはずなんだが、どうみてもただのハンマーじゃない。

 流石は聖堂騎士の専用装備。並じゃないな。

 左腕を操作して押し返す。


 バケツ頭は逆らわずに数歩下がり、今度は体ごと回転させてハンマーを打ち込んでくる。

 見た感じ、ヤバいのはハンマーのヘッド部分であって柄はそこまでじゃなさそうだ。

 俺は逆に踏み込んでヘッド部分ではなく柄に当たりに行く。

 

 腕で柄の部分をガード。

 俺は鎧を掴むと背に乗せるように背負い投げ。

 

 「ちょっ!?マジか!」


 それが素なのかバケツ頭は驚いた声を上げる。

 地面に叩きつけた。


 「か……」


 息が漏れる。

 俺はクラブ・モンスターを大きく開いてバケツ頭の腕と胴体を思いっきり鋏む。

 そのまま力を込めるが、流石に硬く、砕くどころか傷もつかない。


 まぁ、想定内だけどな。


 「無駄だ!この鎧に――」


 ツインヘッダを展開。

 まさか早速このギミックの出番があるとは思わなかった。

 

 「――そんな攻――」


 起動。

 凄まじい唸り声を上げてギミックが回転し、鎧との間に火花を散らす。

 俺は腕に力を込めて思いっきり鋏む。


 「な、何だその武器は!?」


 バケツ頭は腕を動かして何とか拘束を解こうとしているが、この体勢でそう簡単に剥がせると思うなよ。

 ガリガリと耳障りな音と共に火花と鎧の欠片らしきものが飛び散る。

 

 ……よし、このまま削り切れるか?


 そう思ったが無理そうだ。

 バケツ頭はジリジリと身を起こし腕力で鋏を強引に開き始めている。

 純粋な腕力に差があるとは感じていたが、ここまでなのか?


 上体を完全に起こすと立ち上がろうと足を動かしているがそうはさせない。

 左腕の百足を嗾ける。

 百足は喰らいつこうと襲いかかるがバケツ頭は足の攻撃や噛み付きを物ともせずに立ち上がった。


 ……なら。


 俺は狙いを変えた。

 それと同時に俺の腹にバケツ頭の蹴りが入り吹き飛ばされる。

 吹き飛ばされながらも俺の左腕の百足は兜のスリットに足を引っ掻けてそのまま引き剥がす。

 

 バケツそっくりの兜が宙に舞う。

 

 「くっ」


 露わになった顔は黒いつるっとした頭に特徴的な大顎を持つ…蟻だった。

 今度は蟻か。条件を考えるとやはり虫系が多い。

 ってか頭でかいな。そりゃバケツじゃなきゃ入らない訳だ。


 視線をクラブ・モンスターに向けると、ツインヘッダに亀裂が入りボロボロになっている。

 おいおい。甲殻持ちの巨大魔物を削り殺せるってキャッチコピーはどうなったんだ。

 対するバケツ頭の鎧も腕の部分が完全に破損しており光沢のある黒い肌が覗いている。


 まぁ、一部とは言え鎧を剥がせたので良しとするか。

 ギミックをニッパーに変更。痛んだツインヘッダが引っ込んで刃が現れる。

 今なら腕ぐらいは千切れそうだ。

 

 ガチガチと威嚇するように何度か開閉する。


 「それは鋏――いや、機械?なのか?」


 バケツ頭――もう、兜ないから蟻野郎でいいな。

 奴は確かめるようにそう呟くと、使い物にならなくなった鎧の腕部分を投げ捨てて両手でハンマーを構え直す。

 剥き出しになった手は頭と同じく光沢のある黒で、鎧を連想させるような形をしている。


 ……その割には形自体はしっかり人型なんだよな――指も五本あるし。


 顔を見る前なら鎧の下に鎧を着けてるようにも見える。


 「頼む、せめて話だけでも聞いてくれ!どうして何も話してくれないんだ!理由があるなら教えてくれ必ず力になるから……」


 しつこいな。

 俺はやや大げさに溜息を吐くとクラブ・モンスターを肩に担ぐ。

 

 「逆に聞こう。お前は使徒なんて呼ばれている化け物を集めて何をしたい? 人外の互助会でも作るとでも?」 


 皆で労力を出し合って明るい明日を?

 ははは。くだらねぇ。法律が強制力を発揮しない世界で助け合い程、胡散臭い物はないな。

 蟻野郎も構えを解いてハンマーを立てる。


 「違う!俺達は化け物じゃない!人間だ!」 

 「質問の答えになっていないな」

 

 蟻野郎は少し口ごもると小さく息を吐いてクールダウン。


 「俺達は異世界から落ちて来た人間を集めている」


 見りゃ分かるよ。


 「その目的は二つ。元の世界への帰還と元の姿に戻る事だ。今は難しいかもしれない。だが、グノーシスの人達や国の有力者達に力を貸してくれるよう約束を取り付けた!時間はかかるだろうが必ず帰れる!その為にも仲間が必要なんだ!その証拠に俺みたいな学生にも聖堂騎士なんて凄い肩書を与えてくれたんだ。だから――」

 「あぁ、もう言わなくていい」


 俺は手を翳して蟻野郎のどっかで聞いたような寒気のする熱弁をぶった切る。

 聞けば聞く程どうでもいい話だな。

 元の世界に戻る?何処に帰るの?既に死んでいるくせに何を言ってるんだ?

 元の姿?今のままで特に不自由はない。


 グノーシスや国の有力者の協力?体よく利用されているだけじゃねーか。

 仲間が必要?一緒にグノーシスの連中にカモられろと?冗談じゃない。 

 聖堂騎士の肩書?飴と鞭って知ってるか?

 

 そもそも俺はこの現状にそれなりにだが満足しているのでグノーシスに付く事に欠片も魅力を感じないな。

 色々あるが懇切丁寧に説明する必要はなさそうだ。


 「お前の話に何一つ魅力を感じんな。勧誘なら他を当たれ」


 それにしてもグノーシスも清廉潔白ですってポーズの割にはやっている事はえげつない。

 転生者に帰還や元の姿と言った餌をぶら下げて言う事を聞かせてるとはな。

 そもそも転生者は目の前の蟻野郎を見ても戦力としては優秀だ。


 みすみす手放すような事をする訳ないだろうが。

 そんな事にも気づいてないのか?使い潰されるのが落ちだろう。

 それともいざとなれば自分達の力を誇示すればいいとか考えてるのか?


 ……いくらなんでも甘すぎる。


 いくら力があったとしても人間の知恵と悪辣さはそれを上回るだろう。

 組織に属すると言う事を軽く考えすぎだ。


 結論。

 こいつは生理的に受け付けない。

 

 「な!?何故だ!?君も異世界から落ちて来たんだろう?帰りたいとは――」

 「話は終わりだ。構えろ」


 俺は再度、左腕を嗾ける。狙いは頭。

 蟻野郎は片手で器用にハンマーを回転させると、鈍い音がして百足が下からぶん殴られたかのように仰け反る。


 あのハンマーの能力なのは分かるが、何をされているのか今一つ理解できない。

 まぁ、対処されるのは分かり切っていたので気にせず間合いを詰める。

 クラブ・モンスターを開きながら突っ込む。


 蟻野郎は近づけまいとハンマーを横薙ぎに振るう。

 攻撃の正体は今一つ分からないが、分かった事もある。

 俺はハンマーを振ったラインを逆になぞるようにクラブ・モンスターを振った。


 何かに当たる。

 重たいがそこまでじゃない。充分に弾ける威力だ。

 思った通り、攻撃はハンマーの振ったラインの直線上に飛んで来た。


 感触から衝撃波の類じゃなくてちゃんとした硬さを持った物体だったな。

 ふむ。

 もうちょっとで分かりそうな気がする。


 蟻野郎はハンマーを更に回転させて掬い上げる様に振る。

 それも見た。 

 地面が爆ぜて土や焼けた家の廃材が飛んでくる。

 

 サイドステップで躱して、前に出て間合いを詰めながらクラブ・モンスターを開く。

 流石に警戒されていたようで、ハンマーを突きつけながら後ろに下がる。

 

 ……間合いを保つつもりか。

 

 遠距離で俺を削るつもり――いや、違うな。

 視界の端で俺が乗っ取った蝙蝠が一匹、蝙蝠女の超音波攻撃に頭を吹き飛ばされて墜落するのが見えた。

 あの女が自由になるまで時間を稼ぐ気か。

  

 俺と正面から戦りあうのは危険と判断したのか。

 慎重だな。もう少し直情的に動くものかと思ったが、戦闘に関しては堅実なタイプか。

 面倒な。


 これは時間をかけてられんな。

 俺は右腕の袖を捲り上げると、剥き出しになった腕に目を付ける。

 数は三。それぞれ制止、盲目、重力と三種の魔眼に加工。


 あの鎧が魔眼に対する耐性を備えている可能性もあるので、取りあえず三種類全部喰らわせることにした。

 一つでもかかれば御の字だな。

 さて――……おや?これは……。


 周囲が急に明るくなりだした。

 空を見ると何やらぼんやりと光っている。

 何だろうかと考えて直ぐに答えが出た。


 ……そういえば大規模な魔法がどうのって言ってたか……。


 しまったな。完全に頭から抜けていた。

 

 「これは一体……」

 

 蟻野郎は呟きながらキョロキョロと周囲を見回す。

 蝙蝠女は目を見開いて驚いている。

 

 次いでどこからともなく鐘の音に似た音が響く。

 音に違いはあるが何だか悪魔が出て来た時に鳴った、何だったか……何とかサウンドに雰囲気が似てるな。

 

 「じょ、冗談じゃないわ!何でこんなタイミングで…」

 

 蝙蝠女は声を震わせながら呟くと脇目も振らずに飛び去って行った。

 どうやら、かなりヤバい魔法のようだな。

 俺も逃げよう。


 目の前の蟻野郎は外壁の方を見て何故か固まっている。

 何だか分からんが引き時か。

 それにしても王都に来てから何をやっても上手く行かんな、獲物を取り逃す。

 

 ……考えても仕方がない。


 仮面を外していない以上、完璧にバレた訳じゃない。

 リカバリは充分に効くだろう。


 俺もその場を離れる。蟻野郎は俺を完全に無視して外壁の方に視線を注いでいる。

 その反応に首を傾げながらも遠慮なく行かせてもらう事にした。


 距離を充分に取った所で走る。

 空の輝きは時間を立つにつれて増して行っていく。

 それに比例するように鐘の音もゴンゴンと激しさを増す。


 ……うるさいな。何だこの音は?


 妙に神経に障る音だ。

 長時間聞いて居たい音じゃないな。

 空の光を見た感じ、標的はこの貧民街だけで外壁の外は効果範囲外だろう。


 なら、さっさと壁を越えて出ると――。


 それは完全に不意打ちだった。

 地を蹴ろうとした足が空を切る。

 何だと足元を見ようとしたが、周囲がいきなり真っ暗になった。


 ……これは?


 何が起こったのか確認する間もなく、一瞬の浮遊感の後、落下する感覚と同時に俺はこの世界に来て始めて意識を失った。

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