第117話 「異邦」

 まずは体に纏わりつくうっとおしい連中の掃除だな。

 仕込みを終えた俺はまずは足元に<爆発Ⅲ>を叩き込んで自分ごと、蝙蝠を吹っ飛ばす。

 再び土煙が舞うが、俺は煙から出て上を見る。

 

 蝙蝠女は相変わらずひらひらと飛び回っている。

 周りには人間サイズの蝙蝠――確かカイロプテラだったか?――が居た。 

 攻撃したいが、少し遠いか?俺は<火球Ⅱ>を複数起動。数は五。


 蝙蝠女目がけて連射。

 周りの蝙蝠には当たるが、肝心の蝙蝠女にはさっぱり当たらない。

 

 「ほらほら、早く何とかしないと死んじゃうわよぉ」


 超音波を次々と打ち込んでくる上に発射直後を狙おうにも、雑魚を繰り出して隙を潰している。

 こいつはこうやっていつも高い所から一方的に攻撃してるんだろうな。

 確かに大抵の奴はこうなると詰みだろう。


 ……飛べなければ。


 「降参するなら命だけは助け……なっ!?」


 俺は<飛行>で一気に飛ぶと、得意げに喋っている蝙蝠女の顔面に拳を叩き込む。

 

 「がっ」


 殴られた蝙蝠女は空中でバランスを崩すが羽ばたいて立て直そうとする。


 ……させないがな。


 俺はクラブ・モンスターを開いてギミックを起動。

 鋏の部分を刃に変更。要はニッパーだな。取りあえず下半身と泣き別れて貰うか。


 「このっ」


 蝙蝠女は挟まれる直前に羽ばたくのを止めて落下。

 鋏は耳の一部を切り落としただけで本体は無傷。 

 上手く躱したな。


 俺も魔法を解除して自由落下。

 蝙蝠女に後ろから取り付く。


 「っ!?離れ――」


 首をこっちに向けて口を開くが、そうはさせない。

 後頭部を掴んで振り向けないように固定。

 蝙蝠女は俺を背に張り付けたまま空中で体勢を整えようとしたが――。


 「重っ!?ちょっとあなたその武器、何キロあるのよ!?」


 さぁ?百キロは超えてると思うけど計ってないから知らんな。

 飛べないならさっさと落ちろ。

 

 「離れなさい!あなたもただじゃ――」


 衝撃。轟音。

 地面に叩きつけられた蝙蝠女は俺の下で骨があちこち圧し折れて血反吐を撒き散らした。

 

 「あ、ぎゃ……」


 俺も相応のダメージを受けているが問題ない。

 下敷きにした蝙蝠女が盾になってくれたお陰で比較的軽い。

 不自然な角度に曲がった羽――腕?まぁ、腕でいいか。


 掴んだ後、肩の辺りに足をかけて引き千切った。

 蝙蝠女が悲鳴を上げてのた打ち回る。

 うるさいな。


 キイキイと耳障りだったので、口に靴先を突っ込んで黙らせた。

 それにしても思ったよりすんなり片付いたな。

 もう二、三手用意してたんだが、無駄になったじゃないか。


 さーて。折角、生きてるんだ。

 記憶を頂くとするか。今回は致命傷を与えてないから行けると思うが……。 

 蝙蝠女の頭に手を伸ばそうとするとしたが、いきなり首の後ろ辺りが二ヵ所、裂けて内部が露出する。

 

 いや、裂けたんじゃなく開いたのか。

 中も肉と言うよりは魚のエラに近い物に見える。

 俺は身の危険を感じたので間合いを取ろうとしたが、口に突っ込んだ足が離れない。


 この野郎。噛み付いてたんじゃなくて俺の足を封じるのが目的か。

 直後、何か聞こえたと感じ、間髪入れずに全身に凄まじい衝撃が襲い掛かり体が吹っ飛んだ。

 漫画みたいに派手に吹っ飛んで、近くの焼けた家に突っ込んで止まった。


 「――。――!」


 顔を上げると蝙蝠女が何か言っているが鼓膜が破れているのでさっぱり聞こえない。

 治すから喋るの待ってくれ。

 よし、治った。続きをどうぞ。


 「―――かは分からないけど、あなた危ないわ。ここで殺しておいた方が良さそうね」


 割とどうでもいい事言ってるな。

 ダメージは――胃が破裂して全身の骨にひびが入ったぐらいか、軽症だな。

 喋っている間に蝙蝠女は俺が千切った腕を拾ってくっ付けていた。


 あぁ、生えてくる訳じゃないのか。切断部位は潰すか喰うかした方が良さそうだな。

 腕を元に戻した蝙蝠女は俺に近寄らずに微妙に距離を取ると、息を思いっきり吸い込んだ。

 脇腹の辺りに無数の切れ込みが入り、首筋と同じでエラみたいなのが左右で3つずつ開く。


 とどめを刺す気みたいだが、さっきの大技って要は超音波だろ?

 なら、防ぐ方――。


 「そこまでだ!」


 俺と蝙蝠女の間に誰かが飛び込んで来た。

 誰だよ――ってでかいな。

 割り込んで来た影は全身鎧と言う事を差し引いてもでかい。


 どう見ても三メートル近くはあるぞ。

 後、何か全体的に四角いな。兜とか何だそりゃ?バケツか?

 色は真っ白で、背中のマントにでかでかとグノーシスの紋章。


 形状はこれまたどう見ても「白の鎧」じゃないので、間違いなく聖堂騎士だろう。

 聖堂騎士はぶっ倒れたままの俺を振り返ってちらりと見ると、蝙蝠女に向き直る。


 「あんたがこの騒ぎの首謀者か?」

 「首謀者かどうかは知らないけど、カイロプテラを招いたのは私よ」

 「なら今すぐ止めさせてくれ。そうしてくれたなら騎士団は俺達グノーシスが何とかする。こんな争い誰も望んでいない。あんたなら分かるだろ!」


 蝙蝠女は器用に肩を竦める。

 どうでもいいがあのバケツ頭、蝙蝠女の姿を見て全く動じずに会話してるぞ。

 すごいメンタルだ。勇者かよ。


 「何を根拠に私なら分かると決めつけてるかは知らないけど、私達にはここでやらないといけない事があるの。だから止められない。話が終わったのならそこをどきなさい。私の目的はあなたの後ろで倒れている彼だけで、あなたには用はないの」

 「根拠ならある!俺達は同じ「異世界人」じゃないか!」

 

 蝙蝠女が息を呑んだ。

 

 ……何?


 流石に俺も驚いた。あのバケツ頭も使徒かよ。

 あぁ、もしかしてバケツを被っているのは、あの形じゃないと頭に入らないからか?

 

 『これで分かってくれるか?』


 バケツ頭の口から出てきたのは確かに日本語だった。

  

 『ええ。認めるわ。あなたは私達の同類。日本人みたいね』

 『だったら分かるだろ!?確かにここと向こうはルールが違う!だからって人が人の命を軽々しく奪っていい訳がない!』

 

 バケツ頭に蝙蝠女も日本語で応じる。


 『あら?郷に入っては郷に従えって聞いた事ないかしら?こっちは理由さえあれば殺人は許容される。なら殺しても問題ないでしょう?』

 『あんた!命を何だと思ってるんだ!』

 

 随分と白熱しているな。お陰で俺はすっかり蚊帳の外だ。

 

 『別に何とも。私が死ぬわけじゃないしね』

 『……話を聞く気は無いと取っても?』

 

 蝙蝠女は薄く笑う。

 バケツ頭は細く息を吐くと身を僅かに沈めた。


 『あんたを捕縛する。抵抗しないなら手荒な真似はしないが、そうじゃないなら力尽くで行く』

 

 背に差した武器を抜く。

 槍かと思ったが、長柄のハンマーだ。

 

 『聖堂騎士"異邦人エトランゼ"藤堂とうどう 将隆まさたかだ』

 『ステファニーよ』


 バケツ頭、名乗りが様になってるな。練習したの?

 後、エトランゼって何?

 ついでにあの女日本人だろ?何でステファニー?本名なのか?


 本名じゃないとしたら随分と図々しいな。女優かよ。

 それはさておき、あの二人戦い始めたな。

 俺どうしよう。


 ……まぁ、あれだ。ちょっと様子を見るか。


 起き上がらず、そのまま気絶したふりをする事にした。







 聖堂騎士が手に持った戦槌を振り上げながら、対峙する魔物に襲いかかる。

 

 『――。――――!』


 魔物は何か口走って両腕の翼を羽ばたかせて飛び上がる。

 両者の戦いをあたし――エリサは息を呑んで眺めていた。

 あの聖堂騎士はあたしを安全な所まで運ぶと、すぐに貧民街へ取って返す。


 助けて貰った所、悪いがあたしには行かないといけない場所がある。

 あたしは気付かれないように聖堂騎士の後に貧民街に戻った。

 あの男の行先は恐らくだが、この戦場の最奥だろう。

 

 城壁を抜ける為の隠し通路は貧民街の最も奥まった所にある以上、彼に付いて行くのが最善だ。

 身を隠しながら一定の距離を保って進んでいると、凄まじい音が響き渡る。

 あたしは咄嗟に耳を塞いで蹲ってしまった。


 聖堂騎士はその音に何かを感じたのか、聞こえて来た方向へ走り出す。

 慌ててあたしもそれに続き、途中何度も例の音が響いたが、耳を塞いでやり過ごした。

 しばらく進み、辿り着いたその先では…謎の魔物と忘れもしない忌々しい影――ローが居た。


 ローは近くの家の残骸に埋まるように倒れておりピクリとも動かない。

 距離があるのと例の阻害効果の道具の所為で生死は不明だが、少なくとも浅くない傷は負っているようだ。

 このままとどめを刺しに行きたい衝動に駆られたが、戦闘に巻き込まれるので自制した。


 見た所、動けないようなので視界から外して、戦っている聖堂騎士の方へ視線を向ける。

 初手は聖堂騎士だ。手に持った戦槌で地面をなぞるように振るう。

 瞬間、地面がめくれ上がった。土や石、家々の残骸が波のように魔物に襲いかかる。


 『――。――』


 あの音が響き渡り、衝撃のような物が周囲に広がる。


 「うわ……っと」 


 それは充分に距離を取っていた筈のあたしの所にも届き、少しよろめいてしまった。

 だが、もっと近くに居たはずの聖堂騎士は、全く怯まずに前に出る。

 ある程度近づいた所で、足を止めると両腕で戦槌を構えると振り下ろす。


 相手は空だ。振った先には何もない。だが、鈍い音がして魔物が落ちた。

 何をしたのか全く分からなかったが……戦槌の能力なのか?

 対する魔物も並ではなく、地面に落ちる前に羽ばたいて体勢を立て直し、口を大きく開いて咆哮。


 不可視の攻撃が聖堂騎士に襲いかかる。彼は片腕で身を庇いながら更に前に出た。

 周囲の物は何故か斬り刻まれているにも拘らず、鎧には傷1つ付いていない。

 斬られた物の中には岩等、普通の手段では切断できない物も混ざっており魔物の攻撃の凄まじさを物語っていた。


 それを喰らって無傷の鎧もどうかしているが……。

 見た所、お互い決め手に欠けている状態のようだ。

 聖堂騎士は魔物に効果的な攻撃が出来ていない。魔物も聖堂騎士の守りを突破できる攻撃が出来ていない。


 この様子ならしばらく戦闘は続きそうだ。

 動くなら今の内だろう。

 あたしは身を隠しながら両者の戦闘を迂回して先へ進むことにした。


 ……何とか姉さん達と合流しないと……。


 目の前以外でも戦闘はあちこちで起こっている。

 そう簡単に姉達がやられる事はないだろうが心配な事には変わりない。

 あたしはその場をそっと離れて街の外壁へと急いだ。

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