第46話 「洗脳」

 「おめでとうございます。これが新しいプレートです」


 冒険者ギルド。

 俺は受付のお姉さんから新しいプレートを受け取っていた。

 これで俺は黄二級へランクアップした訳だ。


 受け取ったプレートを見る。

 前のより色が濃くなったな。若干上等な印象を受ける。

 二日前のスクローファ討伐を終えた段階で昇格条件を満たしたらしい。


 報告を終えると受付のお姉さんが「条件を満たしたので昇級が可能ですがどうしますか?」と聞いてきた。

 当然断る理由もなかったのでそのまま了承する旨を伝えてプレートを提出。

 審査に一日、発行に一日かかるので、二日後また来るように言われた。


 プレートを預ける必要がある以上、発行までは休業だ。

 ハイディには適当にクエストを請けるように言って、その間に絡んできた間抜けを実験材料にしたり露店を回ったりして時間を潰す。


 この街の人目に付き辛い所は大体把握した。

 その辺りをフラフラ歩いていると明かりに群がる蛾みたいにアホが寄って来る。

 この手の連中は誰かから指示を受けた訳でもないのでいなくなっても気にする人間は少ない。


 お陰で実験の方はまずまずと言った所か。

 やっている実験は二つ。片方は匙加減が難しく上手く行っていない。

 もう片方は中々良い感じだ。少し調整すれば実戦で使えそうだな。


 冒険者ギルドを出て街外れへ向かう。

 ハイディは近所の村への護衛クエストで明日まで戻らない。

 色々動くなら今だろう。


 俺は近くの路地に入る。

 少し行くと小さな空間に出た。そこにはチンピラ風の男が3人程、座り込んでいた。

 三人は俺の方へ視線を向けると立ち上がる。


 「首尾は?」

 「問題ないっす。護衛は聖殿騎士二人だけっす。というか聖殿騎士が二人もいればよっぽどの事がない限り安全なんで」

 

 俺の質問にチンピラの一人が答える。

 こいつはポック。ここに来た初日にハイディの財布をスろうとした奴だ。

 記憶を吸い出した後、『根』を埋め込んで配下にした。


 後ろの二人も同様の処置を施している。裏切る心配のない便利な連中だ。


 「その護衛とやらは例の二人か?」

 「はい。そうっす。あのクソガキがいつも装飾品みたいに連れ歩いてる二人っす。ただ、今日の夕方まではいつもの二人は教団への報告に行く日なんで違う護衛が居ます」

 「……なるほど。それ以降に護衛が変わる予定は?」

 

 ポックは首を振る。


 「ないと思います。俺もこの街長いですけど、あのクソガキの護衛は基本あの二人でしたね」

 

 ほう。なるほどなるほど。


 「なら予定通り頼む。準備が出来たらまた声をかけてくれ・・・・・・・

 「うっす。了解です。例の交信?ですね!」

 「あぁ。後、しつこいようだが気づかれるような事にはなるなよ?」


 三人は「うっす」と返事して路地から姿を消した。

 この街で試している事は『根』を使っての洗脳。

 最低限の消費で効率よく人間を操れるかの訓練だ。


 ファティマの時に随分と手間がかかったのでその辺りの改善を目指していた。


 洗脳に必要な過程プロセスは二つ。

 ・脳を乗っ取って物理的に体の操作を奪う

 ・『魂』の破壊、もしくは捕食する事で本人の自我を抹消する。

 基本的にこの二点だ。


 以前、俺の体を乗っ取ろうとした奴のお陰で、魂の存在を認識できるようになった。

 今では『根』を伸ばして体内に入れば位置の特定すら可能だ。

 大抵、魂は脳の奥に存在している。


 見える訳ではないので形は分からないが、火のような熱の塊を連想する感触だった。

 まさしく『命の灯』と言う訳だ。

 ファティマが暴れたのは、自分の魂が攻撃されたことによる防衛反応だろう。

 無駄なあがきだったが。


 ロートフェルトの自我が消失せずハイディとして甦った理由もこれだろう。

 肉体は奪ったが魂に手を付けなかったからだ。


 ……話を戻そう。


 ファティマの時は『根』の塊にやらせたが今回からは自分でやる事にした。

 まずは対象に『根』を打ち込む。

 そのまま脳内へ潜航し、魂を喰らう。それで完了だ。


 だが、抵抗は激しく時間がかかる。

 最初は脳を制圧して体を奪ってから本丸を落とそうかとも思ったが、余計に時間を喰うだけだった。

 結局、初手で魂を抑えた方が早いという結果になるのだ。

 

 方針が決まったが、中々上手く事が運ばない。

 乗っ取る速度を上げる訓練中だが、未だに到達まで1分近くかかってしまう。

 相手が少数ならそこまで深刻ではないが乱戦や複数の場合は致命的だ。


 それともう一つ。

 乗っ取った相手は『根』が操作する事になるんだが、思考は対象の脳を使い、性格などは記憶や経験を模倣するのでほぼ乗っとった本人と同等の性能を発揮する。

 裏を返せば元々の能力が低い場合は低いまま俺の制御下に入る。


 俺の命令はちゃんと聞くので裏切る心配はないが、変に解釈して俺の指示を外れた行動を取る可能性も有るので、その辺りは注意が必要だ。

 下手に使えない奴を引き入れてうっかり情報漏洩なんてされたら目も当てられない。

 裏切る事はないが無自覚で俺の不利益になる行動を取る可能性があるからだ。


 使い捨てるのであれば問題はないがポック達のように生かして置く場合は少し慎重になった方がいいかもしれないな。ご利用は計画的にって奴だ。

 …で、連中に何をやらせているのかと言うと、あの坊ちゃんへの報復だ。


 チンピラを送りつけて俺の観光気分を台無しにした罪は重い。

 ハイディにはああ言ったが、まぁ、あれだ。実際に手を下すのは俺じゃないので問題はないだろう。

 使っている連中にも捕縛されたら自害するように命じてある。


 俺まで手繰るのは難しいだろう。

 それに俺の操っている連中がどの程度組織だって動けるのかも気になるしな。

 

 ……それにしても我ながらとんでもない能力だな。


 時間さえあればほぼ無尽蔵に配下を増やせるとは……。

 完全に映画に出て来るクリーチャーだ。

 そう言えば昔見たな。体内に入ると寄生して対象に成り替わる宇宙生物の映画。


 対象を完全に乗っ取って、仮に殺されても血でも何でも少しでも残れば他に寄生して生き永らえる。

 かなり印象に残ったので覚えていた。タイトルは――遊――おっと、また話が逸れたな。


 現在は連中を使って外堀を埋めている最中だ。

 準備が終わった後が楽しみだな。その準備も次の手でほぼ終わる。

 俺は少し楽しい気分で路地を後にした。








 「……はぁ」


 俺――アイドは足取り重く夕暮れの道を歩いていた。

 理由は面倒な雇い主の所為だ。

 トリップレット・メドリーム。ここの次期領主で、金払いの良いお得意様。


 それを除けば自分の都合ばかり垂れ流すクソガキだ。

 領主に息子の教育ぐらいしっかりやって置けと言ってやりたくなる。

 俺の仕事は平たく言えば人材派遣だ。


 依頼を請ければ、依頼内容に沿った人材を送り込む。

 業務内容は基本的に冒険者ではやれないような後ろ暗い事の代行だ。

 今回の依頼はとある宿への営業妨害だった。


 俺は子飼いの荒事が得意な連中を送り込んで宿の客を脅すように仕向けたが、かなりの人数が帰って来なかった。

 送り込んだ連中のほぼ半数が手足を砕かれて騎士団に突き出され、残りの半数は一部は帰っては来たのだが、他は行方不明だ。

 

 帰って来た連中に聞いてみたが「気絶した後、起きたら誰もいなかった」と口を揃えてそう言うのだ。

 報酬はそれなりに貰いはしたが、捕まった連中の釈放と治療、人材の補充で最終的には大損だ。

 仕事をまともにこなして口が固い奴を集める手間を考えると頭が痛い。


 ……いっそ奴隷でも買うか?


 懐自体はそこそこ潤っているが人が居ないので商売にならない。

 少々高い買い物だが、ティラーニの奴隷市場で亜人奴隷でも…。

 そんな事を考えながら頭の中で支出の計算をしているといきなり視界が真っ暗になった。


 一瞬遅れて袋のような物を被せられたと気が付いた。

 

 「……なっ」


 声を上げる間もなく後頭部に衝撃。

 殴られたと自覚できたが次の瞬間には意識が遠くなっていった。

 


 意識が戻り、俺は目を見開く。

 被せられた袋は外されて、周囲の状況は何とか把握できる。

 ここはどこかの建物の中で、俺は椅子に縛り付けられていて身動きが取れない。


 何とか抜けようと動こうとしたが縄できつく縛られていて動けない。

 何故こんな事になったのか考えていると誰かが部屋に入って来た。

 扉の開閉する音と足音で複数人と言う事も分かる。

  

 「起きたみたいだな」

 「じゃあ俺、ちょっとボスを呼んでくるわ」

 「頼む」


 聞き覚えのある声だ。

 足音はこちらに近づいてきて俺の視界に入って来た。

 そいつらは…。


 「お、お前等!何を考えている!」


 仕事をしくじって帰って来た連中だった。

 

 「おい!何とか言え!」


 連中は何も言わずに俺の方をじっと見ているだけだ。

 何度か声を荒げたがニヤニヤと嫌な笑みを浮かべて何かを待っている。


 ……そう言えば誰かを呼んでくるとか……。


 後ろで扉が開いてまた誰かが入って来る。

 足音が近づいてそいつは俺の前に立った。






 

 俺は困惑の表情でこちらをみている男を見る。

 自分が何故こんな目に遭っているか理解できていない目だ。

 そりゃそうだろうな。


 「おい!お前、これは何だ!俺をどうするつもりだ!」


 さて、耳か鼻が一番早いのでやはりそこからだな。

 動いている相手に耳は少し狙い辛い。

 やるなら鼻だな。

 

 「何とか言え!か、金か?金なのか?少しならある。払うから俺を開放しろ!」


 『根』が見えない体勢がいい。

 その辺りは今までの練習で大体固まっている。

 掌で口と鼻を覆うように顔を掴む。


 「~~~~~」


 何かモゴモゴ言っているが無視して続ける。

 鼻から中に入り潜航。最近までは割と失敗が多く脳へ行かず変な所へ行ったものだ。

 うっかり『根』が目や口から飛び出したのは我ながら酷い失敗だった。


 男はビクビクと痙攣している。

 脳へ侵入して魂に喰らいつく。そのまま捕食。

 男が動かなくなった。俺は後ろを振り返る。


 「何秒ぐらい?」

 「五十七~八ぐらいです」


 一分切ったか。成果は出ているな。

 

 「乗っ取りを始める。もう一度カウントを頼む」

 「うっす」


 そのまま『根』必要量を送り込んで脳に寄生。

 送り込んだら切り離して完了。


 「どうだ?」

 「三十二ぐらいです」

 

 大体、一分半か。乱戦だと厳しいな。

 出来れば二~三十秒ぐらいで抑えたいが、先は長いか。

 男――アイドの縄を解く。


 「起きろ」

 「はい」

 「これから指示を出す。できるな?」

 「はい。何でも言ってください」


 さて、これで外堀は大体埋まったかな? 

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