第80話 「死別」

 ……何だこれは?


 ここ最近、冗談のような光景は何度も目にしてきた。

 ダーザイン。サニアの誘拐。街での大規模な襲撃。

 俺の日常に巨大な亀裂が入っていたのは自覚していた。


 だが、ダーザインを倒し、サニアを取り戻せば全てが元通りだ。

 ガーバスとレフィーアと学園に通い。シェリーファ教官の教えを受ける。

 夜になればサニアと一緒にアンジーさんの店の手伝い。


 ゆくゆくは聖騎士になり誰かと結婚とかして暖かい家庭を――。 

 

 「おーいリック。俺が言うのも何だがそろそろ現実を見ろー。無視されてレフィーアが泣いてるぞー――たぶん」


 いつの間にか伏せていた視線を上げるとレフィーアと目が合った。

 何も映していない目と。

 更に視線を遠くへ向けるとガーバスの足元にレフィーアの体があった。


 何故か首のない。


 ゆっくりと頭に現実がしみ込んでくる。

 

 「れ、れふぃー……何……で?」


 脳裏に彼女と過ごした日々が甦る。

 初めてあった日、交わした言葉、分かち合った時間。

 

 「あ、あぁ……ああああああああ!!あぁぁぁぁ!!」


 自分の声が出るようになった事も頭から抜け落ちて俺の口から意味のない悲鳴が噴出する。

 ガラガラと自分の日常が崩れ落ちていくのを感じた。

 そして、ガーバスを睨み付ける。


 「ガぁぁぁぁバスぅぅぅぅぅう!!!おまえ!おまえぇぇぇぇ!!」


 憎悪を込めて睨む。

 ガーバスはそれを見て涼し気に笑う。


 「いい表情するじゃねぇか」


 大剣を背に戻すとこちらへ歩み寄り俺と視線が合うように腰を下ろす。


 「俺が憎いか?」


 決まっているだろうが!


 「殺したいか?」

 

 殺してやる!


 「なら、学園にある大教会まで来い。そこで相手になってやる」


 ガーバスは立ち上がると「あぁ」と何か思い出したような顔をする。


 「そう言えば、街がこんな事になってるしアンジーさんの店は大丈夫かねぇ」


 それを聞いて俺は目を見開く。


 「お――」


 言いかけて後頭部に衝撃。

 意識が遠くなる。


 「待ってるから早く来いよ?」


 ガーバスの声が聞こえて意識が途切れた。

 




 意識が戻った時には周囲には黒ローブの姿はなくレフィーアの死体だけが放置されていた。

 俺はレフィーアの目を閉じさせた後、胸の上に首を置いた後、悪いとは思ったが近くの死体の上着を剥ぎ取ってかけて置いた。


 今はこんな事しかできないが、終わったら必ず弔うと胸に誓って俺は走った。

 ガーバスは許せないがアンジーさんを助けるのが先だ。

 俺は懐古亭へ向かい走る。


 見知った街とは思えない光景が、あちこちで広がっている。

 何故か殺し合う住民たちにどこから現れたのか大量の黒ローブ達。

 炎上する家屋。まるで悪夢に迷い込んだかのようだ。 

 

 俺は周囲の光景を無視して真っ直ぐに目的地を目指す。

 幸いにもここからならそう離れてはいないので何とか辿り着いたが…。

 

 「そんな――」


 割れた窓。壊れた扉。

 俺はフラフラと中へ入る。店の中は荒らされており、見る影もなかった。

 そして店の壁にアンジーさんが虫の標本のように短剣で貼り付けられていた。


 「あ、アンジーさん!」


 俺は彼女に駆け寄って………気が付いた。

 だらりと垂れた顔から大量の血が滴っている事を。

 恐る恐る、顔を持ち上げ……。


 それ・・を見て俺は嘔吐した。

 吐く物がなくなるまで吐いた後、しばらくの間泣いて――力なく座り込んだ。

 

 ……何で、何でこんな事に……。


 さっきから頭の中はそればかりだ。

 しばらくの間、俺は何もできずに床に寝かせたアンジーさんの隣で呆然としていたが……ゆっくりと立ち上がる。胸からドス黒い物が湧き上がってくるのを感じた。


 ……あぁ、憎い。


 ダーザインが憎い。ガーバスが憎い。

 俺から日常を奪った全てが憎い。

 それに――。


 ……行かないと――。

 

 サニア。

 最後に残った俺の日常。あの子だけは何としても……。






 僕――ハイディは現在、遺跡の中を一人歩いている。

 忍び込むつもりだったが、出入り口を固めている聖騎士が不在だったのでそのまま中に入る事にした。

 先日入った時に道は大体把握しているので一気に奥を目指す。


 目当ては未探索の区画。

 僕の予想が正しければ――そこは未探索でも何でもないはずだ。

 

 ……それにしても妙だ。


 さっきから警備しているはずの騎士達が見当たらない。

 本当に誰もいないのだ。

 気配の類もなし。


 結局、誰にも会わずに目的地に着いた。

 増設された扉に塞がれた通路。前回来た時は、未探査につき立入禁止だったが…。

 僕は扉に手をかける。施錠されているかとも思ったが、扉は問題なく開いた。


 奥の通路を進むが何もない。

 ただ、どう見ても人の手が入っている個所や、何かが撤去された跡が散見されているので、未探査と言うのはとてもじゃないが信じられなかった。


 しばらく歩くと階段があったので下へ向かう。

 降りた先は上とは随分と趣が違った。

 細い通路が多くその先には壁と同じ材質の小さな扉が並んでいる。

 ……それに――。


 ――生活の臭いがする。


 人間も生き物である以上、臭う。そしてこんな密閉された地下空間ならそれは顕著だ。

 魔法や道具の類で対処はしているのだろうが限界がある。

 少なくとも僕の見立てでは十数人の人間がここで生活していた。

 

 試しに扉を一つ開けてみると、簡素な寝床と食事の跡が残されていた。

 他も数か所、開けてみたがどこも似たような状態で中には誰もいない。

 流石に全ての部屋を見て回るのは骨だったので、適当な所で切り上げて奥へ向かう事にした。


 奥に行くにつれて嫌な臭いが鼻に付いた。

 血。ここまで臭いが届くと言う事はかなり多い。

 開けた場所に出ると、僕は思わず口元を抑えた。


 そこにあったのは文字通り死体の山だ。

 服装や装備から察するにここを守っていた警備の騎士や聖騎士達だろう。

 死体の損壊が酷く、執拗に痛めつけられた形跡すらある。


 そして何よりその表情。

 見える限りの死体の顔は怒りや絶望と言った感情を刻み付けたままだ。

 どういう意図でこんな事をしているのかは不明だが、少なくともまともな状態でこんな事は出来ないだろう。


 僕はダーザインの狂気の一端を垣間見て恐怖にも似た感情が沸き上がるが怒りで捻じ伏せる。

 死体を見てもこれ以上分かる事もないので更に奥を目指す。

 下へ向かって進むが、どう見ても未探索で調査が進んでいるようには見えなかった。


 念の為に罠の類にも注意をしながら進むがそれも無し。

 遺跡に入ってどれぐらい経っただろうかと内心焦りを感じた所で、最奥に辿り着いたようだ。

 広大な空間で、元々は何もなかったであろうそこは悍ましい物で溢れかえっていた。


 瓶詰にされた人体の一部。血の付いた寝台。

 他人の部位を継ぎ接ぎしたような死体。

 壁や床に書かれている意味が分からない図形。魔法陣…という奴なのか?


 大量に置かれている棚には紙の束。

 手に取って軽く目を通したが、気分の悪くなるような内容だった。

 最初は悪魔を呼び出す為の魔法陣の研究資料に始まり、呼び出した悪魔の能力。


 触媒の選別方法…内容が進むにつれてやっている事が過激になっている。

 悪魔から切除した一部を人間に移植して能力を使用できるようにする実験等…最後には見るに堪えなくて紙束を棚に戻した。


 空間の奥に視線を向ける。

 そこには元々あったであろう物があった。

 台座だ。恐らく噂の聖剣が刺さっていたのだろう。


 ……聖剣は探索が終わってから見つかったと言う事か。


 そして、探索が終わっていない事を理由に部外者の立ち入りを禁じて、ダーザインの隠れ蓑として使用していたと言う訳か。

 

 ……つまりダーザインとグノーシスは裏で協力関係だった。


 「でも、何でだろう」


 思わず呟く。

 なら何故、協力関係である筈の騎士達が上で死んでいたんだ?

 それに拠点である筈のここに誰もいないのもおかしい。


 考えられる理由は――。

 ここに用がなくなったからだ。僕は思わず上を見る。

 少なくとも逃げ出したのではないのなら大きな動きがある筈だ。


 僕は念の為、放置されている物を一通り確認してから踵を返して来た道を戻った。

 これは急いだ方がいいかもしれない。





 ……殺してやる。


 俺――リックは通いなれた――しかし、変わり果てた道を全力疾走していた。

 道には死体と血。あちこちで火事が起きている。

 俺は視界に入る物を全て無視して前だけを見て進む。

 

 黒ローブを見かけるが俺の方を一瞥するだけで何もしてこない。

 騎士や聖騎士達が戦っているらしく、剣戟や魔法を使っているらしい音も聞こえてくる。

 

 ……何故だ。


 走りながら、ガーバスをどう殺してやろうかと考える。

 少なくともレフィーアを殺した事を後悔するような目には遭わせると誓う。

 それとは別にガーバスの行動について考えた。


 何故、気づかなかったんだ。

 今考えればあいつの言動には妙な所があった。

 

 ――俺の方にも黒ローブが出やがってな。


 サニアが攫われた時だ。

 あの時は気にも留めなかったが、あの時追っていた俺とレフィーアの所に黒ローブが出たのを知っていたかのようだ。


 それにローの名前を出した時にすぐに反応したのも妙な話だ。

 あいつは噂と言っただけでロー個人の事を知っている様子はなかった。

 考えれば考えるほどあいつの言動にはおかしな点が多い。


 何故気が付かなかったと自分を八つ裂きにしてやりたい気持ちだがそれは後だ。

 門を潜って教会の敷地内に入る。

 目指すのは信者や関係者のみ立ち入りを許された大教会。


 俺は両開きの扉を開けて中に入る。

 

 「よぉ。遅かったな」


 長椅子に座っていたガーバスがいつもの調子で軽く手をあげた。

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