第108話 「襲撃」

 「ダーザインの連中はどうやって仲間を増やしていると思う?」


 歩いていると、ヴェルテクスはそんな事を聞いてきた。


 「見込みがありそうな奴に街で声をかけるって話は聞いた事はあるな」

 「正解だが、足りねえ。確かに連中は見込みがある奴に声をかけるが、靡きそうにない奴は色香で引っ掛けるんだよ」


 色香ねぇ。ハニートラップって奴か。

 

 「後戻りできない所まで引きずり込んで、なし崩しに仲間に引き入れるって感じか?」

 「そんな所だ。正式に契約さえしてしまえば逆らえねえからな。変わった所で両親が構成員で生まれた子供をそのまま引き入れるってのもある」


 ……ふーん。で?それって必要な話なのか?

 

 正直、心底興味が無いんだが……。

 俺の内心を悟ったのか小馬鹿にしたように鼻を鳴らす。 


 「察しが悪いな。ここ王都ではその手の女を使った勧誘が多くてな、そこそこの冒険者が不自然に消えるって話がたまにある。……で、居なくなった連中の一部は商売女に入れあげていたって事が分かっている。そこまで聞けば察しは付くだろ?」


 なるほど。

 引っかかった間抜け共は骨抜きにされた上にめでたく怪しい黒ローブにジョブチェンジしたって訳か。

 そう言えば俺の所にも女が来たな。もしかしたらあいつらもそうなのか?


 「よくそこまで調べたな」

 「ここでは金さえあれば大抵の物は買える。情報や便利な盾兼護衛とかな?」


 言いながら薄く笑う。 

 人を使って調べたって事か。

 ま、金さえ積めば大抵の事は何とかなるだろう。こいつぐらい資金力があれば尚更だろうな。 

 

 ……どうでもいいけど俺は盾って認識なのかよ。


 「……で。その娼婦共のねぐら兼店がここだ」

 「へー」


 着いた先はそこそこでかい娼館で、おかしな点は特に見当たらなかったがここで合ってるのか?

 

 「こいつを使え」

 

 ヴェルテクスはどこからか真っ黒な面のような物を差し出す。

 受け取って眺める。ただのお面だな。目の部分に横にスリットが入っている。

 何だ?着ければいいのか?


 「着けていると認識に対して阻害効果がかかる。替えがないから壊すなよ」

  

 ヴェルテクスも同じ物を取り出して着ける。

 すると、ヴェルテクスが黒いシルエットだけの姿になった。

 おお、凄いな。誰か分からん。


 俺も着ける。これで準備は完了か。

 さて、突っ込む前に最終確認だ。

 

 「どの程度やればいいんだ?」

 「決まってるだろ?……皆殺しだ。分かり易い上に後腐れもなくなるだろ?」

 

 ……確かに分かり易くていいな。


 ヴェルテクスが扉を勢いよく蹴破る。

 それと同時に俺は中へ踏み込んで、狙いを定めずに<爆発Ⅲ>をぶっ放した。 






 

 「……そう。エリサちゃんとロレナちゃんでも無理だったのね」


 報告を聞いてヘルガ姉さんは気落ちしたように息を吐く。

 ここはあたし達が表向き働いている娼館にある一室で、あたし、ロレナ、ヘルガ姉さんの私室も兼ねている。

 

 「ごめん姉さん。でも、アレは無理だよ。警戒以前に完全に興味がないって顔だったし」


 そんな姉さんにあたし――エリサが言えたのはそんな言い訳じみた事だけだった。


 …と言うか姉さんに落とせない奴があたし達で落とせるわけないじゃない。


 そんな事を考えが浮かんだがぐっと飲み込む。


 「私の方こそごめんなさいね。流石にアレは無理よねぇ…」

 

 あたしと姉さんは揃って溜息を吐く。

 ちなみに隣のロレナは我関せずと言った感じで、買って来た果物をもそもそと齧っている。


 「……と言うか姉さん。例の能力使ったらいいんじゃ……」


 滅多に使わないけど確か使ったら大抵の男は一瞬で落ちるはずなんだけど…。


 「使ったんだけど効かなかったのよねぇ」

 「え!?つ、使ったの!?」

 「ええ、間違いなく効果範囲に居たはずなんだけど眉が少し動いただけだったわ」


 ……えぇー……。あの男どうなってるのよ。


 自力で撥ね退けた?それともそう言うのを防ぐ魔法道具?

 まさか本当に男にしか興味ないんじゃ……。

 だとしたらあたしらじゃどうにもならないじゃないのー。


 「それ、もうやり方変えた方がいいんじゃないの?」

 「そうねぇ、どうしようかしら。エリサちゃん何かある?」

 「えぇー……あたしに振らないでよ姉さん」


 言いながら、先日声をかけたあのローと言う男の事を考える。

 みすぼらしい装備とは裏腹に不自然な程鍛えられた肉体。

 そして何を考えているか分からない無表情。

 

 基本的にあたし達はまず、対象との距離を詰めて触れる。

 それによって自分にどういう反応を期待しているかを見て次の動きを決め、相手を誘導、そこで乗ってくるようならこっちの物だ。


 そのままずるずる引きずり込んで言う事を聞かせればいい。

 体に溺れさせれば、糸を引くだけで思い通りに動く傀儡の完成だ。

 だが、あのローに関しては最初の段階で効果がなかった。


 距離を詰めようとすると、無意識なのか一定の距離を保つ為に離れる。

 体を見せても視線が向くだけで欲望を刺激できていない。

 普通に立っているだけの様に見えたが、重心が僅かに前に傾いていた。


 恐らくだけど、対応を間違えたら攻撃されていた可能性がある。

 もしかしたらあの場でもう少し粘っていても攻撃されていたかもしれない。

 あたしはあの時の判断は正しかったと今でも思っている。


 結局、どうすればいいのかと言えば……。


 「やっぱり、時間をかけて警戒を解かないと厳しいんじゃないかな」

 「そもそも彼はヴェルテクスから盗られた物を取り返す為の手段だから時間をかけすぎると本末転倒なのよね」

 「……ですよねー」

 「やっぱり力押し?」

 「……ロレナ、あんたそればっかりね。というかあんたさっきから何食べてるの?」

 

 ロレナは橙色の果物の皮を短剣で剥いて出て来た果肉を口に放り込んでいた。

 

 「サイネンシス。最近、出来た店で買ったけどすっごい美味しい。食べる?」

 「そ、そう?一つ貰おうかな?」

 「ん」


 剥いた果肉を1つ食べ――おぉっ!?

 

 「あ、美味しい。サイネンシスってこんな味だっけ?」

 「そうね。甘さもそうだけど後味もさっぱりしていていくらでも食べられそうね」

 「絞った汁やお酒と混ぜた物も売ってた。美味しかった」


 あたしはサイネンシスの果肉を追加で食べる。

 

 ……あー……美味しーな。

 

 ……と軽く現実逃避しながら考えたが、いい考えは浮かばなかった。


 「もうあのローって奴は止めといたほうが良いんじゃないかな?多分だけど落ちない。どうしても手を出すならジェルチ姉さんと話し合って人数揃えて力で攻めないと難しいよ」

 

 姉さんは頬に手を当てて肩を落とす。


 「そうね。私もあっさり袖にされてムキになっていたのかしら。冷静に考えると手を出すのはあまり賢い選択じゃなかったのかもしれないわね」

 「取りあえず今後の事を含めてジェルチ姉さんと話そう」

 「え――」 


 姉さんが何か言いかけた所で、轟音と衝撃。

 建物が大きく揺れる。


 「なっ!?何?」 


 最初に動いたのはロレナだった。

 

 「動かないで」

 

 彼女はそう言って素早く立ち上がると、壁に立てかけていた剣を掴んで部屋を飛び出した。

 足音が直ぐに遠くなる。それと入れ替わるように衝撃と悲鳴が聞こえた。

 どう考えても襲撃だ。何でこんな娼館が賊に襲われるの?

 

 客と変に拗れた?それとも……。

 姉さんもベッドの下に隠していた杖を引っ張り出す。

 あたしも弩を取り出して、矢を装填する。


 準備が終わった所でロレナが戻ってきた。

 

 「襲撃。敵は二人。両方とも正体を隠す道具を装備していて誰かは分からない。 けど多分……」

 「ヴェルテクスね」


 ロレナは無言で頷く。

 となると残りはローか。


 「下で戦闘班が抑えてるけど、多分保たない。皆殺しにされる」

 「ちょっと、下には関係ない客も……」

 「連中、頓着してない。ここにいる全員殺す気」

 

 姉さんは表情を引き締める。


 「分かった。ジェルチちゃんの所に行きましょう。指示を仰ぐわ。ロレナちゃんは他の子達を集めて、全員で上に行きましょう」

 

 あたし達は頷いて部屋を飛び出す。 

 それぞれの向かうべき所へ行く為に別れようと……。


 「止まって!」


 ロレナの声で足が止まる。

 目の前の床を突き抜けて火柱が上がった。

 火柱はそれにとどまらず上の階まで貫通する。


 「あぁ、やっぱり居――あぁ、なるほど。やはりそう言う事か」

  

 床に空いた穴から何かが這い上がって来た。

 人であるのは分かるが、影が固まったような姿をしていて正体が分からない。

 声も歪んでおり、言っている事は分かるが誰かの判別がつかない。

 

 「下がって!!」


 ロレナが剣を抜き放って斬りかかるが、影はロレナの斬撃を腕で弾く。

 弾かれて体勢を崩しかけたが、ロレナは直ぐに立て直すと連続で斬撃を繰り出す。

 影は片手だけで器用に防ぐと残った手で、背中の剣のような物を抜く。

 

 「行って!早く!」


 ロレナの今まで聞いた事がないような声に弾かれるように姉さんがあたしの腕を掴んで走り出す。

 

 「姉さん!」

 「私達が居てもどうにもならないわ。むしろ邪魔になる」


 分かっている。狭い通路だ。

 魔法や弩で援護は難しい、下手をすればロレナに当ててしまう。

 あたしたちの中で接近戦に長けているのはロレナだけだ。


 彼女が残るのは最も正しい選択なのだろうが、彼女が無事に戻ってくるかは怪しかった。

 下には実力でロレナより上の戦闘を専門とした仲間がいたはずなのにあいつは上がって来たと言う事は下に居た仲間はもう――。 


 「ロレナちゃんを信じましょう」 


 姉さんの言葉が虚しく聞こえたが、今はロレナを信じるしかなかった。

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