第81話 「種明」

 「ガーバス!」


 俺は目の前の親友だと思っていた男を睨み付ける。


 「おーおー。怖いな」


 こうしてみているとさっきまでの出来事が夢なんじゃないかとさえ思う。

 そう思えるぐらいガーバスの態度は自然だった。


 「さて、どうする?始めるか?それとも話でもするか?」

 「今更お前が俺に何の話をするっていうんだ!」


 思わず怒鳴る。


 「そうだな。例えば――この街で起こっている事とかどうだ?」

 「聞けば素直に話すのか?」

 「あぁ、俺に話せる事なら聞かせてやるよ。心配すんな、嘘はつかない」

 

 ガーバスは「言えない事はあるがな」と付け加える。

 俺は息を整えて、冷静に考えた。真偽はともかくダーザインの事を知るいい機会かもしれない。

 

 「何で俺達を裏切った!」

 「裏切っちゃいない。元々俺はダーザインだからな。戻ったってのが正確だ」

 

 ガーバスは肩を竦める。


 「元々――お前は何でダーザインなんかに……」

 「あー。それ聞く?まぁ、あれだ。両親が熱心なダーザインでな。生まれた俺も流れでそう・・なった」

 「だからってあんな連中に加担するのかよ!お前の意志はどこにあるんだ!」


 生まれがそうだからって何も考えずに従うのか!

 ガーバスは俺の方を白けたと言った表情で見る。


 「その辺の葛藤はもう済ませた。情に訴えるつもりなら五年は遅かったな」


 ガーバスは手の甲を見せると、例の紋章が浮かび上がる。

 

 「これはダーザインの一員である事を示すのと同時に、裏切ったりダーザインに対しての背信行為を行うと自動的にボンッとなって死ぬように出来ている。要は裏切防止の措置だな」


 ガーバスは軽く息を吐く。


 「……と、そんな訳でどちらにせよ裏切れんようになってるんだよ」

 「今喋ってるのは良いのか?」

 「許可は取ってるんで問題ない。次の質問をどーぞ」

 

 色々と言いたい事はあるが、まだこいつには聞くことがある。


 「サニアは何処だ?」

 「ここの下だ。ついでに言うと生きてるぞ。急がないとどうにかなるって事も無いからその辺は心配しなくていい」


 ……サニアは無事か。


 俺はその事実に少しだけ胸を撫で下ろす。

 

 ガーバスは親指で奥の部屋を指して「そこの部屋に隠し階段がある」と付け加えた。

 教団の施設の地下にそんな物があったのか。

 それに…そんな物が存在していると言う事はつまり…。


 「……内通者がいたって事か……」

 

 実際、目の前の男もその一人だろう。


 「正解だ。……つっても内通どころじゃないけどな」

 「……どういう事だ!?」

 「正確な数は知らんが、ここの聖騎士、聖殿騎士の何割かはこっちの息が掛かっているらしいぜ」


 数割!?馬鹿な!?

 

 「霊知なんて胡散臭い物を妄信しているから足元が疎かになる。グノーシスだって組織には変わりはないんだ。一枚岩だって誰が言い切れるんだよ」 

 「お前――」

 「あー。そういうのはいいって。議論した所で平行線だしな。他に何か聞く事ないか?」


 俺は少し考えると、脳裏に一人の男が浮かび上がる。


 「ローだ。あの男はお前達の仲間なのか?」

 「いや、違う。アイツは全くの部外者だ。ここを仕切っている人がどうもご執心みたいで声はかけたが断られたらしい。俺も遠目に見たがありゃヤバいな。勧誘に失敗して口封じをしようとしたらかなりの数が返り討ちに遭っちまった。何やったらあんだけ強くなれるのか見当もつかねぇ」

 

 ……ローはダーザインじゃなかったのか……。


 だとしたら彼には悪い事をした。

 機会があれば謝罪しよう。

 

 「お前に話した段階では本当に噂だったのに当人がこっちまで来るのは正直、予想外だったぜ。こっちも数を減らされて負担が増える事増える事――」


 ガーバスは苦笑して肩を竦める。

 俺はそれに構わず質問を続ける。 


 「この街に居るダーザインの規模は?」

 「知らんな。知ってても言えない」

 「お前が言った仕切っている人物は何者だ?」

 「言えない。ただ、恐ろしい男だ」

 「拠点はどこだ?」

 「地下にある遺跡だ。正式な名称は『万魔殿』とかいったかな?」


 ……遺跡!?あの遺跡か。


 「遺跡には警備の騎士達が――」


 言いかけて気づいた。乗っ取られていたのか。


 「お察しの通り元々ダーザインの人間か殺されて入れ替わった奴のどっちかだな」

 

 そこまで情報が出たなら大体察しが付く。


 「やはり井戸か」

 「正解だ。一部の井戸は遺跡への入り口になっている。ついでにここもだがな」


 道理で不自然に消える訳だ。


 「なら聖剣は――」

 「それは本当にあったらしい。ただ、見つかったのは一番奥でだがな。俺は実物は見てないが、結構な代物だったってのは聞いてるぜ」

 「つまり探索はとっくに終わっていたって事か」

 「そうだ。俺も一時期使っていたが広いし快適だったぞ」

 

 聞けば聞くほど目を覆いたくなるほどの事実に眩暈すら覚える。

 グノーシスは一体何をやっていたんだ。

 聞きたい事は大体聞いた。そろそろ核心に触れるべきだろう。


 「ダーザインの目的は何だ?」

 「……俺も詳しくは聞かされてないが、何でもかなり位の高い悪魔を呼び出す事らしい」


 ガーバスは少し考えるように俯くとそのまま続ける。


 「どうもダーザインが位分けしている悪魔で中級までなら呼び出すのはそう難しくないらしい。だが、それより上――上級だか最上級だか言う格の違う奴は呼び出すのにそれなりの手順と材料がいるんだと」

 「街で起こっている事はその手順の一つだと?」

 「俺はそう聞かされてる」

 「止め方は?」

 「知らん――が普通に考えて儀式仕切ってる奴を殺せば止まるんじゃないか?」

 「そいつの居場所は?」

 「言えん。だが、その内分かる」

 

 俺は深く呼吸する。

 最も大事な事だ。これは答えて貰うぞ。


 「レフィーアを殺した事をお前はどう思っている。それとアンジーさんをああしたのはお前か?」


 ガーバスは顔を上げて俺の目をじっと見た後、息を吐く。


 「順番に答えるぞ。どうしてもレフィーアには死んで貰う必要があった。俺がやらなくても他がやるだろうから自分で決着を着けた。アンジーさんに関しても同じだ。ちなみにどうなったかは知ってるが、俺はやってない」

 「アンジーさんについては分かったが、レフィーアに関してはお前自身がどう思っているかの答えになってないぞ」

 

 ガーバスはゆっくり立ち上がる。顔には苦笑。

 

 「……そうだな。嘘は吐かないって約束だったしな。確かにあいつを死なせるのは本意じゃなかった。実際、あいつは良い女だったしな。俺もお前らと過ごす毎日は割と嫌いじゃなかったぜ?グノーシスの霊知に関してはクソ喰らえとしか思わなかったが。正直な話、こんな日が一生来ない事を祈った事もあった。流されるままに入ったダーザインのご立派な思想も俺にはピンと来なかったが、血生臭い事を除けばグノーシスよりましだったしな」


 頭をガリガリと掻く。


 「実際、構成員ではあったがうるさい事は言ってこないから気楽だし、お陰で冒険者やって小遣い稼ぎもできた。将来、なりたくもない聖騎士になって適当に生きるんだなと思っていたが蓋を開ければこれだ。 全くやってられんぜ……っと後半愚痴になったが答えになったか」

 「あぁ。充分だ」


 俺は剣を抜く。

 ガーバスも応じるように大剣を構える。


 「最後に一ついいか?」

 「言ってみろ」

 「何で俺に情報を流す?」

 「俺なりの友情だよ。お前が上手い事俺を殺れれば、今聞いた話を持って帰れるし、サニアちゃんの下へも向かえる。負ければ文字通り、冥途の土産になる訳だ」

  

 ガーバスは目を細めて、獰猛に笑う。


 「じゃあ、始めるとする――か!」


 間合いを詰めてきて上段からの振り下ろし。

 後ろに飛んで躱す。

 俺はレフィーア程速くは動けない以上、間合いの内側に居るのはまずい。


 入るのは仕留める時だ。 

 椅子の間に入りつつ間合いを取る。

 

 「しゃらくせえ!」


 椅子を破壊しながら強引に間合いを詰めようとしている。

 俺は逃げ回りながらガーバスの動きを見る事に集中。

 あの腕力だ。一撃でもまともに貰えばその時点で終わりだ。

 

 一撃だ。一撃で仕留める。

 余計な考えは捨てろ。殺す事にだけ全てを収束させろ。

 ガーバスの動きは今まで散々見てるんだ。隙を見つけろ。機会を窺え。


 「おいおい。逃げるばっかりか!?レフィーアの方がまだ男らしく向かってきたぞ」


 ガーバスが挑発交じりの声が聞こえるが無視。

 はっきり言って言い返す余裕がない。

 速いが獲物は大剣だ。軌道は比較的、読み易い。間合いさえ保っていれば何とか躱せる。


 俺は動きの他にガーバスの手に意識を向ける。

 確かに、握っているように見えるが片手に力が入っていない。

 本当に片手で振っているのか。


 その癖、一振りごとに椅子が粉々に粉砕されるのだからやってられない。

 当たりそうな斬撃は剣で受けずに流す。

 

 「上手く流すじゃねえか?いつまで続くんだろうなぁ?」


 無視。

 軽口が増えているのは苛立ってきている証拠だ。

 俺を挑発して状況を崩そうとしている。


 ……悪いが乗ってやる気はない。

 

 ガーバス。俺はお前を許す気はない。絶対に殺す。

 その為にできる事を全てやる。その為に観察だ。見逃すな見逃すな。

 あいつの攻めは良くも悪くも真っ直ぐだ。


 それに加えて「手」を温存する強かさも持ち合わせている。

 まずは、奴の引き出しを全て見切る事が先だ。

 見ろ見ろ見ろ見ろ。


 足運び、靴、異常なし。

 腰周り――小鞄ポーチに何か仕込んでる可能性有。要警戒。

 胴体、異常なし。

 腕、片手を空けている以外は――何か付けているな。身体能力を上げる魔法道具か?

 首から上、異常なし。


 やはり奴の性格上、妙な小細工はあまりしない――か?

 重い斬撃をいなしながら観察を続ける。

 このまま押し込むつもりか?何を狙っている?

 

 ガーバスの視線に意識を向ける。奴の視線は俺の足と胴体を往復している。

 足を狙って動きを封じるつもりか? 

 いや、なら何故視線が彷徨っている。足?いや、足だけじゃない。


 斬撃を剣で打ち払いながら思考を加速させる。

 狙いは何となくだが分かって来た。そして返し手も数手だが思いついた。

 後は機会を逃さずに物にする。


 斬撃を躱し、弾き、流す。

 

 「これはどうだ!」


 ガーバスが椅子の残骸を蹴り飛ばしてくる。

 俺は横に飛んで躱す。

 それを狙ってガーバスは両手でしっかりと大剣を握って振り下ろした。


 ……速い。


 俺は流そうと剣を掲げるが――。


 「そう来るのを待ってたぜ」

 「っつ!」


 大剣は途中で軌道を変える。

 狙いは俺じゃなく剣。打ち落としか。

 散々、防御に使って痛んでいた俺の愛剣はあっさりとその攻撃に屈し、半ばから圧し折れる。


 ガーバスが口の端を吊り上げる。

 

 …ここだ・・・

 

 俺は剣を手放して懐に隠したレフィーアの短剣を引き抜いて一閃。

 

 「が――かふっ」


 ガーバスの首から血が噴き出す。

 大剣を取り落として首を押さえながらヨロヨロと後ずさるが、出血は止まらない。

 声を出そうと口を開けたり閉じたりしていたが何も言えないようだが、視線は「何故」と語っていた。

 

 「……足を狙っていると思わせて本命は剣だろ?狙いはすぐに分かった。視線が露骨すぎる。足に向けてる癖に時折、半端に上へ彷徨うからな。足は囮で本命が別にあると疑うのは当然だろ?」


 後は消去法だ。

 俺の意表を突けて戦況を傾けられそうな狙いと言ったら…剣だろう。

 狙いさえ分かれば、後は攻撃を誘って逆に仕掛けるだけだ。


 ……片手は添えるだけにしておけば役に立つのはお前が実際やってた事だよな?


 ガーバスはヒューヒューと息を吐きながら悔し気な表情を浮かべて「参ったぜ」と口だけ動かして苦笑を浮かべた後に倒れ…爆散。

 後には何も残らなかった。

 

 「……はぁ……くそがっ!!!」


 俺は溜息を吐いた後、無事だった椅子を思いっきり蹴り飛ばす


 「何でこうなる!!何で俺は親友を殺さなきゃならなかったんだ!!」


 周囲にある椅子や台座に当たり散らした後、息を整え、ガーバスの大剣を拾い上げて隠し階段のある部屋へ向かう。


 ……サニア、必ず助ける。

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