第104話 「依頼」

 ギルドへ着いた俺は早速三階へ上がる。

 深夜と言ってもいい時間だが、中は結構な賑わいを見せていた。

 青と黄色のプレートをぶら下げた連中が壁に貼り付けてある依頼表を見て唸っている。


 俺もそれに混ざって依頼を確認していると、いきなり肩を掴まれた。

 何だ?見えないからどけってか?

 振り返ると――。


 「よお」


 厨二野郎が居た。

 俺は見なかった事にして壁の依頼に視線を戻そうとしたが、強引に振り向かされる。 

 鬱陶しいな。今度は何だこの厨二野郎。


 正直、お前見てると何だか居た堪れなくなるから関わりたくないんだよ。


 「お前に用がある。ちょっとツラを貸せ」

 「悪いが俺はお前に用はない。消えてくれないか?また要らん連中の始末を押し付けられても敵わ――」


 袋を押し付けられた。

 話を遮られたのは若干不快だったが、黙って袋を受け取る。

 重いな。音から察するに中身は金か。


 袋の口を開けて中を見ると金貨がつまっていた。 

 ふむ、結構な大金だな。

 何だ?くれるのか?


 「この金は何だ?」

 「手付だ。これで話を聞く気になったか?」


 手付にしては随分と多い。

 まぁ、いい装備を揃えるつもりだから金はいくらあっても困る事はないが――。

 ここまで気前がいいとかえって怪しいな。


 とは言っても、この様子だと俺が頷くまで引き下がらんか。

 いい加減正体も気になるし、ダーザインの件もある。

 

 ……乗るのもありか。


 「……分かった。話を聞こう」

 「付いて来い」


 男は歩き出したので俺はその後ろに続く。

 今度はどこへ行く気だ?まーた貧民街か?

 俺の予想に反して男は階段を上り始めた。


 ……上?


 四階は赤以上じゃないと立入禁止の筈だが…。

 男は四階を無視して更に上へ上がる。

 おいおい。五階って職員以外は立入禁止じゃなのかよ?


 五階に足を踏み入れたが、すれ違う職員には何故か見咎められない。

 どう見てもギルドの職員には見えんが、マジで何者だこいつ。

 男はしばらく歩き、奥の方にある一室に入る。


 中はでかい机が一つと、その手前に応接用の高そうなテーブルとソファ。

 男はソファに腰を下ろすと俺に座るように促す。

 俺が向かいに座った所で、話を始めた。


 「さて、お前をここに呼んだのは依頼する為だ」

 「依頼?俺に?」

 「そうだ。内容は俺の護衛。期間は十日前後だ。報酬はさっきくれてやった金貨の五倍でどうだ?」

 

 ……五倍!?


 流石に驚いた。いくら何でも気前が良すぎるだろ。

 

 「返事をする前に質問しても?」

 「言ってみろ」

 

 まずは一番気になる事からだな。

 金払いといい、ここを使えている事を考えるとただのボンボンじゃないんだろうが……。


 「お前は何者だ?」

 「……そう言えば言ってなかったか」


 男は首から下げているプレートを服から引っ張り出す。

 色は――――金。

 

 「金級冒険者。「メルキゼデク」のヴェルテクスだ」


 これは驚いた。

 金級冒険者パーティー「メルキゼデク」。

 名前は知っていたが、お目にかかるのは初めてだ。


 成程、金級ならここに部屋を持っていても不思議じゃないし、大金をポンと出せるのも頷ける。

 

 「取りあえず、あんたの素性は分かった。事情は知らんが、護衛が欲しいならメルキゼデクのお友達にでも声をかけたらいいんじゃないか?」

 

 お友達と言う単語に男――ヴェルテクスは露骨に顔を顰める。

 

 「あぁ、連中は隙あらば俺の寝首を掻こうとするから駄目だ」

 「は?」

 「何度も言わせんじゃねぇよ。今の俺の状態を知ったら連中は俺を殺りに来るっつってんだ」


 ……仲間じゃないの?


 「いや、仲間なんだろ?」

 「あぁ、お互いに利用し合う仲間だ」


 ……あー。つまり、お互い使えるから一緒に居るだけで本音は嫌い合っているのか?


 何とも歪んだ人間関係だな。

 

 「つまりはあんたのお仲間から守れって事でいいのか?」

 「それもあるが、これ以上の話は請けるか決めてからだ。請けるなら全部話してやるよ」

 

 考えたが、状況的にこれは請けておいた方がいいか。


 「分かった。請けよう。話の続きを頼む」

 

 それを聞くとヴェルテクスは満足げに中二っぽい笑みを浮かべる。

 格好の所為か何をやっても痛々しいなこいつ。

 そして、見ててつらい気持ちになるのは何でだろうか?


 「いいぜ。何から聞きたい?」

 「まずはあんたを何から守ればいいかだな」

 「主にテュケの連中だ」

 「ダーザインじゃないのか?」

 「間違ってはいない。連中はどちらかと言うと学者の類だ。直接は何かしてこないだろうが、ダーザインのアホ共を次々と繰り出してくる」


 あぁ、ダーザインはこの件に直接絡んでる訳じゃないのか。

 狙われているのはよく分かった。

 

 「次だ。あんたはそのテュケとか言う連中に何をしたんだ?」

 「あぁ、連中からある物を奪ってな。それ以来、しつこく追い回してくるようになった」


 言いながらヴェルテクスは黒い方の包帯を解き始めた。

 露わになった腕は……何と言うか凄い事になっている。

 透明で輪郭だけの腕だった。何だあれ?普通に透けてるぞ。


 「『悪魔の腕』だ。こいつがお前に護衛を頼む理由と俺が狙われる理由だ」

 

 ……あぁ、ダーザインの連中が使っている「部位」って奴か。

 

 確かに貴重品っぽいしそりゃ取られたら怒るだろうな。

 反対の腕にも包帯を巻いてるって事は両腕……いや、目もか?

 というか、こいつパクったパーツを自分に移植したのか。

 

 ……とんでもない事しているな。


 「あんたが狙われる理由は解ったが、護衛を頼む理由にはならんな。昼間の戦いを見る限り、わざわざ俺みたいな奴を雇う必要もないと思うが?」

 「普段ならお前みたいな奴に声なんぞかけるかよ。だが、今回に限ってはそうもいっていられねぇ」


 言いながら包帯を完全に解くと肩の継ぎ目を見せた。

 札のような物がベタベタ貼り付けられており、血が滲んでいる。

 

 「くっ付けた所までは良かったが、まだ定着していないからまともに動かせねぇんだよ」

 「………それは、そっちの腕もか?」

 「そうだ」

 「俺には普通に動いているように見えるが?」


 ヴェルテクスは解いた包帯を見せる。


 「こいつは砕いた魔石を織り込んだ布でな。魔力を流し込んで強引に外から操っている」

 

 あー。要は腕を動かしてるんじゃなくて、布を使って外から操っていたのか。

 中二ファッションじゃなかったのかよ。痛々しいとか思ってすまんな。

 そこまで聞けば何となく話が見えて来た。


 「つまり、腕が馴染むまでの時間が十日って事か」

 「あぁ。それさえ過ぎれば後は、自力でどうにでもなる」

 

 なるほど。


 「最後だ。俺に声をかけた理由は?」

 「お前の事を調べた。冒険者って事は、ある程度ギルドに情報があるって事だからな」


 あっさり引き上げたのは俺の事を調べる為か。


 「……でだ。昼間に話した感触だとどっかの紐付きって訳でもない上に、その「体質」。隠してるんだろ?なら、引き入れるのに何かと都合がいい」


 ……この野郎。


 断れば脅す気だったな。

 痛々しい見た目の癖にきっちり外堀を埋めてから来やがったのか。

 俺に冒険者って肩書がある以上、ギルドで待ってれば高い確率で顔を出すからな。


 「実力的にも問題なさそうだし、何かと条件に合う手頃な人材だったしな」


 こいつ――いっそここで……。


 俺の思考を読んだかのようにヴェルテクスは小馬鹿にしたような笑みを浮かべ、思い出したかのように付け加える。


 「あぁ、ちなみ俺を殺すとこのプレートを通じて死亡がギルドに伝わる。そうなると俺の個人的に預けてある遺言状がギルドを通じて大々的に公開される。……内容は――」

 

 ふざけやがって、やってくれるな。

 俺は机に掌を叩きつけて舐めた口上をぶった切る。

 

 「請けると言った。二言はない」


 充分だ。このクソ野郎。

 ハッタリだったとしても俺は慎重にならざるを得ない。  

 

 「いいねぇ。俺も信用・・できる仲間が出来て嬉しいよ」


 ……殺してぇ。


 こいつが仲間に嫌われている理由が良く分かった。

 俺は溜息を吐いて、頭を切り替える。

 

 「話を戻すぞ。仕事を請けた以上、差し当たって俺は何をすればいい?あんたに張り付いていればいいのか?」

 「基本的にはそうだ。連中の狙いは俺の両腕と目玉であって命じゃねぇ。その辺、頭に入れて動け」


 命だけじゃなくて腕やら目玉やらを取り返されんように立ち回れと言う事か。

 もしかしてこいつ、取られるのを嫌がって強引に移植したのか?

 ……と言う事はこいつその為だけに元々の腕を切り落として目玉を抉ったのかよ。


 俺も大概だとは思うがこいつも正気じゃないな。

 

 「分かった。第一にあんたの身の安全。その次が敵の排除。基本はそれでいいな」

 「あぁ、それでいい。じゃあよろしく」


 ……どうしてこうなった。


 俺は内心でもう一度溜息を吐いた。





 目の前のローと言う男が素直に依頼を請けた事に俺――ヴェルテクスは内心で胸を撫で下ろした。

 

 ……何とかなったか。 


 目の前の男を引き入れるのは賭けだったが、上手く行って良かった。

 俺にもまだまだツキは残っているようだ。

 少し体の力を抜く。


 相変わらず両腕は絶え間なく激痛に襲われ、目の奥は常に抉るような痛みを頭に流し込んでくる。

 痛みを抑える魔法道具や魔法薬をしこたま買い込んだが、効果は薄い。

 仕方がないので精神に影響を及ぼす魔法道具で強制的に冷静になってはいるが、間違いなく戦闘時の判断や動きに悪影響を及ぼすだろう。


 最初の数日は問題なかったが連中、執拗に刺客を送り込んで来るのでいい加減に確保しておくのが難しくなり、面倒になったのでいっそ体にくっつけてしまおうと考え強引に移植したのだが、ここまできついとは予想していなかった。


 今の所は、監視や隙を伺う方向で動いているが、業を煮やして位が上の連中を投入してくるといくら俺でも流石に捌き切れんだろう。

 目の前の男に意識を戻す。


 ギルドで調べた経歴がどこまで本当なのかは怪しいが、依頼の履歴を見る限り仕事に関してはそれなりに真面目に取り組んでいるのは分かった。

 依頼と言う形を取って、承諾さえ得られればこちらから何かしない限りはこの男は裏切らんだろう。


 付け加えるなら、使徒――本人の言を信じるなら違うらしいが、仮に使徒|擬(もど)きとしておこう。

 それを隠している。つまりは必要以上に目立ちたいとは思っていない。その事実を取引材料にすれば楽に事を運べるとは思ったが、予想以上にすんなり行ったのは驚きだった。


 ……だが、怒りは買っちまったか。


 ある程度、信用出来て使徒と同等の戦闘力を持った個人はそう居ない。

 逃がさない為には手段を選んでいられなかった。

 一応、高額の報酬と可能な限り望みを叶える事である程度は相殺できるかと期待しているが…。

 

 ……難しいかもしれねぇな。


 この先どう転ぶかは分からんが、なるべく必要以上に機嫌を損ねないように上手く飼いならすとするか。

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