第49話 「地竜」

 俺の棍棒がゴブリンの顔の真ん中を捉えて、でかい鼻から上を吹き飛ばした。

 後ろを見るとハイディが軽い動きで、ククリでゴブリンの首を刎ねている。

 護衛対象の馬車は――特に問題ないな。


 翌朝、早速クエストを請けに行ったのだが、いいのは取られてしまっていたので、比較的報酬額の多い護衛任務――受付曰く、危険度の高い奴らしいが拍子抜けだな。

 ゴブリンかルプスとか言う犬みたいな奴しか出てこない。


 ウィリードからは距離はそう離れていないが、道が狭くて人数を連れて行けないと言う理由で護衛は俺とハイディだけだ。

 俺の受け持ちは片付いたので、ハイディの戦いを眺める。


 ゴブリンの振り下ろす鉈を半歩動いて躱し、残した足で引っ掛ける。

 転倒したゴブリンの首を踵で踏み折って仕留めて、ゴブリンが嗾けたルプスの噛み付きをギリギリまで引き付けてから喉をナイフで突いて抉る。


 最後に逃げようとしたゴブリンに小さな投げナイフをうなじの辺りに投げつけて仕留める。

 実に鮮やかな手並みだ。動いている間は表情に全く変化がない。

 この状態のハイディの動きは無駄がない上に容赦がない。


 ……ふーむ。いつもこうなら俺も面倒がないんだが。


 本人の性格上、無理なんだろうな。まぁ、今はどうでもいいか。

 さて、今日の依頼を片付けたらぼちぼちこの街を出る準備でもするとしよう。

 ウィリードは大体見たしそろそろ次へ行きたい。


 戻り次第また、護衛クエストでも見繕って……正直面倒だな。

 どうにかして足を調達したいところだが、馬は高いしなぁ。

 まぁ、金に困っている訳じゃないから無理すれば買えない事はないが、出費的に痛いな。


 護衛している商人の馬車を引いている馬を見る。

 ロバに似た大人しそうな馬だ。足は遅いが中々力はあるようで、力強く馬車を引いて道を歩く。

 俺も昔はバイクで日本全国を周るなんて憧れを抱いたものだ。


 馬に跨って気ままに移動する自分の姿を思い浮かべて――いいんじゃないかな?

 そう考えるとかなり欲しい。騎乗は――まぁ何とかなるだろう。

 頭の中で収支計算をしていると、ハイディが近づいてきた。


 「こっちも終わったよ」

 「ああ」

 「そっちはもう片付いたんだね。さすがだよ」

 「ああ」


 馬だから何でもいいって訳じゃない。ちょっとかっこいいのが欲しいな。


 「そろそろ村だと思うんだけど……」

 「ああ」

 「あの、聞いてる?」

 「ああ」

 

 どうしたものか。

 横でハイディが何か言っていたが聞こえなかった。



 道が険しいだけで距離がそこまである訳じゃないので、その日の内にウィリードに戻って来れた。

 街に戻ると随分とあちこちが騒がしい。当然だな領主の息子が殺されたんだ。

 国の騎士や聖騎士まで聞き込みをしている。


 随分と物々しいな。

 そんな事を考えている間にハイディが聖騎士に声を掛けられていた。

 

 「すいません。少しお時間良いですか?ちょっとお聞きしたいんですが……」

 

 鎧が安物だな。聖騎士見習いか。

 聖騎士見習いは手帳を取り出すと話を続ける。

 

 「昨夜の事なんですけど、領主の息子であるトリップレット様の屋敷に火がつけられたんです。現場から何人か離れた者が目撃されたのですが、何かご存じありませんか?」

 「……えっと、ごめんなさい。火事があったのは知っていますが近くに居なかったので……」

 「そうですか。ちなみに当時はどこに?」

 「宿です。場所は……」


 ハイディが受け答えしているのを見ながら軽く周囲を見ると妙に目立つのが視界に入った。

 女の二人組だ。片方は同じ聖騎士見習いで、ボーっと連れを眺めている。

 何だかアホそう。見るからに何も考えてなさそうだ。


 もう一人は別格だった。身に着けている鎧はどう見ても白の鎧より格上で薄くだが魔力を垂れ流している。

 腰の剣もヤバそうだな。魔力とは似てるけど違う物を感じる…というか何か薄く光ってるな。

 顔もスタイルも凄いな。顔は美人ではあるがファティマと同系統の冷たい感じがする。


 スタイルはあれだ。鎧の上からでも分かる、見事に突き出た乳と尻に締まった腰と――まぁ、男受けする要素は大体揃ってるな。

 おっと。俺は視線を逸らす。うっかり目が合って絡まれても面倒だ。

 アレが聖堂騎士クリステラか、関わり合いになりたくないな。


 ちなみにアレックスは隙あらば口説こうと狙っていたらしい。

 ディランは自分より強い女は恋愛の対象外だったので純粋に尊敬していたようだ。

 美人だとは思うがあの手の女は偏った人生送っている分、変にこじらせているケースが多い。


 うん無理。俺の知らない所で幸せになってくれ。

 視線を戻すと、話をしていた見習いが聖堂騎士に気が付いて、ハイディに礼を言うと聖堂騎士の方へ走っていった。

 

 「おまたせ。行こう」

 「あぁ」


 ハイディが戻って来た所で移動を再開する。

 目的地はギルドだ。報酬と便乗できるクエストを見繕うか。






 「無いね」

 「無いな」


 報酬を受け取った後、クエストを確認していたが…なかった。

 発行されるまで待つのも手だが、面倒だ。

 歩きだな。

 

 「歩きで行こう。時間は多少かかるが、今までのクエストでそこそこ稼いだんだ。のんびり行こう」

 「分かった。次の目的地は南下してディロードへ入るって事でいいのかな?」

 「あぁ。ディロードの迷宮ダンジョン闘技場コロシアムは一度見て見たいな」


 ディロードの名所だ。是非とも見に行きたい物だ。


 「有名なのかい?」

 「あぁ、外せない場所だ。出発は明日にしよう。買いたい物があるなら今のうちに買っておくといい」


  





 ギルド前で買い物をしにいくハイディと別れ、俺は街の南側へ足を向ける。

 街の南で適当に食い物を買い込んで食いながら歩く。

 更に南へ進み街から出る。草原をぶらぶらと歩き近くの林に入る。


 林かと思ったら結構深いな。

 更に奥へと歩くと気配がするのでそちらに足を向ける。

 少し行くと開けた場所に出た。そこではゴブリンが数体とスクローファが1頭。


 スクローファは腹が開かれており、中身のモツはゴブリン達の食事になっていた。

 

 ……ゴブリンか五、六――まぁ、足りるか。


 俺に気づいて襲い掛かって来たゴブリンを棍棒で殴り殺す。

 もう並のゴブリンは相手にならんな。

 シュドラスのゴブリンが強かっただけでこれが平均か?


 残りをあっさり皆殺しにするとその場にはゴブリンとスクローファの死骸が残った。

 さてと、楽しい工作の時間だ。

 まずはひらきになったスクローファに触れると『根』を伸ばして体を乗っ取る。


 スクローファの死骸はゆっくりと立ち上がる。そのまま接触を維持して死骸の操作を続ける。

 死骸はぶひぶひ言いながらゴブリンの死骸を貪り食う。

 全て喰わせ終わると『根』を大量に送り込み変質させる。


 エンカウの酒場でやった全身改造の応用だな。

 ゴブリンの死骸を喰わせたので材料は足りるだろう。 

 どうするかな?足が速い奴がいいな。


 早い奴と言えば……アレしかないな。

 ベースは地竜。体格は俺が出くわした奴より二回りほどでかくした。

 皮膚の下にはデス・ワームの装甲等、今まで出くわした敵や魔物のいいとこ取りをした肉体の完成だ。

 

 尻尾を分かれさせようかとも思ったがギルドで手配されているから似せるのは良くないな。

 色は目立ちにくいように黒っぽくして、胴体に予備脳を仕込む。

 最後に『根』の塊をそれぞれの脳に仕込んで完了。


 それにしても我ながら中々のアイデアだ。

 乗り物が欲しいのなら作ればいいんじゃないか。

 さてと出来上がったアッシー君に目を覚ましてもらおう。


 「起きろ」


 俺の声に反応してのっそりと立ち上がる。

 うーむ。どうでもいいけど竜と言うよりは――蜥蜴だよな。

 肌に触ってみるとひんやりとして気持ちいい。後で鞍やら騎乗に必要な物でも買うか。

 

 「取りあえずお前はこの辺に居ろ。明日になったら迎えに行くからそれまでは好きにしてろ」


 地竜はグアと鳴くとのそのそと歩いて行った。

 さて、俺も用事は済んだし買い物して宿に戻るか。

 その前に他の連中の状況だけ確認して置こう。


 歩きながら連絡を取ると、オラトリアムへ向かっている連中は特に問題なくぼちぼちメドリームを抜けられそうで、特に追手の類とは出くわしていないとの事。

 街に残した連中は……おや?どうやらピンチのようだ。


 武装した聖騎士が数人、家の近くをうろついているらしい。

 踏み込まれるのも時間の問題――あ、踏み込まれたっぽいな。

 指示どおりにやれと言って交信を切断。直後に街の一角で爆発音。


 「……?」

 

 チリッとした痛みと喪失感が襲ってくる。

 なるほど、配下が死ぬとこうなるのか。更に街の数か所で爆発音。

 連中には追い詰められたらシナリオ通り、適当に反グノーシス主義っぽい事言って自爆するように指示したが――まぁ、何人かは捕縛されて首謀者役をやって貰うつもりではあるが。


 こんなにあっさり見つかるとは怖いな。

 捕まった連中を処分して終わってくれるとありがたいんだが……。

 どうなるのやら。


 ……それにしても。

 

 「……腹減ったな」


 『根』を使いすぎた。何か食おう。




 翌朝。

 俺はハイディと街の外を歩いていた。

 

 「えっと?昨日から気になっているんだけどその鞍は何に使うんだい?」

 「まぁ、いいから付いてこい」


 そりゃ気になるだろうな。

 ハイディは首を傾げながら俺に付いて来る。

 俺達は昨日の林に入り、交信で地竜を呼び出す。

  

 少し待っているとのそのそと歩いてきた。

 

 「……なっ!?」

 

 ハイディは武器を抜いて構える。

 俺は「大丈夫だ」と言って地竜に近づいて鞍や手綱を取り付け始めた。 

 ハイディは後ろで「え?え?」と言いながら固まっている。


 俺は構わずに取り付け終える。念の為に「きつくないか?」と聞くと首を振った。

 問題はないようだ。後は…名前だな。

 名前――名前――。


 「サベージなんてどうだ?」

 

 確かかなり前のバイクにそんな名前があった気がする。

 地竜はグアと鳴いて頷く。文句はなさそうだ。

 お前は今からサベージな。


 「あの、そろそろ。説明してくれないかな?」


 後ろからハイディが声をかけて来る。

 あぁ、すまんすっかり忘れてた。


 「昨日森で捕まえた。便利だから足代わりになってもらう」

 「つ、捕まえた?え?言う事聞くの?ってその魔物ってもしかして地…」

 「お手」


 サベージは俺の差し出した手に手を乗せる。


 「お座り」


 サベージはそのまま膝を折って地面に座る。


 「言う事は聞くぞ?」

 「……ど、どうやったの?」

 

 俺は答えずにサベージに跨ってハイディに手を伸ばす。


 「お前も乗れ」

 

 ハイディは複雑な顔をした後、俺の手を掴む。

 俺はそれを引っ張り上げて後ろに乗せる。


 「では、出発と行こう」


 サベージはのそのそと歩き出した。


 「走れ」

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