第116話 「蝙蝠」

 「この状況もアンタの差し金?」


 あたしは睨みながら絞り出すように声を出す。

 対するヴェルテクスは酷薄な笑みを顔に張り付けている。  


 「何の話かさっぱり分からんな。俺はダーザインとか言う治安を脅かすクズの始末に来ただけだ」

 「よく言う。関係ない人間を巻き込んで! どっちがクズよ!?」

 「お前がここのダーザインを仕切ってる頭で間違いないか?」


 ヴェルテクスはあたしの言葉を無視してそんな事を聞いてきたが答える訳ないでしょ。


 「素直に答えるとでも?」

 「それならそれで構わねぇよ。聞いてた特徴と一致してるし、違うなら違うで始末した後で考える」

 

 言いながら周りの騎士に視線を向けている。

 騎士はヴェルテクスに見向きもしなかった。

 どうみても話が付いているとしか思えない反応だ。


 ……騎士と手を組んだって事?


 「……どういう事だ?おい!この女は俺が始末する!構わないな?」


 ヴェルテクスも騎士の反応が予想外なのか妙な事を口走った。

 

 「好きにしろ!話は聞いている」


 騎士の一人がそれだけ言い返した。 


 「……何?どうなっている?奴の仕込みか?何をやった……」


 どういう事?騎士と組んでるんじゃないの?

 ヴェルテクスの不自然な反応にあたしも内心で首を傾げたが、不味い状況は変わらない。

 こいつを何とか仕留めて、潰れた家から通路を掘り出すのか……。


 困難とか言う言葉で括れない程難しいが、やるしかない。

 あたしは覚悟を決めて踏み出そうとしたが――。

 

 「あらぁ?苦戦しているようねぇ?」


 ――その声に遮られた。

 ステファニーだ。あの女、今更何をしに来た。 

 相変わらず、声だけで姿は見えない。恐らくだが、本人は安全な所に居るのだろう。


 癪に障る女だ。


 「何だ。まだ隠れてる奴が居たのか。気取ってないで出てきたらどうだ?」

 「あら?せっかちねぇ。でもダーメ。いい女はそう簡単に姿を見せない物なのよ?」


 ヴェルテクスは鼻で笑う。


 「何がいい女だ。お前が使徒だろう?だったら、見た目はただの化け物じゃねえか。図々しい。少しは恥を知ったらどうだ?」

 「……言ってくれるわね。でも私は大人だから怒ったりはしないわ。さてと、時間もないし用事を済ませてしまいましょう。あなたの「両腕」と「目」、素直に返すなら命は助けてあげるわよ?」

 「はっ。笑わせるな。返す訳ないだろうが」

 「あらそう?じゃあ、死んで貰おうかしら?」

 

 ステファニーの声が低くなる。


 「何で私がこのタイミングで声をかけたと思う?」

 

 ヴェルテクスは何も言わない。

 ステファニーは無視して続ける。


 「あなたを仕留める準備が出来たからよ」


 そう言うと同時に空からキイキイと何かの鳴き声と羽音が大量に響き渡る。

 

 「この子達は夜行性だから連れて来るのに苦労したわぁ」


 あたしは空を見上げる。

 夜空の黒に混ざって何か雲のような物が近づいて来るのが見えた。

 いや、雲じゃない。魔物だ。


 尋常じゃない数の魔物が、空からこちらに向かって来ていた。

 近づくにつれてその正体が明らかになる。


 カイロプテラ。

 主に洞窟等に生息する魔物だ。

 目がない代わりに恐ろしく耳が良いというのは聞いた事があるが、本で見ただけなのでそれ以上の事は分からない。


 「あ、でも私が全てコントロールしている訳じゃないから、敵味方の関係なしに襲いかかるわよー。ジェルチちゃん達も頑張って逃げてね」

 「なっ!?」

 「ちょうどいい狩場にヴェルテクス君を連れて来てくれてありがとう。生き残れたらまた会いましょう」

 

 この女!あたし達を囮に使ったのか! 

 冗談じゃない。こんな所に居たら死んでしまう。

 もう戦っている場合じゃない。この場に残っていたら確実に死ぬ。


 「じゃあ、私はご飯でも食べて待っていようかし――なっ!?何よあな……がはっ」


 高みの見物を決め込むつもりのステファニーがいきなり焦ったような声を出し、少し離れた所で何かが落ちて燃えている家に突っ込み、破片が散らばるのが見えた。

 察するに誰かに攻撃を受けて燃えている家に突っ込んだ?


 「はっ!ざまぁみやがれ!」


 ヴェルテクスはさも愉快と言った具合に笑う。

 あたしもその点は同意だが、空の状況を見るとそうも言っていられない。

 騎士、グノーシス、あたし達ダーザイン、魔物の群れ。


 この混沌とした状況に頭を抱えたいが、今は生き残る事だけを考えよう。

 あたしは目の前の男からどう逃げるかに集中する事にした。

 

 







 空から迫りくる魔物達は誘導されはしたが、制御されていないので本能に従って行動する。

 カイロプテラと言う魔物は知能はそう高くないので特に考えず、下に居る音源――獲物を捕食すべく急降下を開始する。


 真っ先に標的に選ばれたのは、交戦中の聖騎士と騎士達だ。

 彼等は突然の魔物の襲来に身構えたが、目の前にいる敵の所為で反応が遅れてしまった。

 カイロプテラの群れは獲物を射程内に捉えると、口から不可視の何かを放つ。


 それは騎士や聖騎士の鎧を容易く貫通し彼らを死に至らしめた。

 だが、一部の騎士や、聖殿騎士以上の者はその装備の堅牢さに救われ、無傷でその攻撃から逃れる事が出来、仲間の仇を討つべく反撃に転じる。


 大量の弓矢や魔法がお返しとばかりに魔物の群れに殺到。

 矢に貫かれ魔法に焼かれ砕かれた魔物は次々と地に落ちるが、全体からすれば微々たるもので、全滅させるには程遠い状況だった。


 多少ではあるが、数を減らしたカイロプテラの群れは怒りの声を上げながら散ると次々に獲物へと群がっていく。


 「くそ、何だこいつ等は――」


 騎士の一人が向かって来た個体を切り捨てたが、大小様々な個体の居るカイロプテラは小さい物は手の平程の大きさだが、巨大な物は人より遥かに大きい。

 その騎士は足に掴まれ空高く運ばれ空中で嬲られた後、肉片となって地に降り注いだ。


 こうなってしまえば両者、互いに争っている場合ではなく、共に目の前の脅威に立ち向かう……事にはならなかった。


 騎士の一人が魔物の対処をしている聖騎士を後ろから斬り殺した。


 「な!?貴様ら正気か!?目の前の状況を見ろ!争っている場合か!」

 「うるせえ!こいつら片付けたら次はお前等なんだ!なら、ついでに始末して何が悪い!」


 一部の騎士もそれに続き聖騎士や聖殿騎士に襲いかかる。

 応戦する聖騎士。無差別に襲いかかる魔物。

 結果、この場は完全に三つ巴の様相を呈してしまった。


 




 貧民街の混乱は更に広がり、もう小規模な戦争といっても過言ではない状況だ。

 自分がそれに一役買っているというのは大変に心が――痛まんな。

 精々楽しんでくれ。


 ……それにしても……。


 「予想以上に盛り上がっているな」


 俺はそう呟きながら今しがた姿を隠して高みの見物を決めていたので地面に叩き落した間抜けの方へ視線を向ける。

 ヴェルテクスの言だと「他人を見下すのが好きで、自分の事を賢いと思っている馬鹿」らしいが、成程。

 

 しっかりと的は射ていたようだ。


 ここの全体を見渡せて、何かあれば手を出しやすそうな位置を探していると道具の類で偽装していたのだろうが、空中に不自然な空間の揺らぎがあった。

 恐らくは何かしらしていたのだろう。そのお陰で位置が露呈したという訳だ。


 周りに気を取られて文字通り足元が疎かになっていたな。

 

 派手な音を立てて燃えた家の残骸から何かが出て来た。

 

 「……この、やってくれたわねぇ……」


 落ちた衝撃で透明化は解除されたようだ。

 その姿が露わになる。

 空で飛びまわっている魔物を見た時点である程度は察しが付いていたが、予想通り過ぎて特に驚きはなかった。


 色は全体的に黒。

 両腕は羽になっており、顔は何だかネズミのような――齧歯類?を思わせる。

 まぁ、どう見ても蝙蝠だ。


 体のラインから女と言う事が分かった。

 蜘蛛男、百足男と来て今度は蝙蝠女か。

 どう見ても使徒だな。


 首尾よく当たりを引けたが、さて。仕留める事はできるかな?

 

 「あなた、ヴェルテクス君と一緒に居た子よね?その偽装を解いて顔を見せてくれないかしら?」


 俺は例の正体を隠す仮面を着けているので向こうからは俺の姿を認識できない。

 当然だが外してやる義理も必要もないので、返事とばかりに背のクラブ・モンスターを引き抜く。

 

 「そう、問答無用って事ね?いいわ。少し遊んであげる。あなたの正体にも興味あるしね」


 そうかい。取りあえず死ぬか動けなくなってくれ。 

 俺は手を翳して魔法発動。<爆発Ⅱいつもの>。

 着弾を確認せずに突っ込みながら、爆風を隠れ蓑に上段からの振り下ろし。


 空を切る。

 

 「はずれ」


 上からガラスを引っ掻いたような耳障りな音が響く。

 超音波って奴か?何となく嫌な感じがしたので後ろに飛び退いた。

 地面が小さく爆ぜ、土が飛び散る。


 「遅い遅い」


 肩口に衝撃。体が流されて倒れそうになるのを踏ん張って堪える。

 耳障りな音と共に次が飛んでくるが、走り回って躱す。

 さっきの爆炎はまだ晴れていないにも拘わらず、正確に当てて来る。


 これは向こうから見えてるな。


 目潰しは悪手か。

 あぁ、そう言えば蝙蝠って音かなんかで位置を掴むんだったか。

 その割には目は付いてるんだよなぁ。


 今の所は大したダメージは負っていないが、コートに傷がつき始めているので、あまり喰らうと良くないか。

 当てられた感触は斬撃に近いが――俺は何をされているんだ?


 ……まぁ、何でもいい。そろそろ煙も晴れるし反撃と行こう。


 煙が薄くなり、蝙蝠女の姿が見えて――って多いな。

 人間サイズのでかい蝙蝠が俺の方へ突っ込んで来た。

 馬鹿正直に正面から来るので順番に叩き落す。


 四匹目で捌き切れなくなり、体のあちこちに喰らいつかれた。

 ……が、コートに阻まれて文字通り歯が立たないようだ。

 取りあえず手近の一匹を引き剥がした後、口に手を突っ込んで「根」を伸ばす。


 脳を乗っ取って記憶を確認。お陰で蝙蝠女の攻撃手段が良く分かった。

 あぁ、なるほど音で攻撃してたのか、何か怪獣映画で見たな。

 超音波メスだっけ?


 原理が分かれば防ぐのは何とかなるか、後は動きを封じるだけだな。

 俺は体に喰らいついている蝙蝠共を引き剥がしながらどう攻めた物かと思いを巡らせた。

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