第119話 「休戦」

 蝙蝠女の超音波攻撃がバケツ頭に命中するがこれと言った効果は上げられず、牽制にと繰り出している雑魚蝙蝠に至っては完全に無視されている。

 凄いな。引っかかれたりしてるけど傷1つ付いてないぞ。


 対するバケツ頭の攻撃もひらひら飛び回る蝙蝠女に当てられていないようだ。

 衝撃波の類かなとも思ったがどうも違うようだ。

 何だろうなー。


 俺はその様子を気絶したふりをしながらのんびりと眺めていたが、正直飽きて来たのでそろそろ割り込んでやろうかと考えていた。


 それにしてもグノーシスまで使徒を飼っているとは……いや、ダーザインと長い事戦っていたんだ、存在を知っていれば押さえておこうと考えるのは当然の流れか。 

 俺は両者の動きを観察しながら割り込むタイミングを窺っている。


 狙うのは当然、蝙蝠女だ。

 バケツ頭とは無理に敵対せずに適当な事を言ってお引き取り願おう。

 蝙蝠女の方は生かしておくと面倒そうだしな。


 よし。

 次に蝙蝠女が攻撃態勢に入った所で割り込むか。

 一撃で首を落とそう。


 割り込んだらバケツ頭が鬱陶しく絡んでくるだろうが、俺は日本語分からない事になっているので連中の事情なんぞ知らん。

 オー、ワタシニホンゴワカリマセン。


 左腕をゆっくりと動かして狙いを定める。

 バケツ頭、もっと攻撃を緩めてくれないかな?降りて来ないじゃないか。

 正直、相討ちになってどっちも死んでくれれば言う事なかったんだがこれは終わらんな。


 蝙蝠女は上へ下へと飛び回り中々いい位置に来ずにバケツ頭はここぞとばかりにハンマーを振り回して謎の遠距離攻撃をドカドカ撃ち込んでいる。

 流石にやられっぱなしに苛立ったのか、蝙蝠女は反撃したそうな素振を見せ始めた。


 ……そろそろか。


 来い来いと念じていると射程に入…。


 『おい!そっちはどうなってる!?』


 耳に突っ込んだ魔石からヴェルテクスの声が響いて、鼓膜を直撃。

 何だ?今、忙しいんだが――あ、蝙蝠女が射程から外れた。

 俺は内心で溜息を吐くと魔法で音が漏れないようにしてから応答する。


 「今、戦闘中だ。つまらん用なら後にしてくれないか?」


 本当は観戦中だけど。


 『まだ生きてるようだな。使徒はもういい。さっさとその場を離れろ』


 ……何?


 「何があった?」

 『この国の上が大規模な魔法をぶっ放す準備を始めた。巻き込まれない内に離れろ』


 こいつがわざわざ逃げろと言うぐらいだ。シャレにならん威力なんだろう。

 それにしても、ここでそんな派手な物を使うのか?貧民街とは言えお膝元だろ?

 その上、グノーシスと底辺とは言え、自国の騎士も巻き添えか。


 随分と思い切った事をする。

 特に聖騎士共は巻き込むと面倒――いや、この様子だと根回しは済んでるか。

 なら、こんな所に用はないな。


 さっさと引き上げるとしよう。

 どうか目の前のこいつ等が大規模な魔法とやらで纏めてくたばりますように。

 そう念じながらゆっくりと起き上がる。


 刺激しないようにそっと立ち去ろうとしたが、どうも連中は戦いながら俺の方にも意識を割いていたようだ。

 反応は早かった。


 「あら?ようやく起きたの?逃げようったってそうはいかないわ」

 「あんたは何者だ?見た所、ステファニーと敵対していたようだけど……」


 あぁ、おかしいとは思ったんだよなぁ。

 両方とも妙にダラダラやってるなと思ったらそう言う事かよ。

 攻めあぐねていると前向きに考えていたが、そうでもなかったか。


 両者の視線が突き刺さる。

 困ったな。どうした物か。

 俺は少し考えて……。

 

 「俺の事は気にするな。邪魔そうだし消える事にする。さ、遠慮なく続けてくれ」


 そう言って踵を返すが、蝙蝠女の超音波が足元に突き刺さる。

 やはり無理か。


 「逃がす訳ないでしょ?さ、その偽装を解いて顔を見せて頂戴?」

 

 嫌に決まってるだろうが。

 よし、なら手を変えよう。


 「俺は冒険者だ。その鎧から察するに聖堂騎士だな。その喋る化け物はダーザインと結託してこの王都に災いを齎そうとしている!協力して仕留めようでは……」

 「悪いが俺もあんたの正体が気になる。彼女と戦っていた理由も気になるが、こんな所に出てきてまで、正体を隠している時点で怪しすぎるんだよ。自覚がないのか?」 

 

 ……えぇー……。


 何故、俺が仮面を外さざるを得ない空気になってるんだよ。

 

 「すまない。訳あって正体は明かせないんだ。だが俺は……」

 「あたしは同類だと睨んでいるけど?」


 俺の薄っぺらい弁解は蝙蝠女にあっさりと潰された。

 バケツ頭は警戒したように身を固くする。

 蝙蝠女は薄笑いを浮かべているがいつでも動けるように身構えているようだ。


 「……もしそうなら、さっきの俺達の会話も理解していたことになるが、どうなんだ?」

 「……」


 何だか面倒になって来たな。

 時間もないし、冷静に考えればバケツ頭を無理してここで仕留める必要はない。

 なら無視して蝙蝠女を殺して逃げるとするか。


 「おい、黙っていたら分からな――」


 よし。殺そう。

 ちと遠いが充分射程内だ。 


 「分かった俺は――」


 言いながらさり気ない仕草で左腕を持ち上げる。

 気付いてないな。

 殺すのは勿体ないが、余裕がないので頭を砕かせて貰う。

 

 俺の攻撃は蝙蝠女の頭を捉え――。

 

 「どういうつもりだ?」


 ――る前にバケツ頭に掴まれた。

 弾かれるぐらいは視野に入れていたが掴まれるとは予想外だ。

 傍から見た感じ、バケツ頭は手を伸ばして何か握っているように見えないが、しっかりと左腕を掴まれていた。


 「魔法――いや、擬態能力か。ならこれでどうだ」


 バケツ頭はハンマーのヘッド部分を地面に打ち付けると地面が爆ぜて土や砂が降り注ぐ。

 あぁ、これはバレたか。

 俺の左腕から伸びた物に降りかかり正体が明らかになる。


 「う……」

 「何よコレ」


 土を引っ被ったお陰で斑ではあるが姿を晒してしまったな。

 体から離れると仮面の効果は働かないようだ。

 俺の左腕に仕込んだ武器の正体は腕から生えている百足だ。

 名称は「生体融合式マニュピレータ ザ・ヒューマン・センチピード」


 元は首途が生み出した魔物らしいが、移植可能なように改造したらしい。

 あのおっさんが研究していた武器の理想形で、百足と人体の一部を融合させて手足とする生体兵器。

 上手く行けば文字通り人器一体となるらしいが、成功例は俺だけと言う困った代物だ。


 ……あのおっさん。こんな代物を笑顔で勧めて来るんだから充分イカれてやがる。


 まぁ、俺だから成功したともいえるがな。

 融合もクソも吸収して同化したから失敗のしようも無い。

 元々は単純に百足を鞭として扱うだけだったが、同化後に色々と手を加えて二回りほど大きくし、消化器官に外殻と迷彩能力を付与してとても扱いやすい武器に改造した。


 使わない時は、腕に巻き付いて防具に化けて居るが使用の際は透明化して相手に喰らいつく異形の武器と化した訳だ。

 

 「あんたは同類とみて間違いなさそうだな」


 え?……あ、しまった。

 こいつを見て俺を同類と判断したようだ。

 確かにこんな物を腕に付けて居たらそう思うのも無理はないか。


 ……あー。これは困った。


 「……で?正体が割れた以上、姿をごまかす必要はないんじゃない?」

 「そうだ!あんたも同じ日本人なんだろ?だったら話し合おう!事情を話してくれ!」


 さぁ、どうした物か。

 話し合いに応じて正体晒してお友達になりましょう?

 はっはっは。何が話し合いだ?反吐が出るぜ。

  

 この世界で不用意に情報晒すのは死に直結するので俺は他人を信じるなんて愚は冒さない。

 実際、ダーザインの連中は僅かな情報で今も俺にしつこくまとわりついて来る。

 それともあれか?仲間に引き入れて皆で同じ方向を見ましょう?


 それとも昔にくたばった古藤って男みたいに帰還を目指す?

 ……でそう言う理由の同調圧力って奴で俺を押し潰そうとするのか。

 突き上げるような不快感。


 またか。

 どうも最近、トラウマを刺激されると自制が効かない感情があふれ出す。 

 頭では分かっているんだがどうにもこういう押しつけがましい奴に対しての拒否反応が凄い。

 

 元々の俺はその手の同調圧力に心を折られた口だからな。

 ガキでも使える虐めの正当化に便利な大義名分だ。

 皆で一人を虐めればそれは虐めじゃなくて制裁だ!


 ……ははは。素晴らしい。正に社会の縮図だな。


 気にしてはいないつもりだが、我ながら根深い。

 お陰で気が付けばバケツ頭の胴体に蹴りを叩き込んで吹っ飛ばしていた。


 「ぐ、あんた何で――」


 流石に見た目通り硬いな。

 ダメージが通った感じがしない。

 バケツ頭が戸惑った声を出すが、知った事じゃないな。

 

 まぁ、こうなってしまった物は仕方がない。

 纏めてぶち殺そう。隠す必要もないので左腕を開放する。

 俺の腕と同じ太さだったが、バキバキと嫌な音を立てて数倍に肥大化し、足が伸びて凶悪な形になった。


 もう俺の一部だからな。

 この程度の変異はお手の物だ。

 結果的に正体がバレてしまったのは痛恨の極みだったが……。

 

 「くっ。何故だ!?せめて話だけでも――」


 そういうのいいから死んでくれ。

 左手の百足を操りながら、右手でクラブ・モンスターを振り回す。

 片手が塞がっているからやり辛い。


 まぁ、殴る分には問題ないか。

 左腕を蝙蝠女に嗾け、クラブ・モンスターでバケツ頭に殴りかかる。

 バケツ頭はハンマーで打ち返す。


 手応えから膂力はこちらが片手と言う事を差し引いても向こうが上か。

 

 「ねぇ?今は休戦しない?彼、私達を殺す気みたいだし。話の続きは彼を大人しくさせてからの方が良くないかしら?」

 「……分かった。まずは彼を取り押さえる」


 困ったな。完全に二対一の構図が出来上がってしまった。

 まぁ、何とかなるか。

 伏せていた手札・・・・・・・も残っているし、この方が分かりやすいから精神的には気楽だ。


 俺は両手でクラブ・モンスターを構え、全力でバケツ頭に打ち込む。 

   

 「くっ」


 バケツ頭は少し焦りながら上手い事、俺の攻撃を防ぎ続ける。

 

 「私を無視しないでくれるかしら?」


 上から蝙蝠女が襲ってくるが、俺は特に反応せずに命じる・・・


 ――殺せ。


 地面に転がっていた複数の魔物カイロプテラが一斉に起き上がると蝙蝠女に襲いかかった。

 

 「な!?あなた達!?」


 引き剥がす時に乗っ取っておいた。

 奇襲に使えると思って伏せておいたが、使い所はここだろう。

 さーて、連中が勝てるとは思わんが時間ぐらいは稼いでくれるだろうし、俺はこっちに集中するか。

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