第110話 「足止」

  「さてと」


 皆を逃がしたあたし――ジェルチは足を組んで机に座る。

 一気に数の減った壁際の人形を見て、叫びだしたくなったが今は呑み込んで努めて冷静に考えた。


 最低限、あの子達が逃げる時間は稼がないとね。

 取りあえず様子を見て勝てそうならそのまま始末しよう。


 無理そうなら時間稼ぎに徹すればいい。

 さて、噂のローとやらの顔を拝ませ……って正体隠してるんだったか。

 扉が開く。


 中に入って来たのは――なるほど、確かに分からないな。

 完全に影が動いているようにしか見えない。

 形は分かるのに頭に入って来ない事を考えると、相当強力な阻害効果を持った品なのだろう。


 「あんたがローって冒険者?」


 声をかけてみたが反応はなし。

 なら、少しカマをかけてみるか?


 「オールディアでは随分と活躍だったみたいじゃない?」


 反応は劇的だった。

 ローは背に差した武器を抜いた勢いのまま振り下ろしてきた。

 あたしは咄嗟に横に跳ぶ。


 頑丈な机が一撃で粉々になった。

 なんっつう、威力よ。

 あの机、かなり硬い石で作った特別製なのに一撃って――。


 会話で時間を稼ぐつもりだったが、仕方ない。

 あたしは細く吐き出していた呼吸を止め、空気を思いっきり吸い込んで吐き出す。

 移植された能力の一つで、あたしは体内で魔力由来の様々な効果を持った息を吐ける。


 今回使ったのは意識を混濁させる物と体を麻痺させる物の混合カクテルだ。

 会話をダラダラ延ばして動けなくするつもりだったが、向こうに会話をする気は無しか。

 だが、一つ朗報だ。こいつは確実にあの件の事を知っている。


 これでガーディオを呼び戻す口実が出来た。

 場合によってはシグノレも来るかもしれない。

 あの2人が揃っているなら勝ちの目が出てくる。


 ローは認識できないお陰で何かは分からないが、武器――間合いから考えると大剣か何かだろう。

 それを再び振るう。横薙ぎの一撃を屈んで躱し、下がりながら距離を取る。

 クソッ。あんな武器軽々と振り回すなんてどういう腕力してるんだ、この脳筋め。


 三、四撃目を躱した所で、ローの動きが僅かに鈍る。

 効いてきたか。

 この毒は魔力を変化させた物だ。治療系の魔法や魔法薬ポーションは効かない。

 

 治療するには魔力を循環させて追い出すしかない。

 一番早いのは記述なしの陣を作って魔力を吐き出すのがいいけど、この空間内じゃ吐き出した端から体に入る上に、魔力が枯渇すればどちらにせよ動けなくなる。


 そもそもタネが割れてなければ症状の改善すら不可能だ。

 後は体内の魔力に干渉する類の道具を装備していたら効果が薄いけど、その様子だとそれもないか。

 効果が出た時点でお前は詰んでるんだ。


 図体がでかいから効果出るのに少しかかったが、捕らえて拷問してやる。

 あたしの妹達を何人も手に掛けたようだし、知っている情報を吐き出させたら徹底的に痛めつけて殺してやる。


 「成程、面白い手品を使う」


 小さく呟くのが聞こえた。

 やっと喋りやがったかこの野郎。

 ……とは言っても歪んでいるのでどんな声までかは分からなかったが。  

 

 ローはこちらに何も持っていない手を向ける。

 魔法か?と思った刹那、全身の毛が逆立つような感覚が襲う。

 あたしは咄嗟に横に跳ぶ、それと同時に壁が何かに引き裂かれたように斜めに抉れた。


 「勘がいいな」


 何をされ――っ!?

 考えずに走る。床に穴が開く。 

 壁を蹴って跳躍。足元を何かが通り過ぎる。


 ……無理だ。


 防ぐと言う考えが浮かんだが即座に却下。

 しくじればタダでは済まない。

 あたしは扉を蹴破って廊下に出て廊下を走る。


 まるでそれを追うように連続で壁に何かが当たるような衝撃、壁に穴が開く。

 次いで舌打ちが微かに聞えた。

 あたしは体内で魔力を生成。効果は油と同じですぐ燃える。

 

 ローが壁を蹴り壊して出て来た。

 その瞬間に一気に吐き出し、それと同時に爪を擦って火花を起こす。

 爆発、炎が廊下に満ちる。


 人影が炎に呑み込まれた。

 次いで「足」の力を開放。離れた距離を潰す。

 手を開き、今度は「爪」を使う。


 あたしの爪が硬化と同時に一気に伸びる。

 掬い上げるように斬撃。


 ……入っ――。


 手応えがおかしい。

 あたしは斬撃の勢いのまま横を通り過ぎる。

 炎を切り裂いて何かが頭の後ろを通った気配。


 離れた所で滑るように制動をかけて振り返る。

 炎が消えたが、人影は健在。姿が分からないから攻撃が効いているかも分からない。

 癪だが無傷と考えるのが無難だろう。


 確かに攻撃は入ったが、切り裂いた手応えがなかった。

 ローブや服のような感触だったが、この爪で切り裂けないってどうなってんのよ。

 

 「さっきは息――と言う事は肺か何かか?それに加えて爪に足もか。随分と揃えている。幹部クラスか」

 

 ローは何か呟くとゆっくりと前に出て止まる。

 さっきまでいたあたしの部屋の前に立ち塞がるような位置だ。

 何をと思った所で、ローは静かに話し出した。


 「所で、さっき逃げた女共の姿がないな?」

 「さぁ?どこへ行ったのかな?もしかしたらあんた殺す為にその辺に隠れているのかもよ?」


 勿論、ハッタリだ。

 全員逃がした。合流地点も伝えてあるからあたしさえ逃げ延びれば問題ない。

 もっとも、もう少し時間を稼ぐ必要はあるが。


 「なぁ、何で俺は一人で上がって来たと思う?」

 「出入り口を固めてるんでしょ?分からないとでも思ってるの?」

 「……そうだな。その通りだ。だが、俺の依頼主はお前が思っている以上に下種な性格をしていてな」


 ……何が言いたい?


 ローの会話の意図が掴めない。


 「今頃、逃げた連中は塞がった隠し通路・・・・・・・・で立ち往生してるんじゃないかな?」

 「何……ですって?」

 

 背筋が寒くなる。

 いや、落ち着け。あの隠し通路は魔法を通さない素材で作っている。

 探知系の魔法では見つけられない。


 それと同時に魔法を弾く性質も備えている壁だ。

 そうそう見つかるはずが――。


 「一階は随分と風通しが良くなったぞ?なんせ壁がほとんど無くなったからな」

 「なっ!?」

 「あぁ、一部妙に硬い壁があったな。こいつを三回もぶち込む必要があった」

 

 言いながら手に持った正体不明の武器をコンコンと軽く叩く。

 

 ……ちょっと、それ……。


 「下に降りた連中、死体が残るといいな?あぁ、死んだら消し飛ぶんだったか?」


 ふっと憐れむように軽く息を吐く。


 「この、クソックソぉぉぉ!」


 あたしは叫んで部屋に入ろうとするがローは通すまいと武器を振るう。

 その攻撃を際どい所で躱す。

 こいつ、その為にこの位置取りを……。


 この建物に窓はない。

 そしてあたしに直ぐに壁を壊すほどの火力もない。

 ヘルガ達の所に辿り着くにはこいつを突破して部屋に入るかすり抜けて階段を下りるかだ。


 だが、階段を使うと時間がかかる。

 ここは侵入者対策で階段は階毎に別の場所に配置しており、降りるには距離のある廊下を何度も通る事になってしまう。


 間に合わせるには隠し階段を使わざるを得ない。

 そしてあたしは今かなり焦っている。

 恐らく目の前の男の目的はそれだろう。


 あたしを焦らせて状況を有利に運ぶ。

 完全に相手の策に嵌まった形になってしまった。

 ヘルガ、エリサ――皆。


 何とかこいつを突破しないと……。

 焦りで胸がうるさいぐらいに鼓動を刻む。

 汗が止まらない。


 もう形振り構っていられない。

 あたしの出せる全てでここを突破する。

 目の前の敵を睨んで拳を強く握りしめた。






 螺旋階段を急いで駆け降りる。

 前を走るヘルガ姉さんを見ながら、あたし――エリサは何度も振り返ろうとするのを我慢した。

 断続的に聞える。何かが壊れるような音や、衝撃が戻りたくなる気持ちを煽る。


 余計な誘惑を振り払う為に先の事を考えた。 

 このまま地下の隠し通路を使って、入り口で待ち構えているであろうヴェルテクスを通り過ぎて、貧民街へ向かう。


 この被害状況では、立て直すのは厳しいだろう。

 合流次第、王都を離れる事になるのは間違いない。

 ほぼ、着の身着のまま逃げる事になりそうだが、そんなのは些細な事だ。


 ただ、ロレナや他の妹達――ここに来れなかった者の事を考えると、胸が痛む。

 自分達も生きる為とは言え何人もの人生を破壊して来た以上、奪われる側に回る事はもしかしたら当然の流れなのだろう。


 だけど、とてもじゃないが納得出来なかった。

 ロレナ達がこんな簡単に死んでしまうなんて……。

 ついさっき別れたばかりなのにもう会えないと考えると胸が酷く痛む。


 呼吸が整わない。

 泣いてしまいそうだ。熱い物が目尻に溜まるのを感じる。

 声が漏れそうになった所で不意に手を握られた。


 顔を上げると、姉さんが前を向いたまま力強くあたしの手を握っている。

 あたしを落ち着かせようとしているつもりなんだろうけど姉さんの手も震えていた。


 ……姉さんも不安なんだ。


 あたしがしっかりしないと――。

 そう思い握った手に力を込める。

 

 「何よこれ!?」


 そろそろ地下への入り口が見えてくるという所で、先行した娘達の戸惑った声が聞こえた。

 階段を降りきると、地下への入り口が見えてくるはずだったが……。

 入口が崩れて埋まっていた。


 ……何で……。


 脳裏に疑問符が浮かぶが、背筋が逆立つような嫌な気配にあたしは咄嗟に姉さんを抱えてその場に伏せる。

 パチンと指を鳴らすような音が微かに響き、壁から光が文字通り差し込んで来た。

 反応できた者はあたしと同じように床に伏せていたが、できなかった者は光に貫かれて次々と倒れる。

 

 「やっと来やがったか。随分遅かったなぁ」


 声がしたと同時に壁が全て消えた。

 外の光が一気に入ってくる。

 あまりの光量に思わず目を庇う。


 「な、によこれ――」


 目が慣れて視界が効くようになったあたしの周りに広がっているのは、この建物の一階なのだが……。

 壁がなかった。

 正確には壁と言う壁が破壊されており、かなり奥まった場所にあるはずのここからでも外が見えるほどで、さっきまであった壁はあの男が魔法で作った幻影だったようだ。


 「あんまり遅いから通路を埋める余裕すらあったぞ」


 小馬鹿にしたような歪んだ声はさっき見た男と似たような影の塊だったが、その喋り方には覚えがある。

 ヴェルテクス。金級冒険者。

 冒険者の最上位に位置しながら、その素行の悪さと扱いの難しさでギルドですら手を焼いていた札付きだ。 


 偉業とも呼べる行為をしてきたが、それと同等以上の問題も起こしているので大っぴらに紹介ができず、名は売れているが知っている人間は少ないという奇妙な存在。

 だが、その肩書と実力は本物だ。


 以前の奪還作戦の際に見せた戦闘は凄まじいもので、強奪から奪取に方針を切り替えざるを得ないほどだった。

 そのヴェルテクスの足元には床の溶けた跡と無数の死体が転がっている。

 前者は仲間が死んだ跡で後者は関係のないここの客だろう。


 「貴様ぁ!」


 さっきの攻撃に反応できた娘の1人が、短剣を構えて斬りかかる。

 対するヴェルテクスがした事は手を開いて閉じただけだった。

 それだけで向かっていった娘は絞った雑巾のように捻じれ、血と臓物をまき散らし――爆散。


 その瞬間を見計らって動ける全員が各々武器を構えて襲い掛かる。

 あたしも弩を構えて矢を打ち込む。

 それと同時に姉さんの魔法が逃げ場を封じる様な軌道で飛んでいく。


 ヴェルテクスはその場から動かずさっき動かしたのとは反対の手を少し持ち上げると、周囲に無数の光の球が現れた。

 

 ……魔法?それにしてもあの量を一瞬で?


 球が輝きを強めるのを見てさっきの仲間を射抜いた光を思い出した。

 反応できたのは幸運だったのかもしれない。

 咄嗟に伏せたあたしの真上を光が通り過ぎた。


 光は飛んで来た攻撃と仲間達をほぼ正確に狙っており、魔法や矢、投擲武器は全て撃ち落とされ、向かっていった娘達も大半が即死か体に当てられて、苦痛に呻いている。

 姉さんは防御魔法が間に合ったのか腕が大きく抉れただけで済んでいた。


 ……「溜め」もなしであそこまでの威力か。


 冗談じゃない。何とか隙を作って逃げないと――。


 「あー。そう言えば聞き忘れてたんだが、上で俺のツレを抑えてる奴がお前らの頭でいいんだよな?」


 ヴェルテクスの言葉に場の全員が身を固くする。 

 その通りだ。

 あたし達の逃げる時間を稼ぐ為に上で戦っている。


 何も言わないあたし達の反応で察したのか、ヴェルテクスは含み笑いを漏らす。


 「そうか。なら、都合がいい。お前等ツイてたな行っていいぞ」


 親指で外を指す。

 

 「どう言う……事かしら?急に私達を見逃すなんて――」


 姉さんが腕を抑えながら苦し気に声を出す。


 「いや。お前等みたいな雑魚いくら殺しても意味ねーし、同じ殺るなら大物だろ?ここに地位の高い奴がいるのは分かってるし、そいつの能力が厄介なのもな」


 言いながら鼻で笑う。


 「だからこそ奴に押し付けたんだが、これだけ時間が経っているのにどっちも降りて来ないって事はある程度、戦闘が拮抗しているって事だ。俺が加勢したら直ぐに終わるだろ。だから、あいつが殺られちまう前に上に行くんだ。納得したか?したなら消えろ」


 そう言って階段に向かって歩き出す。

 そして――。


 「あ?」


 それは無意識の行動。

 他の皆も同じで、ほぼ無意識に攻撃をヴェルテクスに放っていた。

 

 こいつは、このクソ野郎はあたし達にジェルチ姉さんを見捨てて逃げろなどとほざいたのだ。

 許せるか?論じるまでもない。

 胸に湧き上がるのは怒り。目の前の敵に抱いた恐怖を焼き尽くす怒りだ。


 そしてそれは生き残った仲間の総意でもある。

 全員が憤怒の表情でヴェルテクスを睨む。

 あの温厚な姉さんですら射殺さんばかりの視線を向けている。


 それを見てヴェルテクスは――。


 「何だ。お前等死にたかったのか?なら先に言えよ」 


 つまらなそうに呟いた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る