第92話 「丸呑」

 獣の異形の体の一部が爆発したかのように内側から爆ぜたのだ。

 球が何かした様子はない。


 ……一体何が――。


 苦痛の悲鳴が街に響く。

 爆ぜたのは二ヵ所。

 そこから黒い紐状の何かが蠢いているのが見えたと思ったら更に傷口が爆ぜる。


 傷口を突き破って何か植物の蔦のような物が現れて拘束するように体に巻き付く。

 獣の異形は蔦を引き千切ろうと足掻くが、無駄と悟ったのか力を溜める様に身を沈める。

 次の瞬間、轟音と共に衝撃が波紋を描いてこの街全体を襲う。


 衝撃は十二分に離れている俺にまで届き、体が吹き飛ばされる。

  

 「……が」


 身は苦痛を訴えるが、そんな事はどうでもいいと思えるぐらい俺は目の前の戦いに目を奪われていた。

 今ままで積み上げて来た常識を打ち壊すほどの異形の戦い。

 これが神話に謳われた神々の戦いなのだろうか。


 そう信じられるほどに目の前の光景は壮絶だった。

 俺は痛む体に鞭打って起き上がる。

 

 ……戦いはどうなった。


 獣の異形の恐るべき咆哮は凄まじい被害をもたらしていたが、相対する球は生えている「何か」を数本失ってはいたものの健在で、未だ戦意を失っていないように見える。

 対する獣の異形は体から突然生えた謎の植物に締め上げられ弱っているのか、動きがかなり鈍い。


 謎の植物は獣の異形を締め上げながら少しずつだが変化している。

 何か実のような物が――。


 ……いや、あれは蕾なのか?


 俺の予想は正しく、生えて来た蕾は大きく開き大輪の毒々しい紫の花を咲かせた。

 紫の花は花弁から何か綿毛のような物を大量に飛ばす。

 花と同じく毒々しい紫の綿毛は風に乗って居るとは思えない速度で、球の方へ飛んでいく。


 球の一部が口の様に変化して綿毛を迎え入れるように大きく開く。

 綿毛は次々と口に飛び込んで行った。変化はすぐに表れる。

 欠損した部分が嫌な音を立てて再生。


 逆に獣の異形は肉が剥がれ落ちて骨が剥き出しになっていく。

 力を吸い取っているようだ。

 獣の異形は花に煙を吐きかけて何とかしようとしているが、花は枯れるどころか巨大化している。

 

 煙では効果がない事を悟ったのか、今度はさっき街を破壊した謎の衝撃を放った。

 轟音と共に獣の異形の体と共に花が弾け飛び、周囲の瓦礫が空高く舞い上がる。

 流石に至近距離であの攻撃を喰らえば一溜りもないだろうがそれを黙ってみているほど、球は悠長ではなかった。


 次の瞬間には球から伸びた「何か」が一斉に喰らいついていた。

 獣の異形の抵抗も虚しく「何か」は巻き付き、腹を食い破り、蹂躙していく。

 決着は着いたようだ。

 

 ……凄まじい戦いだった。


 そんな事を考えていた所でふと気づく。

 地面に影が落ちている。俺は首を傾げて上を見上げると、上から瓦礫が落ちて来ていた。


 「あ――」


 反応する間もなく瓦礫が目の前に迫り――


 ――衝撃。それが俺の最期に感じた物だった。








 飢餓感。

 それが今の俺を苛んでいる物だ。

 

 ……あぁ、くそ。こうなるから嫌だったんだ。


 あの怪獣を仕留めるにあたって、俺が最初にした事は自分の体を釣り合いの取れるサイズにする事だった。幸いにも材料・・は周囲に大量に落ちている。

 片端から周囲のゾンビ共や死体を吸収して質量を稼いで巨大化した所までは良かったが、体を制御する為の「根」が圧倒的に足りないので移動すらままならない状態になってしまった。


 仕方がないので体内で「根」の増産と代用品として例の遺跡で出くわした巨大植物の種を作って発芽させ、体内で強引に増殖させる。これで何とかこの図体を動かせそうだ。

 

 この植物の蔦は俺の「根」と似た特性があるので、代用品としては申し分ない。

 

 ……実際、死体を操ってたしな。


 後は、並行して制御用の脳を作って完了。

 取りあえずでかくはなったが相変わらずこの図体を動かすのは難しそうなので動かずに戦う事にした。

 まず必要なのは奴に届く「腕」。ギミックなどに拘っている余裕もないので、デス・ワームをまんま再現して体から生やした。


 一本じゃ心許ないのでその数五本。

 生やしたのは良かったが、消耗が半端ないな。

 思った以上に燃費が悪いなこの体。


 俺はさっさと勝負を決めるべく、デス・ワームを防御用に二本残して残りの三体を嗾ける。

 アクィエルは軽い動きで躱して肉薄。

 

 ……まぁ、そうなるよな。

 

 そもそも人間サイズだった俺を捉えられるほど早いんだ。目に見えていた結果だな。

 振り下ろされた爪を残して置いたデス・ワームに受けさせて体内で循環させている溶解液を喰らわせる。

 アクィエルは怒りの咆哮を上げて息攻撃。もうそれは見たよ。


 カウンター気味に<大嵐>で吹き散らす。表面が少々爛れたが許容範囲内のダメージだ。

 その間に攻撃用のデス・ワームが戻って来たので、背後から<火炎>――火を放射する魔法を喰らわせたが、ほとんど燃えていない。

 

 ……やはり魔法は効き目が薄いな。


 下がって立て直すかとも思ったが、予想に反しアクィエルは背を焼く炎を無視して噛み付いてくる。

 それだけなら問題ないが、この犬野郎は傷口に直接息を吐きかけてきやがった。

 何て事しやがる。


 何とか引き剥がさないと不味いな。

 俺は体内でデス・ワームの外殻を材料に「筒」を作る。

 そいつを体内から突き出してアクィエルに喰らわせて吹き飛ばして強引に距離を離す。


 これの構造は単純にただ固いだけの筒だ。

 何でこんな物を作ったのかと言うと、用途は「砲身」。

 筒の中に加工した「種」を装填して<爆発>で吹っ飛ばす。


 撃たれるとは予想してなかったのか「種」は犬野郎に命中。体勢が崩れた所に更に一発。

 俺を見る視線は怒りを通り越して殺意すら籠っている。

 

 ……知った事ではないがな。


 三発目以降は流石に躱された。

 その後は、飛び道具に警戒しているのか不用意に距離を詰めずに中途半端な位置で攻撃を仕掛けては距離を取られる。

 所謂ヒット&アウェイってやつか。


 これをやられると辛いな。

 威力はあるが、こちらの攻撃は「出」が遅い。

 落ち着いて対処されると当たらんな。


 ……まぁ、こっちの仕込みは終わっているから後は待つだけだが。


 しばらく耐えていると、奴に撃ち込んだ種が発芽。

 魔力と肉を喰らって成長し、蔦を伸ばして宿主を締め上げる。

 効いてくれたか。


 悪魔の体は普通と違うし、上級とかいう偉そうな肩書が付いているから効果が出るか不安だったが、この様子なら行けそうだな。

 正直、これ効かなかったらどうしようかと思っていたので、内心で胸を撫で下ろす。


 奴は蔦を何とかしようと身を捩るが効果は無い。お前の体から生えてる以上、体を捻った程度では千切れんぞ。

 蔦の処理が難しいと悟ったのか、今度は俺を狙って衝撃波を放つが消耗しているのかさっきほどの威力はない。風系統の防御魔法で防ぐが、一部は貫通。デス・ワーム数本にそこそこのダメージが入ったが、俺本体はほぼ無傷だった。

 

 そうしている間にアクィエルの養分を吸い取った蔦は花を咲かせる。

 ここまで来たら流石に死ぬだろ。

 咲いた花からタンポポの綿毛みたいなものが大量に飛び出す。


 奴の魔力と肉で出来た養分の塊だ。

 正直、こっちもガス欠寸前だったので、口を作って吸い込む。

 乾いた砂が水を吸うように魔力を吸収する。それを利用して損傷を回復。


 アクィエルの方は完全に死に体だ。

 もともとゾンビみたいなナリだったが、肉が剥がれ落ちて骨だけになりそうになっている。

 そもそもこいつは召喚された直後も骨に肉が斑についている状態だったが、魂を喰らい始めると徐々に体が再生を始めていた。


 この様子だと、察するに元々かなり弱った状態で召喚されていたようだ。

 呼ばれた奴はみんなこうなのか、呼ばれる前に何かあったのかは知らんが、本調子じゃないのは確かだろう。そんな状態で魔力を大量に吸い取られたんだ。どうにもならんだろう。


 頼みの綱のこの街で死んだ連中の魂は俺と奴で軒並み喰ってしまったしな。

 見ている間にも奴は花を何とかしようとしているが、上手く行っていない。

 息攻撃は逆に吸収されて効果を発揮せず、苦肉の策なのか衝撃波を自分の体に撃ち込んで花を攻撃し始めた。


 こっちは有効だったようで花は散ったが、種はそのままだからまた生えて来るぞ?

 立っていられないのか足がフラ付き始めた。

 こうなったら後は料理するだけだな。俺はデス・ワームを全て使って絡め取ると、思いっきり引き寄せる。


 アクィエルは何とか抵抗しようとするが、それも虚しく俺の近くまで引き寄せられる。

 後は俺の体に巨大な口を作って準備完了。

 すっかり骨だけになったアクィエルを吊り上げる。


 奴の目に恐怖が宿る。自分の運命を悟ったようだ。

 

 口を思いっきり開く。


 ……いただきます。


 そのまま丸呑みにしてやった。

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