第47話 「応報」

 メイジ達の魔法が残骸を吹き飛ばして地面を均す。

 その後、事前に組み立てておいた屋敷の部品を運び込む。

 運び込んだ部品を組み上げ、魔法で接合して完了。


 かなりの人数と資金が必要な力技だが、ボク――トリップレットの財力をもってすれば何の問題も無い。

 金は力の象徴だ。金さえあれば大抵の事は何とかなる。

 そしてボクは金に加えて整った容姿、領主の家の生まれと三拍子揃っている完璧な人間だ。


 グノーシスという後ろ盾もあり、この街ではボクが絶対だ。

 父と言う警戒すべき相手が居るが、もう随分な歳だし隠居も近いだろう。

 何だったらボクが協力してやってもいいんだよ?


 内心で笑みを浮かべる。

 敷地の隅に宿屋だった残骸が入った。ボクは鼻を鳴らす。

 馬鹿な連中だ。素直に僕の言う事を聞いていれば死なずに済んだ物を。

 

 あのジジイの強さには少し驚いたが、結果的には成功だ。


 ……にしてもあの二人、何が聖殿騎士だ。ジジイ一人に苦戦しやがって、実はそこまでじゃないのか?

 

 後ろを振り返った。

 ボクを守るように二人の聖殿騎士が周囲を警戒しながら立っている。

 それなりに付き合いが長いから使ってやっているが、教団に言ってもっと強い奴を寄越してもらうか。

 

 いや、聖堂騎士を派遣してもらおう。

 教団の上位戦力。信仰心と実力を認められた強者。

 特に女の聖堂騎士は美しい者が多いとか――。


 美しく強い女騎士。ボクの妻に相応しいかもしれない。

 教団もボクとの結びつきも強化されて誰もが得をするいい話じゃないか。

 想像するだけで色々な物がムクムクと膨れ上がる。


 この調子だと昼過ぎには完成するだろう。

 夕方から女共を呼んで楽しい宴だ。

 

 「おい。仲介屋!女共を集めてこい」


 ボクは傍で控えさせていた仲介屋に指示を出す。

 仲介屋は無言で頷いて姿を消した。

 

 ……?


 踵を返す前に笑みを浮かべているように見えたが気のせいだろうか?

 まぁいい。女が集まるまでのんびり屋敷が完成するのを眺めるとしようじゃないか。




 





 俺はポックの家で寛いでいた。

 アイドの処置が完了した後、比較的綺麗なここに移動して、今は連中に準備をさせている。

 人にやらせるのって楽でいいな。操っている連中は意見は言うが基本的にイエスマンだ。


 どんな指示でも全力で取り組む。

 極端な話、どこぞで自爆テロでもぶちかまして来いと言えば、連中は大喜びで爆死する。

 女に使えばキラキラした目で「素敵!抱いて!」と言わせることも可能だ。


 ……はは。これがチョロインって奴か?


 ハーレムなんて男の夢じゃないか。


 以前の俺だったら言ってたかもな。もしかしたら実行してたかもな。

 俺はその考えを内心で「くだらない」と吐き捨てる。


 まぁ、今は実行したいなんて思わないがな。

 そんな中身スカスカの女侍らせて「愛してる」なんて言わせても虚しいだけだろ。 

 ファティマとかが最たる例だ。欠片も欲望が湧き上がらない。


 愛を囁かれても俺は鼻で笑うだけだろう。

 性欲が減衰している今は、そんな連中傍に置いても弾除けぐらいにしか使いたいとは思わんな。

 そんな事を考えているとポック達が帰って来た。


 「戻りました」


 ポックともう一人がでかい麻袋を担いでいる。

 

 「それか?」 

 「うっす。アイドが用意した足が付かない奴です」

 「よし。すぐに加工するから終わったら持って行け。実行は今日の夜で間違いないか?」

 「うっす。あのクソガキ、金に物を言わせてメイジ大量に雇って組み上げたので今頃完成してる頃っすね」

 

 早いな。えっとあれか、パーツ単位で家作って現場で一気に組む手法があったな。

 重機要らずだから魔法って奴は便利だ。屋敷が完成したのなら頃合いか。

 よし、作業にかかるぞ。


 あの坊ちゃんがどんな目に遭うかが楽しみだ。

 

 






 夜。空は澄んでおり月がいつもより大きく見える。

 ボク――トリップレットは屋敷のテラスから月を眺めながらグラスに入った葡萄酒を傾けた。

 美味い。やはり高い酒はそれだけで美味いな。

 

 値段は味の証明だ。そしてそれを飲む事は自分の価値を証明できる。

 何故なら高額な酒は持たざる者には手が届かない。

 つまり選ばれた者しか味わう事が出来ないのだ。


 「ふっ」


 笑みが零れた。

 後ろの部屋にはボクが可愛がってやった女共が休んでいる。

 酒、金、女。何一つ不自由しないボクはまさに勝利者。

 

 後は領主の座に座っている父から立場を譲り受ければボクの人生は完成する。

 父は領の維持にしか興味のない無欲でつまらない人間だ。

 そのお陰で、いちいち干渉されないのはありがたいが上に立つものとしてはどうかと思う。


 上に立つものはそれに見合った贅沢をして権威を見せなければならない。

 それが分からないとは我が父とは思えない頭の悪さだ。

 その点ボクは権力を使い下々に自分が上だと見せつけ続けている。


 どちらが主に相応しいか一目瞭然だろう?


 ボクは安らかな気分で葡萄酒に口を付けようとして…轟音。


 「……!?」


 何だ?何の音だ?

 ボクは弾かれたように部屋に戻ると、中では女共が音に驚いて困惑している。

 

 「おい!聖殿騎士!何事だ!」


 ボクが叫ぶと聖殿騎士が部屋に入って来る。

 

 「襲撃みたいですね」

 

 聖殿騎士は何て事のない口調で返事をする。

 おい!何だその態度は?ボクの屋敷が襲われたんだぞ!?

 何だその余裕は?


 聖殿騎士の後ろからガラの悪そうな連中がぞろぞろと入って来た。

 

 「ちーっす。ここ以外は片付きました」


 人数は六人。どう見てもこの街でも最底辺のクズ共だ。

 その内一人だけは黒の外套にフードを目深に被っていて顔が分からない。

 クズの仲間だしどうせクズだろう。


 下には使用人が何人かいたが口ぶりから察するに殺されたのだろう。

 はっ!クズが何人集まろうと聖殿騎士が居れば楽勝だ。


 「おい!聖殿騎士!このクズ共を片付けろ!」

 「……」

 「……」


 聖殿騎士は無言で剣を抜くとゆっくりと歩き、テラスと部屋の出入り口で立ち止まる。

 

 「お、おい!何をやっているんだ。早く連中を片付けろ!」


 聖殿騎士たちはボクの命令を聞こえていないかのように反応しない。

 片方に至っては耳をほじくり始めた。

 それを見て怒りが湧き上がる。


 「ふざけるな!お前らの仕事はボクを守る事だろうが!」


 こいつらはこれが終わったら解雇してやる。

 いや、教団に文句を言って騎士としての人生を終わらせてやろう。

 ボクに逆らった事を後悔させてやる。


 聖殿騎士達はつまらなそうにこちらを見ると……。


 「知った事か」

 「自力で何とかしろ」 

 

 ……と言ってきた。

 こいつ等は何を言っているんだ?

 

 「おらぁ!女は両手を頭の上に置いて壁際に並べ!」

 

 クズが女達を怒鳴りつけて並ばせる。


 「や、やめて……」

 「何をしてもいいから命だけは」


 女達は怯えながら両手を頭に乗せて壁際に並ぶ。

 おい!何を言われた通りにしているんだ!ボクの為にクズの一人でも道連れにしろよ!


 「えっと?関係ない奴はどうするんだっけか?」

 「おいおい。ここの仕切りはあの旦那だろ?」

 「あー。そっか。旦那、どうしますか?」


 クズが黒フードに声をかける。


 「……殺せ」


 黒フードは女の方を見もせずに一言で済ませた。


 「うっす」

 「ういーっす」


 クズ共は気の抜けた声で武器を抜く。


 「ま、待って」

 「止めて。お願いだから!」

 「いくらでもさせてあげるから――」


 女達は必死で命乞いをしたがクズ共は無視して皆殺しにした。


 「あ、後でごまかすのに使うから死体は念入りにバラしとけ」

 「うーす」

 「うっす」


 場を仕切っているクズが他に指示を飛ばす。

 他は気の抜けた返事で作業を続けている。


 ……何なんだこいつ等は。


 クズ共は無表情で女達の死体を破壊し始める。

 ボクは薄々だが異常に気が付いた。こいつら何かがおかしい。

 何がおかしいのか分からないがおかしいのは分かる。


 黒フードはボクにゆっくりと近づくと頭を鷲掴みにしてクズ共の方に向けた。

 ボクは抵抗したが凄まじい力で抵抗できずに破壊されている女達の死体を見せつけられる。

 あまりの光景に吐き気が沸き起こる。


 「見えるか?」


 黒フードはゆっくりと語りかけて来る。


 「次はお前の番だ」

 「い、いやいや。何を言ってるんだ?ぼ、ボクを誰だと思ってるんだ!?ボクは――ばは!」

 

 顔を床に叩きつけられた。

 い、痛い痛い。こいつ!ボクに何て事を!ボクは次期領主だぞ!

 そのボクに何を――。鼻から暖かい感触。鼻血が出ている。


 クソ!こいつ絶対に許さないぞ。殺してやる。


 「おい!聖殿騎士!こいつ等を殺せ!金ならいくらでもくれてやる!早くしろ!」


 聖殿騎士は無反応。片方は欠伸までしている。

 ふざけるな!何でボクの言う事を聞かない!ボクは次期領主だぞ!

 金なら払うって言ってるだろうが!


 「のう。ワシが誰だか分かるか?」


 黒フードはゆっくりとフードを外す。

 中から現れたのは二十代前半ぐらいで、厳めしい顔つきをした男だ。

 

 ……誰だ?


 本気で見覚えがなかった。誰だ?誰だ?

 必死に記憶を手繰る。だが、出てこなかった。


 「は?お前なんて知らない!か、勘違いだろ?よ、よし。今なら謝れば許してやるぞ!」

 

 両足の上を何かが通り過ぎた。

 少し遅れて激痛が襲ってくる。


 「あ、がぁぁぁ!!ぼ、ボクの足がぁぁぁ!」


 痛い。この野郎!ボクの足を切り落としやがった!

 痛い!痛い!痛い!頭が痛みでいっぱいになる。

 

 「あー。言い難いんだがそいつ馬鹿な上に察しも悪いから言わないと分からないぞ?」


 聖騎士が何か言っているが、頭に入ってこない。

 痛い痛い痛い痛い痛い。何でボクがこんな目に遭わないといけないんだ!

 ボクは何も悪くない!こんな目に遭うような事をしていないぞ!


 「……こんな奴に息子達は――」

 

 奇跡的に男の声が頭に入って来る。

 息子達?その言葉に昨日の宿が頭に浮かぶ。

 こいつ。あの宿の関係者か?なら、ボクの所為じゃないじゃないか!


 あの爺さんが素直に明け渡さないのが悪いんじゃないか!

 男の息子達と言う言葉に違和感を感じたが、痛みが強すぎて頭が回らず分からない。

 

 「……もういい」


 男が何か言ったのが聞こえて首の辺りを何かが通り過ぎ…訳も分からず視界が暗転。

 最後に頭に浮かんだのはそう言えばあの男、宿屋の爺さんに似ていたな。

 それっきり何も感じなくなった。

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