第93話 「取立」

 迫りくる影を片端から切り捨てながら俺――リックは走り続ける。

 影の合間を縫って魔物と化したアイガーが襲いかかって来た。

 人としての理性は残っていないのか、4つ足で軽やかに飛び跳ね、俺と言う獲物をひたすら狙い続ける。


 ……敵の数が多すぎる。


 謎の影――亡者とでも呼ぼうか――は戦闘力こそ高くないが、執拗に俺を取り押さえようと手を伸ばす。

 その辺に落ちてた角材や剣で攻撃を仕掛けて来る者もいるが、そんな物では俺の着けている鎧は抜けないので脅威度は低い。


 だが、アイガーだけは別だ。

 俺は鎧の肩についている傷を見る。

 アイガーの爪を受けた痕だ。数回なら問題ないだろうが、あまり貰いすぎるとこの鎧でも危険だろう。


 後ろから飛びつこうとした亡者を振り向きざまに両断。

 その隙に俺を羽交い絞めにしようとした奴に振り向かずに剣を突き刺し、そのまま地面から引っこ抜いて手近の敵に投げつける。


 亡者たちは折り重なるように倒れる。 

 俺はそれを踏み台にして跳ぶ。滞空中に周囲に視線を走らせてアイガーを探す。

 

 ……どこだ……。


 見つからない。そのまま着地。

 追いついてきた亡者が角材で殴りかかってくるが、手の甲で払いのける。

 

 ――リック!


 「……!?」


 頭に声が響き、弾かれたように視線が目の前の亡者に向く。

 見た目に違和感がある。


 ……不自然に腹が膨らんで――いや、違う。

 

 亡者の腹を突き破ってアイガーが食らい付いてきた。

 

 「くおぉ」


 咄嗟に身を捻って躱すが間に合わない。

 片腕で受ける。アイガーに噛み付かれた鎧が悲鳴のように軋む。

 残った剣で腹を突こうとするが、俺の体を蹴って離脱。また亡者の群れに紛れて姿を消す。


 ……この……。


 頭に血が上りかけるが……。

 

 ――落ち着けって。相手をよく見ろ。


 頭に響く声で冷静になった。

 何者だ?さっきとは違う声みたいだが……。それにこの声、覚えが――。


 ……誰だ。さっきから俺に話しかけているのは…。


 俺は素直に疑問をぶつける事にした。


 ――リック話はあ――。


 ――俺だ。分からないか?


 最初の声に被せる様に響いた声を聞いて記憶が刺激される。

 脳裏に浮かんだのはあの元親友の顔。そしてもう一つの声は…。


 ……ガーバスか?……もう1人は――教官?


 ――おう。久しぶりって程には時間は経ってないか。


 ――動揺させるから後にしろとあれ程――ともあれ気づかれた以上は仕方がないな。察しの通り私だ。


 ――何か気が付いたらこうなってたんだが、お前何か知ってる?


 ――私は――確かヘレティルトに捕まって拷問された所までは覚えてるんだが……。


 俺は走り回りながら話を続ける。


 ……状況はどこまでわかってるんだ?


 ――いやぁ。落ち着いたのはついさっきでな。アイガーの野郎が完全に人間辞めた所から見て……いや、あの鎧っぽい奴アイガー……だよな?声で判断したんだが……。


 ……合ってるよ。


 ――私もその辺りからだな。何故ヴォイド聖堂騎士があのような事になっているのも解せんが、今は目の前の状況を切り抜けるの先だ。


 ――そーだな。状況は全く呑み込めないがヤバいのはよく分かった。俺も力を貸すぜ!


 ……ガーバスお前は……。


 ――いや、ほら。何か分からんがお前と一蓮托生みたいだし……まぁ、あれだ。色々あって信用できないなら邪魔しないように黙ってるが……。


 レフィーアの事を考えるが、教官の言う通り目の前の敵が先だ。

 許した訳ではないが、俺も奴を殺したんだ。

 それに、情報をくれた事もあったし、あいつなりに友情に応えようとしてくれたんだ。 俺もそうしよう。

 

 ……分かった。


 ――すまねぇな。信じてくれた事、感謝するぜ。今の俺に何ができるかは分からんが、何でも言ってくれ。


 ――君達は仲違いしてたのか?喧嘩もいいが、そう言う物は早めに清算してしまえ。死んでしまっては仲直りもできないんだからな。


 ……そう言えば教官は知らなかったな。


 ――お、おう。そうだな。


 お前、何でちょっと照れてるんだよ。

 

 ――まぁ、その辺は置いといて、まずはアイガーの野郎を仕留める事に集中しようぜ。俺と教官は奴を探す。お前は回避に専念しろ。


 ――先に言われてしまったが、ガーバスの言う通りだ。 リック、君は目の前の事にのみ集中するといい。君の斬るべき敵は我等で見つけよう。


 ……分かりました。では、お願いします。因みに二人はどうやって外の様子を?


 ――君の視界を借りている。


 ――そうだな。お前の見てる物が見えてる。


 それにしても何で二人が――いや、理由は何となくだが分かっている。

 あの光だ。アレに触れたからだろう。

 何故、そんな事が出来るかは不明ではあるが好都合だ。


 俺は動き回りながらなるべく首を振って視野を広くする。


 ――リック!下だ。


 教官の声で下に視線を向ける。

 倒れた亡者の背を食い破って、アイガーが飛び出して来たが、反応できた以上こちらの方が早い。

 首を狙って一閃。アイガーは咄嗟に身を捻る。


 俺の剣閃と奴の爪が交差。

 剣は奴の足を一本切り落とし、爪は俺の胸の辺りを浅く傷つけた。

 アイガーは飛びかかった勢いのまま地面を転がる。


 ……逃がすか。


 ――止めとけ!深追いすんな!


 ガーバスの言葉で踏み込まず留まる。

 倒れたアイガーは当然大人しくしている訳もなく口から煙のような物を吐き出す。

 俺は口を覆って下がる。


 その隙にアイガーは周囲に漂っている俺が仕留めた亡者達から抜けた光を吸収し始めた。

 すると、切断された足が再生を始める。

 例の光を喰らって回復するのか。厄介だな。

 

 ――長期戦はしんどいぞ。


 ――私も同感だ。リック。次で仕留めるぞ。


 俺も賛成だ。

 

 ――どこまで理性が残っているかは怪しいが、アイガーはあまり気が長い方じゃない。適当に焦らせば直ぐにでも突っ込んで来るぞ。


 ――可能な限り引き付けろ。確実に狙った個所を斬れるように集中するんだ。


 俺は何時でも動けるように、意識しながら亡者たちを切り捨てていく。

 

 ――居た。左側、斜め後ろだ。


 ――恐らく目の前の奴を斬った所で仕掛けて来るぞ。


 目の前から剣で斬りかかって来た亡者の胴を薙いで両断。


 ――来るぞ!


 視界の外だが、来る方向が分かればやれる。

 亡者を両断した剣ごと体を回す。視界も剣を追って動く。

 半回転した所で飛びかかって来たアイガーと目が合った。


 ……ここだ。


 完璧に捉えた。

 俺の剣はアイガーの開いた口から入って体内を進み両断。

 上下二つに分かれたアイガーは地面に落ちた。


 念の為、警戒しながら近づくが、アイガーの死体は音もなく溶けるように消える。


 ……やった……のか?


 周囲の亡者は相変わらず消えないが、統制を失ったように動きが鈍くなった。

 

 ――やったな!


 ――あぁ、奴は消えた。後は周りの者達をどうにかすれば……。


 「どうやらそっちも終わったようだな。ここはおめでとうと言っておく所か?」


 不意に声をかけられた。

 俺はゆっくりと振り返るとそこにはローが居た。

 相変わらず何を考えているのか感じさせない無表情だ。

 

 ……何故か腰に紫色の布のような物を巻き付けただけの姿で。


 「あぁ、あんたのお陰だ。感謝してるよ」

 「いや、礼はいらん。最初に言ったがこれは取引だ」


 ――リック。彼は一体何を――。


 ――っていうか何であんな格好してるんだ?


 「……見た所、復讐の対象は全員死んだようだし、料金を貰おうか?」


 ローはゆっくりとこちらに近づいてくる。

 

 「分かった。その前に周りの奴等を……」

 

 周囲には亡者の群れが無軌道に歩き回っている。

 話をするには不向きだろう。

 ローは視線を巡らせると納得したように頷く。


 「いや、それは後にしよう。……とは言ってもここは話をするには不向きだな。確か、少し戻った所にちょっとした広場があった。そこで話の続きと行こう」


 そういうとローは踵を返して歩き出した。

 裸足なのでペタペタと少し間抜けな足音がする。

 俺はその背に続いて歩き出した。


 お互い何も言わずに黙々と歩く。

 俺はローの背を見ながら「料金」について考えていた。

 

 ……一体俺は何を取られるんだ?


 ――リック。彼は何を言っているんだ?


 教官が困惑したような口調で聞いて来る。

 

 ……彼には怪我の治療をして貰いました。その代償を支払うように言われています。あの時、治療してもらわなければ俺は死んでいたでしょう。


 ――そうだったのか? では、彼は君の恩人と言う訳か。


 ――そうじゃないだろ?


 そこで黙っていたガーバスが口を挟む。


 ――ガーバス?


 ――あの野郎がそんなタマかよ。見ただろあの目を。俺も冒険者やって色んな奴を見てきたが、あれはヤバい。あいつとどんな約束をしたかは知らんが無視して逃げろ。今のお前なら逃げきれるだろ?


 ――いや、ガーバス。いくらなんでもそれは……。


 ガーバスは必死に逃げるように促すが、話も聞かずに逃げるのは流石にまずいだろう。

 俺は内心で首を振る。


 ……俺としても穏便に済ませたい。逃げるにしても逃げないにしても話を聞いてからだ。


 ――そうだな。


 ――……分かった。だが、気を付けろよ。


 話している内に目の前を歩いていたローが足を止めて振り返る。


 「ここでいいだろう」 


 俺も少し距離を置いて足を止める。


 「分かった。手早く済ませよう。その前に聞きたいんだが――」

 「何かな?」

 「あの召喚された巨大な悪魔はどうなったんだ?」


 少し前からあの悪魔が暴れていたらしき音が全く聞こえない。

 お陰で街は不気味なほど静かだ。


 「俺が仕留めた。……お陰でご覧の有様だがな」


 事も無げにローは答えて小さく溜息を吐く。

 

 ――冗談だろ?あの化け物を一人で仕留めたのかよ。


 ――俄かには信じられんが……。


 二人は驚きの声を上げているが俺は特に反応せずに続ける。


 「分かった。では、この街のダーザインについては全滅したと考えてもいいのか?」

 「……そうだな。この街で生きているのは俺達だけだ。他は――あの妙な死人ぐらいだな」


 亡者達の事か。

 俺は空を見上げるが、相変わらず街は厚い雲のような物に覆われている。

 

 「空の雲は消えていないようだが……」

 「それに関しては知らん。作った奴が居なくなった以上、放って置けば消えるんじゃないか?」

 

 ローは「……で?他にないか?」と聞いて来るが、特に浮かばなかった。


 「いや、充分だ。そろそろ支払いの話に移ろう。俺は何を差し出せばいいんだ?」


 言いながら俺はこの先の事を考えていた。

 ここを出たら教官やガーバスと一緒にダーザインと戦おう。

 街の惨状を見る。恐らく、もう復興は望めないだろう。


 サニアやレフィーア。いなくなった人達の事を考えると怒りが湧き上がる。

  

 ……こんな事を繰り返させてはいけない。


 戦おう。ダーザインや腐敗したグノーシスの一部も俺の敵だ。

 

 「全てだ」


 そんな俺の考えはローの言葉で両断された。


 「お前の命と体、魂の全てを貰う」

 

 何を言われたのか理解できなかった。


 「全て?」

 「あぁ、心配するな。痛みはないし、直ぐに済む」


 ローが近づいて来る。

 俺は思わず後ずさりながら声を上げる。


 「待ってくれ。それは……俺を殺すと言う事なのか?」

 「……有り体に言えばそうだな」


 ――だから言っただろうが!分かっただろ!?逃げろ!


 ガーバスが叫ぶように逃げろと言う。

 命を救ってもらったんだ。ある意味等価とも言えるだろうが――。


 ……まだ、俺は死ぬ訳には行かない。


 「分かった。だが、頼みがある。その支払い。少し待ってくれないか?」

 

 言った瞬間、空気が変わった。

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