第103話 「警戒」

 宿に戻り、借りた部屋に入ると――。


 「うわっ」


 何故かハイディが上半身裸で隣に居る女の子が背中に手で触れていた。

 

 「君か。驚かさないでよ」


 ハイディはほっとしたような顔で、いつの間にか握っていた短剣を床に置く。

 どうでもいいがハイディよ。前を隠した方が良いんじゃないか?

 ついでにそのガキは何だ?


 女の子は俺をキッと睨み付けている。

 おいおい。初対面でそこまで睨まれる覚えは無いぞ?


 「誰だか知らないけど、見て分からない?出て行きなさいよ!」

 

 ついでに何故か怒鳴られた。

 何でそこまで――あぁ、そうか。

 ハイディを見て思い至った。俺は肩を竦める。


 「悪かった。隣の酒場で食事をしているから終わったら声をかけてくれ」


 返事を聞かずに俺は踵を返して部屋を後にした。

 宿を出て隣の酒場で適当に食事を注文する。

 並んだ料理を突きながら、さっき見た物について考えた。


 あのガキは何だ?

 ハイディの奴また厄介事でも持ってきたのか?

 あ、厄介事を主に持ってきているの俺だったわ。


 ははは、はぁ。

 悲しい気持ちになった。

 取りあえず事情を聞くとするか。


 ハイディの性格上、誘拐して来たと言うのは考え難い。

 それにさっき見た時、ハイディの体は傷を負っていた。

 恐らくだが、あの子供が治療していたのだろう。

 

 何枚か皿を空けた所で、ハイディが子供を連れて店に入って来た。

 二人がテーブルについて料理を注文した所でハイディが口を開く。


 「あの、さっきはごめんね」

 「……それで?その子供は何だ?」

 「うん。ちょっと――」


 随分と歯切れが悪いな。

 ハイディは少しの間、黙っていたが意を決したように俺の目を真っ直ぐに見る。


 「この子には少し事情があって、僕はそれを手伝おうと思うんだ」

 「それは冒険者としてか?」

 「違う。僕個人としてこの子を手伝おうかと思うんだ」 


 まーた、いつもの病気か。

 大方、そこのガキが何かしらのトラブルに巻き込まれてそれに首を突っ込んだって所か。

 で、偶然居合わせて、事情を聞いて助けようと思った訳だ。


 「以前にも言ったが――」

 「分かってる」


 ハイディは真っ直ぐ俺を見たままそう言う。

 その目は昼間と違って力強い。

 子供は不安なのかハイディの服の端を掴んでいる。


 どうやら、今回に限ってはお節介がいい方向に作用したようだな。

 それに――言い切った以上、それを貫いて貰うとしよう。 

 

 「そうか。なら俺からは何も言う事はない。好きにするといい」

 

 俺にとってもこの状況は何かと都合がいいしな。

 この件に関わる気は無いし、俺の方から事情を聞く必要もないか。

 話が一段落した所で、ちょうど注文した料理が運ばれて来た。


 各々それに手を付けながら会話はそのまま雑談へと移行していった。

 

 結局、詳しい話はハイディの口から出てこなかったので詳細は不明だが、口ぶりや態度からそこの子供が厄介事――どう考えても荒事で、それに巻き込まれたんだろう。

 ハイディ達は直ぐにでも宿を出る様な素振を見せたので、ここは逆に俺が出ていくことにした。


 中二野郎とダーザインの件もある。

 色々と見極めるのに少し動いた方が良さそうだしな。

 俺が部屋を空ける事を聞いたハイディは慌てていたが、強引に部屋を使うように言った後、俺はその場を離れた。


 ――所までは良かったんだが……。


 「これからどうした物か……」


 いきなりだったので正直ノープランだった。 

 まぁ、人気のない所をブラついていれば、連中の方から寄って……いや、あれだ。

 折角だしギルドで軽く仕事でもしてみるか。


 ギルドは年中無休だ。

 いつでも開いているので、こういう時には便利な場所だな。

 行先が決まったので魔法で索敵をしながらギルドへ向かう。


 流石は王都だけあって昼間ほどではないが、人通りは多い。

 お陰で、尾行しているような怪しい奴を見分けるのが面倒だ。

 実際、怪しい反応がちらほらと引っかかる。


 近くの物陰で俺の動向を窺っている様な奴が――二人?

 取りあえず人気のない所に誘導して、まだ付いて来るようなら仕留めるとするか。

 少し遠回りになるが問題ないだろう。


 細い路地に入る。

 しばらく歩く。ふむ、まだ付いて来るな。

 適当な所で足を止める。少し離れた所で気配も動きを止めた。

 

 「そろそろ出てきたらどうだ?」


 試しに声をかけてみると。 

 物陰から恐る恐ると言った感じで二人出て来た。

 両方とも女だ。


 片方は髪の短い活発な印象を受ける娘で、もう片方はやや長い髪をなびかせたクールな感じの娘だ。

 何だこいつ――って最近、俺こんな事ばっかり言ってる気がするな。

 ダーザイン特有の黒ローブは着ていないが何者だ?


 「何か用かな?」


 二人は目配せをすると活発そうな方が少し前に出た。


 「ど、どーもです。あたしらはえーとですね。ちょっと春を売ってまして、お客さんになってくれないかなーなんて……」

 

 隣のクールが無言で同意するように何度も頷く。

 またかよ。どうなってんだここは。

 

 「あー……君らあれか?さっきの女の仲間か何かか?」


 俺がそう言うと活発そうな方が観念したように肩を落とす。


 「正直に言うとそうなんですよ。お兄さん他所から来た人でしょ?そういう人はこの辺りでは取り合いになるんで、あたしらとしてはなるべく逃がしたくないんですよね。んで、お兄さんはあたしらの仲間をあっさり振った。あたしらとしては困るんですよねー」


 言いながら女の視線にねっとりとした物が混ざる。

 何と言うか肉食獣を連想させる嫌な視線だ。


 「ほう。それはどう困るんだ?」

 「あたしらにも面子があってね。意地でもお兄さんをウチの顧客にしてやろうって訳!」


 恥をかかされたままでは終われないと言う事か?

 言いながら女は少し服をはだけて見せた。

 太ももやら谷間やらがちらちら見え隠れしている。


 「どう?今なら二人同時で一人分の値段でいいよ?まぁ、次からは通常の値段になるけどね」


 成程、要は売込みか。

 あの女、見かけによらずに随分と攻めて来る。

 自分が俺の趣味に合わなかったと判断してタイプの違う女を送り込んで来たって事か?


 それにしてもここまでやらないといけないとは王都の商売ってのは大変だ。

 今の話が本当だったらと言う但し書きが付くがな。

 まぁ、同情はするが俺には関係のない話だ。

 

 「さっきの女にも言ったんだがな。悪いが興味ない。他を当たれ」


 どちらにしても何やら怪しい匂いを垂れ流している女だ。

 ほいほい付いて行って何をされるか分かった物じゃない。

 

 「えっと……どうしても?」

 「どうしても」

 「そこを何とか!ほーらそそられません?チラチラ」

 「……」

 「ほ、ほらロレナ!あんたもやって!」

 「チラチラ」

 「……」

 「あ、あのー……やっぱりあたしらじゃダメだったりする?」

 「だったりする」

 「お兄さん。男じゃないとダメな人?」


 おいおい。ホモ扱いとは酷いな。


 「ダメな人じゃないけど、君らに付いて行く気は無いな」

 「お、お金ないならツケでも――」

 

 ……しつこいな。


 俺の表情から無駄と悟ったのか肩を落とす。


 「今日の所は諦めるけど、次こそはあたしらの客になって貰うからね!」


 何故か女二人は俺を指差してそのまま去っていった。

 さて、何だかよく分からんが一先ず面倒事は消えたのでギルドへ向かうとするか。

 

 




 「ぶっはー。アレ無理!絶対無理だから!」

 

 あたし――エリサは標的から充分に距離を取った所で思いっきり息を吐く。

 

 「引き下がってよかったの?」

 

 隣のロレナがそんな事を聞いて来るが、あたしは首を振って否定する。

 

 「良くはないけど、あれ以上やったら多分怪しまれてた」


 あたしもこの手の経験はそれなりに積んでるけど、あそこまで女に無関心なのは初めてだ。

 関心が全くないと言う訳ではないが、すっごく薄い。

 あたし達が肌を見せた時、一瞬だったが視線が向いた。


 ……向いただけだったけど。


 ヘルガ姉さんが落とせない訳だ。

 そもそも視線に欲望の色がみえない。

 大抵の男は程度の差はあれど、ドロっとした視線をあちこちに注いでくる物だが、あの男の視線は何と言うか――武器屋とか道具屋に陳列されている商品を見る様な視線だったと言うか……。

 

 感情が全く籠っていなかった。

 あるのは探るような眼差しのみ。

 多分だけど、あのまま食い下がっていたら間違いなく疑われるだろう。


 そう確信させるような物があの男からは感じられた。

 

 「そう。ならどうするの?篭絡が難しいならやっぱり襲う?」

 「正直、あたしもそれ考えてたけど、ヘルガ姉さんの話だと本命と一緒に六人返り討ちにしたらしいし、力押しは止めといた方がいいと思う」


 一応、あたし達の後ろに保険バックアップが居るけど、彼らの仕事はあたし達が死んだ場合の報告要員だ。始めから勘定には入っていない。

 あたしもロレナも戦闘に関しては微妙だ。決して弱くはないが強いとも言い切れない。


 それに、相手の実力もはっきりしない内から仕掛けるのは愚かとしか言いようがない。

 やるにしても勝てる見込みがあるか見極めてからだ。

 なら、この場は……。


 「今日は引き上げよっか。取りあえず、篭絡は難しそうって事が分かっただけ収穫と思おう」

 「分かった」


 ロレナは素直に頷いてくれたのであたし達はそのまま引き上げる事にした。 

 歩きながらあたしはあのローと言う男をどう落とすか考えていたが……思いつかなかった。

 

 ……差し当たっては警戒を解く所からかな? 

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