第57話 「最奥」
まったく酷い目にあったぞ。
喰われた腕を引っ張り出したが、随分と溶けていた。これはくっつけるのは無理か。
勿体ないので『根』で吸収、ついでに体の細かい傷も治して置いた。
体の修理は終わったが、服や鎧は…ダメだな。
……あー、この外套、気に入ってたのにな。
使い物にならなくなった鎧は廃棄。
服や外套は――まぁ、このままでいいか。
それにしてもきつい相手だった。
正直、一体だけなら次はもう少し楽に仕留められるだろうが、複数で来られると厳しいかもしれない。
奥を見る。まだ先がありそうだな。
ここまで来たら一番奥が凄まじく気になるぞ。
実際、徒歩なら数日じゃすまない距離を移動しているはずだ。
いくら深いと言ってもいい加減に底が見えてきてもいい頃だろう。
ここの構造は所謂、つづら折りに近い形で緩やかに下へと向かっている。
別れ道こそあったが今まで通った道に最終的には合流できるようだ。
進んでいる途中、それっぽい横穴を何ヶ所か見かけた。
とは言ってもあの様子じゃ他に誰かが追いついて来る様子はないだろうがな。
俺は気を取り直して先へ進む。
<飛行>を使い、速度はやや緩やかにして奥へ向かう。
途中、相変わらず巨大植物共が襲ってきたが適当に相手をしつつ速度を調整。
数時間も経たないうちにまた植竜が出てきた。しかも二体。
さすがに相手してられないので、距離を取ってブレス攻撃を誘い、ブレスを吐き出したタイミングで急上昇して植竜の上を通り抜ける。
後ろから追いかけてくる気配がしたがこっちの方が早い。無視だ。
充分に引き離した所で、軽く息を吐――こうとしてガクンとした衝撃が走り、足が引っ張られる。
「……何?」
下を見ると、人型の蔦の塊が腕から蔦を伸ばしていてそいつが俺の足に絡みついていた。
今度は人型か。というか、いつの間に現れた?これでも警戒していたつもりなんだが――。
答えはすぐに出た。
来る途中に見かけた、壁や地面と同化している落とし穴みたいな奴が口を開けてそこからわらわらと這い出してきた。
まったく。次から次へと妙な奴が出て来るな。
蔦を<風刃Ⅱ>で切断して強引に突破する。
あの数を相手にするのはしんどい。
だが、ここまで守りが厚い事を考えると目的地は近そうだ。
人型の数は増えていき、追いかけてくる足音でちょっとした地響きが起こっている。
正面に出て来た奴は腕の蔦を伸ばして俺を捕まえようとしたり、種のような物を飛ばしてきた。
あぁ、これ闘技場でダスティーって奴が使ってたな。
狙いも精度もあまり良くないらしく、かすりはしたがまともに喰らう事はなかった。
速度を上げる。種の弾幕が激しくなるが、俺の速度に追いつけずに当たらない。
前を見る。奥の方に広い空間が見える。
……あれか?
速度を全開にして道を突っ切ると空間に飛び込んだ。
……正直に言おう。
ここに来たのは暇つぶしと興味本位だ。
何か面白い物や見た事がない物が見れればいいと思ってここまで来た。
だから、俺は後悔していないし今の状況にある意味では満足している。
……でも、これはヤバいかもしれない。主に俺の命が。
目の前に居るのは恐らくここの主だろう。
通路が広いなとは思っていたが最奥部と思われるここは桁が違った。
小さな街ぐらいは余裕で入る広さと高さ。
何もなければ地下にこんな空間があった事に驚いて終了だろうが、目の前の存在がそんな思考を消し飛ばしてくれた。
街ぐらいが余裕で入るスペースの半分近くを占有している巨体に、まず目を引くのはふざけたでかさの花弁だ。俺自身<飛行>で飛んでいなければ全容を把握するのは難しかっただろう。
花弁が5枚に中心に巨大な穴。
色は…魔法で明かりをつける。赤…と言うよりは紅か。
中心の穴からは進めば進むほど酷くなっていた、甘ったるい香りが漂ってくる。
俺の記憶にある花で最も近い形状の物はアレだ。
ラフレシア。
世界最大の花で――後は知らない。
……こいつが臭いの元か。
壁や地面一面に広がっている蔦やらも全てこいつから伸びているようだ。
要するにこのダンジョンはこいつの体内って事――いや、正確にはダンジョンですらなかったって事か。
ここ自体が巨大な魔物で餌が入ってくるのを口を開けて待っている訳だ。
……宝の類は期待できそうにないな。
化け物の腹の中に伝説の武器なんぞ落ちてる訳はない。
そう言う意味では期待外れだったが、この凄まじい光景を独り占めできたんだ。
良しとしよう。だってそうだろう?これを見れたのは恐らくだが俺だけ。
そう、俺だけがこの光景を見られた。その事にちょっとした満足感と優越感を感じる。
それに比べれば、さっきから展開している盾に追いついてきた連中が種やら蔦やらを飛ばしてくる事なんて些細な問題だ。
さて、見るもの見たし帰るか。
え?倒さないのかって?むしろ何で倒す必要があるんだよ。
俺はここを見れればそれで満足だし、ここに到着した時点でまぁ、一応は攻略成功だろう。
報酬も特別、欲しいとは思わないしな。金にはそこまで困っていない。
ただ、勢いで来たのは良いが帰り道が埋まっているのが問題なんだよな。
植竜や人型――
後、さっきから気にはなっていたがあの花自体には戦闘能力はないのか?
なんて事を考えていると花の中央の穴から何かが出てきた。
柱みたいにぶっとい蔦で先に何か――さっき見たラッパ見たいな奴にそっくりな物が付いている。
ゆっくりとこちらに向けて来た。
あ、これ絶対何か飛ばしてくる奴だ。
想像通り、砲弾見たいなでかさの――おそらく種をドカドカ撃ち込んできた。
俺は高度を上げて回避。
とんでもないでかさだ。とてもじゃないが盾で防げるとは思えなかった。
壁にめり込んだ種を――種だよな?を見て、あの巨大ラフレシアを見て――。
……折角だし貰っていくか。
一つ頂いて行く事にした。
ちょっと思いついた事があったので持って帰って実験しよう。
近くの種を一つ抱える。結構重いな。
出せる限界まで盾を出してもと来た道を突っ切る。
攻撃は考えない。ここから出る事だけを考える。
植竜のブレスや植人の種や蔦が次々飛んでくるが盾で防ぐ。
火六層、風四層の合計十層の盾だ。
もう少し頑張ればまだ出せない事も無いが、飛行と併用なので現状出せるのはこれが限界で、欠点は防御に処理を全て振っているので攻撃が出来ない事と燃費が悪いので長時間維持できないことぐらいか。
どっちにしろ両手が塞がっている以上、攻撃は厳しい。
視界を埋め尽くすような弾幕が襲ってくるが盾は何とか持ちこたえているようだ。
ブレスが効果なしと悟ったのか植竜が噛み付いてくる。
急下降、上昇、旋回等の重力を無視した軌道で攻撃をかいくぐる。
拘束されるとまずい、捕まったら削り切られて終わりだ。
他もそれを見て察したのか蔦や跳躍して取り押さえようとしてくる。
速度上げて強引に振り切って突破。追って来た連中の攻撃が途切れる。
俺は油断せずに更に速度を上げて入り口に向かって飛ぶ。
しばらく飛び続けて、完全に振り切った所で速度を緩めて着地する。
……何とか逃げ切ったか……。
落ち着いた所で抱えた種を見る。
赤色で表面には血管みたいな筋が大量に浮かんでいて、何と言うか梅干しの種に似ている。
まぁ、梅干しの種はこんなにでかくはないがな。
さて、当面の危機は去った。
後は戻るだけだな。
帰り道は植竜も植人もいないので楽な物だった。
時折、襲ってきた瓢箪やハエトリグサを返り討ちにして喰い、英気を養いつつ地上へ向かう。
出てくる敵も大体把握しているので、一気に速度を上げて移動していると最初に遭遇した花畑まで戻って来た。
こちらも一度見たのでもう脅威じゃない。速度を上げてスルー。
ぼちぼち最初の分かれ道に戻るかな?といった所で速度を緩め、高度を上げて止まる。
少し距離があるが明かりが見えた。冒険者か。
上を通って気づかれずに通り過ぎようとゆっくり近づくと集団が見えてきた。
人数は十五人で――おや?
中に見覚えのある奴がいた。ハイディだ。
あいつは一体何をやっているんだ?
ってかクエストってこれかよ。随分とリスキーな依頼を請けた物だな。
揉めているのか?何やら言い合っているようだが……。
「これ以上は危険です。引き返しましょう」
「何を言ってるんですか!?これからでしょう。戦利品も碌な物が手に入ってませんしこのまま帰ったら赤字だ!そうなったらあんたら責任とれるのか!」
ふむ。
どうやら引き返そうと言っているハイディに依頼主っぽいおっさんが反論しているようだな。
ハイディに同意なのか一部の冒険者も依頼主に撤退を進言している。
「言ってる事は分かるが、そこのお嬢ちゃんの言う通りだぜ。悪いがこれ以上はあんたを守り切れる自信がない」
「それを何とかするのがお前らの仕事だろうが!」
「ですからこれ以上は――」
「もういい!帰れ!お前らは解雇だ!前金は情けで恵んでやる。成功報酬は残った奴で全額分けさせてやる。やる気のある奴は付いてこい!」
一応は決着がついたようだ。
ハイディを含む数人が戻り、報酬に目が眩んだ連中は進む事にしたらしい。
確か、一日準備に使って出発するって話だったから…。
ここに居ると時間の感覚がマヒするから何とも言えないが、俺がここに入って大体三日ぐらいのはず。
二日ぐらいでここに来たのかな?戻りも大体二日後ぐらいか。
まぁ、頑張ってくれ。
装備の点検をしているハイディの上を通り過ぎると出口へ向かう。
余計なお世話かとも思ったが、途中何体かの植物ゾンビが居たので適当に蹴散らして置いた。
出口付近で着地して歩いて外に出る。
ふう。今まで地下に居たから、外に出るとちょっとした開放感があるな。
「お、お前、無事だったのか?」
入口に控えている騎士が、驚愕の表情で俺に駆け寄って来た。
「お陰様で」
適当に返して置く。
「おい。そのでかい岩みたいなのは何だ?」
俺は答えず肩を竦めてその場を後にした。
さて、まずはこの種の処理だな。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます