第50話 「厩舎」

 ディロード領。

 メドリームの南西に位置し、東のノルディア領とは隣接している。

 これと言った名産品はないが、闘技場と迷宮に一攫千金を夢見た連中が後を絶たずに入って来る底なし沼のような場所だ。

  

 闘技場に迷宮。

 どちらも負傷とは切っても切れない場所なので病院――こっちでは治療院が多い。

 後は外から来た人間の為に宿や娼館もウィリード程ではないが充実している。

 

 闘技場はディロードの都市ストラタにあり、そこではファイトマネーを稼ぐために戦う戦士の殿堂だ。

 選手として参加する奴は大きく分けて二種類。

 金が欲しい奴と自分の実力を試したい奴で、前者は単純に手っ取り早く稼ぎたい奴か奴隷だ。


 要はどこぞの金持ちに買われてファイトマネーの為に戦わされ、負けても死に、勝ってもピンハネという碌でもない人生を送らされる。俺が言うのもアレだが、人の命も金次第とは恐ろしい世界だ。

 

 ……で選手以外はと言うと。


 この手の催し物では付き物の賭けだ。

 まぁ、あるよな。闘技場は入場料と賭けで潤っている訳だ。

 もう1つの名所のダンジョンは――まぁ、今はいいか。


 「わあ。速い速い」


 後ろでハイディが嬉しそうに声を上げる。

 走り出したサベージの足は速く、風景が結構な速さで流れていく。

 一応、乗っている俺達に配慮してあまり揺らさないように走っているようだ。


 この速度なら数日でメドリームを抜けられるだろう。

 いや、本当に楽だな。こんな事ならもっと早く作っておけばよかった。

 こいつなら地形を選ばずに走破するだろう。


 途中、すれ違う商人や冒険者が驚愕の表情を浮かべていたが些細な事だ。

 本来なら十日程かけて移動する距離を三日で消化してしまった。

 こうして特にトラブルもなくディロードへ入る事ができた。



 「あれがストラタ?」

 「あぁ。闘技場で有名だ」

 「凄いね!ここからでも見えるぐらい大きい」


 まだかなり離れてはいるが闘技場が見える。

 知ってはいたが本当にでかい。

 さて、もう少しで街に着くが……。


 サベージを見る。果たしてこいつは街に入れても大丈夫なんだろうか?

 その辺で待機させるか?いや、ダメだな。

 見つかったら討伐されかねない。正面から行くか。


 ……まぁ、なるようになるだろう。


 





 「こいつぁ、地竜なのか?」


 門番が驚愕の表情でサベージを見ていた。

 

 「そうだが、俺が飼っている。入っても問題ないかな?」

 「あ、あぁ。だが何か身元を保証するものがいる」

 

 俺は首に下げたプレートを門番に渡す。


 「これでいいか?」

 

 門番は俺のプレートを確認すると頷いてプレートを返してくれた。

 どうやら問題ないようだ。

 俺はサベージから降りると手綱を引きながら歩いて街に入る。


 「ウィリードとは別の意味で活気があるね」


 闘技場が目当てで来る奴が大半だ。

 腕に覚えがあるか金を持ってる奴しかいないだろう。

 金のない平民には用事の無い場所だ。


 「まずは宿だな」

 「分かった。でもサベージは――」


 俺もそれを考えていた。普通の宿じゃ難しい。

 預けられるようなでかい宿がいいな。探せば商人が使うような厩舎付きの宿ぐらいあるだろ。

 

 「ここでの予定は?」


 隣を歩いているハイディが予定を聞いて来る。

 確かにここではやる事は少ない。

 俺自身も長期滞在する気はないので闘技場を一通り楽しんだらさよならする予定だ。

 

 「……そうだな。闘技場で少し遊ぼうかと思ってる」

 「出るのかい?」

 「いや、見る方だな」

 「そっか。なら僕も行こうかな?」

 「入場料は自分で払えよ」


 ハイディは「分かってるよ」と苦笑する。

 そんな話をしていると宿が軒を連ねている区画に出た。

 厩舎付きは――あれだな。


 目当ての宿が見つかったのでサベージとハイディを外で待たせて中に入る。

 

 「いらっしゃい」


 受付は妙に目つきの鋭いおっさんだった。


 「部屋を借りたい。二人と一頭だ」

 「分かった。馬は――」

 「あぁ、すまない。飼ってるのは馬じゃないんだ」


 受付のおっさんは眉をひそめて外に出――

 

 「馬じゃないってじゃあ何なん――」


 ――てサベージと目が合った。


 「…………こいつはたまげたな」 

 「構わないだろ?」

 「あぁ。ただ、こいつが厩舎の馬を喰っちまわないかが心配なんだが?」


 俺はサベージに視線を向ける。

 サベージはグアと鳴くと頷いた。


 「問題ない」


 俺はプレートをおっさんに見せる。


 「何かあれば俺が責任を取る」


 受付のおっさんは納得したのか「こっちだ」といって案内してくれた。

 宿の裏手にある厩舎にサベージを入れる。

 サベージは中に入ると鼻をひくつかせて臭いを嗅ぐと、空いたスペースに入り蹲ると目を閉じた。

 

 「大人しくしていろよ」


 俺がそう言うとサベージは尻尾を適当に振ってこたえる。

 何だか覇気のない奴だな。まぁいいか。

 厩舎から出ると結構な人だかりができていた。


 「そこの地竜はお前の物か?」


 中から身なりの良いおっさんが前に出てきた。

 

 「そうだが?」


 何だか偉そうだったので俺も適当に答える。


 「私に譲ってくれんか?言い値で買うぞ」

 「悪いがあいつは売り物じゃない」


 即答してやった。

 隣のハイディが「ちょっと!?」といって小突いて来るが無視。

 

 「そう言わずに私に売らんか?人に害を加えない地竜は貴重だ。その価値は計り知れん。私ならその価値を最大限活かす事ができる。勿論お前には損はさせんぞ」


 食い下がって来るな。


 「何を言われてもあいつを売る気はない。悪いが他を当たってくれ」

 「偶然手に入れた貴重な地竜を手放したくない気持ちは分かる。だが、低ランクの冒険者であるお前では地竜を養えんだろう?足が欲しいなら代わりに馬をくれてやる。お互い身の丈に合った相応しい物を持とうじゃないか」


 身なりの良いおっさんは俺のプレートを見て小馬鹿にしたように笑う。

 こいつ喧嘩売ってんのか?見た感じ商人じゃないな。成金って所か?

 まぁ、そう言う態度取るんなら俺にも考えがあるぞ。


 俺は厩舎の戸を開け放つ。


 「おい。サベージ、あのおっさんが家の子にならないかと聞いてるぞ?行きたいか?」


 サベージは片目を開けて身なりのいいおっさんを一瞥するとフンと鼻で笑ってまた目を閉じた。


 「悪いが、行きたくないそうだ」


 俺も鼻で笑ってやった。

 身なりの良いおっさんは顔を赤黒く染めて震えている。


 「私に恥をかかせてこのままで済むと思うなよ!」


 おっさんは肩を怒らせながら野次馬をかき分けて去っていった。

 何だったんだあのおっさんは?名乗りもしないとか失礼にも程があるだろ。


 「あー。いまのはパトリックっつー闘技場で稼いでる奴隷所有者オーナーだ」

 「さすがに今のは拙いよ。断るにしても穏便に行かないと――」


 後ろで見ていた受付のおっさんが教えてくれた。ハイディも苦い顔をしている。

 オーナーね。要は奴隷の上前撥ねて私腹を肥やしている成金か。

 この世界基準なら奴隷は家具みたいな扱いだしまぁ、いいんじゃないのと言うのが感想だ。


 搾取されてる奴隷からしたらたまった物じゃないだろうがな。

 それにしても参ったな。変なのに目を付けられた。

 あの様子なら絶対何かしらしてくるぞ。

 

 ……サベージで街に入ったのは失敗だったか。


 こんな事なら街の外で適当に過ごさせればよかったな。

 まぁ、やってしまった事はしょうがない。

 あのパトリックとか言うおっさんが何かしてくるなら返り討ちにすればいいか。


 そんな事を考えながら宿の部屋へ向かおうとしたが途中、商人っぽい奴や何故かガキまでサベージを寄越せと言ってきたのが激しくウザかった。当然全部断ったが何か考えないと拙いかもしれんな。

 部屋を確認後、闘技場へ行こうかと思ったが現在準備中なので夕方まで自由行動を取る事になった。


 「僕は武器や道具を見て来るよ」


 ハイディはそう言うと早々に姿を消した。

 俺はどうするか……。武器も防具も間に合っているし、飯でも食うか。

 一応、サベージの様子を見てから街を適当に回るとしよう。


 厩舎へ行くと中から声が聞こえてきた。

 まさか、サベージを連れ出そうとしてるのか?

 アホか。あのサイズだぞ動くわけがない。


 中を覗くとガキが数人、棒でサベージを小突いていた。

 あぁ…そう言えばガキがサベージ無料ただで寄越せとか舐めた事言ってたな。

 何だ?ガキ特有の度胸試しか?


 「おい!オレと一緒に闘技場に出て戦え!お前とオレが組めば無敵だ!」


 ……何が無敵だ。馬鹿じゃねえのか?一人で出ろよ。


 要はサベージを闘技場で戦わせて稼ぎたいと。

 ってか魔物の類でも出られるのか?闘技場のルールも少し調べた方がいいかもしれんな。

 どいつもこいつも露骨すぎて変な笑いが出そうだ。


 ガキですらこれとは嘆かわしい話だな。

 まぁ、棒でいくら小突いてもサベージは堪えんだろうし放置でいくか、飽きたら消えるだろ。

 念の為、周囲を確認したが怪しい奴は居ないみたいだ。


 俺はサベージに我慢できなくなったら適当に相手をしろと交信で指示を出してその場を後にした。



 




 この街はそう広くない。

 闘技場に沿って歩いているとすぐに一周してしまった。

 俺は軽く唸る。闘技場以外、見る所がないな。


 取りあえず適当な食事処に入って飯にしたが、見事に肉ばっかりだな。

 メニューを確認しても魔物関係の肉が大半だ。

 聞けば闘技場で殺された魔物の肉を使っているらしい。マジかよ。


 注文ついでに店員に闘技場について聞いたら渋々ながら教えてくれた。

 基本的に闘技場は午前、午後、夜の部で分かれている。


 午前の部は捕らえた魔物と選手の戦闘。

 魔物を持ち込んで選手にぶつけるのもありで、どうやらさっきのガキ共はこれが狙いだったようだ。

 魔物が勝てば飼い主に、選手が勝てば選手にファイトマネーが支払われる。


 午後は選手同士の戦闘でこちらも勝者にのみ金が支払われる。

 ちなみに勝敗の判定は相手の降参、死亡、戦闘不能のどれかを満たせば決まり、死者が出るケースはかなり多い。特に後がない奴隷は文字通り死ぬまで戦うので殺す奴が多い。


 最後に夜だが、これは少し趣が違う。

 闘技場が用意した対戦相手に挑戦し、勝利すれば賞品と賞金を受け取れるらしい。

 賞品も貴重品が多く、挑んでは返り討ちに遭う奴が後を絶たない。


 聞けば貴重な薬、道具、超が付く高級な武具などが賞品らしいが…俺はまぁそこまで欲しくないな。

 でも試合には興味があるので今夜、見に行こう。

 この時間なら見れるのは夜の部かな。


 ……楽しみだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る