第91話 「巨躯」
俺は地面に大の字で倒れていた。
装備品は軒並み破壊され、剣も柄まで壊れたのでもう使い物にならんな。
辛うじて無事なのは棍棒と衣服ぐらいな物だ。
油断したつもりは一切なかったんだが、これは参った。
あの後、手近な魂を片端から喰って奴の邪魔をしてやったんだが、どうもそれが気に障ったらしい。
真っ直ぐにこっちに突っ込んできやがった。
犬みたいな面してるだけあって、動きも速い。
あの図体で頭上から襲い掛かって来たので咄嗟に躱そうとしたが、腕の一振りで吹き飛ばされてその辺に叩きつけられた。
一応魔法で防御したがダメージは大きく、ざっと確認しただけで体内の補助脳のいくつかにダメージがあり、内一つは完全に潰れている。
俺は内心で舌打ちした後、回復にリソースを割きつつ攻撃に転じる。
魔法を起動。<爆発Ⅲ>を二連発。
あの図体だ。碌に狙わなくても問題ない。奴の頭部で魔法が弾ける。
爆炎と煙が起こるが、それを割ってドス黒い煙がこっちに向かって噴き出してきた。
……
躱すのは無理なので風の防御魔法を三重に張って身構える。
どう見てもダーザインの連中が自爆する時に出てくる霧じゃねえか。
防御魔法もジリジリ溶かされているので、留まるのは不味いと判断。
<飛行>で上に飛んで煙を抜ける。
……マジか。
抜けた先ではアクィエルが腕を振り上げていた。
それを認識した瞬間に振り下ろし。
躱しようがない。直撃。
俺は蠅叩きを喰らった蠅のように地面に叩き落される。
防御魔法は生きていたが、今のでかき消された。
しかも下は例の煙だ。防御なしはヤバい。
俺は咄嗟に防御魔法を展開したが少し遅れて全身に煙を浴びる。
全身に焼けるような感触。それと同時に迫る地面。
叩きつけられる直前に地面に<爆発Ⅰ>を叩き込んで衝撃の一部を相殺。それと同時に落下地点をずらす。
地面に叩きつけられはしたが多少はダメージを減らせたようだ。
障壁の展開も終わり、体が溶ける事は無くなったが全身が焼け爛れたような状態にのままだが治療している暇がない。
着地と同時に俺が落ちるはずだった所に奴の足が叩きつけられる。地面に衝撃と砂埃が舞う。
……いい加減この煙が邪魔だ。
<大嵐Ⅱ>で周囲の煙を吹き散らす。
視界が戻る。それと同時に横からの薙ぎ払い。
後ろに跳んで躱すが、今度は奴の頭が突っ込んで来る。
……体当たりか?いや、違うな。
口が思いっきり開いている。喰らいつく気か。
新技を試してやる。目玉に魔力を集中。使用するのは左右で<制止>と<枯死>。
視界が完全に奴で埋まってるんだ使いどころとしてはここだろう。
奴の動きがガクンと止まり表面がボロボロと崩れ始める――が、それもほんの数秒止められただけで、そのまま突っ込んで来た。奴の無傷の頭を見ると最初に喰らわせた<爆発>は効果なしか。
その事実が若干ショックだったが、俺は構わずに視線に魔力を送り続ける。
突進は何度も停止しては振り払って俺に喰らいつかんと距離を詰めて来た。
……時間稼ぎとしては充分だ。
<飛行>を使って加速。距離を取る。
このまま上空から魔法か何かを打ち込んでチクチク削ってやろ――。
アクィエルに視線を向けると奴は何か力を溜める様に姿勢を低くしている。
嫌な予感がしたので、回復などに使っていた全ての処理を防御に回す。
防御を展開してどう出て来るか等と考えていると凄まじい轟音…恐らくは咆哮だと思うが……。
聞こえた瞬間、全身に衝撃が走り、気が付けば地面に大の字になって倒れていた。
……で、今に至る。
周囲を見てみると、成程。何が起こったか分からんが大した攻撃だったらしい。
俺の周囲と後方の建物が軒並み瓦礫の山になっていた。
壊され方から察するに衝撃波に近い物か。
……防御してなかったら間違いなく挽き肉になってたな。
肌の下に仕込んだデス・ワームの装甲も亀裂だらけだが、深刻なのは臓器類だな。
正直、知りたくなかったが、腹の中はミキサーにぶち込まれたような状態になっている。
現在全力で修復中だが、これは今のままで勝つのは無理なんじゃないだろうか。
……というかあの図体で、あれだけのスピードで動けるって有り得んだろ。
豪快に吹っ飛ばしてくれたお陰で距離は良い感じに開いている。
これなら少しだが時間はあるな。
……やるか。
割と博打になるが本気を出そう。
あれだ。俺がガス欠になるのが先か、あいつがくたばるのが先か。
残念ながら俺の頭であの化け物を殺れるような冴えたアイデアは出てこない以上、これしかないな。
いつかはどんな奴が相手でも勝ち筋は見えてるぜ!とか、俺にいい考えがある!とかやってみたい物だ。
それか都合よく伝説の武器とかあの化け物にビックリするほど特攻効果のある武器がその辺に落ちてないかな?
……ねーな。
現実逃避はここまでにしてやるとするか。
俺は大急ぎで体の再構成に取り掛かった。
「誰かぁ、誰かいないのかぁ」
俺はペントス。この街の住人だ。
今はこの滅んだ街で生き残りが居ないか探しながら街から出ようと移動中――だった。
さっきまで聖騎士様達と避難していたのだが、怪しい連中に襲われて戦闘になり、その巻き添えで意識を失った。
気が付けば周りには誰もおらず死体すらなくなっていた。
俺は置いて行かれてしまったらしい。いつの間にか街は薄暗くなっており空は不自然なぐらい黒い雲に覆われており今が朝なのか夜なのかすら分からない。
少し歩くと広い道に出て、坂を上り街をある程度見渡せる、少し高い所に出て――。
――そこで俺は絶望を見た。
空の雲よりも更に黒い何かを纏った巨大な獣の異形。
咆哮1つで家々や施設を破壊したのを見た時、俺の中で何かが砕け散った。
心が折れたのだ。アレからはどうやっても逃げられない。
黙って殺されるのを待つしかない。
そう思ってしまった俺はその場に座り込み、自らの人生を懐古していた。
獣の異形は移動を開始しようとして動きを止める。
まるで何かに気を取られたかのようだ。
そして俺の想像は当たっていた。
少し離れた所で爆発のような物が起こり、瓦礫が宙に舞う。
そしてそこに現れたのは更なる異形だった。
大きさは獣の異形と同じぐらいで、見た目の印象は球だ。色は肌色で何となく人の肌を連想して嫌悪感が湧き上がる。
……あれは一体……。
そう思っている内に動きがあった。
球が身を震わせたと思ったら、表面を突き破るように「何か」が現れる。
その「何か」は濃い茶色の体表に突起のような物が等間隔で生えており、先端には巨大な口が備わっていた。
それが五本。耳にいつまでも残りそうな不快な音を発しながら獣の異形を威嚇している。
獣の異形もそれを察したのか身を低くして戦闘態勢を取った。
最初に動いたのは球だ。
細長い「何か」が三本、猛烈な勢いで獣の異形に向かって行く。
獣の異形は軽い動きで何かの突進を躱すと球に向かって飛びかかる。
球は残った二本を嗾ける。躱された三本も反転して背中を追いかけ始めた。
獣の異形は前方からの攻撃も危なげなく躱すと前足を振り上げて、下ろす。
巨大な爪が球を襲うが「何か」の一本が間に合った。
爪の軌道に割り込み、攻撃を代わりに受ける。
表面が引き裂かれ黄色い液体が勢いよく噴き出す。
至近距離にいた獣の異形はまともに浴びる。
凄まじい悲鳴が上がり苦し気によろめく。
俺は何事かと目を凝らすと、獣の異形の体から煙が上がっていた。
……体が溶けている!あの液体は触れた物を溶かすのか!?
獣の異形は怒りの咆哮を上げるとお返しとばかりに黒い煙のような物を吐きかける。
煙に触れた球の表面が爛れ始めるが、戻って来た「何か」が口から息のような物を吐いて煙を噴き散らす。
残った「何か」の内三本が、口から炎のような物を吐き出して獣の異形を焼いて行く。
獣の異形も黙ってやられる気は無いようで、焼かれながらも球に噛み付き始めた。
驚いた事に獣の異形は炎を浴びてはいるがあまり焼けている様子がない。
……炎が効かないのか!?
噛み付いている部分から黒い煙が噴き出す。
傷口に直接煙を吐きかけているようだ。
球が苦し気に身を震わせる。
それに気を良くしたのか獣の異形は更に深く噛み付こうとするが、何かに引き剥がされたように球から離れる。
俺は何だと目を凝らすと、球の表面から巨大な柱のような物が突き出していた。
……あれで強引に突き放したのか。
吹き飛ばされた獣の異形はすぐに体勢を立て直すが、謎の轟音が発生して。
弾かれたように更に吹き飛ばされた。
何が起こったのか分からず球を注視すると、さっき生えて来た柱が煙を吹いている。
……あの柱が何かしたのか?
そう思っているとそれは起こった。
轟音と共に柱が火を噴いたのだ。獣の異形は再びぶん殴られたかの様に吹き飛ぶ。
見た所、何かを飛ばしているようだが、あれは一体……。
獣の異形は傷を負って視線に怒りを漲らせる。
球は知った事かと柱から再び何かを撃ち出すが、同じ手は食わないと言わんばかりにあっさりと躱され、開いた間合いを潰される。
獣の異形は緩急を付けた動きで球を撹乱しつつ攻撃を始めた。
球は「何か」や柱で攻撃しようとするが、動きを捉えられていない。
獣の異形の爪が柱に当たり半ばから圧し折れる。
次に球の表面が引き裂かれ、黄色い液体がしぶく。
獣の異形は攻撃するとすぐに離れ、液体を浴びないように立ち回る。
球も必死に攻撃を繰り返しているが、虚しく空を切り、反撃を受けて傷が増えていく。
……勝負あったな。
俺は半ば球の敗北を察していた。
球は獣の異形を捉えきれずに、一方的に攻撃を受け続けている。
傷は少しずつだが再生しているのでまだ粘れるだろうが時間の問題だろう。
その様子を見ながら俺は思う。
俺は一体どこに迷い込んだんだろうと。
どう考えても目の前の光景は余りにも現実離れしすぎている。
……俺はもしかしたら夢でも見ているんだろうか?
それとも死を前にして頭でもおかしくなったかだ。
自嘲しながらそんな事を考える。
視線の先では異形の戦いが終わりへ向かおうとしていた。
訳が分からないがこの戦いを最後まで見ようと目を凝らす。
「――なっ!?」
思わず驚きの声を上げる。
予想外の事が起こったからだ。
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